イナイレ
『邪魔くせぇ…』
「取っちゃ駄目だからね。絶対今日も病院行ってよ?」
頭に巻かれた包帯と左目の上の大判なガーゼをなぞり、念を押してくる。寮に戻ってこれたのは朝の8時近くだった。救急に駆け込まれてそのまま家で話しあい。
眠気が襲ってきたけど、とりあえずこのまま一緒にいるとまた話が長引きそうだから首を横に振った。
『うっせ。じゃーな、おやすみ』
「ぐっ…っ、っうん、またね」
鳩尾に躊躇いなく拳をめり込ませれば頬を軽く赤らめたまま手を振り、バイクに股がって走り出した。バイクが見えなくなるまで見送って息を吐く。寮に入ろうと門から歩き出したはいいけど。片目が半分見えないせいで距離感がつかめなかった。普段から見えているものが半分見えないだなんて不便で、段差に足をぶつけて息を吐く。
なんとか寮の前までついて、出入り口の扉のドアを開けようと手を伸ばせば空振って、それなのに、扉が開いた。
「え」
「―来栖?」
「お前それっ」
「どうしたんだ」
「痛そうだね…」
よりにもよってなんで朝からこいつらと顔を会わせなきゃならないのか。
二年クラスが一緒の風丸ならまだしも、残りの奴らが面倒くさい。一人なら総無視でなんとかなるし、二人か三人なら隙間があるだろうから横をすり抜けてくなんて方法もあるけど、五人じゃ流石に無理があった。
「どどどどどうしたんだ来栖?!」
顔色を真っ青にして目を泳がした円堂は今にも泣きそうで、飛びついてこようとしたから足を引いて離れる。
『なんもでもねぇけど』
包帯をずらすと直すのが面倒だからずらさないよう頭を掻き思考と視線を巡らせるけど良案は浮かびそうにない。
「簡単な説明くらいあってもいいんじゃないのか」
あからさまに苛立ってる鬼道に訳分かんねと思ってれば死角から伸びてきたらしい手が頬に触れた。
「痛くないの?」
『……別に』
「我慢してない…?」
『別にィ』
吹雪の問いかけに足をもう一歩引いて離れる。
正直、対一ならまだしも、ここの中心メンバーと会話するのは苦手だ。
「監督呼んだ方がいいか?」
『呼ばなくていい』
風丸のお節介に首を横に振る。
おせっかい焼きが多い上に、円堂にいたってはプラスして話も聞かない。ペースが持ってかれる。
「……どこの病院に行ったんだ?」
『関係ねーだろ』
違和感のある左側。包帯に触れながら首を横に振って、息を吐く。
『いーから道開けろよ』
横に広がって歩くだなんてどこの馬鹿な学生…馬鹿な学生だったなァと溢せば、案の定、風丸が目を見開いた。
「そんな言い方ないだろ?心配だから声かけてんだから!」
『ありがた迷惑って知ってんかァ?』
「生活で不便じゃないの?」
『便利なわけがねーだろ』
「階段から落ちでもしたのか?」
『どこの間抜けと一緒にしてんだァ?』
「袖に血がついてるぞ」
『捨てるからいーんだっつーの…いいから道開けろ』
押し問答なんてするつもりないのになんなんだ。
俺の機嫌が低いのに誘発されてか風丸が声を荒げようと息を吸う。後側から聞こえてきた急ぎ気味な足音に、次に来るのは俺にとってどう影響するか。
中心メンツと一緒に朝練をするタイプなら余計騒ぎになりそうだし、一人で練習に打ち込む人間なら隙ができて抜けられるかもしれない。
「遅れてすみません!」
足音と同じくらい大きな声で謝罪した虎に頭を押さえた。
「あ、虎丸、おはよ…」
「うわわ!??諧音さんそれどうしたんですか!」
俺よりもそこで固まってる円堂を先に気にしてやったほうがいいだろう。
