あんスタ

雑誌の表紙は五色の華やかな色味が彩っていて、白抜きの文字でconfectioneryのユニット名が踊る。ページを捲れば目次の後にconfectionery特別特集の文字が踊っていて、メンバーのソロショット、そして見開きで仲が良さそうにお揃いの制服を着た五人がテーブルを囲んでる写真が掲載されてた。

一人一人へのインタビューに写真。思わず眉根を寄せてしまって気分を晴らすためにあえて大きく息を吸って吐き出した。

「は〜!おんなじ高校生なのにアイドルって言ったらあっちのほうがそんな感じがするっす!」

「そりゃあ、あっちはアイドル育成校にも通ってるんだから、授業とかも全部専用で違うんじゃない?」

近くにいたハヤトっちはチューニングしていたはずだけど違和感なしに言葉を返したから俺の持ってる雑誌を横目に見てたのかもしれない。

一緒に覗いてたハルナっちがぐてりと机の上に上半身を倒した。

「格差感じる〜」

「何を言っているんですか、全く」

呆れたようなジュンっちに不思議そうに目を瞬くナツキっち。

もう一度手の中の雑誌を見つめる。夢ノ咲学園と言えばアイドル育成校として歴史ある学校で、アイドルに成りたいなら通うべきみたいな風潮すらあるその学校に通っているこの五人は雑誌でもCMでも見たことのある顔で、五人の青色の制服に目を細める。

「アイドル学校ってどんなことするんっすかね?」

「さぁ?」

「やっぱり、授業も、ダンスとか、歌とかなのかな?」

「はぇ〜。勉強ないんすかね!?羨ましい!!」

「えー!俺もそこ通いたい!!」

「なに馬鹿なことを言ってるんですか、もう…」

目を輝かせたハルナっちにジュンっちが額を押して、ハヤトっちがギターを置いた。

「でも確かに。どんなふうに曲作ったりしてるのか気になる」

ハヤトっちの視線の先にはインタビューも写真が載っていて、ユニット衣装らしい可愛らしくも格好いい衣装を纏い楽器を携えた五人は作詞作曲も行ってるらしい。演奏も自分でやるらしくて現役高校生の五人組アイドルなんてキャラがただ被りでどうにも気になって仕方なかった。

「確かこの間BiteとS.E.Mが共演したって言ってたよな?」

「うん。でも、2グループとも、しばらく予定、合わないよね?」

「あーっ!気になったときに調べなられないのってすっごくもやもやするっすー!」

つい先日、BiteとS.E.Mのみんなが参加したライブには夢ノ咲学園からもいくつかのユニットが参加していて、そこにはconfectioneryもいたらしい。聞ければ話がそれで済んだのにナツキっちの言う通りしばらくはスケジュール上会うことができなそうで雑誌を置いて足をばたつかせる。

ジュンっちはため息をついて目を逸らし、ナツキっちもおんなじように俺から目をそらしていてあ、とハルナっちが手を叩いた。

「そういえば俺、バイト先に夢ノ咲の奴がいるんだけど」

「え!?confectioneryっすか!?」

「違う違う」

「アイドル科なの?」

「んーや、一般科。でも夢ノ咲って制服が学科によって変わったりしないじゃん?だから制服着てたら中に入れないかなーとか思ったりしちゃったり」

「ナイスアイデアっすね!ハルナっち!」

「それ、不法侵入…?」

「ま、まずくない?それ??」

「聞いてみるだけ聞いてみんわ!」

ハルナっちが携帯を取り出して操作し始める。

ジュンっちがまた息を吐いて首を横に振り、そんなセキュリティ緩いわけがないでしょうと夢のないことを言っていい加減に練習を始めますよとキーボードを鳴らした。





さてさて、そんな会話をしていたのが二日前。そして手元にあるのはあの雑誌で見たのと同じ青色のブレザーにチェックのスラックス。そして青色のネクタイだった。

「んおおおお!??ハルナっちこれは!!」

「俺にかかればらくしょーらくしょー」

Vサインをしてみせるハルナっちの横で制服を目視するなり顔を顰めたジュンっちが刺々しい声を出す。

「なんで5着もあるんですか…?」

「折角ならみんなで行ったほうがいいじゃん!」

「人数、多いと目立つ…」

「夢ノ咲って生徒多いし、セキュリティにも抜け穴があるらしいからそこ突けば楽勝って言われた!」

「こ、これが夢ノ咲学園の制服…!」

「意外とふっつーの制服だよなぁ〜」

ブレザーを手にとって目を輝かせるハヤトっちはハルナっちと俺によりあれよあれよと夢ノ咲の制服を纏って、俺とハルナっちも着替える。

「ちょっと、君たち本気ですか?不法侵入ですよ?」

「へーきへーき。意外とこういうの多いんだってさ!」

ジュンっちの批難混じりの言葉をさらっと流して、それにとばっと雑誌を広げて突き出す。

「俺、この柑子ってドラマーに会ってみたい!」

「お、俺も、シアンさんと黄蘗さんと話してみたい…!」

「ジュンっちも!木賊さんだってキーボードみたいだし、はくあさんはベースだからナツキっちと話が合うかもしれないっすよ!!」

「そもそもこっそり行くのに話すも何もないじゃないですか…」

「そこはこう!うまーいかんじになんとかなるって!!」

気乗りしてなさそうなジュンっちだったけど、同じ男子高校生でアイドルな上、キーボードをしてるという人の存在が気になってはいたのか、最終的に絶対誰にも見つからないこと、撤退と合図したら必ず帰ることを条件に俺達は夢ノ咲学園に密偵に繰り出した。

