文化祭が待ち遠しくて

 文化祭でクラスの出し物は何をするのかという話をしたのが、つい先日のこと。分かんねぇから、あとでクラスのやつに聞いとくわ、と言っていた気がする。グレていたせいで、彼にとっては高校生として最初で最後の文化祭となるはずだ。願わくば、楽しい文化祭となるように、そしてできれば2人で回って思い出にできたらいいなと、宮城リョータは思っていた。

 今日は、連日の雨が嘘のようによく晴れた日だった。
午前の授業を終え昼休みになると、教室や廊下にはがやがやと生徒たちの活気が戻ってくる。弁当をひろげながらもっぱら話題になるのは、どのクラスの生徒もやはり近づいてきた文化祭のことが多いようだ。
 宮城のクラスは部活動をやっている生徒がほとんどだったため、クラスの出し物は文化祭当日忙しくならないようにと展示に決定していた。
 ちなみに宮城が所属しているバスケ部は、丸い市販のクッキーにチョコペンで4本ほど線を書いただけのお手軽なバスケットボール型クッキーを販売予定である。宮城としては、当日流川に店番をさせておけば、すぐにでも完売となり暇ができるだろうと算段をつけているところだ。

そんな昼休みの半分が過ぎた頃、学校という場所にはおよそそぐわないであろう衣装を身にまとい、意気揚々と2年生の教室が並ぶ廊下を歩いてくるものがいた。道行く生徒たちの視線を集め注目の的となっていたが、気にする様子はない。お目当ての教室に到着し、中を伺おうとしたところで見知った顔と遭遇したようだ。 

 「おお、安田じゃねぇか。ちょうどよかった、宮城呼んでくれよ」
 
 トイレに行こうとしたところで声をかけられた安田は、面食らった様子でその場に立ちすくむ。相手が誰なのかすぐには分からなかったが、顔のある一点を見つめ、ようやくわかったようだった。

「リョータ、呼んでるよ」

 昼食をおえた宮城リョータは、眠気におそわれながら自席で窓の外を眺めていた。最初は部活のことを考えていたが、いつの間にか3Pをきめる三井のことを思い浮かべている。きれいな放物線をえがいてリングに吸い込まれていくシュート。いつ見ても惚れ惚れしてしまう。そして、そのシュートを放つ三井の姿も格好良くて美しい。ぼんやりとそんなことを考えている時間は宮城にとってある意味癒やしなのだが、どうやら邪魔が入ってしまったようだ。
 親友の安田に言われ、渋々席を立ち教室の入り口へと向かう。
誰だよ、呼びつけるなら名を名乗れと、不機嫌さを隠すことなく廊下を覗き込む。すると見えたのは顔ではなく肩のあたり。己が身長状況を鑑みればそれはごくありふれたことだが、見えたものの様子がどうもおかしい。

 白い、エプロン?

 そこに立っていたのは、制服でもスーツでもなかった。学校で見かける服装といえば、それくらいだ。あとは体操服とかユニフォームとかくらいで。それなのに、目の前には白いエプロン。しかもフリルたっぷりのかわいらしいものだ。
 そして、宮城の目線は上に移動する。すると今度は、ツインテールにフリルのカチューシャが見えた。目があったが、気が付かない振りをする。  
 それから、すぐさま目線は下降し、全体像が明らかとなる。黒いワンピースの上に白いエプロンーこれは、いわゆるメイドさんというやつだ。

 ミニスカート、ニーハイソックス、絶対領域ー

 男ならテンション上がる要素が盛りだくさんなことだろう。けれど気になることも盛りだくさんなわけで。宮城は顔を上げ、もう一度メイドの顔を確認した。
 高身長で足が長くスタイル抜群でさらには顔も良いメイドだが、この人物に心当たりがありすぎる。顎の傷に心当たりがありすぎる。

