20話:誰も目には映らない

 とあるひとつの公園は、今もなお静かに淡々とこの場所にあり続けている。それはきっと、五年後も十年後も変わらない。変わっていくのは、あくまでもそこに訪れる人間だ。
 おれがそこに訪れるよりも少し前、既にひとり誰かがそこに立ち竦んでいた。もう隠れることはしないという意思表示にも見えたのは、恐らくは気のせいではないだろう。その人物は、何をするでもなく空を見上げていた。その人物はおれを視界に入れたのは、それからすぐ後のことだった。

「……はじめまして、じゃないよね?」

 柔和な笑みと言葉をこちらに向けてきてもなお、おれは神経を尖らせていた。
 いつだったかに中条さんが言っていた、おれらとは違う制服の男子。その証言に当てはまる男が、今目の前にいる。

「君は今日、どうしてここに来たの?」

 はじめて聞いたその男の声は、到底耳障りのいいものではなかった。
 そんなおれの感想なんてよそに、男は質問を向ける。こんな質問に馬鹿正直に答えたくなんてないものだが、おれが何をしているのかあらかた想像がつく程度の説明は必要だろう。じゃないと、それこそおれがここに来た意味がなくなってしまうというものだ。

「犯人探しと、全てを知っていそうな傍観者を見つけに来ました」
「へぇ?」

 すると、興味津々とでも言いたげに男は声を掲げた。

「その人たちは見つかった?」
「少なくとも、前者に関しては。まあ確証はないですけど」

 少し肩を竦めながらそう答えると、男は更に言葉を投げてくる。どうやら、相当誰かと話がしたくて仕方がないようだ。

「もしかして、俺はその中に入ってたりするのかな?」
「それを貴方に言う理由は持ち合わせてないですね」
「どうして? そこまで言っておいて教えてはくれないんだ?」
「当然じゃないですか。初対面で理由なんて言う方がどうかしてる。ああ、そうか。そこまで聞きたい理由が貴方にあるっていうのなら、何か心当たりがあるんですかね?」

 お互いの挑発が、一度目の静寂を生んだ。

「君、思ってたよりも嫌らしい性格してるね」
「よく言われるんですよね。見た目と性格が比例してないって」
「何が知りたいのかハッキリ言ってみなよ。全部答えてやるからさ」
「本当ですか? 信用は出来ませんね」

 そうは言っても、やはり一応聞いておかなければならない。

「橋下 香を殺したのは貴方ですか?」

 極力私情は挟みたくないものだが、それとこれとは話が別だ。

「俺に聞かないでよ、そんなこと」
「生憎心を読めるような力は持ち合わせていないので、聞かないと分からないんですよ」

 口では一応そう言っておくが、それなりの目星はつけている。

「本当に、分からないことだらけで困る」

 しかし、それだけではやはり足りない。おれが相手にしているのは、明確な実体を持ち合わせていない存在なのだから、余計裏付けが必要だ。
 ……裏付けをしたからといって、この男を刑罰に処することが出来るかというのは、また別の話だろう。しかし、最早そんなことはどうでもいい。

「それ相応の覚悟があって来たんでしょ? 今は一応自我を持ち合わせてるけど、どうせ長くない」

 全てはどうせ、おれの自己満足だ。今更なのだ。分かってる。

「殺す気で来ないと死ぬよ?」

 その言葉に、おれは地面に強く足をつける。苛立って仕方がなかったのだ。
 あの男と同じ場所で死ぬだなんて、まっぴら御免だ。本当はそう口にしてやりたかった。

「……おれが死んでそれで済むなら、喜んで死ぬさ」

 思いとは裏腹に出た言葉に、特別違和感は覚えない。果たしてこの声が男に届いていたのかどうか、それくらいに意味のない音だっただろう。
 男の周りには、既に黒く澱んだ気配が蔓延し始めている。まるで砂埃が舞うかのように、黒々としたそれらは空に爆ぜていった。わざとらしく肌に触れてくるをそれに、思わず眉間にしわが寄った。一瞬の出来事に特別驚くことはせず、しかし心臓の動きは早まった。ようやく存在を認識出来たのだから当然と言えば当然だろう。
 ここから先、何がどうなるのかは流石に経験したことがないから分からない。しかし、橋下 香という人物がどうやって死を迎えたのくらいは分かるだろう。そうじゃなくても、それ相応のことを向こうはしてくるはずだ。
 それさえ分かれば、おれは十分だ。
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