平日の今日。俺達の学校は創立記念日で休みだけど夢ノ咲学園はきちんと開いてるらしく門が開いてる。昼も過ぎてどこの学校でも大体終業時間のこの時間は狙い通り下校する生徒がいるらしく門が混雑していて、抜け道と呼ばれる柵と柵の合間から入り込んだ。

「せんにゅーかんりょー!」

「ば、ばか、こえがおっきい!」

ハルナっちの口を押さえるハヤトっちは大慌ててジュンっちの冷たい目が痛い。

とても大きな学校らしく、アイドル科の校舎だけでうちの学校よりも大きいであろう敷地のここは、遠目からでも噴水や花壇があるのが見えてお金持ちな空気を醸してる。

遠くからは人の声が聴こえてきていて全員で目を合わせてからこっそりと校舎の中に入った。

今回の目的は夢ノ咲学園の雰囲気を知ること。放課後を狙うから授業内容は無理だろうけど、もし知れるのならば練習風景やカリキュラムを探るのが目的だ。

誰にも見つからない条件のため自分から誰かに話しかけるのは禁止、見つかれば即撤退である。

ある程度堂々と、そしてこっそり構内を歩く。広い学校のここは迷路のようで時折部屋の扉にスタジオやレコーディングルームなんておしゃれな文体で書かれていて目を瞬いた。

「学校にスタジオ!?」

「レコーディングルームってやばくないっすか!?」

「すごい…スタジオが何個もある…」

「こっち、は、レッスンルーム、みたい」

「うおおお、ぴかぴか…!!」

少しだけ扉が開いていた部屋を覗くと、俺達がレッスンするときと同じような鏡張りで掃除の行き届いてそうな床の部屋があって、扉にある名前のとおりならこれが何個もあることになる。

「お金持ち怖い…!」

アンプを見つけたらしくハヤトっちが涙目で肩を震わせて、まぁまぁと背に触れろうとしたところで柔らかな声が聞こえて顔を上げた。

「これ…」

「綺麗な声ですね」

ここに来てからずっと顰めっ面だったジュンっちの表情が和らぐ。ナツキっちとハルナっちも頷いて、ハヤトっちがきょろきょろとして音の出処を探す。

音に導かれるまま、足を進めていけばいくつか先のレッスンルームにたどり着いて、ほんの少しだけ開いている扉の隙間から音が漏れているらしかった。

俺とハヤトっちとハルナっちが縦並んで隙間から片目を覗かせる。中には鼻歌くらいの軽い気持ちなのか特に音もかけずにアカペラで歌っている人がいて、何か作業をしているのか手元を動かしてた。

口ずさむというにははっきりしてるし、歌うっていうにはひどく曖昧で消え入りそうに聴こえる。はっきりとした言葉は聴こえないけれどとても淡く、そして綺麗なメロディなことだけは理解できて思わずその人の背中を眺める。