『見てわかんだろォ。怪我だ』
「うええ!痛くないんですか!?前見えてます!?」
『痛くねぇし、大体見えてんよ』
周りの面子に触れもせず、眉尻を下げて早次に質問を投げつける。そのまま俺の手を取って視線を合わせてきた。
「ううん、あ!わかりました!今日1日僕が諧音さんのお手伝いします!」
『いーからお前は練習してろ』
前のめりになってる虎にデコピンを喰らわせ後ろに逸らさせる。ついでに虎が開いた道をなぞって中に入った。
「んんっ!じゃあ困ったことがあったら言ってくださいね!」
『んなことないから言わねーよォ』
仕方なさそうには手を大きく振った虎に手を上げて早足で自室に向かう。
階段はしっかりと手摺を掴んで上がって、欠伸を噛み殺して自室を開けた。
『___…』
扉を閉めてから頭を掻く。この際包帯がずれても構わないといつも通り髪に触れていれば包帯がずり落ちた。
三階、角から数えて二部屋目のここは俺の部屋に間違いない。昨日俺は苛ついて出ていったわけだが、そんとき置いていった豪炎寺は下であったからいるわけがない。
つまり無人のはずだ。
ゆっくり、中から扉が開いた。
☓
勝手に部屋にいたそいつと話を終わらせるどころか話にもならず無理矢理俺の部屋から追い出し鍵をかける。廊下を歩き道也の部屋に入った。
朝食の時間だからか道也は居らず、ベッドの上に寝転びんで瞼を下ろす。
☓
頭を優しく、傷にさわらないよう撫でられた。手は頬を撫で、瞼に触れる。少しずつ目を開いた。視界に捉えようとしたが相手は左側にいるようで顔が見えず、寝返りをうつ。
『…道也…か』
そういえば道也の部屋で寝てんだっけ
触れていた手を離して、ため息をつく道也を頭が覚醒しきってない俺はぼうっと見つめる。
「…色々言いたいことがあったが……傷、痛まないのか」
包帯と目の上のガーゼを撫でられた。
一度瞬きをして目を休ませる。
『…痛くねぇ…よ…』
目を閉じれば今にも二度寝しそうな俺に、道也は気にせず頭を撫でた。
「…そうか、それなら安心だ。病院には次いつ行く」
『ん…今日、』
途切れ曖昧必要最低限な言葉で道也は頷き、もう寝ろと頭を撫でられ二度寝に入った。
二度寝ほど気持ちよくて仕方ないものはない気がする。珍しくすっきり目が覚めて、寝返りをうってみると道也がうたた寝をしてた。体を起こして立ち上がる。首を回せば関節が鳴った。
頭の包帯は綺麗に巻き直されていて、多分道也がやったんだろう。
伸びをして、眠りこけてる道也の肩を叩いた。
「っ、…ああ、起きたのか?」
『……腹へった』
笑った道也が俺の頭を撫で立ち上がる。部屋出ようとしてドアノブを掴み損ねれば道也が代わりに扉を開けた。
短く礼を言って歩く。
「飯だな。もう昼はとっくに過ぎてるから食堂に人もいないだろう」
『道也飯食ったのかァ?』
「いや、寝過ごして食べれてないな」
『…ふーん』
左側を歩いてる道也の表情は生憎見えず、どんな顔をしてるのかまったくわからない。だから深く考えるのは止めて道也に続き食堂に入った。時間が遅いせいか、片付けを済ませたマネージャー達もいない。
『チャーハン』
「そうか」
お粥かチャーハンならチャーハン。道也は料理がうまくない。レパートリーの中なら答えればキッチンに消えていく。道也の背中を見送り適当なテーブルに座った。
頬杖をついて、包丁の音を聞く。決してリズムよくとは言えない音に耳を傾けていればだんだんいろんな音を拾うようになっていて外の声まで聞こえてきた。その中に混ざった扉の開く音に目を開いた。
