18話:教えたくないこと

 どこかの誰かが言っていた、逝邪という言葉。そういえば調べることをしていなかったけど、本当にそんな話が出回っているのだろうか? あの話を聞いたときは疑問に思っていたはずなのに、すっかり頭から抜けてしまっていた。

「んー……」

 普段は余り聞くことのないキーボードを叩く音が、静かな部屋に反響している。おれは今、ネットの海を徘徊していた。この類いの、いわゆる都市伝説のようなものはネット上ではかなり多いだろうと推察していたから特別驚くことはしなかったけど、幽霊や呪いといったオカルト寄りのモノや、アニメやゲームのそれを含めると、正直なところもう手がつけられない。
 どうやら都市伝説とオカルトはよく一緒の括りにされることが多いらしく、目的を持って何かを探している場合には殆どの情報がただの足枷にしかならないのだけれど……。

「都市伝説って言うよりはオカルトに近いだろうけど、だからと言ってこういうのばっかり調べるのもなあ……」

 ネットではわりと言われてますよ? なんていう誰かの言葉を取りあえず信じてみたはいいものの、肝心の逝邪という類いの単語がひとつも出てこないなんてあるのだろうか? ただの出任せだったのか?

「逝邪、ねぇ……」

 いや、恐らくは違うと思う。あれだけ簡単に長文を並べるには、それ相応の下調べと知識が必要になる。その場で適当に考えたというには、余りに無理があるというものだ。

「黒い靄……いや、影じゃないんだよな……。もっとこう、ヒトガタの……それじゃ影か。んん……」

 それに彼の言うことが本当だとするのなら、それをおれと中条さんが視たモノが多少異なるという点が気になるのだ。おれはただ単に、黒いヒトガタの何かを視たというだけ。でも中条さんの場合はそれとも少し違う。人間の姿をちゃんと確立させていて、それでもなお黒い靄を纏っていたらしいのだ。
 こうしてふたつの事象を並べてみると同じ存在ではないのかも知れないという気はするのだが、かと言って決定的な証拠もない。考えあぐねてしまう理由のひとつとしては、中条さんはそれに襲われているというところが大きいだろう。その次に出会った時にそうならなかったのが幸いとでも言えばいいのか、それでも悠長なことを言える状況でもない。

「……直接聞くのが早いか」

 聞いたところで教えてくれるとは到底思えないけど、せめておれらが視たそれらが逝邪だったのかくらいの検討をつけないと、先に進まない。そう思うのが早いか否か、おれはパソコンに背を向けていた。
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