イナイレ

アラームもかけずに寝たらしく、起きたら10時を回ってた。重い頭に中々動く気にもなれず枕に顔をうずめる。今日は、面白くないことがおきそうだ。なんて柄にもなく予言してから目を閉じた。

「おーい!来栖っ!」

ばんばんと叩かれる扉に早速予想が的中したと耳をふさぎたくなった。




『で、なんの用だァ?俺の睡眠を妨げてまで伝えなきゃならねぇ大事な用なんだよな?』

朝一で扉を叩きまくる、迷惑極まりない行動をとってくれた円堂を視界に入れながらイヤホンをいじる。

「ん?用っていうか、来栖は立向居と綱波と仲よかったんだな!!」

『はぁ?』

「あと、吹雪とか虎丸とか不動とかヒロトとか飛鷹とか!!」

『あ?』

「音無と秋とふゆっぺも!」

『…………』

日本語喋ってくんねーかな。

目を輝かせ俺を見る円堂にこれ以上聞く価値はないだろうと見切りをつけイヤホンをつけ携帯を取り出した。

視界の端では円堂が未だ話しており、携帯には久々に見る名前からの不在履歴があって壁から背を離す。

「ん?来栖?」

『お前うるせぇ』

廊下を進んで携帯を耳にあてる。

一回、二回目のコールで音が途切れて喧騒が聞こえた。

「かいとん!」

まだ生きてたんだ。そんなレベルで久しい声が俺を呼んだ。

「生きてるかなーって電話ったんだけどよかった!かいとん生きてたねん!そろそろ刺されたかと思ってたよ!!」

『刺されねーよ。相変わらず腹立つなァ』

「俺っちすごい!えっへん!」

『褒めてねぇわ。…で?今回はなんだ?』

「ん!今日は近いうちまた会えそうだったからご挨拶〜!」

『はぁ?お前今「来栖ー!なぁー!」

置いてきた円堂が追いついたらしい。電話中だってのに大声で呼んでくるなんて迷惑でしかない。

電話の向こうで彼奴がけらけらと笑った。

「かいとんかっらまれてる〜!じゃ、またね!ばいばいきーん!!」

ぶつりと切れた音に結局彼奴はなにがしたかったのか全くわからず息を吐く。でも、記憶に違わない、俺の相棒ってやつは元気そうだ。

「あ、電話してたのか」

『気づくのがおせーっつーの。馬鹿かよ、普通わかんだろ』

これだからノーテンキ馬鹿は困る。

そろそろ円堂にひっつかれすぎてキレそうだ。そう思うとほぼ同時に視界の端に見慣れたちっこいのがこっちに向かってきた。

「諧音さーん!」

その後ろには白菜的な尖ったクリーム色の頭が見えて口角が上がる。

『…虎、丁度いいとこに来たな』

「え、なにがですか?」

『俺これから用あんから、それの相手変われ』

「え、」

呆ける円堂と固まる虎、ようやく追いついた豪炎寺を背にして目的地に向け足を運ぶ。

ノックを手早く三回して返事を待たずに開ければ特に驚くことなく息を深々吐いた道也が頭を押さえた。

「返事を待てないのか…」

『次、韓国とだろォ?練習変えねぇの?』

道也の向こう側、さっきまで触ってただろうパソコンの画面にはリアルタイムの試合が映ってる。また道也が息を吐いた。

「今、悩んでいるところだ」

『俺もアイデアだしてやろーか』

俺の言葉に道也が顔を上げて見てくる。

『別にそんな変なこと言ってねぇぞ?』

「本当か?」

『嘘言ってどうすんだよ。暇潰しさせろってことだァ』

この部屋にある椅子は一つですでに道也が座ってるからベッドに腰掛ける。道也は固まってから笑って、少し待ってろと立ち上がった。

「作戦会議には必要だろう」

戻ってきた道也が持ってきたのは開いてないコーラ。もう片手にはスポドリ。

『さっすが道也わかってるわー』

コーラを受け取って蓋を開ければしゅっと炭酸の抜ける音がした。