 宮城は頭をかかえ、大きな溜め息をついた。メイドはそんな彼を覗き込むように近づいてくる。ツインテールの髪の毛がさらさらと肌をすべっていく。

「お前、舐め回すように見んのな」

 メイドにしてはずいぶんと低いが良い声で、えろオヤジかよと言いながら笑っている。

 「三井サン、あんたなんて格好してんすか」

 「あー?お前がこの間、俺のクラス文化祭で何するかって聞いてきただろうが。やっと判明したから教えに来てやったんだよ」

 「わざわざ着てこなくてもいいでしょうが」

 「何するかいっぱつで分かんだろ。それに、お前に1番最初にみせてやりてぇーじゃん?」
   
 メイドの正体は、部活の先輩の三井寿。インターハイ後から付き合い始めた恋人でもある。

 「で、どうよ?俺のメイド姿はよぉ」

 「か···」

 「か?」

 かわいい、もう全てがかわいいのだ。
だが、思うまま言ってしまったら、頭をいや目か、心配されること間違いなしだ。
 
 付き合い始めたあたりから、自分よりも背の高いこの男のことが可愛く思えて仕方ない宮城だが、三井にはそれをひた隠しにしてきた。
 一度言ってしまったら、止まらなくなりそうで怖い。
それに、三井もかわいいなどと言われたくはないだろうから。

 「か、カツラっすよね、それ。なんでツインテールなんすか」

 「ん?この髪型?これしか余ってなかったんだから仕方ねえだろ」

 つうか、これツインテールって言うのか、よく知ってんなぁと三井は呑気に髪をいじっているが、それどころではない。

「あと、そのスカート丈短かすぎません?パンツ見えそうだし」

 宮城は一目見た時から気になっていた、きれいな太ももが顕になっていることを。部活の時も短パンから覗いてはいるが、それとはなんだか訳が違う。いや、宮城にとってはそれも気になるのだが、それ以上で。
 スカートと靴下に挟まれただけでどうしてこうもいやらしいのか。これが男の性なのか。

 「あーそれなら大丈夫だ、ほら、下にタイツ履いてっから」

 三井は自身の着ているスカートをぺろっと捲ろうとしたので、宮城は慌ててそれを阻止した。
 
 「わーー!!何してんすか!?」

 「でけぇ声だすなよ、下に履いてるって言ってんだろうが」

 「タイツとか履いてないのと同じだろ!」

 めいいっぱいスカートの裾をぐいぐいとのばしていると、その手を三井に止められた。破れたりしたら俺が怒られるからと。そんな三井を睨み付けながら、宮城は掴んでいる三井の手首を掴み返し、そのままズカズカと歩き出す。

大声で言い争っていたために、周りからの注目をかなり集めていた。それでなくても相手はメイドという奇妙な格好しているのだ。だから、見られて当然なのだが、怒りがこみ上げてくる。
 恋人のかわいい姿を他の奴らに見せたくないという独占欲が宮城の中にはあるからだ。
 一刻でも早く、ここから立ち去らなくてはという思いが募る。

 「ほら、もういい加減自分の教室に帰ってくださいよ」

 三井の手首を掴んだまま注目の的になっていた廊下をぬけ、3年生の教室がある上の階へと続く階段を登っていると、三井が手首痛えと呟いた。

 「え、あっ!す、すんません」 
 手首を掴んだまま引っ張るようにして歩いていたが、どうやら力が入りすぎていたようだ。宮城は弾かれたように手をはなす。
 
 「なぁ、なんかお前怒ってんの?」

 手首を擦りながら、小さな声でそう尋ねてくる。
 普段は煩いくらい声が大きい三井だが、恋人として相対するとき遠慮がちに小声で話しかけてくることも多く、そのためよく聞こえず聞き返すこともしはしばだ。お付き合いしなければ知ることのなかった彼の一面だろう。

「怒っては、ないっすよ」

 宮城はばつが悪そうに頭をかいた。
三井に対して怒っているわけではないのに、そう勘違いさせてしまった。

 三井は今どんな表情をしているのだろう。俯いているから分からない。いや、普段なら背の低い宮城は下から覗き込めば、俯いていても彼の表情を伺い知ることができる。しかし今は、階段の段差によって三井よりも宮城のほうが高い位置にあるため、いつものようにはいかない。
 三井を見下ろすということに新鮮さは味わえるが、思ったほど良いものではなさそうだ。
 背の低さに劣等感を抱くことはあっても、優越感を抱くことは一生ないと思っていたのに。
 宮城はゆっくりと階段をおりた。