こんな時間に食堂に来る奴なんてサッカー馬鹿らしくない。誰だったとしても珍しい。
「、ぁ…」
俺を見て半歩後ろに足を引いて固まった後、不動は中に入ってきた。長袖に首の閉まるタートルネック。あからさますぎるし不自然なその格好に一度瞼を落とす。俺も長袖だから人のことは言えねーし、趣味とかの範疇で収まるだろう。
視線を下げて、目が合わないよう歩いてきた不動は目の前に座った。
なんで目の前なんだ
「ぁ、あの、」
視線をさ迷いまくった不動は言い淀み、口を開いてまた閉ざした。
何を言い出すか考えていたけどまぁいいやと息を吐く。
『飯食ったのかよ』
急に話しかけられてびびったのか肩を上げてから首を横に振る。
『あっそ』
椅子から立ち上がれば更に大袈裟にまた不動の肩を跳ねさせて俺を見上げた。
見据えた不動の目元は赤い。
警戒すんのもしないのも別に俺からしたら代わりねーからいいんだが、今不動に何かをしたいわけじゃねぇ。横を通り抜けてキッチンの扉を開け中を覗けば道也が未だネギを刻んでた。
『道也ァ』
「どうした」
手を止めず聞いてきた道也は真剣な目をしていてちょっと笑えた。
『一人増えたから三人分作ってェ』
「は?、!」
慌てて振り返った道也に返すのが面倒で扉を閉める。
目なんか離して、指切ってなきゃいーけどォ
「……おい?」
『あ?』
「、」
なにこいつくそ面倒ォ
さっきまで座ってた席に座り頬杖をつく。
午後からは病院に行かないといけない。だるくて仕方ないけど5時くらいでいっか
「く、来栖」
膝上で手を握ったり、開いたりしながら黙っていた不動が口を開く。返事したらまた黙りそうな気がしたから目だけ向けた。
「け、怪我、痛くねぇのか」
『もう痛くねぇけど』
「へ、ぇ…、……………あ、あのさ、」
おかしい。不動ってこんな会話振ってくるやつだったかァ?
口を動かしている不動は落ち着きなく浮き足立ってるようにも見えるし、なにかを紛らわせようとしてるようにも見える。
「…―き、昨日、のバイク…あれ、何?」
『確かスカイウェーブだ』
確かも何も、買ったとき一緒にいたから確実だけど。
頷いた不動は、また少し黙り話題を振ってくる。どれぐらい話したかわからないが繰り返される問答にいい加減飽きてきた。
『…―お前、いつもこんな喋んの?』
「へ、?」
『なんで頬を赤らめてんだよ』
「…その……」
俯いた不動にまた会話が途切れて静かになる。キッチンからは物を炒める音が聞こえてた。
耳まで赤くした不動に息を吐いて背凭れに寄りかかる。頬杖ばっかついてんとよくねぇって怒られし、姿勢を変えると息が楽になった。
『……やけにバイクの話聞いてたけど興味あんのかァ?』
「あ、え?あ、ああ」
『ふーん。乗ったことは?』
「な、ない」
『乗ってみたいか?』
「そりゃあ、まぁ」
あの馬鹿はたしか広い私有地持ってて中学から乗り回してたっつってたけ。
『お前が乗ってみてーなら紹介すんけど』
「ぇ、マジか?!」
『おーまじだァ』
「乗りて…、ぁ」
瞳を輝かせ身を乗りだしていたことに気づいたのか、途端に不動は口をつぐみ膝に手を置いた。
『じゃあ連絡しとくわ。いつ休みだァ?』
「え、え、っと、…」
慌てて頭の中に日程を思い浮かべながら指をさ迷わせる不動を見ながら携帯を弄る。作った本文に不動のいう暇な日を入れて送った。
『その内連絡来んから、そしたら教えるなァ』
「あ、おう、あ…、ありがと」
『礼なら実現した時、持ち主に言ってやれ』