儚いなんて言葉がとても似合うその人は後ろ姿なのに美しいのがわかって、ジュンっちも見入ってた。

『、』

不意に、顔を上げ振り返ったその人の透き通った瞳が俺達を映して、その瞬間に首を傾げる。

『……あれ?君たち…?』

「あ、やば!」

見つかったことに対して足を引いた瞬間、背中に何かがぶつかり弾かれるように振り返れば冷えた青色の瞳に見下ろされてた。

「………」

「ひえええ!すんません!」

「ごめんなさい!出来心だったんです!」

「あはは!驚きすぎ〜!」

聞こえてきた楽しそうな笑い声はその青色の隣から聞こえてきてて、視線を落とせば黄色の髪が揺れてた。

「なになに?完成度高いね!手作り??」

「えっと、借りました…」

「あ!なるほどぉ〜!クオリティ高いと思ったら本物だったんだねぇ♪」

にこにこと笑うその人に、思わず本当のことを返してしまったハルナっちに変わらず笑っていて、真横の人が息を吐く。

「…はぁ。………はくあ、どうする」

『そうだね…』

いつの間にいたのか、真後ろで聞こえた声に振り返るよりも早く開いていたらしい扉から伸びてきた手が俺の首筋に触れた。

『目的を、聞こうかな?』

「ひ…っ!」

殺される!喉の奥から悲鳴が上がりそうになれば隣のハヤトっちが頭を下げた。

「アイドルの学校がどんな感じなのか、気になったから見に来ました!すみません!」

「ここで見聞きしたこと、絶対に口外しません。今すぐ、出てきます」

ナツキっちがそういっても、けらけら笑う黄色い人も冷たい目で見下ろしてくる青色の人も首に当たってる指も離れなくて、涙を浮かべればくすりと後ろから笑い声が聞こえた。

『少し驚かしすぎましたね。よろしければ中へ。外にいては見回っている生徒会に見つかってしまいます』

指先が離れて俺の手を引く。金縛りにあってたみたいに動かなかった体は引っ張られるままふらついて、倒れ込みそうになれば支えられた。

『大丈夫ですか?』

柔らかな声が振ってくるから頭を思いっきり振る。首を傾げたと思えば入り口を見た。

『シアン、黄蘗、他の方も中へどうぞ』

「え、いや」

「んん、早く入って?こんなところで騒いでハスミン先輩のお説教に捕まりたくないし〜!」

「まったくだ。こんなところ見られて俺達まで共犯にされたらどう責任を取ってくれるつもりだ?」

背中を押されたらしく飛び込んできた四人に続いて二人は入ってくると扉をしっかりと締めた。

さっき外からちらっと見たとおり、壁の一面がガラス張りで、床はフローリング。機材も端にあるその部屋はまさしくレッスンルームで普通の学校にはない代物だ。

『さて、珈琲はお好きですか?』

「あ、え、?」

『もしお好きなら一緒にどうでしょう?今日のおやつはドーナツなんです』

「ドーナツ!」

ハルナっちの歓喜の声に和やかに笑うと近くにあった鞄を持ってきて座りこんだ。

同じように座った青色の人と黄色の人。戸惑う俺達を気にも止めずコップと紙皿を用意してドーナツの次に珈琲が注がれる。

「え、あの、いや、帰るので」

「今帰ったら生徒会に見つかって不法侵入者として吊るし上げられるが、それでもいいならここを出るといい」

「つる、?!」

「順等で行くのであれば警備室に突き出され、副会長と教師による尋問の後、警察だろうな。まだ若いんだから経歴に傷はつけないほうがいいと思うぞ」

「こっわ!なにこここわ!」

「てゆーか、はーちゃんのドーナツ食べないなんて損だよぉ?ほらほら!早く座って!一緒にたぁべよっ!」

にこやかに手招かれて、全員で顔を合わせたあとに近寄り少し距離をおいて座った。

特に気にした様子もなく座った俺達にコーヒーとドーナツを回して、たまたま正面だったその人はコーヒーに口をつけたと思うと美しい笑顔を浮かべる。

『初めまして、先程は失礼いたしました。僕は紅紫です。そして皆様の右手に座っているのは檳榔子黄蘗、左手に座っているのが椋実シアンで僕達は全員二年生です』

「「…………」」

突然行われた自己紹介に全員で息を呑む。さっと横のハヤトっちとハルナっちを見れば同じ顔をしてた。

やっぱりと思ってたけど、この人あの紅紫さん、っていうかconfectioneryのメンバーで、二人足りないようだけどまさかの出会いに固まるしかない。

「どうしたの?」

「あ、いえ、あの…」

檳榔子さんの一番近くにいたジュンっちが視線を迷わせる。隣のナツキっちが助けようにも助けられず困ったように目を迷わせた。

「自己紹介はされたら返すのが礼儀だろう」

じっと見据えられてはいっと手を上げてしまった。

「いいいい、伊瀬谷四季っす!16歳バンドではボーカルしてますっす!」

「……別に挙手の必要はなかったが…ふむ、もしやそれが最近では正式な自己紹介なのか?」

「あはは!しーちゃん迷走しすぎ!伊瀬谷くんもそんなに緊張しないでいいんだよぉ?僕達は他の人たちと違って優しいから取って食べちゃったりしないし!」

「え?!取って食われちゃうんすか?!何この学園こわい!」

思わず口から出てしまった答えにそれは楽しそうに笑う。

「うん!そのこっわぁい人たちが生徒会だから捕まっちゃったら大変!だからドーナツ食べて時間潰そ!ね♪」

にっこりとした笑顔に悪意は見えなくて、隣のハヤトっちが佇まいをただしてえっとと口を開いた。

「俺は秋山隼人、17歳でギター担当してます」

「わぁ!同い年だね!よろしく!」

「あ、はい」

「若里春名、18です!ドーナツ大好き!コーヒーは嫌いです!だからドーナツだけいただきます!」

『あ、紅茶もありますがいかがですか?』

「いただきます!」

緩んだ表情でドーナツを頬張りだしたハルナっちに仕方がなさそうにジュンっちとナツキっちも口を開く。

「冬美旬、16歳です。キーボードを担当しています」

「………榊夏来、17歳。ベース、です」

ようやく全員が名乗り終わって、紅紫さんは穏やかに笑って注いだ紅茶をハルナっちに渡した。

『お噂はかねがね。ここで皆様とお会いできるとは思っておりませんでした』

「……それは、どういう意味ですか?」

訝しげなジュンっちの目を気にせず、紅紫さんはコーヒーに口をつけてから俺達を不思議そうに見つめた。

『315プロダクションのHigh×Jokerの皆様ですよね?』

「うええ?!」

「な、なんでしって」

『同じ高校生アイドルですし、皆様の楽曲は全てご自身で用意されてるとのことでしたからとても尊敬しているんです』

「そ、尊敬?!」

キャパオーバーな俺達に首を傾げる姿さえ絵になるその人は、画面越しにしか見たことのない天界の存在なのに今尊敬してるとか言われなかっただろうか…!

