32話:ニセモノの視認

 高校も二年生になったというのに、一階の図書室には片手で数えても指が余るくらいしか足を運んだことは無い。何故ならそもそも小説というものにさほど興味はないし、何か知識を得ようという意欲もない。そのオレが向かっている場所は、正しくその興味のない図書室だった。
 一体何に急いでいるのか、自然と足早となってしまっていたのが自分でもよく分かった。気が競っている時というのは余りいい状態ではないだろうから、図書室の扉が近づく度に意図的に歩くスピードを落としていった。今日は居るかどうかも分からないというのに、扉の前で一度深呼吸を挟んだ。扉を開け、図書室の中を見渡していく。

「あ、先輩みーっけ」

 いわゆるいつもの調子というのを、この時ばかりはよく意識をした。

「その人、知り合いですか?」宇栄原先輩の正面に座っている人物を視界に入れながらオレは言った。
「知り合い……まあうん、そうかもね」

 この時、あたかも神崎先輩のことを全く知らないといった体で話を進めていたが、実のところそういうわけでもなかった。確かに会ったことは無かったのだが、ここに神崎先輩が居るということも最初から想定の内だったのだ。
 この二人のことを見つけるのは比較的容易だった。この前、宇栄原という名前を聞いたときオレはすぐにピンときていた。この学校では、テストの順位と成績が張り出されるということが毎回行われる。オレが一年生の時から、二人の名前は必ずと言っていいほど目にしていたのである。クラスもついでに書かれていたお陰で、特別探す必要性は無かったのだ。
 しかし幾ら名前を知っていたからと言っても、いきなり上級生の教室に足を踏み入れる勇気は流石にない。どうしようかと考えていたのだが、担任の先生が図書委員の担当であったお陰でその悩みも簡単に収束を迎えた。
 この二人は、どういうわけか仲良く図書委員だったのだ。そして、係でもないのによく図書室に居るという話も聞いた。急にふたりの話を聞くもんだから少々不審がられたが、特に神崎さんは成績がいいことで有名ということもあってよく聞かれることがあるらしく、聞いてもいないのに「よく宇栄原と一緒にいる」などという情報を手に入れてしまった。結果その通りになったわけだが、今回ばかりは少々それがネックとなったのである。

「……で、君何しに来たの? わざわざおれのこと探してさ」宇栄原先輩はため息をこぼし、半分呆れたような素振りを見せた。
「えー、別に何だっていいじゃないですか。たまたま来たら見つけちゃったのは、もうどうしようもないですよ」
「たまたま、ねぇ」
「疑ってます?」

 今まで図書室に余り来たことの無い人物が急に現れたというのもあってか、流石に誤魔化しがきかなかったようで先輩はすぐにオレの嘘を見破った。これ以上変に疑われるような発言をしても立場が悪くなるだけだろうし、オレもそれ以上ややこしくなるようなことは口にしなかった。と、思うのだが。

「ああオレ、幽霊とか視えちゃうんですけど、この前幽霊と話してるところ宇栄原先輩に見られちゃったんですよねぇ」神崎先輩に向けてそう簡単に説明をしたところ、感情の見えにくい先輩の目は宇栄原先輩をばっちりと掴んでいた。
「まあうん……そういう感じだから。一応言って置くけど、偶然ね」

 この時点では、神崎先輩がどういう立ち位置なのかというのがまだよく分からないのだが、どうやら神崎先輩は、幽霊が視えるという事象を余りよく思ってはいないらしいということが、何となくではあるがつかみ取ることが出来た。となるとやっぱり、神崎先輩は本来なら幽霊という存在に無縁な人なのかもしれない。
 この二人が果たしてどれほどの付き合いなのかは分からないが、幽霊が視えるということを知っているということは、少なくとも友達という枠は逸脱しているのだろう。オレは必要だから今こうしていとも簡単に幽霊が視えるということを開示したが、親しいからといって幽霊が視えるということを共有する必要はまず起こることはない。相手が幽霊が視えないのであれば尚更、そもそもこういう話に発展することがないだろう。
 理由はともあれ、神崎先輩は宇栄原先輩が幽霊が視えるということを知っているらしかったのだが、それが余計オレの頭を悩ませた。やっぱり出直すべきだろうかというのも考えにはあった。

「……ところで、ちょっと聞いてもいいですか?」

 しかし、情報を得るなら早いほうがいいと、この時はそう判断したのである。

「逝邪っていう存在、知ってます?」

 結局これが善良な判断だったのかどうなのかは、今もよく分かってはいない。
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