ヒロアカ 第一部



出留がいない間、自主練は一人かなと思っていれば緑谷が付き合ってくれることになった。

ヒーロー科にしかない授業のノートも見せてくれるなんて破格の条件にほいほいとついていって、二人で寮の裏手に足を運んだ。

柔軟をして、さてと顔を上げる。そうすれば向かいの緑谷は口角を上げた。

「心操くんって兄ちゃんのことどう思ってる?」

「え、急になに」

にこにこと笑って首を傾げてる緑谷に、なんとなく薄ら寒いものを感じて身構える。

「そう身構えないでよ。普通にどう思ってるのか気になっただけ!」

「いやいや、目が怖いんだけど」

え?そう??と微笑む緑谷の目は笑ってない。

一体俺はなぜ凄まれているのか。辺りを見渡してもこういうときに助けてくれそうな爆豪どころか他の人間の誰もいなくて、訓練しよーなんて軽い声掛けに快諾したのが間違いだった。

「ねぇねぇ心操くん、教えてよ」

「……それ、俺が答える必要あるのか?」

「うん!もちろんあるよ!!」

思ったよりも強く頷かれて一歩引く。緑谷はふふっと笑って両の手を自分で繋いだ。

「僕はね、兄ちゃんには幸せでいてほしいんだ」

「…え…?」

「兄ちゃんは他人と話すのが得意じゃないんだ。だからね、僕が代わりに話すことにしてるんだよ」

「………俺が出留のことをどう思ってるかを知ることが、出留の幸せに繋がるのか?」

「うん」

迷い無く頷かれてなんだそりゃと頭を掻く。

「俺と出留がどんな関係だろうと緑谷には関係なくないか?」

「うんん?あるよ?」

こてりと首を傾げる。幼い子どもみたいなくりっとした目は真っ直ぐすぎて、怖い。

また背筋がぞわりとして口を噤んだ。

「僕は兄ちゃんだ」

「は、?」

「そして、兄ちゃんは僕。兄ちゃんはかっちゃんで、かっちゃんは兄ちゃん。僕達は三人で一つ」

当たり前みたいに吐き出される言葉が恐ろしくて背中が寒い。

「兄ちゃんの幸せが僕たちの幸せ」

指先が冷たくなってる。震えはじめた手を握ることで隠して、緑谷はやっぱり微笑んでた。

「僕もかっちゃんも、心操くんのことを信用してるし、仲良くしてたい。それにこれからも兄ちゃんと仲良くしててほしい」

にこにこ、柔らかくなった笑みは本心なんだろう。

緑谷の狂気じみた言動に頭が混乱して、緑谷はまた笑みをこぼす。

「兄ちゃんは心操くんのことをとても大事に思ってる。だからこそ、心操くんが兄ちゃんをどう思っていて、今後どんなふうに一緒に過ごしていくつもりなのか、それを確認したい」

「………もし俺の答えが緑谷の望まないものだったらどうする気だ」

「うん?…僕はね、いつだって兄ちゃんの願いを叶えるけど、兄ちゃんが幸せになることが最優先だからね。答えによっては…どうしようかなぁ?」

「……………」

緑谷の楽しそうな顔に眉根が寄る。

震えを隠すために握ってた手が今度は違う意味で力がこもって、ずっと寒かった体がかっと中から熱くなっていく。

「………はぁ〜」

大きく、息を吐いた。

手を開いて頭を掻く。少し下を見てから目線を上げれば俺の様子に元から大きめの目を丸くした緑谷がいて、ぐっとまた眉間に力が入った。

「あのさぁ…俺のこと舐めてんの?」

「え?なんでそうなるの?」

「緑谷が言ってることはさ、つまり、俺が出留のことを利用するために近づいてると思ってて、そういう意図を感じられる解答をしたら緑谷含む周りが俺を引き剥がすぞって脅しだろ?」