「ええええ、あの?!」

「急に動くな。コーヒーが倒れたら掃除が手間だろう」

「すんません!」

「………はぁ。」

俺から目をそらしてドーナツを口にした椋実さんはもう口を挟む気がないらしい。

「しーちゃんがごめんね?」

「い、いや、えっと、」

「そんなに固くならなくていいのに!もっと楽にしなよ♪」

可愛らしく笑う檳榔子さんは雑誌で見たときと同じくにこにこと愛らしくて一つ上のはずなのに年下を見てるような気分になる。

「ドーナツおいしいね!」

「は、はい、おいしいです…」

屈託ない笑顔で問いかけられてハヤトっちが吃りながら返した。いつの間にかハルナっちは三つ目のドーナツを頬張っててジュンっちとナツキっちが戸惑うような目をしてる。

「はくあ」

『うん、そうだね』

いつからか携帯を見てたらしい椋実さんは呼ばれて紅紫さんが頷く。コーヒーを片手に穏やかな表情でハヤトっちを見た。目があってか肩を大きくゆらしたハヤトっちに笑みを零す。

『驚かせてしまって申し訳ありません。生徒会の見回りの時間がすぎるまではこの部屋にいてくださると助かります』

「それは、えっと」

「………僕達からすれば願ってもないことですが、どうして匿ってくれるんですか?」

口を開いたジュンっちに紅紫さんの視線が移る。ゆるく上がった口角は崩れることなく、完成された見目に息を呑む。

紅紫さんはどうしてか何も返さない。ジュンっちが視線にたじろいだのはわかったけど隣の檳榔子さんと椋実さんも何も言ってこなくて唾を飲んだ。

なんとも居づらい空間に無駄に喉ばっかり乾いてしまって、そわそわしていれば廊下から足音が響いてきて、瞬間に三人の目が鋭くなる。

足音は迷わず近づいてきて、あろうことかこの部屋の扉を開け放った。

「おい!紅紫いるか!」

「すまない、失礼す…?」

飛び込んできたのは灰色の髪の人と椋実さんと少し顔立ちの似通った人で、俺達を見て目を丸くした瞬間に空気が横を抜けていく。

「なん、むごっ!」

「っ、なんのつもりだ」

瞬時に灰色の髪の人に足払いをかまし、口を抑えて馬乗りになった檳榔子さんと、何故かハイキックを放った椋実さんを腕で防いだその人は目を見開いた。

「はぁ〜い。もぉわんちゃんってばおっきい声は出しちゃダメだよぉ?」

「はくあの不利になるようなことをするのであれば俺は迷わずお前らを潰す」

なにこれ、いつから俺達格闘家の通う学校かなんかに迷いこんだんだろう?

瞬きも忘れて固まる俺達。戸惑ってるのは俺達だけじゃないらしく今しがた飛び込んできたのは二人もで、正しく意味を理解しているのはこっちの三人だけらしい。

紅紫さんの小さなため息が聞こえた。

『大神も乙狩も、せめてノックをしてから扉をあけて欲しかったかな…?とりあえず、大きな声は出さないでね?』

「っ、ああ、わかった」

『ありがとう。ごめんね。…シアン、大丈夫、ありがとう』

「…………」

すっときれいに上がっていた足が地について、防ぐのに上げていた右腕を下げたその人は、未だにもう一人の人の上に乗っかったままの檳榔子さんを見つめた。

「大神も、離してもらえないか」

「ん〜。わんちゃん吠えそうだからなぁ」

『悪いけど大神は少しそのままでいてもらえるかな?ちょっと騒がれると困るんだ。えっと…それで、だいぶ慌てたみたいだけど僕になんの用だったの?』

首を傾げた紅紫さんに隣の大神さんが気になるらしい乙狩さん視線は外さずに、言葉に迷いながら口を開く。

「すまないが、手を貸してもらえないだろうか」

『うん?』

「なんといえばいいのか…理由は知らないんだが、朔間先輩と羽風先輩が喧嘩をしているようで唐突にドリフェスをすると言い出し、負けた方はUNDEADを辞めるらしい」

『えっと…?それどっちが勝ったとしてもUNDEAD抜けるよね?』

「ああ。そこで俺と大神が勝てば二人はUNDEADに在籍するという条件で今、朔間先輩のユニットと羽風先輩のユニット、そして俺達の三つ巴で対戦することになった」

「………UNDEADはそんなに馬鹿が集まるユニットだったのか?」

「さっくん先輩と羽風先輩が喧嘩なんてすごいね!初めてじゃない!?」

呆れたように息を吐いて元いた場所に座った椋実さんに、依然大神さんの上で笑う檳榔子さん。

乙狩さんは真剣な目でこちらを、正確には紅紫さんを見つめた。

「ドリフェスといってもおそらくB1になるはずだ。開催は五時間後、人数は四人であることが条件」

『…随分と急なんだね』

「ああ。おそらく思いつきだろうがあの朔間先輩と羽風先輩が相手では油断はできない。戦うためには俺達とあと二人、どうしても必要だ。だから、手を貸してもらえないだろうか」