「明日の対戦相手について話す」

ミーティングっていう対戦相手確定報告にもちろん俺も呼ばれ、端っこの出入口に一番近い場所に陣取った。

ほぼ定位置に座るこのミーティングで、俺の隣に座る奴はおらず、気ままに携帯をいじり情報を集める。

それにしても、予想外だった。選手の顔写真を見て自然と眉間に皺が寄る。二人も知ってる相手がいるのは好ましくなかった。

「新しい練習については後日連絡する。明日の練習開始は八時とする。」

以上、と最後についた言葉にイナジャパたちは解散するわけでもなく道也の言った言葉を復唱したり、作戦を立てたりしている。

「来栖」

『なに』

そんな話し合いに混ざらず近寄ってきた豪炎寺は真剣な顔をしていて、厄介事が持ち込まれそうな雰囲気だ。

「少し、時間_…」

珍しくマナーモードにし忘れてた手の中の携帯が音楽を流す。初期設定の音楽に室内の奴らがこちらを見て、舌打ちをしてから画面を見た。

『……?』

非通知の文字に訝しみ、ぐっと眉間に皺が寄ったのがわかる。俺の携帯に非通知でかけてくるような馬鹿いたか?

「出ないのか?」

鳴り止まない音楽と俺の様子に見かねたのか豪炎寺が伺ってきて、一瞬だけ悩んだ。

『…ああ、また後で話し聞いてやんよ』

立ち上がり扉を開け携帯を耳にあてた。







『ふざけんな!』

外から聞こえた怒声に室内にいたみんなが一瞬で黙り、外を覗いた。予想したとおり、声の主は来栖で携帯を耳にあててる。

『今てめぇどこいんだよ!』

背中を向けていて表情は読めないが相当怒っているのだけはわかって、みんなが止めるべきか見守るべきかと視線を合わせ、彷徨わした。

『おい…まっ、くそっ、カイアっ!!』

電話の相手だろうか、名前を叫んだ瞬間、みんなが首を傾げるなかで何人かが肩を揺らし、目を見開いた。

その行動と面子に違和感を覚えているとがんっと壁を強く叩く音が響き、視線を戻すと来栖は携帯を持った手を壁に叩きつけていた。

『………』

何も言わないその背中は覇気迫っており、誰もが理解できずただ立ち尽くす。そんな中、動いたのはやはり来栖で舌打ちをしたと思えば廊下を歩いて行き、角を曲がった。

あの先にはこの施設の唯一の出入口があったはずだ。なんてことはみんな気づいていたが神妙な顔つきをした監督は止めるわけでもなく、その背中が消えていった道を見つめたままだった。





「………少し、気になることがあるんだ」

来栖が消え、なんとなくお開きになったミーティングあとの集まり。俺の部屋にいたのは円堂と鬼道とヒロトと吹雪だった。

「なんで俺の部屋なんだよ…」

「来栖のことなら風丸が一番よく知ってるだろ?」

さらっと言われた言葉に息が詰まる。そうすればまた、こんこんと扉が叩かれた。

最初は円堂だけだったのがこんなに集まり、広くもない部屋の中は窮屈でしかたない。豪炎寺が虎丸の練習に付き合ってていないのにほんの少しほっとする。

ヒロトの言葉になにが?と返すのは円堂で、少し躊躇うように間を置いてからヒロトは口を開いた。

「来栖くんは何故、日本代表に選ばれたんだと思う?」

その疑問はきっと俺達だけじゃなくここにいる代表のほとんどが考えたことはあるだろう

「すっげーサッカーうまいからじゃないのか?」

きょとんとした円堂が出した答えに首を横に振ったのは鬼道で、腕を組んだまま話を始める。

「例えそうだとして、何故監督が知っているのか。選考試合にも出ていないのに選ばれたのか。……サッカーが嫌いというなら、何故、未だ合宿に参加し残っているのか、理由がわからない」

