14話:陽気な声は聞こえない
「逝邪……?」
おれがそう問いかけると、彼はまた大量の言葉を投げた。
「幽霊よりももっと格が上で、でも悪霊とかいうのとはまた別のもの。おれらでは手に負えないような、いわゆる怨霊・悪霊という存在を、無条件でとある場所に送り出すためだけに存在していて、それ以外の行動は禁止されているモノのこと」
まるで完全に暗記してきたかのようにスラスラと彼の口から出てくるそれらに、心なしか空気が冷えたようなそんな気がしてならなかった。
逝邪なんていう言葉、今まで聞いたことも無かったのだ。
「基本的に人を襲うことをしたらいけないらしいんですけど、まあそう言われてるってだけで実際は多分違いますよね。人を襲うってだけなら、別に簡単ですし」
「……そんな話、聞いたことないけど」
「都市伝説っぽい感じですけどねー」
都市伝説というと、つまりはあれか。ネットとかで話題になったりする類いのやつか。それなら別に、知らないからといって無知というほどではないだろう。
「でも、そういう存在になるには条件があって。それは、オレらみたいな『幽霊を視ることが出来て、尚且つそれらを制圧出来る力を持っている存在』が、いわゆる向こうの世界に上手く行くことが出来なかった為に起きる、一種の現象みたいな感じらしいんですけど」
説明が終わったのか、一旦彼の言葉が止まる。
「宇栄原先輩は、こういうのいると思います?」
「は?」
「いやだって、そういう噂が立つってことは、一定の可能性はあるわけじゃないですか。しかもそれって、オレらみたいなのしか知りえない情報ばっかりだし」
あ、オレは別に信じてませんけど。そう言いながらも、彼はその逝邪という存在が何なのかというところの答えを求めているようだった。
「仮に、ですよ? もしそういう類の存在が本当にいたら、オレじゃ敵わないなあっていうか。別にオレ、先輩みたいに幽霊と対峙出来る力は持ってないですし。だから出会ったら嫌だなあって。ただそれだけの話なんですけど」
「え……?」
羅列されたそれらの言葉に、おれの眉が歪んだ。
「神崎先輩はいると思います? 逝邪って」
「……俺、幽霊とか見えないんだけど」
「いや、今は視える視えないの話なんてしてないですから。こういうの気になりません?」
「ちょっと待った」
今日、この空間の中ではじめておれの声がちゃんと認識されたかのように、ふたりが一斉におれを視界にいれる。
「おれ、君の前で力なんて使ったことないよね?」
彼は、「先輩みたいに幽霊と対峙出来る力は持ってない」と言った。でも、その言葉は端的に言うならまずあり得ない。
だっておれは、あの時単に彼が何かと話しているというのを見ただけで、それ以外のことは何もしていないのだから。
「……そうでしたっけ?」
この人物、橋下 香は明らかに惚けている。
「まあ何というか、そんな気がするってだけだったんですけど。力にも種類があるじゃないですか。視えるだけの人って少ないと思うんですよ。だから多分、先輩はそっち側の人なんだろうなって」
それは明らかであるはずなのに。
「違いました?」
詮索することを、おれは心のどこかできっと拒んでいた。
そもそも、彼の言う力というのが何を指しているのかもよく分からないし、聞きたいことがどんどんと増えていくせいで最初におれが何を疑問に思ったのか忘れてしまった。もういい、面倒だから今は取り合えず目先にある疑問を片付けておこう。
「そういう君は、その力っていうのは持ってるの?」
「オレですか? そうですねぇ……」
少し考えた後、彼はこう言った。
「あったら、良かったんですけどね」
力のない笑いが、一番最初のあの時に見たそれとよく似ていたような気がしたのは、おれの思い違いなのか否か。この状況じゃ、それが果たして同じものなのかという結論を出すことは出来そうにない。
「……じゃ、オレはそろそろ帰ろうかなっと」
思考を巡らせている最中、お構いなしといった様子で彼は話を遮断させた。
「……君、本当に何しに来たの?」
「ああいや、先輩がいつもどこにいるのか知りたかっただけなので。目的は達成したかなーっていうか」
本当に彼は一体なんなんだろうか、というのを形にした溜め息がおれの口から漏れる。一番最初は、「たまたま来たらおれらを見つけた」と言った。それが今の台詞はどうだ? 「どこにいるのか知りたかった」というのは、それはつまり、たまたまではなくおれを探していたんじゃないのか?
……いや、おれを探していてたまたまここに来たのなら、一応の辻褄は合うのだろうか。何かもう、考えるだけ無駄なような気がしてきた。そう思っているのは果たしておれだけなのだろうか?
