あんスタ

恐怖の顔合わせから早二週間。別の仕事をしていればあっという間にライブの当日になってしまって、思わずため息を零せば享介が苦笑いを浮かべた。

「ひなたさんとゆうたさんもなんだかんだ勢いあったもんね…」

「全体的になんかこう、怖かった…」

「………まぁ、今日は楽しもうよ、悠介」

顔を合わせて笑って、今日は他のユニットのライブとかぶっているため送迎が難しいから電車で現場に向かう。

休日なためか人の多い電車内。人の波に押されてなんとなく扉と扉の間あたりに落ち着いた俺と享介は携帯でメッセージをやり取りしながら目的地に運ばれる。

目的地に近づけば近づく程増えてる人に窮屈さを感じて、息を吐いて目を閉じればちょうど近くでも同じようにため息の音が聞こえた。

「何で僕が君と見に行かないといけないのかナ」

『声かけたら暇だから良いよって返事したからじゃない?』

「はぁ」

『ふふ、楽しみだね』

「…………」

『っ、ちょっと、なんで鳩尾ついたのかな?』

「なんとなく」

二人の会話はそこで終わりなのか、物理的なやりとりに顔を上げると享介も聞こえていたのか目を合わせて思わず笑う。

揺れた電車に外の景色が止まって、目的地についたから二人で降りた。

「目的地は…」

スマホに地図を表示してきょろきょろする享介を手伝おうと視線を動かした先、二人組の片方がキャスケットを深く被っていて、その下から赤色が見えた気がした。

「悠介!あっちだ!」

「オッケー!」

手を引かれて歩き出す。目的地は駅からさほど遠くなく、事前に教えてもらってた裏口から中に入る。すれ違う人に挨拶をしながら控室に入った。

「あ!「おはようございます!」」

「「おはようございます!」」

広い部屋の中で好きなところにユニットが散らばっていて、入り口から右側の奥にいたオレンジ色が俺達を見て笑って挨拶をしてくれる。

「こっちで一緒に準備しませんか?」

「わーい!いいんですかー!」

「お言葉に甘えさせてもらいますっ!」

知り合いがいない合同控室に願ってもない申し出に飛びつく。隣のスペースに並んで荷物を置いた。

腰を下ろして移動で思ったよりも喉が渇いていたから飲み物に口をつける。

広い控室を見渡す。周りを見ればそこそこユニットが揃っていて、そのユニットの応援なのか関係者がたまに訪れて挨拶をしたりして賑やかだ。

なんとなく隣を見る。ひなたくんとゆうたくんは柔軟をしていて顔を上げて揃って首を傾げた。

「あ、えっと、木賊さんと柑子さん遅いですね」

「あー、そういえば先輩たち遅いなぁ」

「あの二人も来てないし、ちょっと心配…」

時計を見て眉根を寄せた二人に俺達も思わず心配度が増して、ソワソワし始めた俺達にひなたくんはにっと笑った。

「大丈夫大丈夫!始まる前からそんな心配しても保たないですよ!」

「そ、そうだよね」

「先輩たちなら多分ちょっと寄り道してるとかそんな感じで…」

「なんでそんないなことになっとんのか聞いとるんや!!」

「「………………」」

部屋を通り越して、おそらく廊下の向こう側、聞こえてきた声に言葉を失って顔を見合わせる。こてこたの大阪弁。怒りのあまりか声が大きくて筒抜けなその言葉に完璧に良くないことが起きてることを察した。

「んなことはわかっとる!っ〜…柑子!!」

会話をしてるのか時折途切れて、最後に叫ばれた名前に会話の相手が確定される。

奥にいる俺達に聞こえてるんだからもちろん控室内の人間全員が聞こえていて、みんなして気まずい顔をしていて、しばらく静かになってたと思うと足音が近づいてきた。

粗雑な足音、重なるようにもう一つ足音が聞こえてきて扉が開いた。

むっすりとしたあからさまに不機嫌ですという緑色と前回同様笑顔の赤色。聞こえてた会話の内容から木賊さんの機嫌が悪いのは想定内だったけど後ろの柑子さんの笑みが逆に怖くて仕方ない。

