第12話:深淵を纏わない誰かの声

 これは、殆どの市民には到底関係はなく、かつ理解の及ばない言葉であり事象と言えるだろう。
 魔法を使えることの出来る人間が、一定の条件下において魔法に憑かれたことによって、目に見えるほどに黒い靄を発生させることがある。それが果たして、どういう条件下においてそうなるのか、という部分については未だに不明な点が多い。ただ、ひとつだけ分かることがあるとするのなら、本来魔法を使うことの許されていない市民が魔法を使えてしまった場合に限り、その現象が起きてしまうということだ。
 普通に生活していれば、恐らくはそれを見ることも無いだろうし、市民がそれを認識することはまず無いだろう。だが、貴族においてはそうもいかない。……いや、最初からそれを纏っていると言ってもいいのではないだろうか。これは個人的な解釈ではあるけれど、そう思っている。何故なら、魔法とそれの何が違うのかと問われたら、答えることはそう容易いことではないからだ。

 ――選ばれた貴族と、選ばれなかったごく少数の市民。そして、そのふたつに関連する魔法と、黒い靄。とある靄のことを、貴族らは『深淵(しんえん)』と呼んだ。
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