本当の愛はここにある

「俺と駆け落ちしませんか」

 傘を捨て雨に濡れるのもかまわず、その男は道路を挟んだ反対側にいる女へと話しかける。

 「家族も何もかも、全て捨てられるの?」

 何を言っても立ち止まらなかった女の動きが止まる。振り返ったその顔は涙に濡れていたーー

 最近どこに行っても流れているお決まりのエンディング曲が聞こえてきたところで、三井はテレビを消した。

 それは、今ものすごく人気でかなりの高視聴率を叩き出している話題のドラマ「本ここ」であった。
 同じクラスの女子につよく勧められてとりあえず見たのだが、三井にはその良さが全く分からなかった。なぜこれが流行っているのだろうとさえ思えてしまう。
 ただ最後のシーンだけは、三井の中に強く印象に残ったのだった。



「ミッチーってモテるねえ、今の子で何人目?」

 部活に行こうとしていた三井寿は、一つ下の学年の全く知らない女生徒に呼び止められ告白をうけた。
 最近こういうことが増えていて、どうにも困っていたところである。というのも、とある事情により誰ともお付き合いすることができないからだ。

 「知らねぇ、数えてねぇし。つうか、なんでお前は知ってんだよ、水戸」

 告白を丁重にお断りし急いで部活にと思っていたら、今度は水戸洋平につかまったのだ。
 水戸とはバスケ部復帰の際色々とあり、話すこともあまり無かったのだが。桜木花道に懐かれたあたりから軍団のメンバーとも話すようになり、中でも水戸はよく話しかけてくるようになった。どの辺を気に入られたのか分からないが、今では三井の中で桜木同様生意気だがかわいい後輩という位置づけになってる。

「いやぁ偶然通りかかるんだよねー別に探りをいれてるとかじゃないんだけど」
 
 「そこはよぉ、知らないふりしとけよな」

 「うーん、そうなんだけど…ちょっと気になることがあってー」

 水戸はズボンのボケットに手を突っ込んだまま、さらに一歩三井に近づいて睨めつけるように見上げてきた。何故か喧嘩でも始めるような雰囲気で、バスケ部襲撃の際に垣間見た彼を彷彿とさせるものだった。三井は思わずたじろいで、詰められた距離をまた戻すべく一歩後退する。

 「ミッチーってさ、好きな人でもいるの?」

 「はあ?」

 「だって、告白してきた女の子全員断ったんでしょ?」

 「そりゃあお前、今はバスケで忙しいからでー」

 「そうかなぁ、なーんか違うんだよね。ミッチーの場合、お付き合いできるかどうか、はなから全く考えてないみたいに見えるっていうか」

 なぜこの水戸という男は、こんなにも鋭いのだろうか。
 お付き合いできないとある事情とは、そうバスケのことではない。別の問題があるのだ。
 それは幼い頃の出来事に起因していた。

 三井が幼少の頃、お隣に同じ年の女の子が住んでいた。明るくてとてもいい子だったと記憶している。
 その頃ちょうど三井はバスケを始めたばかりで、両親に褒められるたびにバスケにのめり込んでいた。

 ある日、お隣さんが初めて娘を連れて三井家にやってきた時のことだ。親同士とても仲が良いようで、子どもそっちのけで話し込んでいる。三井とその女の子は初対面で、どう接して良いのか分からず会話も弾まない。だが、両親から仲良くするようにと言われていた手前、無視するわけにもいかず困った三井は庭へ案内し覚えたてのドリブルをやってみせた。するとその子はすごい、かっこいいと褒めてくれたのだ。
 まだ始めたばかりで両親以外から褒められたことがなかった三井は嬉しくなり、友達になろうと満面の笑みで声をかけ、その女の子と仲良くなったのだった。