木賊さんの視線がさっと室内を見渡せばみんなして顔ごと目を逸らす。

「木賊、まだいらしてないようですしあちらに行きましょう」

「………」

返事もなしに木賊さんがずんずんと歩けば全員がこっちに来てほしくないと祈るように表情を強張らせて、足を進める木賊さんが離れていくことでほっとしたように息を吐く。

予想通りこちらに進んできてひなたくんとゆうたくんの横、少しだけ距離を置いたところで止まったと思えばそこに腰を下ろして俯いた。

「おはようございます」

「お、おはようございます…」

俯いてしまった木賊さんに変わらず微笑む柑子さん。思わず引き攣った笑みを返せば柑子さんは気にしてないのか横を見た。

「ひなたくんとゆうたくんも、おはようございます」

「おはようございます!…って」

「そんな簡単に流せるわけありませんよね!!?」

「柑子先輩っ!」

「ふふふ、それは困りましたね」

おしとやかに笑う柑子さんは異質に思えて、享介と手を握ってれば大きなため息のあとに木賊さんが顔を上げた。

「喧しくしてすんません」

「木賊先輩、あんなに怒ってどうしたんですか…?」

「……なんも。まぁいろいろあったんや」

「はぐらかさないでくださいよ!もう!」

「怖かったんですからね!しくしく!」

「ん。スポドリでもお菓子でも買ったるわ」

「「ふふ!じゃあ仕方ありませんからこれでチャラです!」」

演技がかった泣き真似に木賊さんが笑って、二人も手を合わせてわざとらしく喜ぶ。柑子さんが目を細めてから木賊と呼びかけた。

「ご挨拶がまだですよ」

「あ、すんません。今日もよろしゅう頼みます」

「え、えっと、こちらこそ」

「お、お願い…します」

吃る俺達に木賊さんが何か言おうとして、こんこんとノック音が響いた。

顔を上げれば予想通り関係者らしい人が二人立っていて、片方は柑子さんにも似た赤色の髪が帽子の下から覗いてる。もう一人もバケットハットを被っていて丸メガネをかけてた。

二人は控室を横断して俺達の近くで足を止める。

帽子と眼鏡であまり見えないけれど、整ってる口元が柔和に微笑んだ。

『おはよう、木賊、柑子、葵くん』

「「先輩方!おはようございまーす!」」

「……ほんまタイミング悪い奴やな…」

ひなたくんとゆうたくんがにかっと笑って木賊さんが顔を歪める。キャスケット帽子のほうが心配そうに首を傾げた。

「………柑子、何かあったノ?」

「いいえ。まだなにもございませんよ。本日はご足労くださり誠にありがとうございます」

「ウン。僕も君たちのライブが見たかったから…楽しみにしてたんダ」

「ふふ、それは嬉しいですね。木賊、夏目くんが楽しみにしてくださってたそうですよ」

「…ほんまか!?ふふん!!俺らのステージ楽しんでけや!!」

「急に元気になったネ?」

目を瞬く夏目さん。木賊さんはそのまま楽しそうに話し始めてすっと足を引いた柑子さんはもう一人と小さな声で話す。耳打ちに近いそれの後に頷いて、木賊さんにマシンガントークをされてた人の肩を優しく叩いた。

『あまり長居すると準備の邪魔になっちゃうから行こうか。挨拶もしに行かないと』

「そうだネ」

『これ、僕達からの差し入れだからみんなで仲良く食べるんだよ』

「わーい!」

「ありがとうございます!」

「……何人分やねん、これ」

『八人分。仲良くね?』

「かしこまりました。必ずお渡しいたしますね」

『うん、よろしく』

箱を渡されて中を覗いたひなたくんとゆうたくん、それから木賊さんが表情を歪めれば柑子さんが静かに頷く。

二人は四人に挨拶をするとこちらを見て、目があった気がしたから驚いて固まれば苦笑いのような笑みを浮かべて頭を下げられた。

二人が出ていった扉をぼんやりと眺めていると不意に、周りが静かなことに気づいて視線を動かす。室内の殆どが扉を見ていて首を傾げればがさりと音がして、柑子さんが受け取ったばかりの袋から紙箱を取り出してた。

「蒼井さん、甘いものはお好きですか?」

「え、はい!」

「それは良かったです。チョコレートとプレーンがございます、お好きな方をどうぞ」

見せられた箱の中には綺麗に詰められた生クリームたっぷりのオムレットが入っていて、プレーンとチョコレートと言われたとおり二色になってる。

「い、いいんですか!」

「ええ、もちろん。ぜひ召し上がってください」

「ありがとうございます」

手を伸ばしてプレーンとチョコレートを一つずつ受け取って、ひなたくんとゆうたくんも同じように取る。箱の中に四つ、二種類を二つずつバランス良く残されたオムレットを木賊さんと柑子さんは顔を合わせて、首を横に振った。

「「いただきまーす!」」

「「いただきますっ」」

ひなたくんとゆうたくんに続いてオムレットを頬張る。保冷が効いていて程よく冷たいふわふわした生地に挟まれたさっぱりと甘い生クリーム。中にはいちごやキウイが入ってて目を輝かせた。

