第1話:耳障りな音飛沫

「さて、どこ行こうかな……」

 こうして外に出たのはいいが、目的のないオレは、行く宛もなく街をフラフラしているしかなかった。いわゆる散歩ってやつだけれど、オレの住んでいる街はそれなりに大きいが、これといって行くところがあるわけでもない。まあ、子供が行くところなんて限られているけど、強いて言うならそれなりに色々と売ってる市場があるのと、貴族持ちの大きな図書館があるってことくらいだろうか。ああ後、市場を抜けた先にある広場かな。市場と広場はともかく、図書館なんて余り興味ないから、オレは滅多に行かないけど。
 現在の時刻は十五時過ぎ。夕飯を食べるのは十九時を過ぎた頃だから、そこまで急ぐ必要もない。まあ遅くなるのも悪いし、十七時前には店に着くようにしておかないと。
 それしにしても、こういうのはどうにも慣れない。いや、散歩は好きだけれど、特に行きたいところもないし、取りあえず近くの市場に向かっていた。余り早く帰るとまたおばさんを困らせるし、市場に着くまでの間に、この時間をどうやって過ごすかに思考を巡らせていた。
 歩いていて思ったけど、何だかここ最近人が少ないような気がする。最近は特に物騒だからだろうけど、昼間は余り関係ないんじゃないだろうか。ああ後、平日のこの時間だからっていうのもあるかもしれない。

「あ、シントお兄ちゃーん」
「ん? ……なんだ、エトガーか……」
「いや、そんなにガッカリしなくても良くない?」
「だってここ通る度に会ってるし……」

 市場に着いたオレに声をかけてきたのは、この市場に店を構えている小物売りのエトガーである。ここは買い物するのにたまに通るから、よく顔を合わせている。
 最初に話しかけられた時はただの押し売りかと思ったけど、どうやら単に誰かと喋りたいだけらしく、随分前に、何となくエトガーの店の商品を立ち止まって流し見ていた時に、エトガーに「お兄ちゃん暇なの?」と声を掛けられて以来、この道を通る度に話しかけられる羽目になってしまった。

「お兄ちゃん今日はひとり?」
「うん。買い物はするんだけど、何か息抜きしろって言われて……」
「ふーん……。じゃあさー、暇潰しに俺と話してってよ」
「いや、エトガーは仕事した方がいいんじゃないの?」
「だってさー、最近お客さん少ないんだもん。やっぱり、事件多いからかなぁ」
「……まあ、それもあるかもね」
「お兄ちゃんも、息抜きだからってあんまり遅くなっちゃ駄目だよ。あ、あと路地裏とかも入っちゃ駄目だからね」
「エトガーはオレの母さんか何かなの?」

 路地裏。市民の間では、色々な噂が飛び交っているらしい。詳しくは知らないが、魔法絡みの嫌な噂も当然存在する。なんでも、貴族が魔法の使えない市民を相手に取引をしているのだとか。まあ確かに、路地裏って薄暗いし、余り行こうとは思わないからそういう話が自然と多くなっていくのだろう。

「まあ、路地裏なんて滅多に入らないけど……」
「そうだよねー。路地裏って怖い噂ばっかりだし」

 そういう意味じゃないんだけど、まあこの際別になんでもいい。
 でも、貴族が市民相手に取引だなんて、余りメリットが無さそうだし、これは噂好きの誰かが作ったんじゃないかと思う。そういいうのって、どこかの噂好きが流している、根拠がないものばかりだし。

「ところでさー、いつ商品買ってくれるの? 僕ずっと待ってるんだけど」
「そ、それはごめん……」

 口をとがらせて、明らかに機嫌が悪いといったようにオレに言葉を投げかける。エトガーには悪いけど、これ以上いると本当に何か買わされそうだし、オレは早々に話を切り上げ、足早に店を後にしすることにした。

「あー……オレ用事があるから急がないと。じゃ、じゃあねっ」
「あ、逃げたー! ……相変わらずつれないなぁ」

 店に残されたエトガーは、遊び相手がいなくなったためか、寂しそうにため息を付く。頬杖を付き、いかにも暇そうに人が流れる様子をじっと眺めていた。
 すると、その人の流れに逆らうようにしてら何かを探しているような素振りを見せる女の人が、エトガーの目に止まる。すると当然のように、彼はその人に声をかけた。

「あ、そこのおねーさん」

 辺りをキョロキョロしていた女の人は、エトガーに気づいたのだろう。二人の視線は、人の波に押消されること無く交わっていた。
「あら、私?」とでも言っているかのように、自身を指差す女の人を見て、エトガーは嬉しそうに並んでいる商品のひとつを手に取った。

「おねーさん、暇なら見ていかない?」
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