「ふふ。…やだなぁ、そんなはっきり言ってないよ?」

「今更表面取り繕ったって仕方ないだろ」

茶化すような軽い声と明るい表情。それでも目がずっと笑ってなくて、唇を結んでから開いた。

「今までずっと、出留の側に居たのが利用するためだと思われてんのは、すごいムカつく」

「……………」

「緑谷がそんだけ攻撃的になるのは、もしかしなら今まで出留の周りにそういう意味で寄ってくる奴が多かったからかもしれない」

座学でも実技でも成績優秀で、人当たりも良くて、それから身長だって低くないし顔も悪くない。

そうなれば男女問わず邪な考えで近づいてくる人間が居たかもしれなくて、最初の頃の出留のあまりに排他的な言動はそういうのが一因になってるはずだ。

「でもさ、俺は、人付き合いって多少互いに利益がないと成り立たないと思うよ」

「…うん」

「誰だって自分に危害を加えたりするよな、一緒にいるだけで損をするような相手と一緒に居たいとは思わない」

「………」

緑谷の目元に少し力が入って、光が消える。目を細めるだけで随分と雰囲気の変わるその様子にそのまま口を動かした。

「きっかけは自分の利になるかどうかでもいいんじゃないの。俺は、その後のほうが大事だと思ってる」

「……どうしてそう思うの?」

「……………俺もさ、昔は…特に中学の頃とか、近づいてきた人間は俺の個性が目当てだった」

「、」

「洗脳って個性を物珍しそうに見に来て、口々にさ、悪用しないでねなんて言ってきたり、逆に悪用するように誘ってくるんだ」

「なに、それ…ひどい…っ」

ぐっと表情を歪めて悔しそうにする緑谷はさっきまでの怖い顔とは全く違っていて、本気で怒って悲しんでくれてるらしい。

「もう慣れたけど…最初の頃はすごく疲れた」

「、そんなのなれるべきじゃないよ!」

「俺、背も高めだし、目つきもあんまり良くないし、個性も相まってそういう目で見られることがほとんどで…ずっと、この個性を呪ってた。こんな個性じゃなかったらって、ずっと、思ってた」

「“こんな個性”なんて言わないでよ!すごく強くて素敵な個性なのに!」

「………こんな個性でも、ヒーローになってやるって、思ってた。けど…やっぱりヒーロー科には入れなかったし、普通科からのクラスアップを目指してたってやることはたくさんあって、俺はなにもかも足りないのに、ヒーロー科は授業でも私生活でも経験を積んでどんどん先に行く」

春先、ヒーロー科のカリキュラムを見て、羨ましくて仕方がなかった。

普通科にはない、ヒーローになるための授業が週に三回以上。知識を蓄え、体を鍛えて、個性を伸ばす。手を伸ばしても届かないそれに握りしめた手のひらには爪が刺さって痕がついた。

「出留に声をかけたのは、なんとなくだったよ」

「……………」

「笑顔なのに突き放すみたいな、それでいて妙にぼーっとしてて…無個性って言葉で周りと、完璧な壁を作って関係を隔てた」

あの頃の出留はなににも興味がなさそうで、それから、独りだった。

「今ならわかるけど、ずっと一緒に居た弟と幼馴染が側にいなくて、寂しそうだった。だから俺は出留に声をかけて…出留は最初、緑谷よりも警戒してたけど、たぶん本当に寂しかったんだろうな。なんだかんだ俺と話すようになって、……俺も人付き合いは苦手だけど、勇気出して声かけて…良かって思ってる」

「…うん」

「出留って、話してみたらすごく笑って表情も豊かで独りでいるのが似合わない奴だなって思ったよ。…だから、声をかけて近づいたのは俺だけど、怖くなった」

「、なんで…?」

「…あんなふうに笑って話してくれるけどさ、本当は俺の個性を怖がってたら、どうしたらいいかわからないと思ったんだ」

「………………」

「俺の個性を知ってる人はさ、みんな目を見て話してくれないんだ。全員怖がって、会話どころか相槌も…返事もなくなって、そのうちみんな離れてく」

昔のことを思い出さない日はない。最初は笑いかけてくれたのに、個性を知れば顔色が変わって、目が逸らされて、顔色が悪くなって、それから離れていった。話さないけない人間が俺の前に立ったとき、誰もが怯えた目をしてるから、何も見ないように、俺はずっと、下を見てた。