「むっちゃくちゃおいしい!!」

「ん〜っ!サイコーに美味しいですっ!」

俺達が顔を上げれば木賊さんと柑子さんは笑って、ひなたくんとゆうたくんも頬を押さえる。

「美味しいです!!」

「ふわふわですね!!」

「はくあの選ぶもんは間違いないからなぁ」

木賊さんが自慢げに鼻を鳴らして笑うからなんだか微笑ましくて、俺達も笑えば扉の開く音がした。

「やぁやぁ!おはよう!……おや、みんな美味しそうなものを食べているね?」

「おはようございます」

「おはようございます。はくあくんから差し入れです。どうぞお召し上がりください」

「えー!僕も会いたかった!紅紫くんもう帰っちゃったの!?」

「帰られてはませんよ。後ほどのライブ楽しみにしていらっしゃるそうです」

「ふーん?」

むっと唇を尖らせた巴さんに漣さんが息を吐いて持ってた大量の荷物を置く。見る限りショッピングバッグらしいそれらに木賊さんが仕方なさそうに箱を差し出した。

「お疲れ様ですぅ。どーぞ」

「ありがとうございます」

「僕はチョコレートがいいね!」

「プレーンもらいます」

満面の笑みで受け取った巴さんと微かに目を輝かせた漣さんは口を開けてオムレットを頬張る。

「ん〜!おいしいねっ!ジュンくんっ!」

「っすね。程よく甘くてちょうどいいっす」

ご機嫌な巴さんに表情を綻ばせた漣さん。俺達も手の中のオムレットを食べきって、後から食べ始めたことと食べる口が小さいのか柑子さんと巴さんは半分くらい残ってる。

だからか、先に食べ終わった木賊さんと漣さんが顔を合わせた。

「ほんで?あれはどういうことですの?」

「俺達も茨から聞いたばかりで詳細は不明です。でも、確実に良くないっすね」

「………はぁ。居ても居なくても巻き込まれるとかトラブルメーカーすぎるわ」

「僕達のほうも今毒蛇が掻き回してるみたいだから何かあったら教えるよ」

「ありがとうございます」

「うんうん!あの子のためになることならばこれぐらいお安い御用さ!朝から善行を積むなんてとってもいい日和!」

表情を固くした木賊さんと漣さんが何を話しているのか俺達にはわからないけど、柑子さんと巴さんは把握していたのか会話に混ざって話を収める。

ひなたくんとゆうたくんを思わず見れば明るい笑顔を返されて、それ以上聞くことは難しかったから目を逸らした。

なんとなく控室の中を見渡す。人がたくさん集まってていて殆どの参加ユニットが集まってるように感じる。

今日の流れは10時に最終打ち合わせ、13時から順次リハが始まり16時開場、17時に開演。お昼ご飯はこちらで用意してくれるらしく、時間を見れば10時まで後10分もない。

各グループがそろそろかなと打ち合わせの準備をしていて、なんとなく今いるユニットを数えて首を傾げた。

「足りなくない?」

「どうした、悠介?」

「享介、輝さんたちと共演してたユニットのところまだ来てないよね?」

「……ほんとだ」

「「それ本当ですか?」」

聞こえてきた声に顔を上げるとひなたくんとゆうたくんが真顔で俺達を見てた。表情をなくすと本当にそっくりな二人に慌てて頷けば揃って眉根を寄せて顔を合わせた。

「もしかして先輩たちが言ってたのって…」

「でもあそこは夢ノ咲と関係ないよね…?」

「あ、あの、」

バタバタと聞こえてきた足音。まっすぐこっちに走ってきてるらしいそれに嫌な予感しかしなくて、ひなたくんとゆうたくんは更に眉間の皺を深くして、Eveとaddictの四人が目つきを鋭くした。

バンッと勢い良く音を立てて開かれた扉。飛び込んできたのは今回の主催者と前回名乗っていたその人で焦った様子で室内を見渡す。

「ほ、ほんとにいない!どうしよう…!」

冷や汗を浮かべ顔色の悪いその人に人の良さそうなユニットの人が声をかける。どうしたんですかの問いかけにはっとしたように視線を泳がせた。

「本番前の出演者に不安を煽るような言動をしないでもらいたいよね」

通った声は部屋の隅、俺達の後ろからで、振り返ればちょうどオムレットを食べきったらしく口元を拭いてる巴さんがいる。拭い終わってハンカチの面を変えるように畳むと口角を上げた。

「主催者が慌てふためくところなんてそうそう見せるものじゃないよ」

「も、申し訳ございません」

「うんうん、きちんとした謝罪ができるのはいい日和だね!……さて、」

足を組んで目を細めた巴さんは首を傾げる。

「一体貴方は何をそんなに慌てているのかな?」

「あ、あの、」

「うん?」

「…しゅ、出演グループが一組、連絡がつかず…」

「ふぅん?それはもしかしてトリの予定のあのグループのことかな?」

「は、はい」

「ふふ…おやおやぁ…?」

にんまりと笑って仰々しく両手を上げて首を横に振った巴さんは左手の人差し指を立てて口元に置いた。目線は斜め上を見ていてこれは困ったねと笑う。

「今回のライブ、出演者名はともかく人数が少ない。一つ一つのユニットの持ち時間を伸ばすとすれば時間調整が難しいね。そうなるといてしまった枠にどこかのユニットが入って尺を埋めるのが無難…でも困ったねぇ?どこのユニットが二回出演しようか?」