携帯をしまい頬杖をつけば不動はまたキョドった。飯食う時くらいしか一緒にいなかったから知らなかったが、不動って変な奴だ。
「出来たぞ」
ナイスタイミング道也。
『おー、おけ』
会話も途切れていたし腰を上げる。出てきた道也は不動を見て、逆に不動も道也を見て目を見開いた。
気にせずに皿を取りに行く。俺を呼んだのは多分三枚も皿が持てないってことだろう。
「もう一人って不動だったのか」
『そ。飯食いっぱぐれたんだとよォ』
自分の分だけ持とうと一皿持つがそれは不動に先に渡せとデコピンが来た。
ひでぇのォ
『ほら』
「あ、ありがと…」
『作ったのはあっちだから礼ならあっちになァ』
「……………あざす、カントク」
「……ああ」
目の前に一皿ずつ皿を置いて、道也も座ってスプーンを取る。
『いただきます』
「いただきます。」
「…ぃ…いただきます…」
順々に挨拶をする必要性はあったのか。一応全員が挨拶したからスプーンで中身を掬い、口に運ぶ。可もなく不可もなく、強いて言うなら不可寄りな道也の料理は久々に食ったけどコゲてる部分もあるし、作ってもらった身分で言うことじゃないけどやっぱり普通だ。
『……これ、刻めてなくね?』
見せたスプーンには見事に繋がったハムがあり笑うしかない。
「……うるさいぞ」
むっとした道也はチャーハンをまた口に運んだ。ふて腐れてるっぽい。
会話が無いわりに穏やかに過ぎた昼食は空気が軽かった。
☓
ドM馬鹿はご丁寧にも予約をとっていたみたいでさっきのメールの返事と一緒に詳細が送られてきた。
面倒だけど行かないと煩いだろうし無駄になるのもどうかなんて思って病院に向かう。
頭じゃなくまぶた、そこまで深くないこともあって軽い触診だので終わり三十分もすれば診察室から出てこれた。
窓から差し込む光がオレンジで院内が染まってる。その色にこないだってほど最近じゃないがここの病院に来た時あった派手な髪色したやつを思い出した。派手というか奇抜というか、そういえば不動も中学生でモヒカンだなんて珍しい。
「――す!」
ぼーとしてると少し先、進行方向から場に似つかわねぇ大声が響いてきて顔を上げる。
「おねがいします!」
ああ、嫌なもん見た
包帯がとれてすっきりした頭を掻いてどうしたもんかと眺める。向かい側から歩いてくる医者らしきおっさんに食い下がってる暑苦しい奴。
気づかれずにすまないだろうか
「―あ、来栖!」
わかってたけどそんな世の中都合よくない。
おっさんが俺のことを見て眉間の皺を深くしやがった。俺とそいつを仲間だとか一緒にしないでもらいたい。
「来栖眼の怪我大丈夫だったのか?!」
『まぁ』
声とかかけてくんなくていいから帰らせてくれ
「そだ!なぁ来栖も豪炎寺のために―――」
ごちゃごちゃと騒がしいやつだ。さっきから付け回されてたっぽいおっさんと同じくらい今なら表情が曇ってる自信あるわァ。
「だから」
『うるせぇ。ちっとは場所考えて静かにしろや』
ぐいっと空と同じ色したバンダナをずりおろしてやれば俺から視線がなくなって、かわりに俺の行動におっさんが目を丸くした。
どーでもいい。
疲れたしも帰ろう
バンダナを直してるあいだに円堂を置き去りにして歩き出した。
コンビニで憂さ晴らしに散財してから帰ることにした。
「あ!新しいの出てる!」
「ほんとだー!」
入り口に小学生がいて少し邪魔くさい。
ちょうど小学生が帰る時間とあったからかランドセル背負って走ったり歩いてるやつが目についた。
「はやく!はやく!」