『………どうして僕に?』

「明星たちTricksterは遠征中、神崎は生徒会の手伝いで捕まらず…最後の頼み綱なんだ」

『ああ、なるほど』

何かに納得して頷いたと思うとポケットからスマホを取り出す。

なにか通知を受けてるのか、光ってるそのスマホを少し眺めてたと思えば視線を上げた。

『わかったけど…条件を出してもいいかな?』

「………なんだ」

『ここで見たことは誰にも口外しないこと。彼らについて言及しないでほしい』

すっかり空気とかしてた俺たちが話題になったことに肩を揺らす。怪訝そうに眉根を寄せた乙狩さんの鋭い視線が俺達をさした。

「…しかし、…その人たちは部外者だろう?なにが目的かも、」

『僕の友人だよ。少し用があって来てもらってたんだ。身元について保証はできてるし、何かが起こったときの責任も僕が取るから安心してほしい』

庇われてる。申し訳無さと焦りに頭の中がごちゃごちゃになってれば納得のいかなそうな顔だけどゆっくり縦に首が振られた。

「……………わかった」

『ありがとう。さて、それじゃあ準備しようか…黄蘗、もういいよ』

「はぁ〜い!」

ぴょんっと飛び退くように離れた瞬間凄まじい勢いで起き上がったその人の鋭い視線が紅紫さんを射抜いた。

「てめぇ!」

『ごめん。文句はあとから聞くから今は準備に専念しようか?』

「はあああ!??」

「ああ、そうだな」

「んなぁ?!アドニスてめぇ!!」

『場所を移して変に相手に情報を与えるのは控えたいし、時間ももったいない。このまま相談しよう。…向こうもかなり本気みたいだ』

「無視すんな!!」

不意に落としてたスマホの画面に顔を赤くして怒ってた大神さんと落ち着かせようとしてた乙狩さんが眉間に皺を寄せた。

「どこからの情報だ?」

『巻き込まれかけたらしい深海さんと巻き込まれてる人たちからの連絡だね。…どうやら、本当に切羽詰まってるみたい、あの人から僕に連絡が来るなんてね』

「、しん…っ?!奇人かよ!あのヤロー!」

『まぁ深海さんはどっちとも縁が深いから断ったみたいだけど…ちょっと早くしないと間にあわなくなる。もう一人を探そう』

「紅紫が探すのか?」

『僕が見つけられればになるけどね。少し席を外すよ』

触ってるスマホから視線を外すことなく耳にあてて部屋を出ていく。

次から次へと起きる出来事はなにがおきてるのかまったくわからず固まる俺達に必然的に視線が刺さって、息が詰まりそうだ。

地団駄を踏んで、舌打ちをして、俺達を睨むように見据える。

「つーか、テメェらが彼奴の友達とか嘘だろ」

「…………」

やばい、めっちゃこわい、なきそうだ。震えて思わずハヤトっちとハルナっちの側によればねぇねぇ?と明るい声が響いた。

「わんちゃん?はーちゃんが手伝う条件、忘れてなぁい?」

こてりと首を傾げて笑う檳榔子さんの目が笑ってなくて、何個目かのドーナツを食べ終わった椋実さんが息を吐く。

「俺達は別に、お前たちUNDEADが解散しようと全くもって構わないんだが?」

「っ、てめぇ!」

「寄せ、大神」

一触即発な空気に乙狩さんが肩を掴んで止める。もう一度息を吐いた椋実さんはコーヒーを飲むために目をそらし、檳榔子さんも足を伸ばして笑った。

「別にね、意地悪じゃないんだよぉ?ただ、僕達ははーちゃんのためにしか動かないし、はーちゃんのお願いのためにしか動かないから、わんちゃんたちがどんなに哀しんでてもはーちゃんが興味を持たなかったら僕達には関係ないことなの」

「………相変わらず気持ちわりぃーやつらだな」

「はーちゃん命っていってよね♪」

「なんでもいいけどよぉ…ちっ、なんでこんなことに」

「災難だな。コーヒーでも飲んで落ち着くといい」

「…おう」

「アドちゃんドーナツ食べる?」

「うむ、いただく」

悲しそうに瞳をゆらして座り飲む。しかたなそうにコーヒーをもらってすする大神さんにドーナツをもぐもぐと食べる乙狩さん。

ねぇねぇとまた明るい声が聞こえて、思ったよりも近くでかけられた声に顔を上げれば檳榔子さんが目の前にいて心臓が止まるかと思った。

「伊瀬谷くんたちは、このあとひまぁ?」

「は、ひ、暇っす!」

「じゃあせっかくならドリフェス一緒に見よっ。すごく面白いもの見れると思うよ♪」

「うええ、でも」

「気にするな。今回のドリフェスは野外だからアイドル科の生徒のみならず普通科からも外部からも集まるはずだ。その格好なら目立たないで済む。何が目的だったのかは知らないがここまで来たのなら名物くらいは見ていくべきだ」