「ぁ、」

じとりとした視線、空気。ばっと周りを見れば主催者を見つめるドロリとした視線があちこちにあって主催者は恐怖のあまりに言葉を漏らす。

「困ったねぇ?」

にっこりと笑った巴さんに木賊さんと柑子さんはわかりやすくため息をついて、ひなたくんとゆうたくんも首を横に振った。

「あの、お話が」

誰かのその言葉を皮切りに主催者が囲まれる。

「悠介!」

「きょ、享介」

引っ張られた腕に端に寄る。誰と彼もが自分たちを売り込もうとしていてあまりの勢いに引いていればひなたくんとゆうたくんが首を傾げた。

「お二人は混ざってこなくていいんですか?」

「あ、うん、俺達はちょっと遠慮しておく…」

「そうなんですね!そうしたらお菓子でも食べて待ってましょ?」

赤色のスナック菓子を食べる二人に表情が引き攣る。この状況でよくものを食べられる。

「はぁ。エライことになったなぁ」

木賊さんのため息が聞こえ、続けて漣さんも眉根を寄せる。

「まったく…おひぃさん、どうすんですか?」

「掻き回されたのならば当然収拾もしてくださるのですよね?」

三人に責任を求められた巴さんは変わらずにこにこしていて、けれどその手にはさっきまでなかったはずの携帯を握ってる。すでに操作を終えた後なのか動かしてる様子はなくて携帯を持っている右手を振った。

