氷の糖花は永遠(とわ)に咲く



恋人たちの愛の日・2月14日

文字通りチョコレートのような甘い一夜を過ごし、その翌日もチリを求め続けた。その結果、貴重な土曜休みを一日棒に振ってしまいきついお叱りを受ける羽目になってしまったが。二人一緒に目を覚まし幸福感に包まれる日曜の朝、お詫びに彼女の家の近所にある行きつけの喫茶店でご機嫌を伺うとなんとか機嫌も直り、二日遅れのデートを楽しんでから帰路に着く。昨日は出来なかった、日課であるポケモンの散歩をしながら河川敷に二人並んで腰掛ける。

きゃっきゃと水面で遊んだり川岸で日向ぼっこをしている手持ちポケモン達に相反するように、ぼく達は口数が減っていく。代わりに繋いだ指だけが一際強く絡み合った。

ここから遠く離れたナッペ山へと戻るこの夕暮れ時が毎回身を裂かれるように苦しい。地平へと沈む太陽の断末魔が昼と夜とを分けるのならば、ぼくの心も同じように明と暗が分かれてしまうようだ。

当初の予定よりだいぶ日が傾いた頃にチリの家へ戻ると、宿泊セットと空になったチョコの箱を手渡され別れの挨拶を交わす。

「それじゃまた2週間後まで元気で」
「…………」
「チリ?」

流石にこのまま無言で別れるのは心苦しい。何も言わず俯いている彼女の顔を覗き込むと控えめに袖を掴まれる。

「来週……そっち行ってもええ?」

彼女の思いもよらない言葉に目を見開く。

「忙しいならええねん!うちも似たようなもんやし。ただ……2週間は長いから、ちょいと顔だけでも見れたらって……思たんやけど」

言葉尻が掻き消えるように小さくすぼんでいく。可愛らしいおねだりにチリを腕の中へと閉じ込める。

「わっ……!」
「良いに決まってる。彼女が会いに来てくれるなんてその日を励みに仕事も頑張れるよ」
「彼女……そっか。うちも彼氏に会うの楽しみに頑張るわ」

《彼女》の響きに嬉しそうに胸へとすり寄ってくる。こんな些細な言葉で君が喜んでくれるだなんて知らなかった。独りよがりに恋人だと思っていた頃には決して言ってこなかった願い事。これからはどんな小さなことでも言って欲しい。ぼくも心からの言葉を何度だって伝えるから。

壁にかかるポッポモチーフの時計が二人のタイムリミットを知らせるかのように鳴り響く。

「気ぃ付けてな」
「向こうに着いたら連絡する。戸締まりちゃんとして、お腹出して寝たらダメだよ」
「んなっ!?そない寝相悪ないわ!いつのこと言っとんの!」

見覚えにない寝相の指摘をされ膨れっ面になってしまったが、こちらが「冗談だよ」と笑うとチリもつられるように笑ってくれた。別れ際に見るのは淋しがる顔より笑顔の方がずっといい。玄関のドアノブへ手を掛けると、襟を掴まれ勢いよくチリの唇へと引き寄せられる。

「忘れもんや。……元気でな」

淋しさを振り払うかのように大きく手を振ってこちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。



ナッペ山への道中、ロトムを片手に早速調べ物をする。
なんでもジョウトではバレンタインデーの対としてホワイトデーなるものが存在するらしい。そもそもバレンタインに女性が贈り物をするという時点で大きなカルチャーショックを受けた。 本来男からのプレゼントに対して女性に見返りを求めるはずもなく、ホワイトデーは母国どころか他の国にも端から存在しない。しかしジョウトでは女性から発起しているのなら男がお返しを贈ることは、当然と言えばそうなのかもしれない。 となるとチリも今までその文化の中で生きてきたのだから尊重してあげないと。もう二度と二日前のようなすれ違いを起こさないためにも。

調べてみるとホワイトデーのプレゼントにも色々と種類があるようだ。見た目、渡す相手、そして贈り物に込められた意味。
色々と目を通すものの、めぼしい品が見つからず途方に暮れそうになるところであるお菓子に目が止まる。

「これだ」

ぼくがチリに渡すならこれしか考えられない。

見た目も
渡す相手も
そして込められた意味も

幸運にもその物の発祥の地がここパルデアではないか。

来週末はチリがナッペ山に来る。ということは週末の予定はチリのために空けておいた方がいいだろう。自分のスケジュール帳とにらみ合い、なんとか3月14日までにベイクタウンへ遠出出来る日を遣り繰りしておかないと。

スケジュール帳を閉じどんな表情をしてチリは贈り物を受け取ってくれるだろうかと思い浮かべながら、ジムへの帰路を足取り軽く進んでいった。



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