【お隣さんと私】
小さな頃は簡単に世界を異なる世界、ヰ世界に変えることが出来たのに。アスファルトの中にはサメが泳ヰでて、そこかしこに名前も知らないヰき物がヰて、どんなゴミも特別なアヰテムになったのに。
大人になるとみんなそんな“ヰ”を忘れてしまうらしヰ――
鉄くずだ。ちょっと変わった形の鉄くず。これを拾った日のことを私は今でもちゃんと覚えているけど、誰にも言わなかった私だけの秘密の思い出。
小学生だった私は家から一番近い公園でこの鉄くずを見た瞬間に「UFOを動かすための鍵なんだ」って思った。だからこの鍵を持っていたら宇宙人の友達ができるんだって心から信じてて、子供の頃はそんな些細なことで毎日が楽しくて仕方がなかった気がする。
でも、やっぱり宇宙人に出合うことなんてなかったし、鉄くずは鉄くずでしかなかったのに、それでも捨てられないのはあの頃の気持ちを忘れたくない。そんな想いが捨てられないからだと思う。
「久しぶりにあの公園に行ってみようかな」
私はジャージのポケットに財布だけ入れると晩御飯を買うためにコンビニに向かった。そして適当なコンビニ弁当と数本のうまい棒を買ってふらふらと公園へと歩みを進める。
普段通らないと街の風景は刻々と姿を変えてて、けれど公園はなんだかんだ変わってない。小難しい事ばかり語るヤツに言わせれば公園は防災上のなんたらでとかごちゃごちゃ語りだすわけだけど、私は一歩、ヰ歩だけ、公園に足を踏み入れただけなのに、時間が止まっているような感覚に陥った。
塗装がはげ、さび付いた遊具で数人の子供達が楽し気に遊んでいる。ベンチの傍にはランドセルが投げ出されていて、自分もこんな風に遊んでたっけと脳内でセンチメンタルなリズムが流れ出す。
「こんにちは。お散歩ですか??」
不審者の如く、ボーっと公園の入り口で立ち尽くしていると背後から声をかけられた。
警察官にでも声をかけられたのかと思いながら振り返ると、そこにはお隣さんが立っていた。比喩でも何でもなく、15年くらい前から我が家の隣のおんぼろ屋敷に住んでいる住民。隣人。だからそれ以上も以下もなく、《お隣さん》。
「散歩……になるんですかね」
歯切れの悪い返事をしつつポケットに手を突っ込むと硬いものが指先に当たる。私は無意識のうちにあの鉄くずを持ってきていたらしい。
隣人と会話をする意思がなかったわけではないが、なんとなくポケットの中から鉄くずをとりだして見つめてしまう。すると私より驚いたような声で「それは」とお隣さんが訊ねてきた。
馬鹿にされそうだとは考えたけど、子供の頃にUFOの鍵で宇宙人と友達になれるかもしれないと思って拾って帰ったのだ。と素直に話したのはそろそろ大人になるべきだと、良い機会だと思ったからかもしれない。
内心「どうせ笑われるんだろうな」と、口を尖らせながらお隣さんの顔を見ると彼はとても嬉しそうな顔をして目を輝かせている。それこそ長い間探し続けていたものを見つけたような表情。脳内で鍵が開いたような音がした。
鉄くずを強く握りしめてから、ゆっくりと言葉を探して口から出す。
「宇宙人って、本当にいたんですね。しかも、こんなすぐ傍に……お隣に」
そう。そうなのだ。お隣さんが引っ越してきたのは15年程前。この鉄くず、うんん、鍵を拾ったのとほぼ同じ時期。私がすぐに机の奥にしまい込んでしまったからUFOが動かせなくってお隣さんは母星に帰れなくなっていたんだ!!