「そうだね!収拾は僕がつけてあげるよ!」

大きな声に自分を売り込んでいた周りは固まって主催者が懇願するような目を向ける。

「自信満々っすけど…どうやってすか?」

「ふふ、今回は一組足りないのが問題なんだろう?それなら足りない分足せばいいだけの話だよね!」

「足す…?」

「この場にあるものを使って事態を収めるなら、最良を使わないなんてナンセンスだね?ねぇ?ジュンくん!」

「最良…って、まさか」

目を丸くした漣さん。静まり返った室内、ちょうど外からは足音が聞こえてきてそれは駆けてるような速さだった。

「ちょ!いきなり走り出すなんてどういうこと!!説明してよ!」

『それが知りたいから僕も走ってるんだよ』

片方は怒っていて、片方は焦ってる。そんな声色に木賊さんと柑子さんが目を見開いた。

「お前、」

「まさか」

開け放たれたままの扉から現れた足音の主は先程この部屋を訪れて差し入れを置いていってくれた二人組で、眼鏡をかけてるほうが先頭に首を傾げる。

『巴さん、緊急招集って何事ですか?』

「ふふっ!うんうん!いい子だ!君なら僕のために急いで来てくれると思ってたよね!」

『ええっと…?』

楽しそうに笑って立ち上がった巴さんに呼び出された人は更に困惑して、主催者や周りの人間は固まる。

「…っ!」

ゾッとするくらい鋭く重い空気を感じて言葉を飲み込む。原因である木賊さんと柑子さんは瞳孔が開いていて巴さんから目を離さない。

「何…勝手なことしとるん?」

「返答の次第によっては排除も辞さないですよ」

「そんなに怖い顔をしないでも、僕は毒蛇と違ってそう悪いことを考えてるわけじゃないよ?」

「おひぃさん、ちょっとこれは…流石にこっちが悪いっすよ」

「もう、ジュンくんはどっちの味方なのさ!」

ぷんぷんと頬をふくらませる巴さんに二人の視線が更に鋭くなって、聞こえた足音と甘い薫りが横を抜ける。

『木賊、柑子』

「っ、」

「ですが」

『まだ話も何も聞いてないんだから落ち着いて』

二人を宥めたと思えば後ろからもう一人もついてきて横に並ぶと眉根を寄せた。

「急に呼び出しておいてなんの説明もないなんてどういうことなのサ」

「ん?僕は君のことは呼んでないんだから説明なんてあるわけないね?」

「っ」

『なら、巴さん、僕を呼ばれた理由はなんですか?』

怒りに言葉を荒げようとしたらしいその人に、眼鏡の人はさっと遮るように場所を動いて巴さんを見据える。

巴さんは可憐に笑った。

「紅紫くんにこのライブに出てもらおうと思って!」

『………え?』

「うんうん!君ならばどんなステージでも輝けるだろう?やっぱりステージには華がないといけないよね!」

『……ごめんなさい、漣さん、少し補足をいただけませんか?』

「はぁ。本当にすんません、紅紫さん。今回のライブに出る予定だったユニットが一組音信不通になったらしくて、その代打を探してるんです」

『ああ…なるほど…』

「説明が終わったのから準備に入ろうか!君もそれで問題はないよね!」

「え、その、」

急に振られた話に主催者が目を白黒させて固まる。あからさまに戸惑ってるその人に紅紫くんと呼ばれてた眼鏡さんは息を吐いた。

『状況は理解しましたが、僕が出るとなると今回のライブの趣旨に合いませんよ』

「ふふっ、些細なことだよね」

「…統一性を乱せば今回のライブの失敗にもつながるヨ。そもそも出演者が足りないのなら空き時間を調整するなり、もう一組出るなりするのが定石だろウ」

「今回のタイムスケジュールは既にかなりのゆとりをもって組まれている。これ以上合間を作ることはライブの空気を壊してしまうね?それに、この状況で再出演の権利を、時間内に決められると思うのかい?」

「ひっ」

じとりとした視線に出演者が肩を跳ねさせ、縋るように巴さんを見る。巴さんはうっとりとした笑みを浮かべて囁く。

「統一性を求めているのは重々承知。けれど紅紫くんならば一人でも決して見劣りしないステージを作れる。それならば今から定まるかもわからない再出演者を決めるよりも、すべてを壊しかねないスケジューリングを組み直すよりも、もっとも成功率の高い手を取るべきだろう?」

「っ、あ、」

「そこにある光に手を伸ばすだけだね?」

「……あ、あの!紅紫さん!!」

『あ、はい』

「どうか今回の舞台に立ってくださいませんか!!」

『え、あの、それは…』

「どうか!どうかお願いします!」

頭を勢い良く下げた主催者に紅紫さんは慌てて、口を開こうとしたところで木賊さんと柑子さんが服を引いて距離を取らせる。

「駄目や」

「いけません」

『……まだ返してないよ?』

「それだけはアカン。自分が責任をかぶる必要はないやろ」

「おや、みどりくんってば随分とひどいことを言うね?このライブが失敗で終わってもいいのかな?」

「それは僕達の管轄外ですよね?ライブの完成度に対してならばまだしも、運営に関しての責任を求められたところで一出演者としてどう答えろと言うんですか?」

「そこは出演者として出来うる限りの力を尽くして手伝うべきじゃない?」

「その力を出した結果として、一人で矢面に立たせると?」

「統一性を乱した責任取るんは自分でも主催者でもない。一人で出たはくあや。できるから言うてはくあになんでもかんでも押し付けんのはありへんやろ」

飛び散る火花に周りは息を潜めて自分に矛先が向かないように縮こまる。主催者に関してはもうどうしていいのかわからなそうに涙をためていて、見かねたのか紅紫さんが二組の間に入った。

