恋人ポジションを早々に諦めた流川楓が、今度は弟ポジションを本気で狙ってきている件について
1年に1回しかない恋人との逢瀬で、俺は何を聞かされているんだろう。
宮城リョータは、目の前の三井から延々と繰り広げられる流川楓話をぼんやりと聞いていた。
三井とのお付き合いが始まったのは、彼の卒業式の日。
宮城から告白したのだが、実はその告白には勝算があった。本当に偶然なのだが、三井と堀田が話しているのを聞いてしまったのだ。
「え?みっちゃんの歯折った奴なのに…本当に好きなの?」
「ああ、まじで惚れちまったみてぇだ。ほんと、何でだろうな。自分でも分かんねぇ」
三井寿の歯を折った奴など宮城以外いないだろう。ついでに言うと顎も砕いているのだが、冷静に考えればよくもまあそんな男を好きになれたものだと思ってしまう。
だがこれはつまり、両想いということーー宮城も三井のことが好きだったのだ。
そういうことならばこの機を逃すまいと、宮城は告白に踏み切った。これはまるで出来レースのようだが、そうでなければ告白などしようと思わない。相手は同性でしかも部活の先輩だ。告白して気持ち悪がられて軽蔑されて、などということにでもなったら立ち直れないかもしれない。三井はそんな人ではないと思うが、きっとすごく困らせることになるだろう。あの笑顔を曇らせたくはないのだ。
告白の日を卒業式にしたのは、三井が宮城に惚れてるというのがもしかしたら勘違いということも考慮してだった。告白して振られて気まずくなっても、卒業してしまえば会うこともないのだから。
そして、宮城の告白が大成功し晴れて恋人になったわけだが、順調だったのはほんの何ヶ月かで。宮城のとある一大決心により、その関係はぎくしゃくしてしまった。
卒業したらアメリカに留学する
そう言った時の三井の反応が予想と違っていた。もっと喜んで励ましてくれるものだとばかり思っていたのだが、泣きそうな苦しそうな表情で頑張れよとただ言われただけ。それから三井の態度がおかしくなり、あからさまに会う頻度を減らされた。ついには別れ話にまで発展し、悪いところは全部直すし、してほしいことがあったら何でもやるからと宮城はどうにか食い下がった。
「じゃあ、留学やめてうちの大学こいよ…お前、何でもしてくれんだろ?」
それは…と宮城が言葉に詰まると、三井は手で顔を覆い、こんなこと言うつもりじゃなかったと謝った。
「全然駄目なんだ、俺…お前の留学、先輩としても恋人としても、こんなすげえこともっと喜んでやらなきゃいけねぇのに。会えなくなるんだって思ったら悲しくてさびしくて…もっとずっとそばにいてぇって考えちまう。こんなの恋人失格だろ?」
宮城はこの時、以前三井から言われたことを思い出していた。
遠距離恋愛なんて無理、俺すげえ寂しがりだから、とーー
それは三井の大学の友人が進学にともなって遠距離恋愛になってしまったという話だったのだが、『遠距離なんて信じらんねえ、そうなったら別れる』と確かに三井はそう言っていたのだ。そして、付き合ってるのにそばにいられないなんてつまらない、とも言っていた。
それを聞いた宮城は、この人かわいいなっと思ったのだが、この時も全く同じ感想を抱いていた。
なんて、かわいらしい人なんだろうとーー
顔を覆ってきっと泣いているんだろう三井を、宮城はそのままぎゅっと抱きしめた。
「そういえば、アンタ寂しがり屋だって言ってましたもんね。そうは言っても留学はやめられないんで、すんません。そのかわり、俺むこう行ったら手紙書くし電話もするし、1年に1回は絶対に帰ってきますんで、別れるとか言わないで。お願いだから、ね?」
「手紙に電話にってそんな欲張んなよ、続くもんも続かなくなるだろ。無理はしなくていいからーー俺の寂しがりにつきあえよ」
それから、卒業後留学して手紙はさすがに続かなくてやめてしまったが、約束通り電話で話をしているし年に1回日本へ帰国し会いに行っている。
かわいい恋人が会いたいという気持ちを募らせ、帰りを待ちわびているのかと思うと堪らなくなる。
異国の地で一人闘う宮城にとって、それは大きな励みにもなっていた。
それなのに、何がどうしてこうなった。