「う、え、はい…」

頷いてしまった俺に四人の視線が刺さるけど嫌だって目の前で言われて首を横にふれるわけがないじゃないっすか!!と訴える。

ジュンっちの目が冷たくて身振り手振りで弁明しようとしたところで扉が開いた音がした。助けを求めようと顔を上げれば紅紫さんは目を瞬いてゆるく笑った。

『えっと…?』

「はーちゃん!みんなもドリフェス見に来たいって!」

『うん、そっか。なら取ったチケットは無駄にならないでにすみそうだね』

「え、あの、チケットって…」

「紅紫!もう一人見つかったのか!?」

ジュンっちの戸惑った声は大神さんの声にかき消されて言葉をかけられた当人の紅紫さんは微笑んだ。

『なんとかね。今こっちに来てもらってるところだよ』

「誰を誘ったんだ?」

『二人も知ってる人だからそこは安心してね?………ちょっと分が悪いかなとは思うけど気軽にやろう?』

にこやかに笑う紅紫さんに乙狩さんと大神さんは不安そうな顔をして、不意に、がっとなんだか重たいものを動かすような音がする。

音源を探せばそれは壁の鏡からで、俺達が固まっている間に鏡が動いて扉のように開く。向こう側から鮮やかな赤色の髪が覗いて、その表情はどこか不服そうだった。

「わざわざ隠し通路を通ってこいなんて、メンドウなこと言いやがっテ」

眉間に皺を寄せて鏡を閉じればさっきまでと全く同じようにそこには鏡があるだけで、檳榔子さんが微笑む。

「なっちゃんおはよ〜」

「げ、逆先!?」

「逆先を呼んだのか」

『うん』

ドーナツも無くなり我関せずと言わんばかりに本を読み始めた椋実さんを除き、驚きを顕にしてる大神さんと乙狩さんに紅紫さんがあっさりと頷いて、ハヤトっちとハルナっちの口がわなわなと動いた。

「あ、あれ、占い師の逆先夏目じゃ」

「す、すご…本物…!!」

思わずといったように声を出した二人。視線が俺とばちりとあって、ぐっと眉間に皺を寄せた。

「……………ちょっと、これはどういうことなのサ」

『うん、僕の友達だから気にしないで。さて、これで四人揃ったね。』

「気にしないでって無理があるヨ!馬鹿なの君!?」

『時間ないから話はあとで聞くね』

はいはいと慣れた様子で話を流す紅紫さんに驚きを隠せずいれば、頬を膨らませたあとに諦めたように息を吐いて近くまで来て腰を下ろした。

「それデ、零兄さんと羽風さんが喧嘩して、大神くんと乙狩くんが勝たないとUNDEADが解散するのはわかったけド…この面子で何をする気なノ」

ちょっと癖のある独特な口調はテレビで見たのと全く同じで、キャラとかじゃなく本当にこの喋り方なのかと目を瞬く。

質問を投げかけられた紅紫さんはうんと返事をした。

『なにも決まってないからまずはそこから決めるよ』

「………無計画にも程がない?」

『僕もつい五分くらい前に誘われたばかりだから許してほしいかな?』

ふふと楽しそうに笑った紅紫さんに呆れた目を向けて息を吐き矛先を変える。

「…乙狩くんと大神くんは具体的な案はあるノ?」

問いかけられた二人は顔を見合わせてからんんと唸った。

「俺様はあんま臨時ユニットとか組まねぇからな…」

「俺も、自ら決めることは苦手だ。だが、絶対に負けたくはない」

「…………びっくりするくらいに心許ないメンバーだね…これであの二人に勝てって言うノ…?」

『うーん…困ったね…?』

苦笑いを浮かべた紅紫さんたちはすでに詰んだ雰囲気を出してて、レッスン室の床に寝転がってぱたぱたと足を動かしてた黄蘗さんがねーと声をかけた。

「メンバーがメンバーなんだし、とりあえず曲だけ決めたらなんとかなるんじゃなぁい?」

「……その曲も何にするかだな」

「新しく用意するわけにもいかねーし、既存のもんで…」

「そうしたらUNDEADの曲が妥当だネ」

「「え、」」

『Switchは三人、僕達も三人、もしくは五人わけの曲しかないからね。それを二人に今から覚えてもらうのは厳しいと思うから最初から四人構成の君たちUNDEADの曲を覚えたほうが君たちの良さも殺さずに済む』

「…けど、それじゃお前ら二人への負担がでかいじゃねぇか」

「そんなこと考えてたら最初から引き受けてないんてないヨ。それで、君たちはどうなノ」

じっと見つめられた二人は唇を結んだあとに頷いて、それならと逆先さんは口を開いた。

「なんの曲がいいか決めよウ。時間はあわせるのにつかいたイ」

『衣装はそうだね…シアン、黄蘗、ちょっと頼めるかな?』

「ああ、部室まで取りに行こう。大神は木賊のもので大丈夫だな」

「なっちゃんはこーちゃんのだね!いってきまぁす!」

立ち上がってなんの文句も言わず出ていった二人に大神さんが息を吐く。

「従順すぎんだろアイツら…」

「まるで大神のようだな」

「ああん?!」

「はぁ。ほら、余計なことに時間とエネルギーを使ってる場合じゃないヨ」

騒いでる間に紙とペンを用意してなにか書き込んでいく逆先さん。曲名なのか時々大神さんと乙狩さんがなにかコメントしていて、それを眺めていた紅紫さんが唐突に手を伸ばした。

