イナイレ

寮に帰れば道也が包帯のとれた頭を見て眉間の皺を薄くした。さらに吹雪やら基山やらの目が集まってきたが全て無視して部屋に向かう。

心配そうにしてた虎へのフォローは明日にして、汗流してさっさと寝よう。階段のぼって自室まであと少し、通路の途中の扉ががちゃりと音を立てて目の前で開いた。

「あ」

『……』

なんだっけこいつ。誰だったかな。

一瞬考えて思い出せず目をそらす。横をすり抜けようとした。

「あっ、あの、来栖さん」

通り抜けられると思って思わずと言った様子で呼び止められた。当人はどうしてかどもってからまっすぐ見てくる。

「あの、来栖さん、ってずっと前に――――むぐっ」

ずっと前に、その次の言葉に身体が過剰に反応した。気づけば名前も思い出せないこいつを壁に押し付けて掌で口をふさいで睨みつけていて、息を吸った。

『…お前、それどこで見たァ?』

「ふむん、むぐぐっ」

口を塞いだままで喋れるわけがない。掌を外して壁をつく。手が外されたそいつは呼吸をして視線を上げた。

「えと、俺、親に連れられて何年か前の大会を見に行って…」

『なるほどなァ?』

有名でもないのに昔のことを知ってる奴がこんなとこにいるなんて思ってなかった。こいつ自身はなぜ今問いつめられてるのかわからないみたいに目を丸くしてる。

「あ、あの…来栖さん?」

『なに』

「大丈夫、です…か?」

自分でもわかるくらい眉が一瞬痙攣したのがわかった。

「ぐ、具合悪いんですか?」

『…別に悪かねぇよ』

「け、けど」

なにが気になるって言うんだ。

引かないでそのまま眉尻を下げて俺を見上げるから、明らかに年下のこいつにこんな表情をさせてる自分の不甲斐なさに息を吐いた。

『…お前、名前なんだっけ』

「え、あ、立向居です!」

『ふーん。…で、立向居はそれを聞いてきてどうしたかったんだァ?』

「どうしたかった、ですか?」

さっき口を塞がれたとき並みに目を丸くしてからぱっとに顔色を明るくした。

「俺!来栖さんたちのファンだったんです!!」

『は』

「特に諧音さんのプレーが大好きで!」

『……』

「こうやって一緒の代表に選ばれて一緒の練習してることが夢みたいです!」

なんでこんな目を輝かせてんのこいつ。壁に押し付けてるのは俺のはずなのに押してるのはこいつな気がする。

そのままぺらぺらと言葉を続けるから目を逸らした。

『おい、』

「はい!!」

『落ち着け』

「わかりました!!」

誰かこいつに落ち着くの意味を教えてやってくれないだろうか

「あの、来栖さんだと間違えちゃいそうなんで諧音さんって呼んでもいいですか?」

『…呼び方なんて好きにしろよ』

「えへへ!ありがとうございます!諧音さんって呼ばさせてもらいますね!」

虎も立向居も、年下だからか幼く見える。にこにこ笑ってる立向居に息を吐いて空いてる方の手で頭を撫でた。

「諧音さん?」

『なんだァ?』

「俺、どうして頭を撫でられてるんでしょうか?」

『あー、特に意味はねぇな。嫌ならやめんけどォ』

きょとんとしてるだけだった立向居が目を細めて口角を上げる。

「嫌じゃないです」

虎が人懐っこい子猫だったらこいつは子犬っぽい。くせ気味の髪を混ぜればなぜだろうか、頭頂部に犬耳が見えてきた気がする。豆柴か、うん、豆柴っぽい。