久しぶりに会う三井の口からはいつもならば、バスケや大学の話、湘北メンバーの近況などが主だ。それがここ近年、様子がおかしい。いつもよく話す内容を内包してはいるのだが、如何せん、やれ流川がどうしたこうしたと事細かに話されては嫉妬心も湧いてくるというものだ。
「三井サン、さっきから流川の話ばっかしてますけど、アンタそんなに流川と仲良かったんでしたっけ?」
電話でよく話すとはいえ、三井がどんな生活を送っているのかなんて知り得ない。実際見て取れるのは、365日のうち7日くらいなものだから仕方がないけれど。
「うーん、そう言われれば高校時代より仲良いかもなーこっちに帰ってくるってなったら必ず連絡してくるしよ。なーんか弟みてえでかわいいんだよな、あいつ」
宮城がアメリカ留学し、その後を追うように流川そして、桜木もアメリカに渡ったのだ。いわゆる湘北の渡米組であるが、各々1年に1回は帰国しているようだった。宮城と流川で帰る頻度は同じはずだが、何故こんなにも流川のことを事細かく三井が知っているのだろうか。
「いつも家に泊まってくんだよ、滞在中の半分くらいは俺んちにいる感じだなーそれにあいつ、よく手紙も送ってくんだぜ。けっこう筆まめでよー字も綺麗だし意外だよなー」
(なるほどね、俺が断念した手紙という空いた枠に滑り込んだわけだ)
納得しかけた宮城だけれど、流川を家に泊めているというのは初耳で、詳しく聞くと流川は実家にいるよりも三井家にいるほうが長いとはどういうことか。
「ねぇ、ちょっと、流川と仲良すぎません?」
恋人に会えない寂しさを身近な人間で穴埋めするのは多少分かるが、流川は宮城と同じ渡米組だ。会えないものをこれまた会えないもので埋めようなんて、おかしな話である。
「あ、お前、浮気とか疑ってんのか?絶対違うからなーまあ、告られたことはあるけど、ちゃんと断ったし」
「はぁ!?告られたって、アンタそれ、流川に狙われてるってことでしょ。なんで家に泊めたりするんすか、襲われたらどうすんの!?」
「だからそういうんじゃねえから!あいつはただ年上に甘えたいだけなんだよ」
年上に甘えたいだけって…この人バカなの!? あーバカなんだった。だって、グレて何年もバスケ人生を棒にふっちゃうくらいには馬鹿な人なのだ。
宮城は深い深い溜め息をついた。
そして、三井の話はこうも続く。
「なんかやたら甘えてくるから、俺も最初はそうなのかって思ったけどよ。俺のこと好きなのかって聞いたら、俺といると安眠できるって言うから。これ違うなって。それが分かったら急にあいつのことかわいく思えてきて。弟いたらこんな感じかなぁってーー」
まんまと、してやられた気がする。
流川は三井に安牌だと思わせておいて、機をうかがっているのだ。この人の年下を可愛いがりたい性分を熟知しているのは俺だけだと思っていたのに。恋人ポジションは言わずもがな俺のものだが、できれば弟ポジションも譲りたくない。
宮城リョータという男は、嫉妬深いだけでなく欲張りなのだ。
「三井サン、その弟ポジション…流川になんかあげないでください。オレだってアンタに可愛がられたいんすよ」
「真剣な顔して、何かと思えば…お前まじかよ、かわいすぎねぇ?」
宮城にしては珍しく正直に自分の気持ちを吐露したのだが、なぜだか三井には大爆笑され、あまつさえこれでもかと頭を撫で回されこの話は終わりを迎えた。
だがしかし、流川との熾烈な弟ポジ争いはここから始まるーーかと思われたのだが。流川のところに殴り込みに行った宮城は彼の一言により出端を挫かれることとなる。
「俺、あんたにも甘えたいんすよ」
その後に繰り広げられた流川の謎理論により、宮城は完全に戦意喪失。有り体に言えば、宮城も三井同様、流川に懐かれてしまったのである。そうなってしまえば、人の良い宮城はそんな後輩を無下にはできず、受け入れる他ない。寧ろ、懐かない猫がようやく懐いたような少しばかりの優越感もあり、満更でもないのだ。
これは所謂ミイラ取りがミイラになるというやつなのだが、ここはあえて気づかないふりをしておこうと思う宮城なのだった。
「キャプテン(宮城)は、センパイ(現在兄ポジもとい三井)とおつきあいしてるわけだから、俺にとってあんたは義理の兄?みたいなもんなんで…これからはキャプテンの家にもお邪魔します」
『恋人ポジションを早々に諦めた流川楓が、今度は“宮城”の弟ポジションを本気で狙ってきている件について』