「……体育祭の直前、個性の話になったんだ。出留はやっぱり俺の個性を知らなくて…だから、個性、言ったんだ」

きっと人使なんて気軽に話しかけてくれるのはこれで終わりだろうと、諦めて目を伏せた。今後はまた独りになると唇を結んだところで出留が不思議そうにしたのを覚えてる。

「俺の個性を、出留は、かっこいい個性って言ってくれた」

「、」

「洗脳だけじゃない。有名なヒーローが持っているようなどんな個性に対しても、ヒーローにも敵にもなれるって、使い方次第だって。…もし自分が同じ個性だったらこんなこともできるって当たり前みたいに良い使い方で、ヒーローとしての動き方を考えてくれた」

「…兄ちゃんらしいね」

「……それから俺に足りないものを考えて、訓練考えてくれて、体育祭じゃ一緒に戦ってくれた。それなのに世間は出留のことを社会の不適合者って揶揄して、雄英体育祭を汚したなんて詰った」

俺と出留の活躍をクラスメイトは目を輝かせて自分のことみたいに喜んでくれた。

出留の終わり方は残念だったけど、それもこれもあんな状況下に持ち込んだ大衆の声が原因で、俺だったらあんな観衆に野次を飛ばされたら心が竦んでいたかもしれない。

「俺のクラスメイトはすごいんだって、もっと大きな声で言えばよかった」

響き始めた野次をクラスメイトたちは睨みつけて怒った。俺も声を上げたけど、30ぽっちの声は押しつぶされて、俺はもちろんみんなも悔しさで目元を赤くしてた。

思い出しても腹の底がむかむかするから息を吐いて、首を横に振り、話を正す。

「…俺は、出留の手助けがあったから、相澤先生の目に止まって職業体験でお世話になって、段々、出留のすごいところだけじゃなくて足んないとことか気になり始めたりして、怒って殴ったりした」

「…夏前のアレかぁ」

「正確には頭突きだったけど、…出留が逃げ回るのがどうにも許せなくて勢い余った。あんときは言えなかったけど、兄さん傷つけて悪かった」

「うんん。大丈夫。もうわかってるから」

首を横に振った緑谷は穏やかな目をしてる。あの時の爆豪の見開かれた目と緑谷の据わった目は今にも犯人を処分しかねない勢いだったけど、怒りはもう収まってたらしい。

「一緒に受けた期末試験も合格して…夏の特訓中は出留がバカやって、本気で怒ったこともあった。出留の、自分を大切にできないところは、嫌いだ」

訓練中に自身の腕を引き裂いたと聞いたときは頭の中は真っ白になって、心臓が止まるかと思った。先生に止血されてはいたけれど、先生の目元についた赤色と同じ色が地面には滴っていて、かなりの量を溢してるはずなのに当人はへらへらと笑っていて、死ぬほど腹がたった。

「あんなふうに身を削るようなやりかたはやめてほしいのに、全然伝わらなくて悔しかった。俺はまだ、出留に声が届かない場所にいるって思った」

目が覚めるなり聞こえてきた先生と出留の会話に、起き上がって一番にしたことは動きすぎたことで体を苛む筋肉痛に呻くことじゃなく出留の胸ぐらをつかむことだった。

出留はなにもわかってなさそうに目を瞬いて、あまりにも馬鹿なことを当たり前のように言うから、言葉が響いていない事実に腹が立って、とても悲しかった。

「電話で緑谷と爆豪に説かれてる出留の表情に、俺の言葉はまったく届かなかったのに、お前らの声は聞こえるんだって思ったらすげー悔しくて、だから、もっと近づこうとしたら、今度は出留が誘拐されて、気が気じゃなかった」

次から次へと出留の環境は目まぐるしく変わった。誘拐されたまま帰ってこない出留に不安をつのらせて、一週間ほどして知らされたやっと帰ってきたという報せに本当はすぐにでも顔を見に行きたくて仕方がなかった。