緑色の首輪とか似合いそうと思いながらされるがままになってる立向居の頭を撫でて、視界に入ったそれのしようとしてることに目を瞬いた。

『………あ』

「はい?」

止まった俺の手と零した声に立向居が顔を上げる。同時に、飛んできたボールは一歩退いた俺と立向居の間をすり抜けっていった。若干鼻先擦れた気がしなくもない。

ちらりと立向居を見れば目を開いたまま硬直してた。

『随分な挨拶だなァ?』

離した壁についてた手で立向居の頭を撫でてからポケットに突っ込めば更に視線が強くなった。

「か、諧音さん?」

頭を撫でられて硬直が溶けた立向居は俺を見上げる。視線を向けてたやつの眉がぴくりと動いた。だけど口を開こうとしない。息を吐いて立向居の頭をもう一度撫でた。

『立向居、お前どっか向かうとこだったんじゃねぇの?』

「あ!」

思い出したのかわたわたとし始める様子に息を吐いた。

『また今度時間合ったら話せばいいだろ。いってこいよ』

「あ、えと、はい!ありがとうございます!」

お辞儀してみせてから失礼しますと小走りを始めた立向居に少し口角があがった。

階段に差し掛かったところで声を上げ、くるりと体を向けてくる。

「諧音さん!」

『なんだァ?』

「今日の晩飯一緒に食べませんか!」

『ん、気がむいたらなァ。いいからとっとといけ』

今度もありがとうございますと言葉を残して階段を降りていった。

完全に視界から消えた立向居と、いまだ無言で佇んでいる後ろのやつ。深く息を吐いた。

『用がねぇなら最初から突っかかってくんなよ。あんなら話せ。うぜぇ』

振り返って視線を投げればピンクの頭が揺れる。服の裾を握るのがとてとよく見えた。

『……じょ「なんで、なんで、なんで?」

ああ、これはめんどくさいスイッチ入ってやがる

「なぁ、なんで?どうして?」

こうなってるこいつは話が通じねぇから嫌いだ。

そもそも目が据わってる系の奴苦手だし、しかたなく横をすり抜け歩くと後ろにくっ付いてくる。

こんなところ誰かに見られたら間違いなく、めんどくさいことになるだろう。だからといって部屋に入れるのなんて以ての外。自室までついてきてなんで、どうしてとリピートするこいつに視線を向けた。

『…おい』

「、なんだ諧音?」

依然として目は据わったままなのに声だけ普段通りで気持ち悪い。目のハイライトっつーのはほんと大切だなァ。

『で、なに』

「ああ!なぁ諧音?……その傷、どうしたんだ?」

真っ黒の瞳が俺を見据えて、飾り程度に上げられてたはずの口角が下がる。

あの不良共を庇うわけではないけど、流石にあれだけボコボコにされた後に追い打ちは哀れだ。

『覚えてねぇ』

「どうして?」

『興味がねぇからに決まってんだろォ』

そっか、と口角だけ上げるがまったく笑ってない目にまだ話があるのかと心中で息を吐いた。

「諧音」

どうしてこうも

「立向居と、なんで仲いいの?」

めんどくさいんだこいつ

「なぁ、いつから知り合い?なんで下の名前で呼ばれてんの?どうして二人でいた?なんで頭なでてんの?どうして飯食う約束してんだ?なんで?」

普段のあのお気楽キャラはどこにいったと聞きたい。そもそもハイライト消してなんで、どうしてと繰り返してるこいつの姿を見たことあるやつはいるのか?つかこいつと立向居って仲良かった気がすんだけど