「…俺も来栖がサッカーどころか体育に参加してるとこなんてほとんど見たことないんだよな。みんなは?」

「風丸くんって同じクラスなんでしょ?それで見たことないならみんな知らないんじゃないかな?…けど、そもそも、来栖くん自身がサッカー嫌いって言ったの?」

俺の言葉に他校でさらに関わりのないはずの吹雪が首を傾げた。

「昨日少し話をしてな。彼奴はここにいる理由なんてものは特にないと言ってたがそんなはずはないだろう」

鬼道が昨日話してたことに驚くのは円堂以外で、円堂は嫌いって、そんなことないと思うけどなーと視線を上に迷わせた。

「来栖サッカーうまいし、虎丸とか飛鷹の練習にも付き合ってやるくらいだから嫌いなんてこと「飛鷹の練習?」あ、やべ」

失言に食いついたのはやっぱり鬼道で、ヒロトと吹雪の話の続きを促す。

「あ、あんま言うことじゃねーと思ったし、秘密の特訓だからあれだけど…」

言葉の説明がうまくない円堂の話を聞き、吹雪が要約したことをつまり…と続けた。

「飛鷹くんはずっと選手に選ばれてから一人で練習してて、たまたま来栖くんがボール蹴ってる姿を見てサッカーが上手って知った飛鷹くんが頼み込んで、結果来栖くんは週二回くらいの頻度で練習に付き合ってたってこと?」

「そそ」

頷いた円堂。

浮かび上がった来栖の人物像はなんだかチグハグで、違和感ばかりが残る。

「優しいんだね、来栖くん」

「彼奴、そんなに面倒見のいい奴だったか?風丸?」

鬼道の声に唇を噛む。

同じクラスにいた頃、そこまで深い間柄じゃなかったけど、クラスがずっと一緒で席が前後だったこともあって何かと話してた。来栖はいつでも種類は違えどゲームをしてて、下を向いてるやつで話しかけるのは俺と木野くらい。

学校にはろくに来ず、来ても授業中でさえゲームをしていて、中断させると深い溜息をつくし悪態をつくし、更には一年の頃のことが原因で問題児扱いされていて、けど成績は良くて、俺が貸してもらうノートは見やすく丁寧で、赤点続きで泣きついてくる円堂に嫌そうに公式を教える言葉もわかりやすくて、だから他は根暗オタクと遠巻きに嘲笑されているのが来栖だった。

それが、代表に選ばれてからすべて崩れた。

俺の知ってた来栖は仮面のようなもので、本性はもっとどす黒くて、かと思えばどこまでも優しくて、円堂は来栖のことなら風丸は何でも知ってるだろなんて言ってたけど自信がなくなってしまった。

知ってると、わかってると思ってた。それがわからなくて、恐くなって、あんなに隣にいるのが当たり前だったのに今じゃ顔を合わせることもできない。

「俺は…なにが本当の来栖なのかわからない」

思わず出た本音は円堂すらも黙らせてしまい、まずいと繕おうとしたところでヒロトが何か思いつめたような顔で被せた。

「僕は以前の彼のことは一切知らないけど、円堂くんの言うとおりサッカーが嫌いなようには見えないかな」

「僕も。サッカーが嫌いなら、あんなに悲しい顔しないと思う」

「悲しい顔?」

「うん。いつだったか円堂くんにシュートを入れてた時に、ボール触ってから蹴り終わるまで来栖くんも、怒ってた監督も悲しそうだった」

「そんな表情してたか?」

記憶を探るもここ最近練習のハードさと目まぐるしさに出来事は覚えてても表情まで思い出せない。

「だからきっとね、来栖くんはサッカーが大好きだと思うんだ。…なにか、事情があるんじゃないかな?」

そう言う吹雪は過去、完璧なサッカーのために弟と自分を交代に使って試合を行ってたから、辛さがわかるんだろう。

「少し、調べてみようかと考えてる」

鬼道の言葉にぱっと顔を上げ反射的に口を開いたのは円堂だった。

「調べるとかじゃなくて、せっかく一緒にいんだから話して聞こうぜ!」

「うん、僕もあまり人の裏を探るのは嫌だから円堂くんと同じようにしたい」

「………」

難しい提案だと、賛同した吹雪以外そう思った。

鬼道は難しそうで困ったような顔をしてどうしようかと悩んでる。

珍しくまとめたのは鬼道でも円堂でもなく、ヒロトだった。

「……とりあえず、調べるとか事情を探るとかは置いといて、韓国戦に備えようよ。もちろん来栖くんに話しかけて仲良くなるのはいいと思うけど…もし、探ったとして、知ってしまった内容が重たくない、絶対試合中に引きずらない保証なんてないんだから」






『……』

「…―で、一夜放浪してきて落ち着いたのか?」

『…うっせ』

「………そうか。あまり一人で無理をするなよ」

『……道也は心配性だよなァ』

「そうだな。お前らのことに関してはな」

『…そーかよ。……今日の練習は出てやんよ』

「………今日は霰でも降るのか?」

『うっせ』




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