あんスタ


ふらふらと目的もなく歩く。思考は纏まる気配もなくて、ただただ、俺は漂う。

いつからこうなった。どこから間違った。俺にはわからないし、きっとお師さんもみかちんにもわからない。でもたぶん、俺達は緩やかに崩れていっていた。そして、あっさりと壊れたんだ。

王座から引きずり降ろされたお師さんは狂ってしまったし、みかちんはそんなお師さんを支えるのに忙しそうでValkyrieは再生どころじゃない。

お師さんの心配をしていないわけでも、ざまぁみろと思ってるわけでもない。けれど俺はお師さんの前に顔を出すことができなくて、渉ちんに導かれるまま一年生の面倒を見ることになった。

入学したばかりでまだ右も左も定かじゃない三人の手を引いて薄暗いものを見せないように歩く。きらきらとした目が絶望に暗くなるところなんてもう見たくない。





あの冬の、彼の処刑日。渉ちんと真ちんと共に忍び込んだ音響室で掛かっていた音楽を切り替えた瞬間、俺の行き先は決まった。

仲間らしい緑色に担がれてステージを降ろされ、残ったのは鮮やかな青色と黄色と赤色。彼らはあの日の俺達と同じように壊された舞台の上で歌って、踊って、でも、とても強く笑っていた。

その姿が美しくて俺もああなりたいって思ってしまえばもう立ち止まることはできなかった。

打算と後押しを受けて加入した放送委員会はそれなりに情報が入ってくる便利な立ち位置だった。放送委員会は校内ラジオからライブの音響まで携わる。俺と真ちん、それと忍ちんでせっせと運営している放送委員会は少し忙しいけど充実してた。

過去のイベントの資料はほとんどが生徒会によって処分されてしまったけど、放送委員会に残っていたデータの一部はこっそりと俺のパソコンに隠してる。いろんなデータを隠して、集めて、また隠して。

そして、わかったことがある。

どの物事の裏にも、一つの点に繋がってた。

それは生贄にされた標的と、それを狩る処刑人の、その影。影はどちらかといえば生贄を守るように動いてた。傷ついた標的を隠して、向けられる追撃を躱し、時には全く別の勢力をぶつけて反撃してみせてた。

あの時処刑人であった天祥院たちfineはとっくの昔に理解して対処しようとしてたんだろうけど、あの頃の俺も、誰も気づかなかった。

ゆっくりと時間をかけて、すべての欠片を拾い集めて、やっと見つかった痕跡をまた繋げて、そして見つけた影の正体に息を吐く。

あの日の処刑の意味が、やっとわかった。

魔女狩りの標的にされたpuppeteeer…ひいては紅紫はくあというあの二年生は、疑わしいから魔女狩りの標的になったのではなく、本物の魔女であるから断頭台に立たされた。正しく黒幕の彼はfineにとっての障害だったのだ。

fineは集団心理を利用して潰そうとしていて、そこには紅紫はくあだけでなく彼に加担していた周りの四人も潰そうとしてた痕跡がある。でもあの日断頭台に立ったのは彼一人で、それが仲間を庇おうとした結果なのか、それとも別に意味があったのかは俺にはわからない。

結果として紅紫はくあは処刑されなかったし、返り討ちにあった主犯の彼奴は今はどこで何をしてるのかも不明だ。

真ちんが丁寧に選り分けてくれてるファイルに目を落とす。

この学園に来る前の経歴こそ派手なものの、入学してからはほとんど表舞台に立っていない。その異様さは本来なら目について仕方ないはずなのにあの頃は全く気が付かなかった。

それだけ俺に余裕がなかったってことだとは思うけどやっぱり不自然だなぁと思う。

不自然といえばいつだったか、まだ夏にもならない、あの不穏な空気が漂うよりもずっと前にお師さんが小さく零したことがあった。




「仁兎、“紅紫”を知っているかね?」

急な問いかけに少し記憶を探って、思い当たらなかったから首を横に振る。お師さんはどこかほっとしたように息を吐いてそんな姿が珍しいなと思った。

みかちんはまだ授業が長引いてるのか部室に来てない。お師さんは手元の布と糸を洋服に形作っているところでさっきまで難しい顔をして針を通してたはずなのにどうしてか手を止めていた。

声を出すことは許されてないからじっとお師さんを見つめて言葉の先を待つ。お師さんはやっぱり指先を動かすことはなくて目線を落としたまま首を横に振る。

「……紅紫という男が一つ下の学年にいる」

一年生のことをお師さんが気にかけているのは珍しい。みかちんと同い年ならみかちん繋がりの子なのだろうか。

「アレは芸術品でね、僕の目指すものに限りなく近い。万人の視線を集める存在感、力量。それは弛まぬ努力の結果ではあるけど一切素性を悟らせない姿は本物のアイドルというものなんだろう」

お師さんが他人をべた褒めしているなんて、驚きを隠せない。

俺が固まっているのに気づいてないのかお師さんはつらつらと言葉を並べ、静かに針と布を置いた。

「………話が脱線してしまったけど、紅紫には近づかないほうがいい」

「………………」

目を瞬いて首を傾げる。人の好き嫌いが激しい人だけど、お師さんがこんなふうに感情を昂ぶらせることもなく俺に忠告をしてくるなんて初めてだった。

お師さんは小さく息を吐いて首を横に振って手元の布を見つめる。

「君がどうしても叶えたい願いがあるのなら近づいて依頼をするのもありだろう。今のアレはそういう生き物だ。けれど、その願いを叶えるにあたってそれに見合った対価を差し出すことは今の君には難しい」