『昔の知り合い。何もねぇし、余計な詮索も勘ぐりもすんな』

「…、そっか!ソレならいいんだけどよ!」

据わってた目が、消えてたハイライトが戻る。一度目を閉じて開く。そこには普段よく誰かといるとき目にしてる顔があった。

『用は済んだな』

「おう!あ、そだ!なぁな、諧音飯食うなら一緒に食っていーか?立向居に俺から言っとくし!」

一瞬考えてから好きにしろと返してようやく自室に戻った。







揺れてる。頭の中が揺れてるような、地面が揺れてるような。目をゆっくりと開ければ俺を揺すってた手が止まる。

視界に馬のしっぽに一本白髪の束を混ぜたみたいなのが見えた。

「あ…、お、はよ」

『…………不動…?』

まだどこか揺さぶられてる気がするくらい頭の中は寝てる。

視界の端から動かない不動がなんで鍵閉めたはずの俺の部屋にいるのか、なんで俺のこと起こしてんのか色々気になんことはあるけど聞く気にもなれない。

寝返りを打って布団に潜る。

「あ、おい寝んな!起きろ!」

今度は布団を引っ張ってきた。布団が剥がされ仕方なく口を開く。

『…なん、の用だ、』

「飯」

顔を少し上げて携帯を掴む。デジタルの時計は晩飯の時刻を告げてた。

「起きて食いいかねーのかよ」

別に今日一日何もしてねぇし、間食したからさして腹は減ってない。行かないと二度寝しようとしたところで思い出した。

そういや立向居と食うって約束したんだったな

腹筋を使って起き上がれば、不動が一瞬肩を跳ねあげて勢い良く立ち上がった。俺もあくびを噛み殺して立ち上がる。首を回して頭がボーッとしてるのを振って飛ばして、息を吐いた。

『…つか、なんで部屋ん中いんだァ?』

「監督が鍵渡してきて、今度から起こせって」

道也に俺の目覚まし代わりを押し付けられた訳か。あのものぐさ野郎め。

しかたなく部屋を出て、階段を降りていく。殆どのやつが食堂についてるのか廊下に気配はない。

少し前を歩く不動は今日もきっちりと長袖、首元が詰まっていて、目元の赤みは流石に引いてた。

『…………首、』

「あ?」

ちらりとこちらを見てきた不動に目を逸らして、戻す。

『昨日は、悪かった』

「、……別に」

目を見開いて、逸らされた。

まぁ当たり前だよな。そもそも顔を合わせて声をかけてきた事自体が異常だ。

立ち止まってしまった不動に息を吸って、目を逸らした。

『…道也には適当に言って目覚まし役を別の人間にしてもらうし、部屋も移してもらうから安心しろ。もうお前に必要以上に絡まねぇ』

「!」

猫みたいにつり上がった目が丸くなって俺を見る。頭を掻いてそのまま足を進めた。食堂まで後少し。止まってたはずの不動が弾かれたように動いて、服が握られた。

「…………」

『…なんだ』

無言で俯いてた不動が歯を噛み締めたらしく鈍い音が響いて、ぼそりと小さな音が聞こえた。

「………………許さねぇ、」

上げられた目はまっすぐ俺を映して、口が動く。

「俺から逃げる気かよ」

『……逃げるっつーか、その方がいいんじゃ、』

「逃げたら、絶対許さねぇ」

服を握る力が強くなっていって大きく皺が寄る。離せそうにないそれに視線を迷わせてから見つめた。

『………お前の言う逃げって、俺が別室に移ることか?それとも目覚まし役を変えることか?』

「………部屋移るのも、変えるのも……態度も、変えんな」

『でもそれってお前に得なくねぇ?』

「損得で考えてる訳じゃねぇ。…………、お前がいなきゃ、………バイクに乗る約束もまだだし、お前約束破る気かよ」

変な間を開けて睨みつけられたから両手を上げて目を逸らした。

『あー、そうだったわ。俺は、約束はやぶんねぇから安心しろ。きょうじからも返事来てたし後で日程伝える』

「……おう」

『………部屋も目覚まし役も変えねぇし、それでいいか』

「…とりあえず」

『ん、わかった』

頷いてみせればやっと手が離れて不動は俺の横を抜けていく。

そんなにバイクが乗りたかったのかとか色々聞きたいことはあったがどうしてか満足げな不動にそれ以上声をかける気も起きない。

「で、日程いつなんだよ」

『あー』

携帯を取り出してメールを開き日付を読み上げる。案外あっさりと了承されたことに不動は驚いたようにして頬を緩ませた。

「そ、そうか。じゃ、そん時はよろしくな」

『伝えとく』

「待ち合わせはどうすりゃいいんだ?」

『適当に駅前とかでいいと思うけどよ…連絡先渡すから後は当人同士で話せ』

「………は?」

『あ?』

固まった不動はまた目を丸くしててこいつ意外と表情豊かだななんて思う。

目を通常サイズに戻してぎろりとさっきよりも強く睨まれた。

「…当人同士って…まさか、来ない気か?」

『なんで俺が行くんだよ。乗りてぇのお前だろォ?』

「は?!馬鹿か!お前繋がりなんだからお前が来なきゃ話にならねぇだろ!」

『大丈夫だろォ。彼奴割とメンドー見いいし、お前でも仲良くできるって』

首を横に振れば眉尻を釣り上げて馬鹿かと叫ばれた。

「お前も!来い!絶対だ!」

『はぁー?』

人見知り激しすぎんだろ。

あまりの剣幕に仕方無しに頷いて、俺も見学について行っていいかとメールする。すぐさま返ってきたメールには来ない気だったのかと驚くような内容が書かれてて、こいつも人見知りだったっけと首を傾げた。