「ま、待ってって!」
「にーちゃんおそい!」
兄弟…なのか、同じくらいの背格好の黄色い帽子をかぶった子供がコンビニの前を通りすぎてく。先を走ってた弟らしい方は勢い余って転けかけて追いついた兄に支えられて今度は一緒に走ってった。
そんな姿を見送って読みかけの雑誌をそのまま持ってお菓子を何個か見繕いレジに持っていく。
右手にはがさりとビニール袋が音立てて揺れてた。
出てすぐのごみ捨て場の前で立ち止まってビニール袋から何個か買ったうちの一個のチョコを取り出してひと粒口に放り込んだ。
「ざっし!」
外にはまだ最初にいた奴らが騒いでてやっぱり少し邪魔くさい。
「ゆうかちゃん!サッカーのやつあるよ!」
どこもかしこもサッカーで盛り上がってるらしい。もうひと粒チョコを放り込む。
「ゆうかちゃんのお兄ちゃんのってるかなぁ?」
四人いるうちの一人が新刊の雑誌のサッカー日本代表特集の文字に食いつき首を傾げた。
それに2つ結びのやつが声高らかに答える。
「ゆうかのお兄ちゃん、シュート一番かっこいいもん!今度の決勝戦もでるっていってたしぜったいのってる!」
チョコの入ってた包を捨ててついでにもうひと粒口に入れてビニール袋にしまう。
とっとと帰ってゲームすっかなァ
コンビニから歩き始めんとさっきまで前でたむろってた奴らが俺を抜いて駆けて行き、そのうちの最後尾をかけてた奴が、転けた。
どうしてがきってよく転ぶんだ?
「大丈夫?」
「ゆ、ゆうかちゃん」
「うわ、いたそー」
転けたやつは片膝を立てて座り込んで、周りの三人はおろおろしてて、
「いたぃ…」
目にはいっぱいの涙をためてた。
「ぅう」
つけようとしてたイヤホンを耳にかけると、やけにうるさくビニール袋の音が響いた。
「ゆ、ゆうかちゃん、」
「ふぅ、っぅ」
『泣くんじゃねーよ。かすり傷だっつーの』
泣き出そうとしたやつの目の前にしゃがみ込み買ったばかりのミネラルウォーターを逆さにした。滲んでた血と砂が洗い流されて傷口がはっきりする。
『痛くねぇ?』
多少の鬱血は打撲だろうし、一週間もしないで治るだろう。
「っ、うん、痛くない!」
さっきまで泣きそうだったのに笑って見上げられて目を逸らす。
「お兄ちゃんありがとう!」
いきなり水かけられたのににお礼いってんのこいつ。理解できないってかしたくねぇ
頭を掻いて息をついた。
「ゆうかちゃん助けてくれてありがと!」
「お兄さんありがとう!」
残りの三人が集まってきて目を逸らす場所がなくなる。まじもう勘弁してくれ。
わらわらしてたうちの一人が俺の手首にかかってる袋中の物を目敏く見つけた。
「あ!お兄さんそれサッカーのってるやつ!新しいのでしょ?!」
『あー』
「お兄さんみせてみせてー!」
「わぁ!抹茶いちごチョコ!」
「抹茶チョコだろ?」
「いちごチョコだよ!」
勝手に話が展開していくこの感じは円堂×4を相手してる錯覚に陥る。しまいに雑誌を見せろとせがんでくるやつと抹茶いちごチョコで喧嘩し始めるやつらとおろおろする残り一人とで収集がつかなくなり頭が痛くなってきた。
『…はぁ、ほら、これやんから喧嘩すんな。』
新商品で残り一個だったから興味本位で買った抹茶いちごチョコにそんな未練もなく、ちょうど十二個入りだから四人で分けきれるだろうと渡せば歓喜された。
『で、雑誌?お前ら何、サッカー好きなの?』
「「うん!」」
揃って返された頷きにまた息を吐いて雑誌を差し出せばぱぁっと明るくなった。
「え、お兄さんいいの!?」