終
宮城リョータは、目の前の三井から延々と繰り広げられる流川楓話をぼんやりと聞いていた。
三井とのお付き合いが始まったのは、彼の卒業式の日。
宮城から告白したのだが、実はその告白には勝算があった。本当に偶然なのだが、三井と堀田が話しているのを聞いてしまったのだ。
「え?みっちゃんの歯折った奴なのに…本当に好きなの?」
「ああ、まじで惚れちまったみてぇだ。ほんと、何でだろうな。自分でも分かんねぇ」
三井寿の歯を折った奴など宮城以外いないだろう。ついでに言うと顎も砕いているのだが、冷静に考えればよくもまあそんな男を好きになれたものだと思ってしまう。
だがこれはつまり、両想いということーー宮城も三井のことが好きだったのだ。
そういうことならばこの機を逃すまいと、宮城は告白に踏み切った。これはまるで出来レースのようだが、そうでなければ告白などしようと思わない。相手は同性でしかも部活の先輩だ。告白して気持ち悪がられて軽蔑されて、などということにでもなったら立ち直れないかもしれない。三井はそんな人ではないと思うが、きっとすごく困らせることになるだろう。あの笑顔を曇らせたくはないのだ。
告白の日を卒業式にしたのは、三井が宮城に惚れてるというのがもしかしたら勘違いということも考慮してだった。告白して振られて気まずくなっても、卒業してしまえば会うこともないのだから。
そして、宮城の告白が大成功し晴れて恋人になったわけだが、順調だったのはほんの何ヶ月かで。宮城のとある一大決心により、その関係はぎくしゃくしてしまった。
卒業したらアメリカに留学する
そう言った時の三井の反応が予想と違っていた。もっと喜んで励ましてくれるものだとばかり思っていたのだが、泣きそうな苦しそうな表情で頑張れよとただ言われただけ。それから三井の態度がおかしくなり、あからさまに会う頻度を減らされた。ついには別れ話にまで発展し、悪いところは全部直すし、してほしいことがあったら何でもやるからと宮城はどうにか食い下がった。
「じゃあ、留学やめてうちの大学こいよ…お前、何でもしてくれんだろ?」
それは…と宮城が言葉に詰まると、三井は手で顔を覆い、こんなこと言うつもりじゃなかったと謝った。
「全然駄目なんだ、俺…お前の留学、先輩としても恋人としても、こんなすげえこともっと喜んでやらなきゃいけねぇのに。会えなくなるんだって思ったら悲しくてさびしくて…もっとずっとそばにいてぇって考えちまう。こんなの恋人失格だろ?」
宮城はこの時、以前三井から言われたことを思い出していた。
遠距離恋愛なんて無理、俺すげえ寂しがりだから、とーー
それは三井の大学の友人が進学にともなって遠距離恋愛になってしまったという話だったのだが、『遠距離なんて信じらんねえ、そうなったら別れる』と確かに三井はそう言っていたのだ。そして、付き合ってるのにそばにいられないなんてつまらない、とも言っていた。
それを聞いた宮城は、この人かわいいなっと思ったのだが、この時も全く同じ感想を抱いていた。
なんて、かわいらしい人なんだろうとーー
顔を覆ってきっと泣いているんだろう三井を、宮城はそのままぎゅっと抱きしめた。
「そういえば、アンタ寂しがり屋だって言ってましたもんね。そうは言っても留学はやめられないんで、すんません。そのかわり、俺むこう行ったら手紙書くし電話もするし、1年に1回は絶対に帰ってきますんで、別れるとか言わないで。お願いだから、ね?」
「手紙に電話にってそんな欲張んなよ、続くもんも続かなくなるだろ。無理はしなくていいからーー俺の寂しがりにつきあえよ」
それから、卒業後留学して手紙はさすがに続かなくてやめてしまったが、約束通り電話で話をしているし年に1回日本へ帰国し会いに行っている。
かわいい恋人が会いたいという気持ちを募らせ、帰りを待ちわびているのかと思うと堪らなくなる。
異国の地で一人闘う宮城にとって、それは大きな励みにもなっていた。
それなのに、何がどうしてこうなった。
久しぶりに会う三井の口からはいつもならば、バスケや大学の話、湘北メンバーの近況などが主だ。それがここ近年、様子がおかしい。いつもよく話す内容を内包してはいるのだが、如何せん、やれ流川がどうしたこうしたと事細かに話されては嫉妬心も湧いてくるというものだ。