「私がすぐにしまい込んで、今まで忘れてしまったいたから。ごめんなさい」
UFOの鍵をソッとお隣さんに差し出す。苦笑したお隣さんは複雑そうな表情だ。
『持ってきてくれて、ありがとう』
思い描いたセリフ。でも、そのセリフを言ったのはお隣さんではなかった。
予想外の展開に眉間にしわをよせ、声の主の方を向くとそこにいたのはずっと遊具で楽し気に遊んでいた子供。折角、感動的なシーンになるはずだったのにこの子供はなんなんだと不快感をあらわにしかけていると、お隣さんが鍵をつまみ上げてからしゃがみ「どうぞ」と微笑んでその子供に鍵を渡す。
「えっ、ちょっとお隣さん、なにやってるんですか?!」
戸惑う私をよそに子供は軽くお辞儀をして遊具の方に走って行くし、お隣さんは小さく手を振っている。
「アレがないと、お隣さんが、お隣さんが母星に帰れなくなっちゃいますよ!!」
立ち上がったお隣さんの袖をつかみながら叫ぶと、お隣さんはさっきよりも苦笑した顔で遊具を、子供の頃に地球儀と呼んでいた回転ジャングルジムを無言で指さした。
鍵を受け取った子が地球儀の中に入ると一緒に遊んでいた子供達も地球儀の中に入っていく。
――誰かが押さないと回らないはずの地球儀がゆっくりと回転を始めた。子供達は本来なら内側も回転しているはずなのにずっとこちらを向いて嬉しそうに手を振っていて、その間にも回転速度はあがり、気が付けば地球儀全体が空中に浮いている。
唖然としているうちにもテレビの電源を落とすように、私の目の前から地球儀は初めからそこにはもうなかったようにプツリと消え、支柱の跡だけがポツリと残されていた。
空が茜色から紺色に変わりつつある中で「あれは一体」と呟くと、隣から飄々とした声で「宇宙人。だったんじゃなヰんですか」という返事が。
じゃないかの“い”が音声のはずなのにどうにも“ヰ”という風に感じ、疑問を覚えはしたが小声で「僕が宇宙人ね」と笑いをこらえるような苦笑顔の隣人に苛立ちと羞恥を覚えたのでこの一件に関することを口外しないよう、うまい棒を賄賂に渡した。
数日後、私は再びあの公園に足を運んだのだが、地球儀もとい回転ジャングルジムはおろか、公園からは殆どの遊具が撤去されていて、最近はどこの公園も遊具がなくなり、子供もいないらしい。
だったらどうしてあの日までこの公園はそのままだったのかと夕暮れの住宅街でバッタリ出会った隣人に尋ねると、ポケットから賄賂に渡したうまい棒サラミ味をかじりながら一言。
「ヰ星人がヰたせい」
大人になるとみんなそんな“ヰ”を忘れてしまうらしヰ――
鉄くずだ。ちょっと変わった形の鉄くず。これを拾った日のことを私は今でもちゃんと覚えているけど、誰にも言わなかった私だけの秘密の思い出。
小学生だった私は家から一番近い公園でこの鉄くずを見た瞬間に「UFOを動かすための鍵なんだ」って思った。だからこの鍵を持っていたら宇宙人の友達ができるんだって心から信じてて、子供の頃はそんな些細なことで毎日が楽しくて仕方がなかった気がする。
でも、やっぱり宇宙人に出合うことなんてなかったし、鉄くずは鉄くずでしかなかったのに、それでも捨てられないのはあの頃の気持ちを忘れたくない。そんな想いが捨てられないからだと思う。
「久しぶりにあの公園に行ってみようかな」
私はジャージのポケットに財布だけ入れると晩御飯を買うためにコンビニに向かった。そして適当なコンビニ弁当と数本のうまい棒を買ってふらふらと公園へと歩みを進める。
普段通らないと街の風景は刻々と姿を変えてて、けれど公園はなんだかんだ変わってない。小難しい事ばかり語るヤツに言わせれば公園は防災上のなんたらでとかごちゃごちゃ語りだすわけだけど、私は一歩、ヰ歩だけ、公園に足を踏み入れただけなのに、時間が止まっているような感覚に陥った。
塗装がはげ、さび付いた遊具で数人の子供達が楽し気に遊んでいる。ベンチの傍にはランドセルが投げ出されていて、自分もこんな風に遊んでたっけと脳内でセンチメンタルなリズムが流れ出す。
「こんにちは。お散歩ですか??」
不審者の如く、ボーっと公園の入り口で立ち尽くしていると背後から声をかけられた。