『オッケー来たし、まぁ行くわ』

「…当たり前だろ」

疲れたように肩を落とした不動は足を進める。時計を見れば流石にそろそろ食堂に入らないと怒られそうな時間で俺もついていく。近づいた食堂から声が聞こえてきていて頭の中に犬耳が浮かんだ。

『……あ、そーだった不動ォ』

前を歩き既に食堂の扉に手をかけてた不動が振り返る。別にいう必要はない気がするけど、逃げるなって言われたんだから一応言っておいたほうがいいだろう。

『今日お前と同じ席で食わねぇ』

「……………は、?」

アーモンド形の目を丸くした不動がなんだか面白く見えた。

『逃げるわけではねぇから』

「…………そ。」

固まった不動はさっと顔を前に向け直してそーかと小さく答え扉を開けた。開けた視界。食堂にはもう俺達以外座ってた。

ぱっと顔を上げた立向居はわかりやすくてすぐに見つかる。

「諧音さん!」

勢い良く立ち上がり、手を振ったと同時に煩かった食堂内が一瞬で静まった。

「もー!来ないかと思いましたよ!」

「ほら、隣!」

立向居に話はつけていたようで、ちゃっかり同じテーブルにいた条助に隣に来るよう催促されて受け取ったトレーを持って座る。視線を巡らせると例外なくこの場にいる奴らの目が集まってきててうざい。俺はパンダか。

「諧音?」

『あ?』

「機嫌わりぃ?」

若干目のハイライトを消して右手に持つフォークに力を入れた様子に別にとだけ答える。

『悪かねーよ。いーからとっとと食え』

目のハイライトが戻ったのを見届けてから俺もフォークを持った。

「あ、諧音」

『なに』

「んや、それナス…」

指されて手元を見ればフォークの先には紫色のやつが刺さってて言葉を詰まらせてからフォークを置いた。

「諧音さん、元気ないですけど大丈夫ですか?」

向かいに座ってた立向居が不安げに聞いてきて大丈夫だとだけ返す。息を吐いて、皿を差し出した。

『…なあ』

「おー」

良くも悪くも、俺の味覚を知ってるこいつはひょいっとフォークを取り上げ紫色のものを咀嚼して飲み込んだ。

「あ、諧音さんナス嫌いないんですか?」

『好きじゃねぇなァ』

「くちくかんりょー」

口にものが入ってんのに喋んな。

だがしかしまぁ、よくやった。

『サンキュ』

皿を受け取った時てっきり麻婆豆腐だと思ってたがこれは麻婆茄子だったのか。

「こんぐらいおやすいごよーだっての!」

皿から消えた紫色のやつに息をついて礼を言えば嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「諧音さんと綱海さんって仲いいんですね!」