 それからよく一緒に遊ぶようになった2人だが、別れは早めにやって来た。父親の仕事の関係でその子は引っ越すことになったのだ。
 別れの日、その子は泣きながら三井が好きだ言い、引っ越したくないと訴えた。三井としては友だちとしか思っておらず、どう答えれば良いのか分からずただただ困っていた。

 「おおきくなったら、みっちゃんのおよめさんにして」

 泣き止まない女の子をかわいそうに思ったのか、お互いの親は幼い二人の恋路を応援するため将来の約束を取り付けた。それは幼い三井に許嫁ができた瞬間だった。

 それから月日が経ち記憶が薄れてきた頃、久しぶりにお隣さんが三井家に遊びにやってきたのだ。グレていた自分とおさらばし、更生してすぐのことだった。
  その訪問によって、許嫁という将来の約束が今でもいきているということが判明してしまったのだ。
 久しぶりにあったその女の子は、少し面影を残しながらもきれいな女性へと成長を遂げていた。そして、小さい頃から変わらず三井のことが好きで思い続けていたと話したのだ。そんな彼女に自分にその気はないなどと伝えるのはどうしても憚られた。
 それに、何より三井の両親が彼女と結婚することを大いに喜んでいる。グレて迷惑をかけた手前、これからは親孝行しなければと思っていた。だから、波風をたてずこのまま彼女と所帯をもてば、きっと1番の親孝行となるのだろう。

 それからというもの、三井は告白されても有無を言わせず断り続けていた。更生してから告白されることが多くなったが、嬉しいという気持ちより煩わしいさを感じるばかりだ。

 「で、どうなの?本当のところは」

 三井は水戸相手に上手く誤魔化せるとも思えず、ありのまま正直に事の顛末を話したのだった。

 それからしばらく経ち、三井の許嫁話はおしゃべりな水戸のせいで仲間内で広まってしまい、笑いものにされてしまっていた。


 「なんの集会すか、完全にヤンキーの溜まり場じゃん」

 それが、屋上の扉を開け入って来た宮城の第一声だった。

 本日屋上に集いしメンバーは、三井を中心に友達の堀田たち、桜木軍団である。確かにガラは悪いが、何やら楽しそうにすごく盛り上がっている。

 「よぉ、宮城どうした?」

 「どうしたじゃねえし、あんたちゃんと教室にいてくださいよ。部活の連絡もできないじゃないっすか」
 
 宮城は屋上にくるなり、座っている三井の前に立ち睨みを利かせている。ここにいる誰よりもガラが悪かった。
 そんな宮城に何かあったのかと問うと、体育館が急遽使えなくなったので、部活は休みとのことだった。

 「それで?あんたらは何してんすか」

 その言葉を待ってましたとばかりに、桜木軍団が意気揚々と話し始める。

 「ミッチー結婚するんだって!」

 おい、お前らこれ以上広めるなよ、と三井が桜木軍団を制したが、一歩遅かった。彼らは楽しそうにいいなずけを連呼している。

 「結婚ってーーあんたまさか、バスケやめんのかよ!」
 青筋をたて怒鳴るように言ってきた。何故宮城が怒らなくてはいけないのか三井にはさっぱり分からない。
 胸ぐらを掴まれた三井は、宮城の迫力に気圧されて動けなかった。
 
 「宮城さん、ミッチー怯えちゃってるから、落ち着いて」

 水戸が宮城の手を掴んではなさせる。顔は笑っているのだが、目が笑っていないというのは今の水戸のことだろう。

 「お、怯えてねぇし、ちょっと驚いただけだろうが。つうか、なんでバスケやめないといけないんだよ、関係ないだろ」

 でも、結婚するのは本当なんだと、なぜか宮城はショックをうけているようだった。
 水戸はその様子を楽しそうに見つめている。

 「宮城さんって、そんな反応するんすねー。ミッチーの結婚話、こいつらにも話したんですけど、全然その時と違うなぁっと思って」

 「はぁ?どういう意味だよ。そもそもなんでお前が三井サンの話勝手にしてんだ、水戸」

 一触即発という言葉が最も合うのではないかというくらい険悪な空気が流れた。ヤンキー同士ならこのくらいは日常茶飯事と言えなくもないが、三井はもうヤンキーとはおさらばした身なのでいがみ合う二人が理解し難い。もともとヤンキーとしての素質は低かったため、その当時も何となくで合わせていただけに過ぎないのだが。