警察官にでも声をかけられたのかと思いながら振り返ると、そこにはお隣さんが立っていた。比喩でも何でもなく、15年くらい前から我が家の隣のおんぼろ屋敷に住んでいる住民。隣人。だからそれ以上も以下もなく、《お隣さん》。
「散歩……になるんですかね」
歯切れの悪い返事をしつつポケットに手を突っ込むと硬いものが指先に当たる。私は無意識のうちにあの鉄くずを持ってきていたらしい。
隣人と会話をする意思がなかったわけではないが、なんとなくポケットの中から鉄くずをとりだして見つめてしまう。すると私より驚いたような声で「それは」とお隣さんが訊ねてきた。
馬鹿にされそうだとは考えたけど、子供の頃にUFOの鍵で宇宙人と友達になれるかもしれないと思って拾って帰ったのだ。と素直に話したのはそろそろ大人になるべきだと、良い機会だと思ったからかもしれない。
内心「どうせ笑われるんだろうな」と、口を尖らせながらお隣さんの顔を見ると彼はとても嬉しそうな顔をして目を輝かせている。それこそ長い間探し続けていたものを見つけたような表情。脳内で鍵が開いたような音がした。
鉄くずを強く握りしめてから、ゆっくりと言葉を探して口から出す。
「宇宙人って、本当にいたんですね。しかも、こんなすぐ傍に……お隣に」
そう。そうなのだ。お隣さんが引っ越してきたのは15年程前。この鉄くず、うんん、鍵を拾ったのとほぼ同じ時期。私がすぐに机の奥にしまい込んでしまったからUFOが動かせなくってお隣さんは母星に帰れなくなっていたんだ!!
「私がすぐにしまい込んで、今まで忘れてしまったいたから。ごめんなさい」
UFOの鍵をソッとお隣さんに差し出す。苦笑したお隣さんは複雑そうな表情だ。
『持ってきてくれて、ありがとう』
思い描いたセリフ。でも、そのセリフを言ったのはお隣さんではなかった。
予想外の展開に眉間にしわをよせ、声の主の方を向くとそこにいたのはずっと遊具で楽し気に遊んでいた子供。折角、感動的なシーンになるはずだったのにこの子供はなんなんだと不快感をあらわにしかけていると、お隣さんが鍵をつまみ上げてからしゃがみ「どうぞ」と微笑んでその子供に鍵を渡す。
「えっ、ちょっとお隣さん、なにやってるんですか?!」
戸惑う私をよそに子供は軽くお辞儀をして遊具の方に走って行くし、お隣さんは小さく手を振っている。
「アレがないと、お隣さんが、お隣さんが母星に帰れなくなっちゃいますよ!!」
立ち上がったお隣さんの袖をつかみながら叫ぶと、お隣さんはさっきよりも苦笑した顔で遊具を、子供の頃に地球儀と呼んでいた回転ジャングルジムを無言で指さした。
鍵を受け取った子が地球儀の中に入ると一緒に遊んでいた子供達も地球儀の中に入っていく。
――誰かが押さないと回らないはずの地球儀がゆっくりと回転を始めた。子供達は本来なら内側も回転しているはずなのにずっとこちらを向いて嬉しそうに手を振っていて、その間にも回転速度はあがり、気が付けば地球儀全体が空中に浮いている。
唖然としているうちにもテレビの電源を落とすように、私の目の前から地球儀は初めからそこにはもうなかったようにプツリと消え、支柱の跡だけがポツリと残されていた。
空が茜色から紺色に変わりつつある中で「あれは一体」と呟くと、隣から飄々とした声で「宇宙人。だったんじゃなヰんですか」という返事が。
じゃないかの“い”が音声のはずなのにどうにも“ヰ”という風に感じ、疑問を覚えはしたが小声で「僕が宇宙人ね」と笑いをこらえるような苦笑顔の隣人に苛立ちと羞恥を覚えたのでこの一件に関することを口外しないよう、うまい棒を賄賂に渡した。
数日後、私は再びあの公園に足を運んだのだが、地球儀もとい回転ジャングルジムはおろか、公園からは殆どの遊具が撤去されていて、最近はどこの公園も遊具がなくなり、子供もいないらしい。
だったらどうしてあの日までこの公園はそのままだったのかと夕暮れの住宅街でバッタリ出会った隣人に尋ねると、ポケットから賄賂に渡したうまい棒サラミ味をかじりながら一言。
「ヰ星人がヰたせい」
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