はじまりの出会い
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――――⋯⋯⋯
初夏の風が心地良く吹く中…紫陽花のつぼみが開き始め入梅の気配を感じだす木ノ葉隠れの里
しかしここしばらくは雨が降る様子がなく澄み渡る青空に白い雲が映えるある日の午後ー⋯⋯
カカシは三代目火影に呼ばれて火影邸を訪れていた
火影邸の人気のいない廊下を三代目の待つ部屋まで歩くカカシの表情はどこか僅かに訝しげ
その理由は三代目が呼び出した場所にあった
呼び出しなら大抵は火影が普段の業務を行っている執務室に呼ばれるのが常であるのだがすでにその執務室を通り過ぎている
執務室の先にあるのは火影と御意見番が会談をする時やまたは来賓を迎える際などに使用する所謂応接間と呼ばれる場所であり一般の忍ならあまり入らない部屋だ
「………」
懸念を抱えたままとうとう三代目の待つ部屋に辿り着いたカカシ
ドアを前に小さく深呼吸をすると軽くノックをした
コンコン…
「カカシか…入れ」
「失礼します」
部屋から三代目の声がしカカシは扉を開け中に入る
「すみません。遅くなりました」
「なに構わん。
ワシの方が急に呼び出したからな」
部屋に入ると三代目はソファーに腰を掛け煙管を吹かしていた
ほとんど足を踏み入れたことのない応接間の中は思っていたよりも広くはなくあるのはさして大きくもない一つのテーブルとそれを挟むように対面する二つのソファーがあるのみというシンプルなもの
だが三代目が背にしている壁には歴代の火影達の写真が並んでおり簡素な部屋ながらも神聖な場所のように感じるカカシ
「まぁそんなに緊張せずとも…まずは座れ」
「はい」
そう促されカカシは対面する片方のソファーに腰を下ろし初めて三代目と正面から向き合う
すると部屋に入った時には三代目の影に隠れていた為に見えなかったがテーブルを挟んで正面に座る三代目の隣には俯いて座る一人の小さな子供がいた
「火影様…その子は……?」
「あぁ…お前を呼び出したのはこの子の事で相談があってな……」
「……?」
そう答える三代目にカカシはもう一度その子供を見た
肩に掛かるか掛からないかという短い髪は自分と似た銀色をしており俯いているせいでよくは見えないが幼いながらも顔立ちからしておそらく女の子
そして何より目に付くのは痩せた顔や腕にあるガーゼと包帯による治療の跡だった
カカシの疑問はさらに深くなる
「………」
それを察した三代目が咥えていた煙管を離して一息煙を吐くと口を開いた
「こやつの名前はスイ…7歳になる。……火の国の外れにある貧困の町の事は知っているか?」
「あの貧民街ですか?
確か…南西部にあるという……」
「そうじゃ。この子は二週間ほど前にあった大名との会談の帰りにその町で行き倒れっておったのをワシが見付け保護した」
「孤児…というですか」
「おそらくそうじゃろう。この子自身も親のことは知らないらしい」
“スイ”という孤児の子供に再度目を向けるカカシ
自分の事について話されているのにも関わらずスイは全く関心がない様子で初めに見たときと同じく俯いたままのまるで人形のように微動だにしない
見知らぬ地で見知らぬ人を前に怯えるどころか不安そうな様子さえもないスイを見てカカシは関心がないというよりも感情自体がないように感じた
「それで…私に相談というのは?」
「…………」
カカシが尋ねると三代目は煙管を持った手を膝に下ろしどこか言い淀むように目を瞑り黙る
「……」
三代目のそんないつもとは明らかに違う様子に内心戸惑いつつもカカシも黙り言葉を待つ
十数秒程経った頃だろうか…意を決した様子で三代目はカカシを真っ直ぐ見つめ口を開く
「カカシよ…お前に頼みがある」
「この子を引き取って面倒を見てくれぬか?」
「…………え…っ」
三代目からの言葉の意味をカカシは瞬時に理解出来ず5秒程の間が空いてようやく声を出す
「私がですか…!?」
「そうだ。お前に頼みたい」
「…里親は探されないんですか?」
「少しばかり訳があってな。一般の者ではそれがちと難しいのだ」
「しかし何でまた私なんかに……?」
「ワシの直感じゃ。この子の適任者はお前しかおらんと思っておる」
「適任者……?」
その言葉にさらに困惑するカカシ
だが今日初めて会ったばかりの見知らぬ子供を引き取って面倒を見てくれと言われて困惑するのも当然のことだ
勿論三代目もそれはわかっている