 「おい、ちょっとお前らやめろよ。喧嘩はだめだろ。つうか、何に対して揉めてんだよ」

 その三井の言葉に宮城は深い溜め息をつき、水戸はミッチーは天然さんだねと笑っていた。
 その間も桜木軍団の面々が相手の女は美人なのかとか初恋がどうのとか好き勝手に喋っている。

 「三井サン、その結婚話ってやつ、俺全然知らないんで教えてもらえます?」

 後輩のくせに、宮城は有無を言わさぬ圧力で迫ってきて、三井は結局洗いざらい白状させられたのだった。

 その日の放課後、部活もできないということで三井はホームルームが終わるとすぐに帰り支度をはじめた。
 帰ったら何をしよう。勉強もしなければいけないが出来ないとなると余計にしたくなるもので。ストバスにでも行くかなぁと考えながら教室の扉を開くと、ものすごい勢いで宮城が走ってきていた。

 「は、はぁ、…よかった、間に合った」

 「どうした、そんなに急いで。あ、やっぱり体育館使えるようになったとかか?」

 「そうじゃなくて、部活、ないからもう帰るんでしょ。いっしょに帰りません?」

 三井がすぐに帰ってしまうのではないかと思って、慌てて走ってきたとのことだった。それなら、屋上で会ったときに約束しておけば良かったのにと伝えたら、宮城は微妙な表情をしていた。

 「みっちゃん、今日部活ないなら一緒に帰らない?」

 教室の入口で止まっている三井にそう声をかけてきたのは、堀田だった。だったら皆で帰るかと考えた三井は、じゃあ一緒にと言いかけたところで、宮城に服の裾をくいくいと引っ張られた。

 「俺のが先でしょ?ね、三井サン」

 小首を傾げ、下から覗き込むように宮城はそう言ってくる。
たまにコイツかわいいよな、と思いながら三井は宮城の肩にぽんと手をおいて了承をつげた。

 「わりぃ、徳男。宮城と帰る約束してっから」

 それから宮城と連れだって帰ったが、分かれ道に差し掛かったところでなんかお腹すきません?と声をかけてきた。そんな宮城の誘いにのり、ファストフード店に寄り道した。

 「それで、さっきの話なんすけど、その女の人って三井さんの初恋ってことになるんすか?」

 急に話題がとび、最初何のことを問われているのか分からなかった。どうやら屋上で話した結婚話の続きのようだ。

 「いや、むこうはそうかもしれねぇけど、俺は別に」

 「え、その人のこと好きだから結婚するんですよね」

 宮城の問いに答えられずにいると、宮城は店の中ということも忘れ声を荒げた。

 「はぁ!?じゃあ何、好きでもねえのに結婚するってことっすか!親が喜ぶから?バカじゃねえの」

 「ばかってなんだよ、先輩にむかって。舐めんてのか」
  
 売り言葉に買い言葉ということわざよろしく、宮城との口喧嘩は止まる所を知らない。喧嘩は弱いのに怒りの沸点が低いと言ったのも宮城だっただろうか。
 2人のやり取りがヒートアップしそうなところで、聞き覚えのある声に制止される。