「無事か知りたくても会うこともできなくて、俺は本当に蚊帳の外にいるんだなって思ったよ」

全寮制の案内には即座に応じた。元よりもあの件で雄英に見切りをつける気はなかったし、出留も居るだろうと思ってた。

「二週間ぶりくらいに見た出留は何も変わってなくて、安心したけど、同時に怖くなった。出留はそのうち、消えちゃうんじゃないかって」

夏に出留が誘拐された理由は未だにわかってない。ネット上では体育祭のあの結果が原因ではないかといくつか考察があがってた。

出留が無個性で弾圧されたから。
出留が笑って逃げるような人間だから。

いくつもあげられてたそれを見て少し不安になった。

「…出留はすごいけど、超人じゃない。草臥れた様子が見えないってことは、どれだけ傷ついてたって隠し通せちゃうってことだ」

目を閉じる。

あれだけの誹謗中傷を出留が一切目にしてないわけがない。

面白おかしく囃し立てられ燃えてたスレッドは当事者でなくても感情が揺さぶられるようなもので、いくら削除依頼を出したって際限がなくて、あれを見た出留は何を思ったんだろう。

「本人はなんにも気にしてないって言ってたし、そのまま寮生活に切り替わったからあまり外のことを気にする必要がなくなった。…それでも帰ってきた出留は個性が発現したっていってて、…出留がどんどん、手も届かない遠くに行くような、置いてかれる感覚に焦りを覚えて、そうしたら先に出留が倒れて、…このまま目を覚まさないんじゃないかって思った」

あの日、冷静な爆豪がいなかったら思わず不安から泣いてたかもしれない。

「…………出留は、ずっと俺のことを支えてくれてたし、俺も追いつくことしか考えてなかったけど、そのときに相澤先生に言われたんだ。……俺は、」

立て続けに起きた事件にあの時の俺はもしかしたら疲弊してたのかもしれない。

それも見越した上で先生はまっすぐ厳しい現実を教えてくれて、暖かい理想を説いた。

ぐっと手を握って、向かいを見る。

じっと俺をみつめてる緑谷を見据えた。

「お前らが出留と三人で一緒だとしても、…俺は、出留の相棒だ」

「、」

「どんなときでも背中を預けてもらえるような、頼りがいがあって強い、そういう相棒に。…今はまだ俺のが弱いけど、必ず、俺は出留の横に居る。そういう相棒でいたい」

「…相棒、かぁ」

参っちゃったなぁなんて笑う緑谷は頬を掻いて、それから両手のひらを見せるように顔のあたりまで上げた。

「試すみたいなことしてごめんね。心操くん」

「………」

「なにを言っても今更だと思うけど…うん、僕達は…僕はね、今までの兄ちゃんの周りにいた有象無象のせいで、こういうことにはすごく神経質になってるんだ」

手のひらをおろすと息を吐く。

「心操くんをそれと一緒くたにするべきじゃないって、心操くんは大丈夫ってわかってはいるんだけど、どうしても不安になっちゃう。もしまた兄ちゃんが傷けられたらどうしようって、思っちゃったらもう落ち着けなくて、君に攻撃的になった…本当にごめんなさい」

