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【お隣さんと私】

 愛かお金かという論争は一体いつから始まったのかなどということに私はさしてそんな事に興味はない。現代の人間として生活するにあたってお金は切っても切れないもので、結局は多くのものの指針になってヰるのだから――。

 給料が入ったので今日はなにか駄菓子を大人買いしてやろうと意気揚々とコンビニに向かっていると、できる男は特集があれば表紙になれそうな隣人がよろよろと歩いてきた。

「お隣さんも弱ることがあるんですね」
 物珍しさから声をかける私。
「お嬢さんは今日も時間を持て余してそうですね」
 普通に嫌味な返事をされた。こう見えても私だって会社人ではないが社会人なので忙しいときは忙しいと反論したくなったが、それ以上にお隣さんが手にしているペットゲージに目がいってしまう。

 中の暗闇からは『にゃあ』と可愛らしい鳴き声が。

「ね」「時間泥棒です!!」
 二文字の単語すらいう時間を貰えずに訂正をされた。

 察しが良い私なので、現在の隣人の状況を瞬時に把握する。どうやらお隣さんは猫を預かったものの、扱いに困っているのだろう。猫というのは非常に罪深い生き物で慣れていないと、手を引っ掻かれたり、手を噛まれたり、とにかく手を焼くことになるのだ。その上、可愛い。人間など猫の下僕にすぎない。

「仕方ないですねぇ。お隣さん、その猫、私が責任をもって預かって差し上げましょうか??」

 猫なで声でお隣さんに擦り寄ると「だから、これは猫ではなくて時間泥棒です」と再び訂正される。一体この猫にどれだけ翻弄されたのやら。

「まあでも、お嬢さんの時間だったら大した値段にはならないでしょうからお願いします」

 とてつもなく侮辱された気がするけれど、猫と遊べるならいいか。数少ない外出先リストの一つが猫カフェである私は猫の扱いには心得があるつもりだ。
 そのままコンビニに行くことも忘れて、ゲージを預かるとチャリンチャリンと妙に大きな鈴の音がする猫と共に帰宅したのであった。

 家に着くと猫の危険になりそうなものをリビングから他の部屋へ移動させて、ゲージの扉を開く。猫は家に付くというほど環境変化を嫌う生き物なので無理にゲージから出したりはしない。

 それにしてもこのゲージの中はどう考えても大きさと比べて奥行きありすぎる。猫の気配とチャリンという鈴の音は聞こえるのに入り口を覗き込んでも暗闇があるだけ。
 ヰ和感を感じたけれど、お隣さんが関わってることだしな。と思考をすべて放棄する。そう、今はなにより猫だ。扉を開けて既に1時間近く経過しているが私は未だにこの猫の柄さえ把握していない。ずっと入り口を眺めているのにチャリンという鈴の音すら聞こえなくなった。奥で寝てるのかもしれない。

 ……なんだろう。頭が重い。ああ、いつのまにか私は寝てしまったんだ。目を覚ますと同時に頭上でチャリンという音が聞こえた。つまりこの頭の重みは猫の足。ここでいきなり動いてはいけない。急な動きや大きな声は猫を驚かせてしまう。
 なので私は再び目を閉じた。ら、頭にパンチをくらった。猫パンチ。

 ゆっくり起き上がるとそこには琥珀色のキジトラ猫が目をギラつかせて鎮座していた。

 この顔は遊んで欲しいとかではなく、エサが欲しいとかの不快感なときの顔だ。猫好きだからわかる。やっぱりオヤツとかエサが必要だったのではないのかと隣人を恨めしく思いながら、台所に向かう。
 といっても、猫にあげても大丈夫な食べ物があっただろうか。冷蔵庫や引き出しを漁ってみるものの駄菓子か駄菓子か駄菓子くらいしか出てこない。一体、私は何を食べて生きてるのか疑問に思えてきたと同時にリビングからはチャリンチャリンと鈴の音が響く。