 「センパイたちうるさい、眠れねえ」

 「「流川!?」」

 そこに立っていたのは、あくびをしながら眠そうな目をした流川だった。
 
 「お前何してんだ、ここで?」

 「腹減ったから来てる」

 確かにここは飲食店だ。腹を満たす以外に何の用事があろうか。
それは至極当然の答えだが、しかし流川に部活帰りあまり寄り道をしてるイメージがないのも確かだ。

 「つうか、お前、俺らが来てるの分かってたなら声かけろよな」

 三井がそう言うと、流川は何故か宮城のほうにちらりと目を向けて、面倒くせえと答えた。
 面倒くさかろうが先輩にはあいさつするものだ、と三井が説教しようとしたところで、帰ると流川が突然言い出した。

 「うるさくて眠れないから帰る」

 腹を満たすためにきたはずなのに、いつの間にか眠るためにと目的がすり替わっていたようだ。何ともおかしい話だが、流川らしいと三井は思う。
 そんな後輩は、店の迷惑にもなるから静かにしたほうがいいと言い残し、さっさと帰っていった。

 「後輩に、しかもあの流川に注意されるとかありえねぇ…俺らももう帰ろうぜ」

 食べ物の入っていたトレイを持ち、片付けようと立ち上がる。それは俺が、と言って宮城は三井のトレイをぶん取り自身の分と一緒に片付けた。

 「あの、さっきは、すんませんでした」

 並んで店を出たはずなのに宮城の姿がなく、声がする方に振り向くと
彼は頭を下げていた。
 普段は一応敬語を使ってはいるが、先輩として敬っているような素振りはあまりない。だが、こうやって要所要所ではきちんと先輩後輩の線引きをするあたり、真面目なのだろう。

「あー俺も言い過ぎたからよーそんな気にすんな」

 いいから帰ろうぜと、無理やり宮城に覆い被さるように肩を組み歩き出した。
 宮城は三井にのしかかられて押しつぶされながらも、「でも…あんたの人生なんだから、もっとちゃんと考えたほうがいいっすよ」と独り言のように呟いていた。


 「またたむろして、今度は何の話してんすか」

 次の日、また屋上で堀田や桜木軍団たちと話をしているところに宮城がやって来た。うわ、デジャヴと言いながら、無理やり堀田と三井の間に割り込みどかっと座り込む。

 「何だよ、宮城。また部活の話か?」
 
 そういうわけじゃないんすけど、と屋上に入って来た時の勢いはなくぼそぼそと言っている。じゃあ何しに来たのだろうかと三井は首を傾げた。

 「いやぁ今ね、宮城さん。ミッチーの結婚をどうやって阻止するかっていう相談をしてたところなんですよ」

 水戸にそう言われ、弾かれたように宮城は三井を見た。

 「昨日お前に言われて考えたんだけど、やっぱ好きでもねぇ女と結婚とか良くないよなって思ってよー相手にも悪いしな」

 そうなんだ、と呟くように言って宮城は俯いたが、口元は笑っていて何故だか喜んでいるようだった。

 「それで、ようやくいい案が出てきててーー宮城さん、立候補しません?今誰もしたいって人がいなくて、困ってたところなんですよね」

 そう言いながら水戸の手は、隣の堀田を押さえつけている。
 堀田が挙手しようとするのを水戸が力でねじ伏せているようにしか見えないのだが、三井が気づいていないようなので宮城はあえて口にしなかった。

