第17話:巣食われた
辺りの街並みは、とても整然としていた。人のいない夜中であるということがそれを更に助長しているようだが、それがどうにも腹立たしく感じてしまう。まるで、今から何が起こるのかを分かっていながら静観されているかのようだ。
「――またこんな時間に彷徨いてんのな」
夜の街中を当然のように歩いていたひとりの人物に、オレは声をかけた。知り合いだったからという理由がひとつと、もうひとつは到底見逃すことが出来るわけがなかったからだ。
その人物はオレが声をかけるとすぐに足を止めた。足を翻すサマはとてもねっとりとしており、目が合うと思わず眉間にシワがよった。リオ・マルティアという人物に会うとどうしても機嫌が悪くなってしまうのは、この際仕方のないことだと割り切るほかないだろう。
自ら話しかけておきながら「散歩をしていたら鉢合わせた」だなんて白々しいことは言わないが、かといって特別探していたわけでもなかった。
「……ネイケルから声をかけてくるだなんて珍しいね」
「声かけなくていい状況なら放っておくけど、そりゃ無理な話だろ?」
「どうして?」
オレに言わせようとしているのかどうなのか、回りくどく質問をかわそうとするその男に白々しさには少しばかり呆れてしまう。思いっきりため息をつきたくなってしまうほどだった。
「オマエ、こんな夜中になにしてるわけ?」
しかしそれでも尚、オレはまだ冷静だった。
「なにって言われても困るな……ただの散歩だし」
こんな時間にフードを被っているからか表情こそちゃんと見えてはいないが、その心のこもっていない平淡な口調と、僅かに見える笑みを前にしてもイマイチよく分からなかった。
「ああでも、探し物がひとつあったな。写真無くしちゃったんだよね」
一体何を思ってこの男がここに居るのか全くもって見当がつかないのだが、この際そんなことはどうでもいいのかも知れない。
「ネイケルは、その写真の在り処知ってる?」
わざとらしく口にしてきた写真という単語を、オレは比較的すんなりと受け入れた。
「……これだろ? 探してるの」
今日この男に会ってからずっと上着のポケットに入っていた右手が、ようやく外の空気に触れる。オレの手に持たれているのは、男の言う一枚の写真だ。状況はまるで逆ではあるが、いつかのあの日にコイツがオレに見せてきたものと全く同じものであり、そして恐らくコイツが今探しているものだろう。
「見つけてくれてありがと……って言ったら、返してくれるの?」
「なんでこの男探してんのか次第だな」
実際のところ易々と返すわけがないのだが、仮に返すことになったとして、せめてこの男が何を目的として写真に写っている人物を探しているのかの憶測は立てなければならない。男の回答によっては、過去のとある事象の結論を変える必要が出てくるのだ。
「……その男のことなんて、本気で探すわけないだろ」
どうやらオレの言葉のどれかが癇に触ったようで、目つきが鋭く尖っていく。
「ほんとは何にし来たの? はっきり言いなよ」
回りくどいとでも言いたいのだろう。場合によっては、一種の挑発だと捉えてもよかったかもしれない。そんな安い挑発に乗るわけがないのだが、話が延びたところで良いことは一つもないだろう。しかし、本当はこのまま何事もなく去ってしまいたくて仕方が無かった。
「――オマエ、死んでる自覚あんの?」
写真の左上の端にこびりついて離れない、黒ずんだ付着物は、この男のものである。
「だったら、なに?」
行方が掴めなかったリオ・マルティアという人物が路地裏で死亡していたのは、先日未明のことだ。
現場の状況と、それに付随する男を取り巻く環境から自殺ではないかという見立てがたっている。一応と付け加えておくべきなのか、これはまだ憶測の段階だ。
「死んだ奴のことわざわざ追うのが貴族の仕事なんだ? 凄いな」
独り言のように声を漏らした男の廻りには、既に黒い粒子がまとわり始めている。男からすれば、それはついさっきのことであるという認識かも分からないが、実際はそうではない。オレがその証明者だ。
最初に出会ったとき、その次に包みを渡されたとき、そしての妹と一緒にちょっかいを出しに来たとき。その後も会うことは何度かあった。そして今日、コイツを視界に入れた瞬間もそうだ。
