氷の糖花は永遠(とわ)に咲く
「けほっ……こほっ……声、出んねん、けど……」
「あれだけずっと喘いでたらそうなるよ。はい、水飲んで」
ナッペ山のミネラル豊富な水が入ったペットボトルを開けて差し出す。髪が崩れないように本日の営みは正常位は出番がなく専ら立位で互いの快楽を求めた。いつものチリの部屋とは違う場所、体位の異なる荒々しい性交にチリは何度も深く達し、こちらも犯し尽くすように彼女の身体を貪り続けた。結果、彼女の喉は潰れこちらも腕と腰に心地好い疲労感が押し寄せている。
「誰の、せいやと……思っとんねん……けほっ……」
「ぼくのせいもあるけど、チリのせいでもあるだろ?ぼくが一回休憩しようかって聞いても、もっともっとってせがんできたのはそっち……」
「いちいち言わんでええのっ!デリカシーってもん無いん!?」
「でもこれで一つになれた気はしたんじゃない?」
「……それは、そうやけど……」
先ほどの行為を思い出し、クッションへ押し付けて朱く染まった顔を隠そうとしているようだが、その髪型だと耳の朱までは隠せるはずもなく。
ぼくを惑わす女の色香を撒き散らしていたチリはもう影を潜め、今は乙女のような純真無垢さで翻弄する。どちらの彼女も愛しくて堪らないのだから、ぼくはチリに溺れてしまっている。
「帰りは空飛ぶタクシーを呼んでおくから。もう少し休んでな」
「そうしてもらえると助かるわ」
明日の日曜も本来はジムは休みなのだが、隔週の日曜にアカデミーの研究員がナッペ山に研究目的で訪れる。ナッペ山にしか存在しないミネラルの研究を主に調査・採集をするのだがこれがなかなか危険を伴う作業なので必然的に僕が付き添うことになる。こちらもモスノウとアルクジラ・ハルクジラにとって綺麗な雪解け水とミネラルは彼らが生きていく上で必要不可欠な栄養素の為、自分も研究の一環として参加させてもらっている。 それ故、二週に一度しか会えないことはチリも分かってくれているので、ポケモンとうちのどっちが大事!?なんてことは一度も聞かれたことはない。しかしそのせいで会う頻度が疎かになり、すれ違って淋しい思いをさせてしまったのは本当に悔やんでも悔やみきれない失態だった。
ぼくの気持ちを形にして伝えるためにもホワイトデーは絶対に成功させないと。
◇◇◇
チリが出張に飛び立ってから、こちらも仕事に忙殺される日々。それでも時間を見つけてはロトムでやりとりし、彼女からも出張先の風景や食事の写真が送られてきては会話に花を咲かせ会えない時間と距離を埋める。
ベイクタウンで目当ての物を買いに行けたのは翌週になってからだった。一方的だったとは言え、チリと恋人の関係になってからは隔週ごとに会いに行っていたが彼女は今不在のため、暇をもて余してしまう。チリと出逢うまではポケモンの世話か残っている仕事をするぐらいしか休日の過ごし方を知らなかったのがここにきて痛手だ。暇ということは時間はたっぷりあるのだから納得いくまでプレゼントを選ぶことにしよう。
ベイクタウンは渡す予定のお菓子発祥の地ということもあり様々な形、味の種類に街頭のショーウインドウを前に本格的に悩んでしまう。 商品に集中する余り背後に立つ気配に気付かず、肩を叩かれる。
「あなた、もしかしてナッペの絶対零度トリック君?」
急いで振り向くとそこにはセレブ然の風貌で凛と佇むこの町のジムリーダー・リップさんが怪訝そうに僕を見ている。大きな女優帽とずらしたサングラスがお忍びであることを物語っているため名前は口には出さず「お久しぶりです」と挨拶をするだけに留めておいた。
「貴方がここにいるなんて驚き」
「それは……この町に用があったからで」
驚きと好奇が混ざった問いをされ思わず口ごもる。別に悪いことをしている訳ではないのだから堂々としていればいいのだろうが、何故か毎回この人のペースに巻き込まれてしまう。
「ノンノン。町じゃなくってこーんな可愛いパティスリーに、ってこと。さては……これね!」
ピッピの《ゆびをふる》の仕草から、ずいと目の前に綺麗に整えられた小指を立てて《恋人》を示唆される。図星の指摘に思わず動揺してしまう。
「えっ!?」
「あらぁ、リップ冗談で言ったのにマジみたい。そんなに熱心になに見てたの?」
ぼくを
「ははーん。彼女にコレを、ねぇ。貴方、意外にロマンチストなんだ」
「……そんなことは」
否定しようと口を開くが、彼女に腕を取られ引きずられるように道案内される。
