ヒロアカ 第一部


中学三年の一月。年を明けて少しすると受験の結果もある程度出てピリピリした空気は落ち着いて、二月になると今度は違う意味で緊張感が走るようになった。

ふとした瞬間に感じる他人からの視線や、これみよがしに広げられた季節特有の特集を組まれてる雑誌。中には友人同士で交換する約束をしていたり、堂々とチョコレートを募集してると公言する人間。

あと二週間もしないで訪れるその日は男女ともにそわそわする日で、パートナーがいる奴らはわかりやすくいちゃついてるし、好意を寄せてる相手がいる人間は作戦を練ってる。

今日も今日とて集まる視線に息を吐いて、日課のデクいじめを二回してから昼休みを迎える。いつもの場所に向かって腰を下ろし、食事の準備をしてれば足音が近づいてきて顔を上げた。

『お待たせ』

「ん」

弁当箱と飲み物を持って現れた出留が隣に腰掛けて、弁当を広げる。

隣の弁当箱は相変わらずおかずが肉メインで、気にせずいただきますなんて手を合わせて箸をつけるから眉根を寄せて俺も箸を取った。

隣の弁当はから揚げ弁当。うちは鯖のトマト煮だったから半分食べてから箱を差し出せば同じように箱を渡される。箱を交換してもそもそと食べ進めて、ふと、隣が顔を上げた気配に視線を動かす。

『今年は何がいいと思う?』

「あ?」

『バレンタイン』

「板チョコで充分だろ」

『毎年そう言うよね』

慣れたように笑う出留に息を吐いて視線を落とす。言葉を続けずさっさと箸を動かして、空にした箱に蓋をした。

「去年はロールケーキだったろ」

『一昨年はガトーショコラだな』

「そろそろケーキから離れんか」

『クッキーとか生チョコとか?』

「その辺はデクと被んだろ」

『確かに…でも今年は出久、忙しそうだから作れないかもね』

「あ?そしたら彼奴の分はねぇわ」

『まぁまぁ』

半笑いの出留に鼻を鳴らして息を吐く。毎年、トリュフ、生チョコ、手ごねクッキーをローテして作るデクは何年経ってもトリュフの形は丸くならねぇし生チョコの面は波打ち、クッキーは端が焦げる。

デクからのチョコはまったく欲しくねぇけど、こっちがやるなら同じものを返してくるのは俺達のルールで、出留がケラケラ笑った。

『雄英決まったっていっても復習は必要だし、体作りもあるからね』

「怠慢してた彼奴がわりぃだろ」

さっさと弁当箱を片して立ち上がる。

「デクに聞いとけや」

『りょーかい』

ひらひらと手を振ってデクの元に向かった出留を見送って、そのまま図書室に向かう。昼過ぎは割と利用者が少ない図書室は教室よりもよっぽど静かで勉強も考え事も捗る。

適当な本を取って端に座り、弁当箱の入った手提げを置いて本を開く。文字を追おうとしてた視線が滑るから息を吐いて頬杖をついた。

デクが作んなかったとしても出留は作るだろう。どうせ今年もババアが作るはずで、俺が作らなかったら喧嘩でもしたのかとうるさく聞かれるに違いない。

ポケットの中で揺れた携帯を取り出して届いてるメッセージを確認する。

出留からのデクは今年トリュフの文字に息を吐いて、連投された何作ろうかの問いかけに放課後とだけ返した。





当日は平日でも休日でも緑谷家に集まるのが習慣になってる。いつもどおり出留の部屋でラグの上に三人で座って、円卓のため斜め向かいにいるデクが口を大きく開けた。

「兄ちゃん!かっちゃん!ハッピーバレンタイン!」

『はぁあああうちの子可愛いいいっ。ありがとうなぁ、出久〜』

毎年恒例のやりとりは呆れも過ぎてため息も出ない。渡された細長い小さな箱を両手で受け取た出留の表情は普段から想像もつかないくらいに口元は締まりないし、瞳もデロデロに溶けてる。

「かっちゃんも!」

「ん」

渡された箱を右手で受け取って視線を落とす。白地の箱は赤色のリボンで飾られてた。リボンは結ぶタイプじゃなくて形ができてるやつをはっつけるタイプだったようで形はきれいだった。

「開けてみて!」

そわそわしてるデクにまただらしなく笑ってる出留が俺を見るから仕方なく一緒に開ける。

2☓3の箱は左から粉砂糖、ココア、アーモンドダイスで同じ味が二つずつ入ってる。相変わらずきっちり丸くない歪な球体に、デクがまだそわそわしてるから息を吐いて一つ摘み上げて口に運んだ。