「まぁ困惑するのも無理はない。それにこれはワシからの個人的な頼みであって火影からの命令というわけではない。引き受けるかどうかはお前の意思を尊重する」
「………」
「ただこの子は今朝病院を退院したばかりでな……今晩行く所がない。一晩だけ考える猶予と一緒に面倒を見てもらえんか?」
「ひとまず今晩だけなら…構いませんが……」
どこか渋々と言った様子でカカシは一晩スイを預かることを引き受けた
「すまない助かる。それとこの件…どうするか決めたら明日いつでもいい…スイを連れてワシの元へ来てくれ」
「……わかりました」
カカシがそう答えると次に三代目は隣に座るスイの方に向き直る
「スイ聞いてたな。今晩はカカシの所で過ごすのだぞ。よいか?」
コクリ…
『………』
そう尋ねる三代目に対しやはりスイは表情一つ変えることなくただ無言のまま首を僅かに縦に振り頷いただけだった
「…………」
そんな喋る様子のないスイを見て一晩だけとはいえ面倒を見れるのか不安を感じるカカシ
すると不意にスイが俯いていた顔を少し上げてカカシの方を見た
「……!」
初めてスイと互いの視線が合ったカカシは僅かに目を見開く
俯いていた最初は分からなかったがスイの目はまるで吸い込まれそうなほど深い紅色…臙脂色をしていた
だがカカシを見つめるその臙脂色の双眸に光はなくそれどころか意思も感情さえも感じない程生気のないひどく虚ろな眼差しだった
まだ7歳という幼さでそんな目をしているスイに一体今まで何があったのか…カカシの疑問は増すばかり
「ではカカシ頼んだぞ」
「はい」
しかしスイへの様々な思案は三代目の声により遮られ意識を現実に戻したカカシは席を立つと
「それじゃ……スイ行くよ」
未だ内心渦巻く不安や疑問を抑えながら努めて優しくスイへ声をかける
それでも“スイ”という呼び慣れない名を口にするのに僅かだが緊張してしまう
『………』
一方その声にピクッと反応したスイは返事こそはないがカカシの呼びかけに素直に応じ座っていたソファーから降りた
小さな体にある治療の跡が痛々しいがそれでも大して痛くはないのか気にする様子もなく普通にしっかりとした足取りで歩いて来る
傍までスイが来ると入ってきた扉へと先に歩き出すカカシ
その後を追うようにスイも大人しく付いて来る
「それでは…また明日伺います」
「あぁ。今晩は宜しく頼む」
ドアを開けると次はスイを先に行かせて最後に三代目と挨拶を交わしたカカシは軽く会釈をし部屋を後にした
――――………
火影邸の外まで出たカカシとスイ
これからカカシの自宅へ向かうわけだがその前にとカカシは火影邸を出るまで何も喋らず自分の後を付いてきたスイを見る
「そういえば自己紹介がまだだったな」
『……』
「…ま、火影様から聞いたとは思うけどオレの名前ははたけカカシだ。とりあえずは明日までの間よろしくな」
コクリ…
『………』
「それじゃこれからオレの家に行くけどはぐれないようにな」
コクリ…
『………』
カカシの言葉に対していずれもスイはただ頷くだけだった
――――⋯⋯⋯
カカシの自宅を目指して移動することしばらく
現在二人は複数の店舗が立ち並ぶ大通りの脇にある比較的人通りの少ない住宅街を歩いていた
人通りの多くないここならはぐれる心配もなくまた包帯だらけという異様な出で立ちのスイをなるべく人目から避ける為でもあった
自宅まであと半分というところでカカシはふと立ち止まり後ろを付いて来るスイを見た
するとスイは約5メートル程離れたところおり立ち止まったカカシの元へ小走りで追いつく
スイが追いつくと再び歩き出すカカシ
しばらくしてまた立ち止まり後ろを見る
やはりスイはまた離れたところからカカシへと駆け寄って来た
「(もしかして…歩くの早過ぎたか……)」
そう気付いたカカシは何気に自分とスイの足を見比べた
大人のそれも長身であるカカシと小さなスイとでは当然歩幅の差は大きく異なる
さらに歩く速度も速いカカシと遅いスイと違うのではスイが追い付けないのも無理はない
ここまでずっと小走りで追いかけてたのかスイの息も少し上がっているように見える
「…………」
そんなスイを見てカカシは内心悪いことをしたと配慮の足らなさを反省し今度は歩幅を狭めて速度も落としスイの歩調に合わせるようにゆっくりと歩き出す
それでも途中また置いて行ってないかと無意識に先程よりもスイの様子を気にするようになる
そんな訳で自宅までの残りの家路は火影邸から半分まで進んだ時よりもさらに倍の時間をかけて帰ることになった