 「いきなり言われても分かんねぇし。立候補ってなんだよ」

 「なにって、ミッチーの恋人役」

 話し合いの結果、三井に他に好きな人もとい恋人がいれば相手も親も諦めてくれるのではないかということになったのだ。

 「いやぁでも無理にとは言わないんで。宮城さんがどうしても嫌だってことならーー仕方ない、俺が」

 水戸がそう言いかけたところで、宮城は食い気味に、嫌だなんて言ってないだろと声を荒げた。
 その声の大きさに、隣の三井は驚いて肩が跳ね上がった。

 「…その、三井サンは、相手が俺でも良いんすか」
 
 「おー良いぜ。お前なら気つかわなくて良さそうだしな。それに水戸が恋人役は男のほうが相手も諦めやすいし、それに気の知れた奴に頼めばぼろが出にくいって言うからよー」

 「よかったね、ミッチー。相手役がみつかって。そんで、宮城さんはがんばってくださいねーーそれじゃあ、一件落着ということで、解散!」

 水戸の呼びかけでそれぞれ屋上をあとにする面々だが、三井と宮城は今後のことを相談するようにと居残りを命じられた。
 三井は欠伸をしながら、気が抜けたように寝転んだ。見上げた空は穏やかで雲の流れも遅い。
 つい先程まで騒がしかったこの場所も、2人きりだととても静かで、鳥のさえずりがきこえるほどだった。

 「そんなとこで寝ないでくださいよ」

 見えていた空が隠されて影がさす。宮城が覗き込んできたからだ。そんな彼の顔を見上げていると、何故かキスできそうな距離だなと思った。

 「あ、あの、いつから俺ら恋人になるんすか」

 「いつって、今から?…普段から恋人のふりしてたほうが、慣れてそれっぽく見えるって、水戸がーー」

 



 それからの宮城はいつもと同じようでいて、その実違った。
 2人きりになると、彼氏として接してくるのだ。
部活帰り、疲れてるだろうからと荷物を持ってくれたり、気づけば自然と宮城が道路側を歩いていたり。
 それは恋愛もののドラマとかでよく見かけるワンシーンそのもので、なんだか分からないがいつもと比べてとにかく優しい。宮城は付き合ったら彼女に尽くすタイプなのかもしれない。
 中学生の時告白されてクラスの女子と付き合ったことがあったが、その時はこんなことしたことなかったなぁと三井はぼんやりと振り返った。
 
 恋人役に徹した宮城は、いつものすました顔ではなく優しく笑いかけてくる。その笑顔が眩しくて、なんだか嬉しい。
 どうして俺が彼女役なのかと思わなくもないが、そんなことどうでもよくなってしまうほど、宮城との恋人ごっこは楽しかった。本当に付き合っているのではないかと錯覚してしまうくらいにはーー

「その後どう?宮城さんと恋人になった感想は」

 「ぬけてるだろ、ふりがーー恋人のふりな」

 そうそう、恋人のふりねと水戸はいつになくにこにこと笑っている。

 「それがよー思った以上に楽しいんだよなーあいつなんか優しいし」

 それにこの間手つないだんだぜと自慢していたら、ホントの恋人同士みたいだねと言われて、そうなんだよなーと嬉しくなってしまう。

 「そっかぁ、良かったねミッチー。それで、いつ決行するの?」

 「けっこう??」

 「いやいや、相手の女の子に宮城さん紹介しないと意味ないよ」

 楽しくてつい失念してしまっていた。そう、この恋人のふりには役割があるのだ。ただ宮城と恋人ごっこしていても意味がない。
 漸く本来の目的を思い出し、どうしようかと考える。

 とりあえず、相手の女の子にだけ紹介しよう。親にいきなり宮城と付き合ってると言う勇気はまだない。
 彼女に紹介して諦めてもらって、この話はご破算となれば万事うまくいく。彼女のほうからやめたいと言ってもらえれば、親も納得するだろうから。

 「うっし、今度紹介する」

 「そうして。がんばってね、ミッチー」


 それから、宮城に都合の良い日を聞き、大事な話があるからと彼女を呼び出した。

 三井も宮城もこれでもう大丈夫だとよく分からない自信なようなものがあったが、全くもって大丈夫ではなかった。

 「話は分かりました。宮城さん?とお付き合いしてもらって大丈夫です。私、気にしませんから。だって、お二人じゃ結婚、できないですよね?」

 彼女の言う通りすぎて、ぐうの音も出なかった。
宮城も何か言い返したかったようだが、うまい言葉が見つからず結局何も言わずじまい。
 もう用は済んだと勝手に判断し、彼女はすたすたと帰っていった。