「…出留、そういうことあったのか」

「……昔に、ちょっとだけね」

視線を落とした緑谷がぎゅっと右腹のあたりを握りしめる。不思議なその行動にはっとした。

体育の着替え、それから寮生活の入浴時。見たことのある出留の体にはあからさまに誰かにつけられたような大きな傷跡がある。

あれがもし緑谷の言うことと繋がっているのだとしたら、あれだけの大きな傷跡が残るような深い傷をつけられたことのある出留を、周りが原因を警戒しないわけがない。

「……疑われたのはムカつくけど、別にわかるから、もういいよ」

「………ありがとう。…優しいね。…ふふ、ほんと兄ちゃんは人を見る目があるなぁ」

「…そう」

目尻を下げて、心底嬉しそうに笑う緑谷。ほんのりと赤らんだ頬になんだか照れくさくなって頭を掻いた。

「ねぇ心操くん」

「な、なに」

「これからも兄ちゃんをよろしくね」

「、」

ふわりと微笑んだ緑谷に言葉が出なくて頷く。大きく首を縦に振ればくすくすと緑谷が笑い声を転がして、口を開いた。

「兄ちゃんには重度の同担拒否の僕と、兄ちゃん強火担のかっちゃんがついてくるから、今後も負けずに頑張ってね!」

「、なんて?」

「んふふ」

いい笑顔で告げられた言葉に聞き返しても笑い声しか返ってこない。

深々と息を吐きだして、頭を掻く。

「わかったけど、出留のことあんまり束縛するなよ」

「束縛なんてしないよ!兄ちゃんには自由に!のびのび過ごしてほしいんだ!」

「はあ」

「兄ちゃんが笑ってるところを見るのが僕達の幸せだから!ね!かっちゃん!」

「ん」

「え」

いつからそこにいたのか。聞こえた声に顔を上げれば近くの岩に腰掛けている爆豪がいて、緑谷からは見えない位置のはずなのにと改めて緑谷に視線を向ける。

緑谷は振り返るようにして爆豪を見て、爆豪は立ち上がってすたすたと近づくと左手を上げ、緑谷の額に標準を定めると親指にかけてた中指を放った。

「いったぁい!!」

「うるせぇ」

「なんで?!」

「心操に絡むなっつったろ」

「だって!」

「だっては言うな」

「ぐぅ」

「うるせぇ」

赤くなった額を抑え、涙目で抗議しようとした緑谷を爆豪は呆れた目で見て、目を瞬いていれば爆豪は視線を動かした。

「心操、ワリィな」

「、なんで爆豪が謝るんだ?」

「くそデクを制御できんかった俺の責任だからだ」

「…緑谷のやったことは緑谷のやったことなんだし、爆豪が謝る必要はないだろ?」

「そりゃあ普通のことならな。…出留のことに関しては別だ」

「…なんの違い?」

「デクは俺、俺はデク」

「………」

「出留は俺、俺は出留。デクは出留で出留はデク」

爆豪は瞼をおろして、息を吐く。さっきも聞いた言葉は呪文のようで、瞼が上がった。

「心操は出留に必要な人間だ。心操のことを信用できて、なんも不安がる必要はねぇ奴つーのをきっちり伝えきれなかった俺のせいでこうなったから謝った」

「、お、おう」

急な褒め殺しにどうしたらいいのかわからず固まる。

爆豪はもっと、きゃんきゃんしてて、人のことは全員端役とか踏み台としか見てないような人間だと思ってたから、こんなストレートな言葉を当人に伝えてくれると照れくささとかを感じる前に戸惑ってしまって、思わず構えた。

「んで構えてんだ」

「…罠かと思って…。これからなんか襲ってきたりする?」

「ああ??なんもねぇわ!!」

「あはは!!心操くん最高だね!!」

「笑ってんじゃねぇ!!」

ボンッと爆豪の手のひらが爆発して緑谷がすぐさま避ける。緑谷の笑い声と爆豪の怒鳴り声。こっちにも手のひらが向けられたから慌てて避けて、そのまま鬼ごっこが始まってしまった。