『この曲とこれ…あとこの曲も、向こうでも候補に出てるみたいだし被る可能性があるからやめておいたほうがいいかも』

「………お前、誰と連絡取ってんだ?」

『ふふ、秘密かな』

紅紫さんって情報通キャラなんすね!普段のなら声を出してたけど流石にこの空気が読めないほどじゃないからみんなと端っこに寄って見守る。

しばらくその紙を眺めてたと思えば迷う事無く大神さんは指をさした。

「俺様はこっちかこっちがいいと思う」

「…だが、その曲は今から覚える二人には難しいんじゃないか?」

気遣いからか難色をしめした乙狩さんに逆先さんは眉根を寄せた。

「難しくても君たちがやりたい曲にするべきダ。それに、紅紫のことは知らないけど僕のことはあまり目下に見ないでほしいヨ。やり通してみせるに決まってるだロ」

『さり気なく僕を下げるのはやめてほしいかな…?でも、逆先の言う通り、僕達に気にせず二人のやりたい曲を選んで?ユニットではあるけど、主役は君たちだ』

二人に後押しされ、乙狩さんは少し考えると指をさす。

「なら、俺はこれの曲がいい」

「げ!アドニスそれ俺よりもえげつねぇじゃねぇか!」

「だが、俺はこの曲がとても好きだ。朔間先輩に遅くまで振り付けを見てもらって、羽風先輩が何度も歌詞が間に合わない俺に付き合ってくれた」

「…………なら、一曲は乙狩くんの選んだ曲、もう一曲は大神くんの選ぶ曲にしよウ」

気にせず可決した逆先さん。何か言おうとしたけど結局閉じて口をもごつかせた大神さんはなら、と指を一点に置いた。

『…これで、二曲だね。衣装はこっちで用意できるから練習に入ろう。時間がない』

なにかスマホに打ち込んで置いた紅紫さんが笑って、頷いた二人。大神さんがおそらくデモを用意してるのかスマホを操作し始めてそうだったと逆先さんが顔を上げた。

こちらを見つめてくる目に身体をこわばらせればすぐに外れて紅紫さんを見上げた。

「あそこにいる、君のオトモダチ……黙ってやるんだからもちろん協力してもらえるんだよネ?」

『え…それはちょっと許してもらえないかな…?』

焦ったというか困ったような表情になった紅紫さんに罪悪感が積もって、堪えきれなくなったらしいハヤトっちとハルナっちが手を上げた。

「お、俺で良ければ!」

「俺も手伝います!」

『そんな無理はしないでくださ、むぐっ』

「フゥン。言ったからにはきっちりと手伝ってもらおうカ?」

「ひぃ!はははははいっす!」

紅紫さんの口を手のひらで押さえ、にんまりと笑った逆先さんの目が怖くて思わず俺も返事をしてしまった。

とんとんと背を叩かれて紅紫さんを解放すると逆先さんは息を吐いて見上げる。

「別に乱雑に扱うつもりはないから安心してヨ」

首を横に振り心配そうな紅紫さんから目をそらすと俺達を見た。

「君たちには観客をやってもらうヨ。見ていてズレているところ、違和感があれば口にしテ」

それだけ言ったと思うとイヤホンを紅紫さんと半分こしてつけて、用意されたデモに耳を傾け始める。手元には歌詞なのか文が見えて二人ともそれを目で追ってた。話からして二曲。どれくらいの長さなのかはわからないけどトータルで十分くらい黙ってた二人は同時にイヤホンを外した。

『どっちがいい?』

「悔しいけド、兄さんのパートが譲るヨ。ソロが多すぎるし…腹立つけど振りも君向きダ」

『わかった。なら僕が朔間さんのパートで逆先は羽風さんの部分をお願いね』

「ウン。それじゃ、次は…二人とも立って、曲流すから歌いながら踊ってネ」

「あ、おう」

「わかった」

あっさり決まったパート分けに次の指示を出した逆先さん。立ち上がった二人が準備できたのを確認して紅紫さんがスマホにコードをさした。

『流すよ』

「おう」

いきなり流れはじめた音楽に、二人は真剣な顔つきになって踊り始める。

お揃いなのか同じ振り付けを踊りながら歌う。たまに口を閉ざして変な間が開くのはそこに紅紫さんと逆先さんのパートが入るからだろう。

「……………すごい」

見入っていたらしくジュンっちがぽつりと感嘆をこぼす。

これは、そう、Jupiterのライブを見に行ったときに似てる。心の奥がざわついて掴まれてる、そんな高揚感。

普段演奏しているから歌うけどあまり踊らない俺達とは違い、歌って踊って、たぶん四分くらいの音楽が終わる。二人をじっと見つめてた逆先さんは目を閉じ眉間に皺を寄せて、紅紫さんは反芻するみたいに目をつむってた。

「……やはり、他の曲に変えたほうが」

『「大丈夫」』

不安そうに揺れた言葉を遮るように声を揃え、ついでに目も開いた二人。嫌そうに紅紫さんを見たあとに逆先は唇を尖らせた。

「もう一回だけ言っておくけど、あまり見くびらないでよネ」

『本当に気にしないでいいよ。引き受けたからにはきちんとやりきるからね?』

「………っは!それで失敗したらただじゃおかねぇからな!」

にんまり笑った大神さんに二人は愉しそうに笑い、さて、と言葉をこぼした。

『一回合わせてみようか。僕と逆先は歌うから、二人は今と同じように踊ってもらえるかな?あ、もちろん歌ってね?』

「……もう覚えたのか?」

「大体の流れはネ。ただ、微調整はもちろん必要だからまだ完成には時間がかかル。どんどんいくヨ」

大体は覚えたって、俺だって新曲を覚えるのに何回も聞いてそれでも最初のうちは間違えてしまうのに超人か。

そんなこと当然のように話をすすめる二人に大神さんと乙狩さんも驚いていたけど諦めたように頷いて、紅紫さんがまた曲を流し始めた。





「だめだ、揃わなイ」

『…もう一回行こうか』

「っ、ああ!」

「は、っ」

鬼だ!この人たち鬼っす!!!