「おう!」

俺抜きで話し始めた二人を眺めながら今日の晩飯を済ませた。







飯くって、風呂も入って、そこまでしたらもう寝るしかない。なのにこいつはどこまでも俺の邪魔をしてぇみたいだ。

俺の部屋の扉の前、床に座り込んで背もたれ眠るアホ面に苛立ちしか感じない。

『……おい』

「んん〜…」

『…ちっ』

蹴り飛ばして退かす?外に行くか?道也か誰かの部屋に避難っつーのもありだな

包帯が外れ、スッキリした頭を掻いてれば階段を登ってくる人影が視界の端に映る。

隣室のやつが帰ってきたらしい。

そういえばこいつに押し付けるなんてのもありかもしれないな。

階段を登りきったそいつは俺を見てから目をそらし、扉の前で眠りこけてる円堂を見て俺に目を戻した。

「来栖、まさか円堂に何かしたんじゃないだろうな」

『何わけわかんねぇこと言ってやがる。どう考えても迷惑してんのは俺だろうがァ』

生憎、眼鏡ならあるがゴーグルはかち割ったことないから割んぞと言うのはやめた。

正面から見てるわけじゃないからなんともいえないが、こいつのゴーグルは表情が読みづらい。今も他の奴らほど考えてることが読み取れなかった。

鬼道は円堂を見て小さく息を吐く。

誰が見ても被害者は俺で庇いようがなかったんだろう。

『…お前のおともだちなんだろォ。とっととこの邪魔クセェの退かせ』

頭を掻いてた手を上着のポケットに突っ込み動きを促す。だが鬼道は組んだ腕を解く様子はなく、見える口角が一瞬だけ上がった。

「来栖、サッカーは嫌いか?」

『はぁ?』

俺の返事に鬼道は組んでいた手を腰に当てた。

「俺からの質問に答えたらそこで眠りこけてる馬鹿は責任持って俺が引き摺っていく。だから答えろ、なぜここにいる?」

『さっきと質問変わってんじゃねぇかよ』

鬼道が何を聞きたいのか全く掴めない。もし俺のことを良くも悪くも興味持って調べたんだとしたらそれはごくろーさん。とだけ返してやったがこの様子は違う。

「それで、来栖はなぜここにいるんだ?」

取引も何も成立してない一方的な質問に普段なら茶化すか無視るか嘲笑っただろうが、暇つぶしとして使えるんじゃないかと今日は思った。

『そうだなァ。俺はさっかぁなんつーもんは嫌いだ。代表なんてのも俺が望んだことじゃねぇ』

ひらひらと手を振り吐き捨てれば予想してたのか鬼道は特に動じることなかった。

「ならなぜここにいる」

『…言ってんだろォ。勝手に選ばれたってな』

こいつほど参謀キャラな奴なら意味を汲み取れない訳がないのに聞き返した?

二度目の答えに鬼道は首を横に振った。

「それはお前がここに来るまでの経緯だろう。そんなことはどうでもいい」

ゆっくりと顔を上げる。初めて、鬼道を正面にとらえた。

「俺が聞いているのはサッカーが嫌いなら関わらなければいいのに、何故サッカーをするわけでもなくこの合宿に居座り続けてるのか、その理由だ。」

正面から見た鬼道は変わらず表情が読みにくいが、今は優越感が見えた。

「一体、何が目的なんだ?」

真面目ながらも余裕の混じる表情に俺は顔を下げる。

『…………』

逸らした視線と答えに一拍置いたことにより勝者のような顔を見せた鬼道は一体、

『………くくっ、』

何を勘違いしてるんだろう

「…くる『ははは!』

目を見開いたであろう鬼道に腹を抱えて笑って、息を吐く。

『おいおい、ばっかじゃねーのォ』

裏があんじゃないかだのなんだの、よく憶測だけでぺらぺらと話すもんだ。

『知ってんか?お前みたいな奴がそういう深読みしすぎるおかげで策士策に溺れるなんつーことわざができたんだァ』

急に笑い出したことにか、馬鹿にされたことにか、一瞬動きを止めた鬼道はゴーグルでも隠し切れないほど表情が出てる。こういう頭がイイヤツってのは嫌いじゃない。表情を直した鬼道に今後は俺が嘲笑う。

『俺はそんな複雑な思考回路してねーよ。単純なやつだァ。やりたくねーことはやらねぇし、やりたいならやるだけ。我慢なんつーもんは俺の行動を節制する理由じゃない。ここにいんのは_俺に意味があるから、ただそれだけだ』

未だ眠りこけてる円堂を蹴り飛ばし扉から退ける。目が覚めたのか床に倒れこんだ円堂は鬼道に支えられるより早く起き上がった。

「円堂!」

「いってぇ…あ、来栖!やっときた!待っ…」

勝手になにか喋り始めた円堂を置いて扉を閉める。扉越しになにか声が聞こえてたが鬼道が撤去したのかすぐに音はやんだ。

ベッドに倒れこむように寝転がる。スプリングが少し軋んで体を受け止めた。

ポケットから取り出した携帯には変態からのメールが二件。確認すんのは明日にすることにして携帯を投げた。


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