『二人とも、落ち着いて…』

「はい、落ち着いております。だからこそ、僕達はここを引くわけにはいきません」

「これ以上負担かけさせるわけにはいかん。自分は黙っとき」

「二人とも怖いなぁ。一体…何を恐れているのかな?」

「なんも恐れとらんわ。俺らは唯一を大事にしとる…ただそれだけや」

びりびりとした空気に誰も息をできなくて、あ、と何かを思いついたような小さく明るい声がした。

「一人なのが悪いんすよね?」

「それだけではございませんけどね」

「それなら紅紫さんも二人で出てもらえばいいんじゃないですか?」

「うん?」

「紅紫さんと逆先さんで出てもらえばそれでぴったりっすよ?」

「なるほど!!!そうですね!!」

漣さんの提案に主催者がぱぁっと顔色を明るくして二人を見る。矛先が向いたことに逆先さんが眉根を寄せて、巴さんがあからさまに表情を変えた。

「どうしたんすか?」

「ジュンくん、それはないよ、一番ないね」

「それはどういう意味サ」

「ええ…?そんなわかりきったことを君は聞きたいのかい?」

目を細めた巴さんに逆先さんは代わりに目を開いて、二人の間にとてつもなく重い空気が流れる。異様なまでに固い空気にひなたくんとゆうたくんがここで初めて表情を変えた。

「僕は紅紫くんに出てほしい。それは彼ならば美しく素晴らしい物をつくれるからだよね?でも、そこに君が混ざるのはよくない」

「は…?どういうこと?」

「鈍いねぇ。そこまで言われないとわからないのかい?」

「なに…」

「僕は紅紫くんの足を引っ張る君の存在は要らないって言ってるんだよね?」

『、巴さんっ』

「奇人の数合わせに選ばれた程度の能力しか持たない君が、あの状況下全員に護られて舞台にも上がれなかった君が、紅紫くんと双璧を成せると思うのかい?」

「おひぃさんっ!」

「はっきり言ってあげよう。君は今も昔も力不足だから、ステージに上がる資格はないよ」

「っ!巴!!」

叫んで、その瞬間に動いたのは六人。

「「はいはーい、そこまでー」」

まずは二組の合間、逆先さんを庇うように腕を開いた二つのオレンジ色はじっと巴さんを見つめる。

「僕達は昔の話とかよくわかりませんけど、そもそも今は外なんですから殊更その話題を出すべきじゃありませんよね」

「差別侮蔑はーたい!たとえ貴方が逆先先輩を力不足だって言ったとしても、逆先先輩すごく素敵なステージを作り上げる先輩なんですよ!」

「君たちは…朔間くんのところの双子だったよね」

「ええ!僕達は朔間先輩の元で修行を積んでいるツインズですっ」

「つよーい魔物に育てられてますから、誰にも引きませんよ!」

「うんうん、なるほどね」

二人は目が笑っていなくて巴さんも口角だけを上げてる。

「離しなさい、木賊」

「それはしたらあかん、柑子」

少し離れたところ、腕を上げた姿勢の柑子さんに拮抗するように腕を掴んで止めてる木賊さんは二人とも見合っていてぎちぎちと音が聞こえてる気がした。

「駄目です、アイツ、夏目くんをっ」

「わかっとる。けど今自分が手を下すのはいくらなんでも人も多い」

「でもっ!」

「ここは一番はくあに迷惑かかる」

「っ、でもっ、でもっ」

「今はやめとき。…私怨の報復は後でやれや」

「〜っ」

感情が追いつかないのか唇を噛んだ柑子さんに木賊さんは一歩も引かず、もう一組、腕を掴んで、組み合うふたり組に目を向けた。

「はなして!!」

『駄目だ』

「なんで止めるの!!」

『こんなところで騒ぎを起こすのは逆先にとってよくないよ』

「そんなのどうだっていいんだよ!僕は!僕は!」

『君がこんなことで怒るのはらしくない』

「それを君が!君が言わないでよっ!!」

『…うん、ごめんね』

抱き寄せるみたいに押さえつけてるせいで何度も殴られてるその人は眉根を寄せながらも手を離さない。

「僕!僕はっ!!」

『………うん。怒るのは最もだよ。だからこそ、今そういう風に怒るのはよくない』

「ならっ、」

『俺達には俺達のやりかたがある』

「え…?」

『ちょっと失礼しますね』

にっこりと笑って主催者に断った紅紫さんはポケットから携帯を取り出すと数回画面を触って耳に当てた。通話をしようとしてるらしい動き。相手はすぐに出たのか息を吸った。

『お疲れ様です。青海のスタジオ、場所と備品使います。…はい。ありがとうございます』

言葉少なに会話が終わったのか通話をやめて携帯を耳から下ろす。ぽかんとしてるのは今の今まで怒りに呑まれてたり空気に恐縮していたはずの周り全員で、その人はにっこりと笑った。