『もー読んだからいい、仲良く読めよォ』
きゃっきゃきゃっきゃ喜ぶやらを見てからこけてたやつの頭を撫でる。
『転けんなよ』
「うん!わかった!」
『はっ、返事だけはいいなァ』
もう転ばないもん!と笑ったやつの頭から手を離して左右にひらひら振った。
『んじゃ、気をつけて帰れよォ』
ばいばい!と手を振り返されそこで雑誌を読むことにしたらしい小学生たちと別れた。
少し歩いてから曲がって路地に入る。後ろからついてきてたやつの手が伸びてきて背中から抱きつかれた。
「ほんと子供好きだよね、かいとぉ」
しっかりした言葉と反するように人の名前の最後を伸ばす喋り方にため息をついた。
『別に、好きじゃねぇよ』
「またまた嘘ばっか」
『嘘ついて何になんだァ?』
「さぁ?わたしにはわかんないけど」
『ならほっとけ』
後ろから抱きついてきてる手を離して俺の前に回りこんできたのは帽子とノンフレームの眼鏡をかけた顔で、さっきサッカー雑誌の隣においてあったファッション誌の表紙に写ってたのと同じものだった。
『お前静岡行ってたんじゃねぇの?』
「昨日帰ってきたんだよ?夜にメールしたんだけど気づかなかった?」
『あー、いろいろ忙しかったからなァ』
「ふふっ、これかな?」
笑って包帯がとれて露呈してる大きめのガーゼを撫でた。
「わたしの可愛い顔ちゃんと見えてる?」
『何言ってんだお前、頭大丈夫かよ』
「もう、冷たい。男女問わずみんながこぞって雑誌買っちゃう人気読モのゆあちゃんにそんな口聞くなんて…優しくしてよかいとぉ」
ほらほら頭撫でてと飛びついてきてしかたなしに頭を二回撫でれば満足そうに頷いた。
『で?なにしにきたんだ?』
「んー、お茶しに?」
『お茶もなにも俺、飯もまだなんだけど』
今をときめく人気読モと共にやってきたファミレスはそこそこ適度に人がいて静けさはなかった。
「なにたべるの、かいとぉ」
『お前こそ、時間まだ平気だろ、何食うんだ』
読モとやらを始めてから体重がどうとかで午後八時以降は物を口にしないこいつに合わせて手近なファミレス。こっちかこっちと二つさした。
「かいとぉ」
『頼めばいいんだろォ?』
優柔不断で面倒で、いつからかこいつがさした二つを頼むのが流れになってた。
注文を済ませて先に運ばれてきたアイスミルクティーを飲んでる向かいに、俺も飲み物に手を伸ばして喉を潤す。
「ねぇねぇかいとぉ」
『あ?』
「日本代表なんでしょ?すごいよね、有名人じゃん」
『代表っても試合出る気ねぇし、人気読モ様の足元にも及ばねぇよ』
「ほんとに褒めてるのに。…この間のインタビューで応援してる選手は来栖選手ですって答えといたからね、がんばって、かいとぉ」
にこにこ笑ってるこの女はほんと食えないやつだ。そんなんだからいつまでも俺と付き合ってんだろうけど。
「かいとぉ」
『なんだァ』
「今度鳥取のほう行くんだけどお土産何がいい?」
『あ?買って帰ってくりゃなんでもいい』
「そっか、さすがかいとぉ」
また飲み物に手をのばそうとすると手元に影がかかった。
「大好きかいとぉ」
声と同時に唇にあたる感触。
「…………あ、あの」
右側から聞こえてくる気まずそうな声に目の前のやつから離れた。
『てきとーに置いといてください』
「は、はい」
気まずそうに顔を逸らされてそそくさと消えていく。
「見られちゃったね」
わざとやったくせに何言ってんだ。
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