「それじゃ」
乱雑に置かれた荷物を手に取りさっさと席を立っていく彼のことを、おれらはただ見ていることしかしない。
あっという間に静かになるこの場所が、どうしてか新鮮に感じてしまう。
「……よく喋るな、あいつ」
考えるだけ無駄、というのはどうやら正解らしい。
おれがそう問いかけると、彼はまた大量の言葉を投げた。
「幽霊よりももっと格が上で、でも悪霊とかいうのとはまた別のもの。おれらでは手に負えないような、いわゆる怨霊・悪霊という存在を、無条件でとある場所に送り出すためだけに存在していて、それ以外の行動は禁止されているモノのこと」
まるで完全に暗記してきたかのようにスラスラと彼の口から出てくるそれらに、心なしか空気が冷えたようなそんな気がしてならなかった。
逝邪なんていう言葉、今まで聞いたことも無かったのだ。
「基本的に人を襲うことをしたらいけないらしいんですけど、まあそう言われてるってだけで実際は多分違いますよね。人を襲うってだけなら、別に簡単ですし」
「……そんな話、聞いたことないけど」
「都市伝説っぽい感じですけどねー」
都市伝説というと、つまりはあれか。ネットとかで話題になったりする類いのやつか。それなら別に、知らないからといって無知というほどではないだろう。
「でも、そういう存在になるには条件があって。それは、オレらみたいな『幽霊を視ることが出来て、尚且つそれらを制圧出来る力を持っている存在』が、いわゆる向こうの世界に上手く行くことが出来なかった為に起きる、一種の現象みたいな感じらしいんですけど」
説明が終わったのか、一旦彼の言葉が止まる。
「宇栄原先輩は、こういうのいると思います?」
「は?」
「いやだって、そういう噂が立つってことは、一定の可能性はあるわけじゃないですか。しかもそれって、オレらみたいなのしか知りえない情報ばっかりだし」
あ、オレは別に信じてませんけど。そう言いながらも、彼はその逝邪という存在が何なのかというところの答えを求めているようだった。
「仮に、ですよ? もしそういう類の存在が本当にいたら、オレじゃ敵わないなあっていうか。別にオレ、先輩みたいに幽霊と対峙出来る力は持ってないですし。だから出会ったら嫌だなあって。ただそれだけの話なんですけど」
「え……?」
羅列されたそれらの言葉に、おれの眉が歪んだ。
「神崎先輩はいると思います? 逝邪って」
「……俺、幽霊とか見えないんだけど」
「いや、今は視える視えないの話なんてしてないですから。こういうの気になりません?」
「ちょっと待った」
今日、この空間の中ではじめておれの声がちゃんと認識されたかのように、ふたりが一斉におれを視界にいれる。
「おれ、君の前で力なんて使ったことないよね?」
彼は、「先輩みたいに幽霊と対峙出来る力は持ってない」と言った。でも、その言葉は端的に言うならまずあり得ない。
だっておれは、あの時単に彼が何かと話しているというのを見ただけで、それ以外のことは何もしていないのだから。
「……そうでしたっけ?」
この人物、橋下 香は明らかに惚けている。
「まあ何というか、そんな気がするってだけだったんですけど。力にも種類があるじゃないですか。視えるだけの人って少ないと思うんですよ。だから多分、先輩はそっち側の人なんだろうなって」
それは明らかであるはずなのに。
「違いました?」
詮索することを、おれは心のどこかできっと拒んでいた。
そもそも、彼の言う力というのが何を指しているのかもよく分からないし、聞きたいことがどんどんと増えていくせいで最初におれが何を疑問に思ったのか忘れてしまった。もういい、面倒だから今は取り合えず目先にある疑問を片付けておこう。
「そういう君は、その力っていうのは持ってるの?」
「オレですか? そうですねぇ……」
少し考えた後、彼はこう言った。
「あったら、良かったんですけどね」
力のない笑いが、一番最初のあの時に見たそれとよく似ていたような気がしたのは、おれの思い違いなのか否か。この状況じゃ、それが果たして同じものなのかという結論を出すことは出来そうにない。
「……じゃ、オレはそろそろ帰ろうかなっと」
思考を巡らせている最中、お構いなしといった様子で彼は話を遮断させた。
「……君、本当に何しに来たの?」
「ああいや、先輩がいつもどこにいるのか知りたかっただけなので。目的は達成したかなーっていうか」
本当に彼は一体なんなんだろうか、というのを形にした溜め息がおれの口から漏れる。一番最初は、「たまたま来たらおれらを見つけた」と言った。それが今の台詞はどうだ? 「どこにいるのか知りたかった」というのは、それはつまり、たまたまではなくおれを探していたんじゃないのか?
……いや、おれを探していてたまたまここに来たのなら、一応の辻褄は合うのだろうか。何かもう、考えるだけ無駄なような気がしてきた。そう思っているのは果たしておれだけなのだろうか?
「それじゃ」
乱雑に置かれた荷物を手に取りさっさと席を立っていく彼のことを、おれらはただ見ていることしかしない。
あっという間に静かになるこの場所が、どうしてか新鮮に感じてしまう。
「……よく喋るな、あいつ」
考えるだけ無駄、というのはどうやら正解らしい。