 (やっぱりこっちが落ち着くな、悔しいけど)

 そして、見上げた彼の瞳は不安に揺らいでいた。
 泣かせたいわけではない。だけれど、自身の言葉で態度で三井の感情が揺さぶられているということには思うところがある。

 (泣きそうな顔もかわいいな、この人)

 かわいいとは思うが、本当に泣かれては困るので、あえて少し違う質問をして気をそらす。

 「ねえ、文化祭の日、そのカッコで接客するの何時くらいからなんすか?」

 「…え、あー知らねぇ、まだ決まってないんじゃねえかな」

 「決まったら絶対教えて下さいよ、俺色々と注文しますんで」

「なんだよ、売り上げに貢献してくれんのか?でもあんま使っちまったら小遣いなくなんだろ、程々にしとけよ」

 「あーもう、そういうんじゃねえから!ねえーメイドって指名とかできないんすか、時間いっぱい指名しとくんで」

 宮城の言いたいことがなんとなく分かったのか、三井は何やら思案する顔をした後、ニヤリと笑ってみせた。

 「んーだったら、首からぶら下げとくかぁ、みやぎ専用って」

 それいいっすね、と言いかけたところで、階段の上から声が降ってきた。

 「あっいた!三井、その格好でどこまで行ってんだよー汚す前に早く脱げって女子が怒ってるぞー」

 やべっと呟いて三井は慌てて上の階へと駆けていく。そのまま教室へと帰っていくのかと思いきや、なぜか手を引かれて宮城まで上の階へと登らされてしまう。戸惑う宮城に三井は、こいつ同じクラスの鈴木な、と紹介した。よく分からないが、宮城はとりあえずべこりと頭を下げて挨拶しておいた。

「それ、お前の後輩?なんで連れてきてんの?」
 「客?連れてきた」
 「いやいや、早すぎるっしょ!まだ店ないじゃん」

 鈴木は爆笑しながら、三井の肩に手をおいている。
それがどうにもこうにも、腹たって仕方がない。
 距離近すぎ、馴れ馴れしいし、ただの同級生のくせに三井サンに触るな、と言いたいが言えないので、不機嫌さを顔全面に出しておく。

 「ていうか、後輩くんすっごい嫌そうじゃん!解放してあげれば?あんまイジメてやるなよー元ヤン先輩」
 「うっせぇ、元ヤンはよけいだっつうの」

 宮城はそんな会話を聞き流しながら、その間もずっと繋がれている手を見つめる。このまま繋いでいて大丈夫なのだろうか。人前で手を繋いだのはこれが初めてだった。

 そうこうしているうちに、気づけば三井の教室の前まで来ていて、さすがに教室の中までついて行くわけにはいかず立ち止まる。

「三井サン、俺もう戻りますね」

 視線を手に落とすと、三井の視線もついてくる。
おう、と言いながらゆっくり手を離してくれる。じゃあまた後で、と手をふり三井とは別れた。

 宮城は足早に3年生の廊下をぬけていく。
階段も駆け下り踊り場に差し掛かったところで、おい、宮城!とバカでかい声で呼び止められた。

 「文化祭、一緒に回ろうぜ」
 三井は慌てて追ってきたのだろう。カツラだけはずし、服はメイドのままの状態だった。
 宮城としてはもともとそのつもりであったが、三井から誘われたという事実が重要で。嬉しさでにやけてしまいそうになる顔を引き締め、いつものすまし顔で、時間があえばと答えた。

 「あ、あと三井サン、そのカッコすげえかわいいよ」

 「…はぁ!?ちょ、おい宮城!」

 三井に呼ばれたが、構わず言い逃げし階段を駆け下りていく。途中ちらりと盗み見た三井の顔は真っ赤に染まっていた。

 嬉しくなってついかわいいと言ってしまったが、後悔はしていない。それどころかとても気分が良い。廊下を駆ける足取りも軽やかだ。
 それよりも先程盗み見た、朱色に染まった恋人の顔が頭からはなれない。
 かわいいなんて言葉言ってはいけないんだと思いこんでいたが、どうやらそうでもないらしい。

 宮城は、来たる文化祭に胸踊り、鼻歌まじりで教室へと戻っていった。

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