「よしっ!ついてらっしゃい。リップとっておきの店、教えたげる」
否定を許さぬ圧の足取りに、されるがまま連れて来られたのは町外れの小さなパティスリー。華やかなリップさんからは想像できないこじんまりとした外観だ。
「ここのはどれもおすすめだけど。貴方の探し物もきっと見つかると思うよ」
背中を一押しされ店内へと足を踏み入れる。外観と同じ雰囲気の店内は慎ましやかな可愛らしさと、人の良さそうな老婦人の「いらっしゃいませ」という声に緊張もほぐれていく。 店の入口から順に、丁寧に作られた菓子を見ていくと探していた商品の前で足を止める。
「これ……」
きらびやかな見た目でも、鮮やかな色でもない素朴で淡い色合いの小さな飴。でも作り手の手間と愛情が籠っていることが伝わってくる一品を手にし決意が固まる。 会計のため老婦人に品物を渡し、プレゼント用の旨を伝えると嬉しそうに微笑まれる。
「お兄さんのようなお若い方がこちらの品をプレゼントにされるなんて。失礼ですが贈る意味はご存じで?」
「ええ。大切な人に渡そうと思ってこちらを選びました」
「それはそれは。そのような方への贈り物を私共の店でお選びくださりありがとうございます。お相手にもお兄さんのお気持ちきっと伝わりますよ」
「そう、だといいんですけど……」
初めて会った人に自分の恋愛事情を話すのは照れ臭いが、老婦人の穏やかな口調と悪意のない空気感に口が軽くなってしまった。 店を後にすると、軒先で待っていたリップさんがサングラスを外してちょうど口紅を直しているところだった。
「手に持ってるの見ると貴方のお眼鏡に敵うものがあったみたいね」
「はい。リップさんのお陰で理想の物に出会えました。ありがとうございます」
「あら。随分と素直じゃない、絶対零度トリック君」
まるで普段のぼくはひねくれているとでも言いたそうな物言いだ。自分でも多少の自覚はあるので否定出来ないところが残念ではあるが。
「今の時期のプレゼントってことは世界女性デーのプレゼントってとこ? それとも彼女の誕生日? けっこうマメなのね」
「いえ、これはホワイトデーのお返しで……やばっ!」
チリへのプレゼントを買えて浮かれていたため、つい口が滑って余計なことまで言ってしまった。案の定食いつかれてしまい質問攻めにあう。
「ホワイトデー? それってシンオウとジョウト周辺の文化だっけ?……へぇ~、彼女とは遠距離恋愛なんだ。それとも出身がそっちで今はパルデアに住んでるってのもあり得るわね」
だらだらと冷や汗が背中を流れていく。これはまずい。リップさんの話術をうまく受け流せるほど社交的でも、ましてや経験豊富でもない。全て白状してしまう前にこの場から立ち去ろう。
「リップさん、今日はお時間いただいてしまいすみませんでした。それじゃぼくはこれで……」
そうはさせるかと逃げようとする腕をガシッと掴まれる。
「絶対零度トリック君と仲の良い、出身がシンオウかジョウト周辺の女の子……もしかして、四天王のチリちゃん!……なーんてそんなわけないか」
「っ!ごほっ!げほっ!」
チリの名前が出されて、思わずむせてしまいリップさんから視線を思いきり外してしまう。
「………………」
「君ね、分かりやすすぎ。自慢の絶対零度はどこ行ったのよ」
「すみません……」
完全にバレた。よりにもよって交友関係が広いリップさんに悟られてしまうなんて。チリからまだぼくと二人だけの秘密にしてほしいと言われていたのに。
「ふぅ。まっ、それも使ってせいぜい頑張って捕まえとくことね。チリちゃん男女問わず人気者だし。うかうかしてたらかっさらわれちゃうかもよ」
「そんなことさせません。絶対に。あの人を奪われてたまるか」
握り直した紙袋がギリッと音を立て、リップさんを射抜くように告げてみせる。
「それでこそ私達ジムリーダーのトップ・絶対零度トリック。今の気持ち、忘れないで」
「リップさん……」
「じゃあリップは仕事があるからここでお別れ。あ、皆には今日のこと秘密にしといたげるから安心してね。バイバイ、グルーシャちゃん♪」
サングラスをかけ直すと、ヒールを鳴らしながら優雅に去っていくパルデアNo.2のジムリーダー。彼女の人生もきっと紆余曲折を経て今の強さを身に纏ったのだろう。掴み所のない強かさと、それでいて芯の強い美しい女性。彼女の背中に敬意を示す一礼をしてこちらも自分のバトルフィールドへと踵を返した。