一体お師さんはその子とどんな関係があるんだろう。ただただ静かに、教科書を読み上げるよりもあっさりと言葉を吐き出してる。

「無闇矢鱈に攻撃されることはないだろうができることならばあの子には近寄らないほうがいい。……これ以上不確定要素が増えるのは僕も避けたいのだよ」

不意に言葉を淀ませて、置いていた針と布を持ち直す。話はもう終わりなのか布に針を刺して糸を通しはじめる。

言いたいことだけ言って返事を聞くことなく話を切り上げることはよくあるけれど、今回のお師さんの様子はあまりないもので俯いて眉根を寄せる。

お師さんの言うことは八割方正しい。特に冷静なときはその正しさは九割を超える。ということは今のはお師さんからすれば親切心からの忠告で、その一年生が対価さえ支払えば願いを叶えるというのも、叶えるための対価を俺が払えないというのも事実のはずだ。

今の所対価を払ってまで叶えたいことは思い当たらないけど、お師さんは覚悟があるのなら紅紫という一年生に依頼する方法もあると教えてくれたのだろうか。

ばたばたと聞こえてきた足音に顔を上げる。ノックなしに開け放たれた扉からはみかちんが飛び込んできて、お師さんが喧しいと怒ってまた手元に目を落とした。

みかちんは謝ってから部屋に入ってきて俺に笑いかけるから俺も笑って返す。

気難しいけれど一度舞台に上がれば人を圧倒する芸術のようなステージを創り上げるお師さんに、そのステージを飾るための人形の俺とみかちん。時折このままでいいのかと悩むことはあるけれど、この生活が崩れるのは、酷く恐ろしい。

みかちんが淹れてくれたお茶を受け取って口をつける。

「……、…これは…影片。」

「えへへ、やっぱりわかるんね?」

同じようにお茶をもらったお師さんが口をつけてから眉根を寄せてみかちんを見れば、何故かみかちんは嬉しそうに笑ってたから俺は首を傾げて、それから、やっぱりこのままがいいなとぼんやり思った。



…安寧はこの一ヶ月後に壊されて、今に至るわけだけれど。

持ってた資料を置いて息を吐く。

今となっては輝かしくも苦い、そんな思い出の一片。

結局何を持ってお師さんが俺にあんな話をしてきたのかは今もわからない。

俺は紅紫はくあに接触したことがないけど、みかちんもお師さんも今は彼の庇護下に置かれてる印象を受ける。

お師さんの隠匿や手芸部の存続。みかちんへの校内アルバイトの斡旋にValkyrieの活動援助。

ただの高校二年生にしては随分と内部まで入り込んで活動してるその様子に疑念や困惑がないわけではないけど、俺がValkyrieのことに口を出すなんて今更どの面を下げてという感じだろう。

Valkyrieが本当に大変だったとき、俺は離れ、彼は支えた。今も交友があるかどうかはその違いのはずだ。

息を吐いて放送室を出る。今日はユニット練習があるから遅れたらリーダーとして示しがつかない。

早足で練習場所に向かえば反対側から駆けるような足音が聞こえて、向こう側から笑顔の三人が現れた。

「にーちゃん!聞いて聞いて!」

「にーちゃんきいてください!」

目を輝かせてる二人がぴょんぴょんと跳ねて、二人を落ち着かせろようと友ちんが服を引いて息を吐いた。

「三人ともどうしたんだ?」

「さっき明星先輩からお話があって!」

「Tricksterが出演するライブに一緒にどうかって誘いがあったんです」

「遊園地でライブして!終わったら遊んでいーって!俺すっごく楽しみなんだぜー!」

仲良く分担して話す三人に目を瞬く。俺達Ra*bitsはまだまだ無名でライブの誘いなんて願ってもないチャンスだ。

慌てて携帯を取り出してマコちんにメッセージを入れる。即座に既読がついて、マコちんも今知ったところだと返事が来た。

どうやら真緒ちんが取ってきた仕事らしく、今のところ出演するのはTricksterとfineだけしか決まってないらしい。華やかで遊園地に似合ったユニット像にRa*bitsが選ばれたようで、謝礼を送って顔を上げた。

「よぉし!やるからには全力ら!俺達のパフォーマンスで楽しんでもらうぞ!早速レッスンだ!」

「「「はーい!」」」

目を輝かせて笑う三人に自然と笑みが溢れて予定よりも遅くなってしまったから駆け足で練習場に向かう。

外部の合同ライブは多少懸念はあるものの、この子達にとっていい刺激になるはずだ。

俺からしても久々の大きな舞台にテンションが上がってるようで今から何をしようとわくわくしてしかたない。

「ダッシュダッシュだぜー!」

「楽しみですね!」

「ああ、だな!」

それは三人も同じようで、溢れている感情に唇を結んで、堪えきれずに笑う。

今の俺をお師さんが見たらどう思うかはわからないけど、俺は現状にとても満足してる。多少苦しく、満足に評価が得られないこともあるけど、少なくとも対価を差し出してまで叶えたい願いもない。だからこの先、紅紫はくあに関わることもないだろう。

走り抜けたその先。翌日に行われたリーダーのみの顔合わせでまさか当人に会うことになるのをこの時の俺はまだ知らない。


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