同じように踊り続けてるのに軽く汗を拭うだけの逆先さんと拭う汗すらかかずに微笑んで見せる紅紫さん。

乙狩さんと大神さんの滝のような汗と荒い息が見えてないのかと二人がまた曲をかけようとしたから息を思いっきり吸い込んだ。

「ああああの!」

「ウン?何か気づいタ?」

「い、一回!水!水飲んだほうがいいと思うっす!ぶっ続けじゃどんどん疲れて余計おかしくなっちゃうっす!」

意見したことに怒られるかもしれない。それでも止められなかった言葉に逆先さんはぱちぱちと瞬きをして、ああとかかり始めてた音を止めた。

紅紫さんも視線を迷わせてごめんとつぶやいてから携帯を取る。

『一度休憩を取って十五分したら再開しよう。大神、乙狩、飲み物はそこにあるペットボトルから好きなの選んでね?どれも封は開いてないから安心して?』

部屋の隅で黙々と衣装の手直しをする檳榔子さんと椋実さんの近くにあるペットボトルを渡して、大神さんと乙狩さんはそちらに足を向けて座り込み肩で息をする。

「紅紫、ちょっと」

『僕達はもう少し合わせようか』

休む二人に対して、こっちは休む気がないのか端に移動したと思うとさっきよりも小さな音量で音楽を流してステップを踏んだ。

「あーっ、くそ、」

「はぁ、まったく、ついていけない…」

悔しそうに言葉をこぼした二人は汗をシャツでぬぐっても全然引かないらしく飲み物を飲んでからまた拭いてた。

「逆先は奇人だからと思っていたが…紅紫も別格だな」

苦々しくこぼされた言葉に首を傾げたハルナっち。

「さっきも奇人って出てきたけどどういう意味?」

「ええ?!俺はわかんないっすよ!」

「あ、ほら、そこぉ、奇人ってなになんて他の人には絶対聞いちゃ駄目だからねぇ?」

裁縫から顔も上げず注意が飛んでくる。不思議に思えば椋実さんが息を吐いた。

「この学園にいて奇人の意味を知らないことは、アイドルを目指すのにテレビを知らないのと同じだ。この学園の常識の一つだからお前たちが折角その格好をしていても部外者だと言いふらしているのと同義になる」

「そんなにすごいことなの?!」

「うん。…まぁ簡単に話すとぉ、うちの学校には五人の奇人って呼ばれるすっごい才能の持ち主がいて、大体の学生からいろんな意味で注目の的なの。そこにいるなっちゃんはその一人」

場所が違えばルールも常識も違う。あっさりと新しい定義を植え付けられて戸惑いから顔を合わせる俺達に檳榔子さんは深い意味もなさそうに言葉を足す。

「あとは今回の対戦相手兼UNDEADのリーダーをしてる朔間さんもそうだよぉ」

「ええ?!」

「…あっさりと話されましたけど、それって今回の相手はかなり強いということでは?」

「そうだな。奇人である朔間さんはもちろんだが、その朔間さんと二枚看板として活動している羽風さんも敵だ。いくら即席の面子で来るとはいえ、こちらも同じ条件。単純にこちらのほうが分が悪い」

ぱちんと糸を切って衣装の具合を確認する椋実さんはあっさりと言ったけど俺達は驚きからまだ帰ってこれない。

そんなレベルの違う相手に本気で勝つ気なのか。

椋実さんと檳榔子さんは気にせずに直しを終えた衣装を合わせて楽しそうにしているし、逆先さんと紅紫さんは真面目に練習を続けて、汗を拭った大神さんと乙狩さんはまだ休憩時間が残ってるにもかかわらず立ち上がって二人の練習に混ざる。

これかなぁと装飾品を選び始めた檳榔子さんに対して、椋実さんはじっと四人の様子を眺めてた。

「おい紅紫!ターン遅ぇぞ!」

『シアン』

「0.5だ」

『うん、ありがとう』

「え、今のは何?」

『タイミングだよ』

驚いた顔の逆先さんにあっさりと言葉を返してさっき指摘されたターンを修正して踊る。

「は?時計でもついてんのか?」

「見ていればわかるだろう」

大神さんの驚きにさらっと返した椋実さんは人間メトロノームとかそんな感じなんだろうか。

時折椋実さんからカウントが飛び出し、逆先さんと紅紫さんはそれに合わせて曲を完成させていく。

「えへへ、かんせぇ〜♪」

上機嫌な檳榔子さんの手元にはアクセサリーまで組み合わされて用意された4着の衣装。

誰一人として負ける可能性を考えていない様子にハヤトっちと目を合わせて、言葉を飲み込んだ。



本番まで、後二時間。



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