 何もないので諦めよう。変なものをあげるほうが恐い。手ぶらで猫の近くに座ると、猫はジトっとした目でコチラを見つめる。そういえば、名前も、メスなのかオスなのかも聞き忘れた。ただ言えるのは、あのお隣さんがやつれながら「時間泥棒」なんて繰り返すから、とても手のかかる猫かと思っていたけれど特にそんなこともなく非常に大人しい。

「時間泥棒だなんて、お隣さんもおおげさなところがあるんだねー」

 とりあえず話しかけてみるけれど、猫は私の膝に乗ってそのままジッとしているだけだ。時々、アゴ下を撫でてあげたり、背中を撫でるけれど嫌がる様子もなく触らせてくれる。
 普通だったら、こんなに動かないとテレビをみたり、本を読みたくなるのかもしれないが猫様を前にそんな時間の使い方はしない。猫カフェだったら、こうしているだけでも料金が発生してしまうのに、今はタダでその幸せが膝の上にあるのだから。

 笑みをこぼしながら耳をさわったり、尻尾のしま模様を数えていると、また頭に衝撃があり現実に引き戻された。というか、目が覚めた。寝ていたらしい。

 時計を確認するとすっかり深夜だ。どこから引っ張り出したのか知らないけれど猫はオモチャを口にくわえてこちらを見つめている。私は改めて横になるとオモチャを手に取り……寝た。

 次に目が覚めると猫は何かを訴えるように隣の庭を見ながら鳴いていたけれど、トラブルではないと勘が告げたので再び寝て、改めて目を覚ますと夕方で猫は不機嫌そうに唸っている。
 眠りすぎた。そして、私もお腹が空いたし、お隣さんがなんと言おうと猫にも何か必要だろうと思いコンビニにでも行こうかと考えていると隣人が帰宅したらしく、縁側の扉をガタガタ開いている音が響く。外を見るとお硬そうなスーツの男性と一緒だ。

 声をかけるか迷いながら少しだけ開けた窓の隙間を器用に猫が通り抜けていく。

 よく分からない単語を叫ぶとスーツの男性と目があった。猫は一直線にスーツの男性の元へ行く。飼い主さんだったのかという疑問と共に慌てて玄関から隣人の庭に走る。

『みゃあ、みゃあ』と鳴き声が響いていた。『アイツにゃんにゃんだよぅ。全然盗める時間がにゃかったよぅ。あんにゃに時間を大切にしにゃい人間がヰるのかよぅ』

 鳴き言ならぬ泣き言を猫がスーツの男性にすがりつきながら嘆いている。2足で立ち上がった猫の腹には金色のジッパーがついていて、中からは小銭がポロポロこぼれている。
「猫が喋ってる!!」後ずさりながら叫ぶと猫は即座に4足に戻って『にゃあ』と可愛らしく鳴いたが首を横に振る。すると不機嫌そうに『薄給、低賃金、二束三文』とよくわからない罵りの言葉を猫に投げられた。

 猫の姿をした時間泥棒なる生物は連行されるようにスーツの男性に連れて行かれ、事の説明を隣人に求めると「だから、あのヰきものは他人の時間を奪ってお金に変える時間泥棒だと何度も言いましたよ」とお隣さんは言う。ヰふ。
 たしかに時間泥棒とは聞いていたがそんな詳しい説明は聞いていない。

 お隣さん曰く、時間を大切にしてる人や時間に追われてる人、または大切にしてる時間がある人の時間を盗むと高額で現金化されるらしく、荒稼ぎしていたので捕まえたらお隣さんも時間を盗まれて追ヰ詰められていたと。
 時間をお金に換えることは簡単でも、お金で時間を買うことは困難だから。だとすると、私は一体どれほど時間を大切にしていないと思われたのだろうか。もしも時間に値段をつけているやつに会うことがあったら激しく抗議しようと私は心に決めたのだった。
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