第15話:振り向き様の異変

 荒々しく積もる息の羅列が、暗がりの道に落ち続けている。

「クソっ……!」

 そんな中、お世辞にも綺麗とは言えない台詞が自分に跳ね返ってきたとも知らず、気付けば路地裏にまで足を進めていた。何か急ぎの用があるわけでもないのだが、そうであるのに俺は足を止めることはしない。寧ろスピードは上がっていた。

「なんなんだよ、あれ……」

 何故ならば、俺は今追われているからだ。しかも得体の知れない何かという非現実的要素が含まれているのだから、自分ではどうすることも出来なかった。一体何に追われているのかと聞かれたら、正直俺にもよく分からない。どういうことかと言うと、それは実体を持っていなかったのだ。
 至極完結に言うのならば、それは黒紫だった。極小さな粒子、つまりは靄のようなモノが寄って集って俺の身体に向かってきているのだ。あれが身体に当たると、全身が総毛立つような、何か触れてはいけないモノに触れてしまったかのように反射的に身体が後ずさっていく。それがつまり、逃げて追われの状況を作り上げたのだ。
 一体何が原因でそうなっているのか、どうして俺が追われているのか、そもそもあれは何なのか。考えようと思えば幾らでも思いつく疑問の数々に、答えてくれるような人物は当然どこにもいない。こんな夜中に、しかも自分でもよく分からない物体の存在を誰かに理解してもらおうだなんておこがましいにも程があるだろう。当然、そんな余裕もなかった。
 唯一俺自身が解答出来るものがあるとするなら、どうして俺が追われているのかという部分に関しては、思い当たる節が全くないというところくらいだろうか。それでも確信のようなものはなく、もしかしたらそうかも知れないという憶測にすぎないのだが。

「遠くまで来すぎたか……? 何処だここ……っ」

 街灯こそはあるものの、闇雲に走りすぎたのか辺りの景色は気がついた時には既に見覚えのない街路だった。不安と焦りからなのか、迫る何かの気配にふと後ろに視界をやる。その時、風の切るような音が耳を掠めていった。
 果たして何が横切ったのか、最初はその靄が俺を捉え損ねただけかと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。

「……手応えねーな、やっぱ」

 突如現れ、小さな声でそう溢した男がその状態を証明した。
 ――この時に見えた、空に舞った黒い粒子が脆くも綺麗だと思ってしまったのが、恐らく俺がその靄とやらに追われていた原因のひとつだろう。

「こんな時間に市民が散歩、ってか」

 それはさながら、闇夜の中を駆け回る死神のようだったと記憶している。
 雲に薄隠れた月に映える知らない誰か。ただそれだけのことなのに、一体何がそう助長させたのか皆目検討がつかなかった。そう思うことによって、俺は目の前の人物が誰であるのかを認識しないように必死だったのだ。

「……オマエに言ってんだけど」
「え、あ……俺?」
「他にいねぇだろ」

 それでも俺は、この時呆けてしまうほどにこの男を見つめてしまっていた。
2/3ページ
スキ!