『急なご相談で申し訳無いのですが、今回のライブに出演させてください』

「え、ほ、ほんとですか!?」

『はい。逆先と二人で出演いたしますので今回のライブの空気を壊すこともございません』

「ありがとうございます!!」

涙を滲ませて喜ぶ主催者を一瞥して、巴さんにゆっくりと視線を動かした。

『巴さんも、異論はございませんね?』

「うん、仕方ないね。僕は出てほしいとしか言ってないからね」

『そのとおりです。今回の依頼をお受けします。…こちらで演目、演出はすべて決めさせていただきますね』

「もちろんだよ。楽しみにしているね!」

『ええ、ご要望に添えるよう作り上げます。それでは、準備がございますので俺達はこれで』

「え、?ま、って紅紫っ」

話を切り上げて逆先さんの手を引いて出ていってしまったその人に、主催者はそうとなればと急いで部屋を出ていく。

残された控室の中には嫌な空気が漂っていてあはっとその人は声を上げて笑った。

「すごく悪い空気だね!ジュンくんっ!」

「GODDAMN!アンタなに空気乱してんだ!紅紫さんむっちゃ怒ってたじゃねぇっすか!!」

「うふふ!これは楽しみだねぇ〜!さぁて、僕達もこんなところで無駄な時間を過ごさずに準備に行こうか。ジュンくん、早くスタジオに行くよ」

「あーもう!そうやって!!」

「それじゃあ後でね、近衛くんたち」

ひらひらと手を振って優雅に出ていってしまう巴さんに荷物を持って怒りながら追いかけていく漣さん。

二人減ったとしても依然として空気は悪く、舌打ちが響いた。

「柑子、お行儀悪いで」

「…失礼いたしました」

よく響いた大きな舌打ちはまさかの柑子さんからだったらしく、誰もが二度見する。柑子さんは深呼吸を繰り返してしていて、その間に木賊さんが顔を上げた。

「ひなた、ゆうた、ありがとうな」

「いえいえ!このくらいお安い御用ですよ!」

「特攻は俺達の役目です!」

「阿呆、一年を矢面に立たせられんわ。危ないから今度からはこないなことしたらあかんで」

ぽんぽんと二人の頭を撫でた木賊さんは目を細めて、それから隣で俯いたままの柑子さんの肩を叩くとせやと空気を変える。

「俺ら今からスタジオに移るけど、ひなたとゆうたも来るかぁ?」

「え、スタジオ持ってるんですか!?」

「事務所がな。さっきはくあが許可取っとったし、俺らも使って問題ないわ」

「本当にいいんですか?」

「ん。こないなところおってもしゃーないやろ。せっかくやし飯も一緒に食おうや」

「「わーい!お邪魔しまーす!」」

荷物を肩にかけて出ていく準備をするひなたくんとゆうたくん。木賊さんも荷物を持って、静かだった柑子さんが顔を上げて振り向いた。

柑子さんはおっとりとしたいつもの笑みを浮かべていて俺達に視線を合わせる。

「もしよろしければWのお二人もご一緒にいかがですか?」

「え、俺達もですか?」

「はい。これも何かの縁でしょうから」

笑みを深める柑子さんに享介と目を合わせる。

そもそも元凶であった巴さんがいないとはいえ室内の空気は重く、これ以上居るのはとんでもなく心労が溜まりそうだ。

「こ、こちらこそ、お邪魔させてください」

「ええ、もちろん。では参りましょう」

荷物を持って控室を後にする。来た道を戻って外に出ると日が降り注いで、六人で路地裏を歩きながら街中を進んだ。

「スタジオってどのくらいのところにあるんですか?」

「ここから十分も歩かないところにございますよ」

「え、一等地じゃないですか」

「ほんまや。頻繁に使う場所でもないのに常にメンテされてて金の使いどころがまちごうてる」

「ふふ、その恩恵に預かれるのですからそういうものではありませんよ、木賊」

「それもそうやけど…と、こっちや」

人混みを避けて曲がり、また少し歩く。そうすれば大きなビルにたどり着いて先頭を歩く二人は迷うことなく扉の横の壁についたパネルに手をあてて、自動扉を開けた。

「え、やば、まじでかい」

「これがスタジオ…?」

ひなたくんとゆうたくんが目を丸くして固まる。俺と享介も全くの同意見で先に中に入ろうとしてた二人が振り返った。

「なにしとるん?」

「出るのは楽ですが、入るのは掌紋認証してある人がいないといけませんから気をつけてくださいね?」

「あ、はい!」

「すみません!」

駆け足でついていき中に入る。広いロビーのようなそこはホテルのエントランスみたいにきれいで、感心から口を開けて天井や壁を見渡す。

木賊さんたちに置いていかれないようついていき、大きなエレベーターに乗り込む。パネルの近くに立った木賊さんと柑子さんに俺達は奥に入って、ゆっくりとエレベーターが上がり始めた。

「………夏目、心配やな」

零れ落ちたくらいに小さな声。思わず息を止めた俺達に柑子さんが手を握る。

「あれは彼の地雷でしたからね…。…けれどはくあくんがついていますから、悪いようにはならないでしょう」

「せやな…」

ちょうどついたのか微かな浮遊感がして扉が開く。歩き出した二人に慌ててついていって、広めの廊下、両サイドに交互になるようについた扉、そのうちの手前二つをさされた。

「こちらとこちらの部屋をご利用ください。中にあるものはご自由に利用いただいて構いませんのでどうぞリラックスしてくださいね」

「え、まるまる部屋使っていいんですか?」

「かまへんかまへん。こんなん使わなかったら放置されてるだけでもったいないんや。もう好きに使ってください」

「僕達はこちらの部屋を使いますので何かあったらお声掛けください。建物の外に出られるときも教えてくださると幸いです。それでは」

二人は宣言通り向かい側にある部屋に入っていってしまって取り残される。ひなたくんとゆうたくん、享介と顔を見合わせてからそれじゃあと笑った。

「俺達こっちでもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「また後でお会いしましょうねー!」

手を振って隣の部屋に入っていった二人に俺達も取っ手に触れて中に入る。

開けた空間は空気清浄機が仕事してるのか空気は澄んでいて、室温も快適。ピカピカで自分が反射する床に壁面は鏡。音響システムも整っててCDを入れるデッキはもちろん、スマホからも音が取れるようにケーブルも用意されてる。

「うわぁっ!すっごーい!」

「むちゃくちゃ綺麗…!」

室内を見て回る。高級ホテルのように透明の袋に封入されてるタオルにサイズ別のジャージ、シャツ、靴の揃ったクローゼット。割と広いシャワー室に冷蔵庫の中にはお茶やスポドリ、ジュースまで、各種類三本ずつ飲み物が入っててどこまでもいたれりつくせりだった。