「三井サン、さっきから流川の話ばっかしてますけど、アンタそんなに流川と仲良かったんでしたっけ?」
電話でよく話すとはいえ、三井がどんな生活を送っているのかなんて知り得ない。実際見て取れるのは、365日のうち7日くらいなものだから仕方がないけれど。
「うーん、そう言われれば高校時代より仲良いかもなーこっちに帰ってくるってなったら必ず連絡してくるしよ。なーんか弟みてえでかわいいんだよな、あいつ」
宮城がアメリカ留学し、その後を追うように流川そして、桜木もアメリカに渡ったのだ。いわゆる湘北の渡米組であるが、各々1年に1回は帰国しているようだった。宮城と流川で帰る頻度は同じはずだが、何故こんなにも流川のことを事細かく三井が知っているのだろうか。
「いつも家に泊まってくんだよ、滞在中の半分くらいは俺んちにいる感じだなーそれにあいつ、よく手紙も送ってくんだぜ。けっこう筆まめでよー字も綺麗だし意外だよなー」
(なるほどね、俺が断念した手紙という空いた枠に滑り込んだわけだ)
納得しかけた宮城だけれど、流川を家に泊めているというのは初耳で、詳しく聞くと流川は実家にいるよりも三井家にいるほうが長いとはどういうことか。
「ねぇ、ちょっと、流川と仲良すぎません?」
恋人に会えない寂しさを身近な人間で穴埋めするのは多少分かるが、流川は宮城と同じ渡米組だ。会えないものをこれまた会えないもので埋めようなんて、おかしな話である。
「あ、お前、浮気とか疑ってんのか?絶対違うからなーまあ、告られたことはあるけど、ちゃんと断ったし」
「はぁ!?告られたって、アンタそれ、流川に狙われてるってことでしょ。なんで家に泊めたりするんすか、襲われたらどうすんの!?」
「だからそういうんじゃねえから!あいつはただ年上に甘えたいだけなんだよ」
年上に甘えたいだけって…この人バカなの!? あーバカなんだった。だって、グレて何年もバスケ人生を棒にふっちゃうくらいには馬鹿な人なのだ。
宮城は深い深い溜め息をついた。
そして、三井の話はこうも続く。
「なんかやたら甘えてくるから、俺も最初はそうなのかって思ったけどよ。俺のこと好きなのかって聞いたら、俺といると安眠できるって言うから。これ違うなって。それが分かったら急にあいつのことかわいく思えてきて。弟いたらこんな感じかなぁってーー」
まんまと、してやられた気がする。
流川は三井に安牌だと思わせておいて、機をうかがっているのだ。この人の年下を可愛いがりたい性分を熟知しているのは俺だけだと思っていたのに。恋人ポジションは言わずもがな俺のものだが、できれば弟ポジションも譲りたくない。
宮城リョータという男は、嫉妬深いだけでなく欲張りなのだ。
「三井サン、その弟ポジション…流川になんかあげないでください。オレだってアンタに可愛がられたいんすよ」
「真剣な顔して、何かと思えば…お前まじかよ、かわいすぎねぇ?」
宮城にしては珍しく正直に自分の気持ちを吐露したのだが、なぜだか三井には大爆笑され、あまつさえこれでもかと頭を撫で回されこの話は終わりを迎えた。
だがしかし、流川との熾烈な弟ポジ争いはここから始まるーーかと思われたのだが。流川のところに殴り込みに行った宮城は彼の一言により出端を挫かれることとなる。
「俺、あんたにも甘えたいんすよ」
その後に繰り広げられた流川の謎理論により、宮城は完全に戦意喪失。有り体に言えば、宮城も三井同様、流川に懐かれてしまったのである。そうなってしまえば、人の良い宮城はそんな後輩を無下にはできず、受け入れる他ない。寧ろ、懐かない猫がようやく懐いたような少しばかりの優越感もあり、満更でもないのだ。
これは所謂ミイラ取りがミイラになるというやつなのだが、ここはあえて気づかないふりをしておこうと思う宮城なのだった。
「キャプテン(宮城)は、センパイ(現在兄ポジもとい三井)とおつきあいしてるわけだから、俺にとってあんたは義理の兄?みたいなもんなんで…これからはキャプテンの家にもお邪魔します」
『恋人ポジションを早々に諦めた流川楓が、今度は“宮城”の弟ポジションを本気で狙ってきている件について』
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