 まさかこんな展開になるとは思わず、宮城共々意気消沈である。
帰り道とぼとぼと歩きながら、2人はどちらともなく手を繋いでいた。

 「なんか、ごめんな。宮城」
 
 「いや、別に大丈夫っす」 

 あーこれからどうすっかなあと繋いだ手をぶんぶんと勢いよく振り回していると、三井サンと声をかけられる。

 「俺と…駆け落ちしませんか?」

 三井は一瞬どきりとしたが、これは今話題のあれだとピンときた。 

 「あー、それ知ってるぞ。うちのクラスの奴が騒いでた、最近流行ってるっていうドラマのセリフだろ?」
 
 「そう、うちの妹もハマっててたまに一緒に見てるんすよ」

 「絶対おもしろいから見ろって言われたから見たけどよ。何がおもしろいのか全然分かんなかった」

 確かにと宮城は深く頷いている。
 ならば、なぜ今この話を?と思ったのが顔に出ていたのだろう。そんな三井を見て、宮城は苦笑いを浮かべる。

 「ちょっと流行りにのりましたけど、でもさっき言ったのはマジのやつっす」

 「まじってお前…」

 家族も何もかも、全て捨てられるの?

 三井の思考はついついドラマの台詞と重なってしまう。
おもしろくなかったと言いながらも台詞まで覚えているのは、今の自分の境遇と似ていたからだ。もし、もしもだ。誰かと駆け落ちするとなったら、自分はどうするのたろう。
 ドラマでは金持ちのお嬢様が親に決められた相手と結婚させられそうになり、お忍びで付き合っていた売れっ子アイドルの男と駆け落ちをという話だった。
 三井は金持ちでもなければ有名人でもない。だが、自分にも家族もいれば大事なバスケもある。このドラマのように、愛する人のために家族もバスケも捨てるという選択肢を選ぶことがはたしてできるのだろうか。
 
 そこで漸く、駆け落ちというものの必須条件に思い当たる。
これは大前提として、愛する恋人同士でなければ成立しないはずだ。どんなに仲良くても、ただの先輩後輩で駆け落ちなんてものはありえない。

 「俺とお前で駆け落ちしてどうするんだよ。恋人っつってもふりだしよー」

 「じゃあ本当の恋人になればいいじゃないすか。あんたの許嫁さんも付き合うのokしてくれましたし?」

 言い方はいつものすましたものだが、その顔は赤く染まっていた。
これはまさか、もしかしたらもしかするのだろうか。

 「え、お前って、俺のこと好きなの?」

 「だったら何なんすか」

 意外とあっさり認めるので、三井は呆気にとられていた。否定するかとてっきり思っていたからだ。だが、そうくるならば、こちらも素直になってやろうではないかという気持ちが生まれてくる。

 「実はよー…その、俺、お前と恋人のふりしてんの、すげぇ楽しいんだけど…」

 「え、ホント!?じ、じゃあほんとの恋人になってくれます?」

 「…おう、別にいいけど」

 宮城と俺が本物の恋人になるーーそれはとても良いのではないか。
一緒にバスケもできるし、気は使わなくていいし、何より宮城と一緒にいると楽しい。
 恋人ととして過ごすこれからのことを考えると、嫌なことも忘れられそうーー?

 そこで漸く三井は少し忘れかけていていた、自分がおかれている今の状況を思い出す。宮城が駆け落ちなどと、非日常なことを持ち出すので思考が追いつけていないのだろう。

 思いがけず本物の恋人ができてしまったが、浮かれている場合ではない。結婚問題が解決したわけではないのだ。

 「それで、どうすんだよ?本当にかけおちすんの?」

 「まぁどうしようもなくなったら?将来的にはってことっすよ。とりあえず、今日は俺んちで今後の作戦会議しましょ?三井サン」

 