「「やばい…」」

享介と顔を合わせてあまりにきれいなスタジオ内に手を取り見を震わせる。

「これ…使ったら高額請求あったりしない?」

「どうしよう。三十万とか請求されたら監督死んじゃうかも」

「驚きで倒れるかもしれないね…!」

「ひぇー…」

かたかたと震えてどこに近寄っても怖いから部屋の中心で腰を下ろしてあたりを見渡す。こんな完璧な部屋がいくつもあるなんてこのスタジオの持ち主の事務所はどれだけ大きいんだろう。

用意されてる時計に時間を確認してみるけどまだ12時にもなってない。ぎりぎりまで時間を潰すにしてもまだ数時間、流石にこうやってこわがってカタカタしてるのも無駄だろう。

「きょ、享介、せっかくだしちょっと練習しようよ!」

「そ、そうだね、悠介。ちょっと準備したりしようか」

ストレッチを念入りに、その後に体を動かして、なんとなくテンションが上がってきてからそのまま音楽をつなげて踊ってみる。少し汗をかいたところでチリンと音が聞こえた。

顔を上げて止まるともう一回チリン、チリンと鳴らされてチャイム音らしい。

「はーい!」

「「こんにちはー!」」

扉をあけて見れば向こう側にオレンジ色の同じ表情がふたりいて、ひなたくんとゆうたくんが笑ってた。

「どうしたんですか?」

「そろそろお昼じゃないですか!」

「なので、ご飯どうします?っていう相談です!」

「あ、もうそんな時間…」

言われて確認した時計はもう12時を過ぎていて13時に近い。意識したら腹がなって、顔を見合わせる。

「あははっ!やっぱお腹すきますよね!」

「木賊先輩たちに聞いてみましょ!」

「そうですね!」

四人で歩いてさっきaddictの二人が入っていった扉の前に立つ。扉のすぐ横にはスイッチがついててたぶんこれがチャイムなんだろう。

手を伸ばして押してみる。反応がないからまた押して、首を傾げた。

「あ、これ外からだと音鳴ってるように聞こえないみたいなんですよ!」

「さっき俺達もいっぱい押しちゃって!」

連打されたチャイムの真相になるほどと頷けば扉が開いた。

「なん…?」

扉の向こう側から現れたのは水でも浴びたみたいに汗を流してる木賊さんで、隙間から見える向こう側には床に座り込んで俯いてる柑子さんがいた。

「せんぱーい!お昼ですけどご飯どうしますか!」

「昼…?もうそないな時間かぁ」

頭を掻いた木賊さんは一瞬向こう側を見たと思えば手を伸ばして近くから何か取って差し出す。

「誘ったんに悪いんやけど、俺らはええわ。ちょっと外出られへんからデリバリーしてもらえますか?」

「え、デリバリーですか?」

「俺達いっぱい食べちゃいますよ!いいんですか!?」

「ん。好きなもんぎょーさん食べてこのあとに備えとき。食べたもんはスタジオの外にゴミまとめてこの端末も一緒に置いといてもらえれば大丈夫です。後、俺ら個別に行くんで会場先行っといてもらえますか?」

「わ、わかりました」

そんじゃと扉が閉まる。残された手の中の端末はタブレットらしく、ファミレスで見るようなメニュー表に見える。スワイプしてみて目を瞬く。

「わ!いろいろある!」

「あ、こっち…これも食べたい!」

「これ本当に何食べても怒られないかな…?」

「あはは!木賊先輩は嘘はつかないですし怒らないんでこの際ご厚意に甘えまくって何でも食べちゃいましょう!」

ラーメン食べたーい!とひなたくんがカートに入れて、ゆうたくんも麻婆豆腐を選ぶ、それからからげなんてサイドメニューも入れていきながら俺と享介も注文を決めて、メニューが来るまでの間はひなたくんとゆうたくんの使っていたスタジオに入る。

スタジオに入って、扉を閉めて、二人が頭を抱えた。

「えー!まじやばいよあれ!」

「木賊先輩と柑子先輩ガチじゃん…!」

「ど、どうしたんです?」

「さっきの二人…」

「木賊さんもそうだったけど、柑子さん疲れ果ててませんでした…?」

「あー、あの二人、ある程度体力を使ってからが本番のタイプで…」

「特に柑子さんはまじでやばいです。ライブ中はもうハイになってる状態です」

「ある程度というかもう動けなさそうな感じでしたよ…?」

「「いやいやいや、まだあれは序の口です。これからあの二人もっと追い込んでくと思うんで…こわーい!!」」

きゃーと頬に手を当てて叫ぶ二人。あれだけ疲れていたらもう動けなくなりそうなものだけどと思いつつそうなんだねと苦笑いを返した。




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