「それだけが理由じゃないくせに」
オレの目には全て、深淵は映っていた。
「――またこんな時間に彷徨いてんのな」
夜の街中を当然のように歩いていたひとりの人物に、オレは声をかけた。知り合いだったからという理由がひとつと、もうひとつは到底見逃すことが出来るわけがなかったからだ。
その人物はオレが声をかけるとすぐに足を止めた。足を翻すサマはとてもねっとりとしており、目が合うと思わず眉間にシワがよった。リオ・マルティアという人物に会うとどうしても機嫌が悪くなってしまうのは、この際仕方のないことだと割り切るほかないだろう。
自ら話しかけておきながら「散歩をしていたら鉢合わせた」だなんて白々しいことは言わないが、かといって特別探していたわけでもなかった。
「……ネイケルから声をかけてくるだなんて珍しいね」
「声かけなくていい状況なら放っておくけど、そりゃ無理な話だろ?」
「どうして?」
オレに言わせようとしているのかどうなのか、回りくどく質問をかわそうとするその男に白々しさには少しばかり呆れてしまう。思いっきりため息をつきたくなってしまうほどだった。
「オマエ、こんな夜中になにしてるわけ?」
しかしそれでも尚、オレはまだ冷静だった。
「なにって言われても困るな……ただの散歩だし」
こんな時間にフードを被っているからか表情こそちゃんと見えてはいないが、その心のこもっていない平淡な口調と、僅かに見える笑みを前にしてもイマイチよく分からなかった。
「ああでも、探し物がひとつあったな。写真無くしちゃったんだよね」
一体何を思ってこの男がここに居るのか全くもって見当がつかないのだが、この際そんなことはどうでもいいのかも知れない。
「ネイケルは、その写真の在り処知ってる?」
わざとらしく口にしてきた写真という単語を、オレは比較的すんなりと受け入れた。
「……これだろ? 探してるの」
今日この男に会ってからずっと上着のポケットに入っていた右手が、ようやく外の空気に触れる。オレの手に持たれているのは、男の言う一枚の写真だ。状況はまるで逆ではあるが、いつかのあの日にコイツがオレに見せてきたものと全く同じものであり、そして恐らくコイツが今探しているものだろう。
「見つけてくれてありがと……って言ったら、返してくれるの?」
「なんでこの男探してんのか次第だな」
実際のところ易々と返すわけがないのだが、仮に返すことになったとして、せめてこの男が何を目的として写真に写っている人物を探しているのかの憶測は立てなければならない。男の回答によっては、過去のとある事象の結論を変える必要が出てくるのだ。
「……その男のことなんて、本気で探すわけないだろ」
どうやらオレの言葉のどれかが癇に触ったようで、目つきが鋭く尖っていく。
「ほんとは何にし来たの? はっきり言いなよ」
回りくどいとでも言いたいのだろう。場合によっては、一種の挑発だと捉えてもよかったかもしれない。そんな安い挑発に乗るわけがないのだが、話が延びたところで良いことは一つもないだろう。しかし、本当はこのまま何事もなく去ってしまいたくて仕方が無かった。
「――オマエ、死んでる自覚あんの?」
写真の左上の端にこびりついて離れない、黒ずんだ付着物は、この男のものである。
「だったら、なに?」
行方が掴めなかったリオ・マルティアという人物が路地裏で死亡していたのは、先日未明のことだ。
現場の状況と、それに付随する男を取り巻く環境から自殺ではないかという見立てがたっている。一応と付け加えておくべきなのか、これはまだ憶測の段階だ。
「死んだ奴のことわざわざ追うのが貴族の仕事なんだ? 凄いな」
独り言のように声を漏らした男の廻りには、既に黒い粒子がまとわり始めている。男からすれば、それはついさっきのことであるという認識かも分からないが、実際はそうではない。オレがその証明者だ。
最初に出会ったとき、その次に包みを渡されたとき、そしての妹と一緒にちょっかいを出しに来たとき。その後も会うことは何度かあった。そして今日、コイツを視界に入れた瞬間もそうだ。
「それだけが理由じゃないくせに」
オレの目には全て、深淵は映っていた。