「かっちゃんに捕まらないように頑張ろうね!心操くん!」

「ああ…、うわ!あぶな!」

「逃げる方向見んじゃねぇ!行き先バレバレだわ!!」

「わ、わかった!」

襲ってきた右手を避けて走り出す。

追いかけてくる爆豪は怒ってるけど笑ってて、緑谷も捕まる度に爆破されつつも楽しそうに笑みを零す。

俺が10回、緑谷が5回捕まったところで俺がバタリと倒れれば緑谷もすぐ横に座り込んで、ゆっくりと後ろに倒れ寝転ぶ。

「はー!たのしかったー!」

「たの、しい…?」

上がった息。汗は止まらないし、足も腕も悲鳴を上げてて、配慮されてから緑谷のようには直接ではなかったけれど掠った小規模の爆破にやけどしてるのか皮膚はひりひりする。

「おい」

聞こえた声に視線を向ける。視界に広がった布に手を伸ばしてなんとか受け取って、濡らされて冷えたそれに頬を押し当てる。

「ありがと…」

「ん」

「ありがとう」

横を見ればストローをさされたボトルを差し出されてる緑谷がいて、慣れたようにストローに口をつけた緑谷が水分を取り終わったところでボトルが離される。そのまま当たり前のように同じボトルで水分補給をする爆豪に目を瞬いて、そうすれば視線に気づいたらしい爆豪がストローから口を離した。

「あんだよ」

「いや…なんか…爆豪って出留みたいだな」

「はぁ?」

「こう…面倒みがいいっていうか?」

「はっ。当たり前のことしてんだけだわ」

「当たり前って…」

世話され慣れてる様子の緑谷と世話し慣れてる爆豪と出留。なんとなくさっき聞かされた呪文を思い出す。

ずっと一緒にいて、同じように育つとお互いを同一視するのかもしれない。

「………まぁいいか…」

「どうしたの?心操くん?」

「なんも…あ、」

「ん?」

「ヒーロー基礎学と情報学のノートって…」

「もちろん持ってきてるよ!一休みしたら一緒に見よ!」

「、ああ!たのむ!」

今は腕くらいしか動かせそうにないし、緑谷も疲れてる。爆豪は息を吐いて、さくりと響いた草を踏みしめる足音に全員で顔を上げた。

「お?ボーイズこんなところでなにしてんだ??」

「プレゼントマイク…」

「自主練です!」

「お!いいないいな、仲良くしてんだな!」

「仲良かねぇわ」

「なーに言ってんだ。兄貴がいねぇのに一緒に自主練してたら仲良しさんだろ??」

「「確かに」」

「…けっ」

納得してしまった俺達に爆豪は眉根を寄せてそっぽ向く。プレゼントマイクがほんと素直じゃねぇなあとげらげら笑った。

「練習は構わねぇけど、あんま怪我すんなよ〜、困ったことあったらリカバリさんにいいなぁ」

「はい!」

ひらひら手を振って離れていったプレゼントマイクは様子を見に来ただけなんだろう。

見えなくなった姿に爆豪は息を吐いた。緑谷が起き上がったから俺も体を起こす。爆豪は持ってたノートを緑谷に渡して、緑谷が中身を確認するようにぺらぺらと捲る。

「情報共有どこでやんだ?」

「あ、たしかに。心操くん、どこでする?」

「ここでいいんじゃないか?」

「そう…?」

「カフェテリア行くぞ」

「「カフェテリア?」」

「ロビーならともかく寮室は行き来の申請めんどくせぇ。あそこなら机あるし飲みもんでも飲みながらしっかりやったほうがいいだろ」

「たしかに…」

「さすがかっちゃん!」

立ち上がった緑谷に俺も続いて、目的地は購買横にある休憩スペースとして解放されたカフェテリアらしい。

「心操くん行ったことある?」

「んや、隣の購買くらいだ」

「そうなんだね!あ!じゃあついでにフラペチーノ飲もうよ!外と同じチェーン店あるんだよ!」

「へぇ…」

「てめぇ、一昨日も飲んでただろ。デブんぞ」

「だ、大丈夫だよ!そのぶんトレーニングしてるもん!」

「取ってる脂質のが多いわ」

「そそそんなことないよ!」

二人の会話にこいつらの距離感に首を傾げて、まぁいいかと足を進める。

よく喋る緑谷と適宜的確な反応を入れる爆豪。さっきまであった敵意が消えた緑谷はにこにこしてて爆豪は普段通りに緑谷の言葉にたまに声を大きくしつつも息を吐いたりして表情を変える。

出留が居ないところでもこの二人は案外仲がいいのかと驚きつつ、まぁ幼馴染だもんなと納得して、三人でカフェテリアに入った。



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