「どう!?」

「あめぇ」

「チョコレートだからね!?あのね!今年はチョコだけじゃなくてカステラも混ぜたんだ!おいしいかな??」

『んんっ!ふわふわしてておいしいよ、出久!』

「そっかぁ。よかったぁ」

出留の返事に満足したのかふやけた表情を浮かべたデクに息を吐いてもう一個口に入れる。確かに今年のトリュフはチョコレート感はそんなに強くなく、軽い食感でケーキスポンジを食べてるみたいな感じだ。

「かっちゃんも気に入ってくれたんだね」

「あ?普通だわ」

「そっか〜」

にんまり笑うデクの顔が不愉快でアーモンドダイスのついたトリュフを取り出して口に突っ込む。断末魔を響かせたデクにうるせぇと背を叩けば呻いて屈んだ。

『ほらほら、喧嘩しない』

涙目のデクの頭を撫でてから俺の背を二回軽く撫でるように手のひらで叩く。出留によって取り持たれたからなんとなく舌打ちを零して、用意しておいた箱を取り出した。

「こっちがクソデクの分だ」

「わぁ!!ありがとうかっちゃん!!!」

「声量下げろ、ぶん殴んぞ。…出留」

『ありがとう、勝己』

緑の箱をデクに、赤色の箱を出留に渡して手を下ろす。出されていた紅茶を取って口を付ければ待ちきれないのか目を輝かせて前のめりのデクが俺の顔をのぞき込んだ。

「かっちゃん!かっちゃん!あけてもいい??」

「やったもんだ。好きにしろや」

「ありがとうっ!!!」

『ありがとう。俺も開けんね。出久、一緒に開けようか』

「うん!」

大きく頷くデクが箱に指をかけて、出留も同じように指をかける。せーのの掛け声の後にそっと開かれた箱を覗いてデクが顔を上げた。

「白と緑にピンク…!!なにこれ!すごい!!」

『フォンダンショコラ…ノーマルと…抹茶とイチゴチョコか?』

「ああ」

『合っててよかった。発色も鮮やかで見てて楽しいね、出久』

「うん!!さすがかっちゃんだよね!!!」

「十秒レンジでチン」

「任せて!!」

自分の箱から抹茶味、出留の箱からイチゴ味を取って電子レンジのもとに駆け出したデクの姿が見えなくなる。開けっ放しの扉、向こう側でスイッチを押した音がしたから顔を上げれば出留の手が伸びて来て髪に触れた。

『ありがとう』

「ん」

そのまま柔く梳かれる髪に目を閉じて、十秒経ったのか電子レンジから電子音が響く。歓声を上げるデクに手が離れていって、また足音が近寄ってきたから目を開いた。

「温まったよ!!」

出留にイチゴ味を返すと用意しておいたスプーンを取ってカップに突き立てる。とろりと流れ出すチョコレートと温まったことで立ち上る甘い香りにデクが表情を崩した。

「わぁチョコレートとろとろ…っ!おいしそー!かっちゃん!いただきます!!」

『いただきます』

「食え」

こんな時ばかり双子感のある出留とデクは同じタイミングでスプーンを動かして口に入れる。チョコレートを確かめるような少しの間を置いて同時に目を輝かせた。ごくんと飲み込んだことで口の中を空にしたデクが俺を見上げる。

「おいしいっ!!かっちゃん!すっごくおいしいよ!!」

「それしか言えねぇんか。ナードの語彙力何処おいてきたんだよ」

「言葉なんかで言い表せないくらいおいしいんだよ!!ね!兄ちゃん!!」

『ん。甘さのバランスもいいね。俺、すごく好きな味』

「はっ。当たり前だろ」

十何年も一緒にいて好みも知らないなんてあり得ない。イベントの時くらい好きなもんを食わせてやりたいから、何時だってバレンタインチョコは出留の好きなビター寄りの味付けにしてる。

デクもくどいチョコの味は好きじゃないし、今年もどうやら成功したようだといつの間にか入ってた肩の力を抜いた。

「かっちゃんありがとう!」

『ごちそうさま、勝己』

「おう」

二人が箱を横に置いて、デクが椅子に座り直す。何となく俺も正座して、じっと斜め向かいを見つめれば出留が笑った。

『そんなに見られると出しにくいなぁ』

「兄ちゃん!兄ちゃん!」

『はいよ。おまたせ。二人とも、ハッピーバレンタイン』

「ありがと兄ちゃんっ!!」

「ありがとう」

差し出された箱を受け取る。ボルドーカラーの箱とエメラルドグリーンの箱。彩度の明るいその箱は重ためで、そっと開ければ光沢のある表面が覗いた。

「わっ!兄ちゃん!なぁに?!」

『食べてからのお楽しみ』

「んんっ!いただきます!!」

「いただきます」

便乗してスプーンを取る。表面はテリーヌみたいな光沢のある見た目で、その通り柔らかくスプーンは難なく通った。底にたどり着く前に何かにぶつかる。スプーン越しの感触に視線を上げた。