 それから、どうなったのかというとーー
ドラマのように美しいラストとはいかず、この許嫁もとい結婚話は急転直下の展開をむかえていた。


 「良かったねー結婚話なくなって」

 恒例となりつつある、いつもの屋上での集まりである。メンバーももちろん同じだが、今は軍団の面々が腹がよじれるほど笑っている。

 「良かったけどよーなんか納得できねぇつうか…おい、てめぇらいつまで笑ってんだ!」
 
 「まあそうだよね、何年もミッチーのこと想ってきたはずなのに、たった1日で流川に掻っ攫われるなんてね」

 水戸の言葉をうけ、さらに周りの笑い声が強まっていく。

 そう、なぜ結婚話が無くなったのか。その経緯はとても簡単だ。
許嫁である女が、こっそり湘北バスケ部の練習を見にやってきたところから始まる。
 彼女は、三井がバスケをしているところを見たいと思っただけだった。だが、そこで出会ってしまったのだ、流川という運命の相手にーー

 「ごめんね、みっちゃん。私、流川くんに一目惚れしちゃったの。だからーー」

 宮城と2人、あれこれと作戦会議したのは一体何だったのか。
あっさりと許嫁という関係を解消されて、正直拍子抜けだった。
これは喜ぶべき事態なのだが、どうにも腑に落ちない。

 「でもこれで、堂々とお付き合いもできることだし、ね?宮城さん」

 水戸にそう言われた宮城は、三井がてっきり2人の関係をばらしたのだと勘繰ったが、三井はきっぱりと否定した。
 ならばどうして水戸は、2人が本当に付き合い出したことを知っているのだろうか。この男、何でもお見通しすぎていささか不気味である。
 「ということで、あとはお若いお二人でごゆっくりーーほら、お前ら帰るぞ!堀田先輩たちも邪魔だからかえりましょーね」

 何か言いたそうにしている堀田たちの背をぐいぐいと押しながら、水戸たちは消えていった。

 「あとはお若いお二人でって、なんか見合いみたいだよな」

 「そっすね」

 目があった三井と宮城はなんだか気恥ずかしくて、お互い顔をぱっとそらした。しばしの沈黙のあと、顔を赤らめながら宮城はぼそぼそと話始めた。

 「あの、三井サン、俺実はその、あんたとのことちゃんとやり直したくてーーもっかい、きちんと告白させてください。なんか流れで付き合い出した感じが嫌で。それに三井サンの気持ちもちゃんと聞きたいっていうかー」

 必死に言葉を紡ぐ宮城を見て、こいつ本当に俺のこと好きなんだなと思った。同時にそれを嬉しく思う自分がいた。
 許嫁だった彼女にあれだけ好きだと言われても、心動くことはなかったのに。
 これはつまり、自分も宮城のことが好きだということなのかもしれない。宮城の告白を待たずして、三井が口を開く。

 「俺と付き合おーぜ、宮城。俺もお前のこと好きだぜ、たぶんだけどな」

 「は?ちょっ待、もう、なんで先に言うんすか!しかもたぶんって」

 あーくそ、うまくいかねえと宮城は大の字で地面に寝転んだ。そんな宮城を見て楽しそうに三井は笑い、真似をするように硬いコンクリートの上に横になった。

 すると、校内で聞き慣れた曲が流れ始める。
 
 「またこの曲かよぉ」

 「だって、みんな好きでしょ、これ」

 今年度より新しい校長が就任し、それに伴い昼休みにもほんの少し変化があった。新校長は音楽好きらしく、昼休みが楽しくなるようにと生徒からリクエストを集い、放送部がランダムにその中から一曲を選び流されるようになったのだ。
 ランダムとはいえ、好きな曲がかぶってしまうことも多く、1週間に1、2度はあの大人気ドラマ「本ここ」の曲が流されている状態だった。
 
 「そういやよーこのドラマってタイトルなんだったっけ?」

 「本ここでしょ?知らないんすか、正式タイトルはーー



 本当の愛はここにある


 終
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