「………生地か?」

『ん、クッキーの砕いたやつ』

「それ絶対美味しいやつだね!」

目を輝かせたデクがスプーンに力をいれて、サクリと軽い音を立たせる。俺も同じように掬いあげて口に運んだ。

「んんんっ!!!」

表情を破綻させて目を輝かせたデク。咀嚼して口の中のものを飲み込んだと思うと勢い良く顔の向きを変えて出留を見つめた。

「チョコレートタルト!!」

『うん。口に合った?』

「もっちろん!!!!すっごくおいしいよ兄ちゃん!!」

頬を赤らめて興奮を顕にしてるデクに出留が嬉しそうに笑って、視線が俺に移ったから頷いた。

「サッパリしててうめぇ。レアチーズか?」

『そ。チョコレートレアチーズタルト。勝己にもおいしいって言ってもらえてよかった』

「すっごくおいしくてもう一生食べてられるよ!」

「太んぞ」

「その分運動すれば平気!」

『ははっ、気に入ってくれたみたいでなによりだ』

出留が目を細めて頬杖をつく。デクは宣言通り全て綺麗に食べきって、俺も少し遅れて中身を空にした。

全員揃って用意しておいたお茶を飲んで、いつもであればこのまま会話か昼寝のタイミングで音が聞こえて視線を動かす。

肩をはねさせたのはデクで、着信音の鳴り響いてる自分の携帯を見ると顔色を変えた。

「あ、えっと、兄ちゃん、かっちゃん」

「うるせぇからさっさと止めろや」

『大丈夫だから電話しておいで、出久』

「ごめんね!」

急いで立ち上がり部屋を出ていったデクはわざわざ外に行ったのか扉が閉まる音が聞こえる。足を崩して隣を見れば出留は食べ終わったカップをまとめているところで動いてる腕に手を伸ばし捕まえた。

『ん?』

「んなもん後でみんなでやればいいだろ」

『あー、それもそうか』

片付けをやめた出留に目を逸らし手を離そうとして逆に手を掴まれる。視線を戻せば笑ってる出留と目があった。

『かーつき』

「ん」

目尻の落ちたふやけた笑み。デフォルトの作り笑いとは違うそれに姿勢を正して反対の手を伸ばし出留の肩に触れる。

「デク戻ってくんぞ、早よしろ」

『ん』

向かい合って目を閉じれば気配が近づいて唇に柔いものが重なる。短く音を立ててくっつく唇にいつの間にか繋いでた手の指を絡めれば出留の口が離れた。

瞼を上げると笑ってる出留と視線が絡む。

『口開けて』

「あ」

『いい子』

再度重なった唇の合間から舌が伸びてきてぬるりと触れあう。絡んだ舌からは俺と同じ味がして甘くて仕方ない。時折上顎や歯がなぞられるから声が漏れて、手に力を入れれば繋ぎ返された。

夢中で頬張ってるうちに意識が朦朧としてきて、ばたんと響いた音に全部が台無しにされる。

出留が離れて柔く食むように口が重なって離れた。

ちょうど駆け寄ってきた足音が部屋の前にたどり着くなり扉が開く。

「ただいま!」

『ん、おかえり』

「ちっ」

「舌打ち!?」

目を白黒させるデクを無視して出留に寄りかかる。デクも反対側に腰を下ろしたようで寄り添った。

「あーぁ、またチョコレート食べれるのは一年後かぁ」

「来年はそれどころじゃねぇかもな」

『ヒーロー科は忙しいだろうし…俺は暇だと思うから、頑張ってるご褒美ってことにして交換じゃなくていいんじゃない?』

「「やだ」」

『んー、まぁ無理はしない程度にね。……よし、昼寝しようか』

「デク、そっち持て」

「うん!」

一旦出留から離れてテーブルを動かす。端に寄せてる間に出留が布団を敷いて、いつもと同じように横になるなりデクを抱きしめた出留の背中にひっついた。手を伸ばしてまた指を絡めて繋ぐ。

『おやすみなさい』

「おやすみ!」

「おやすみ」

デクの額に唇を寄せたのか短い音が響く。くすぐったそうなデクの笑い声がして、すぐに寝息が聞こえ始めたから背中に顔を押し当てた。

『おやすみ、勝己』

「ん」

触れてる体のぬくもりと出留とチョコレートの香り。繋いでる手を握り直して目を閉じた。


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