第13話:仕組まれた不戦勝

「……で、この大量の本については触れないようにしてたんだけど、一体何処から出てきたの?」
「寄付だそうですが、簡単に言うなら押し付けられんだそうですよ」

 手を止めることをしない僕の隣に現れたランベルトさんの口調は、いつものように何処か空に浮いている。今日は、それに合わせて機嫌が良くないらしかった。
 亡くなった老夫婦の家に処理しきれない本が大量にあったとかなんとか、本当かどうかは分からないけど、クレイヴさんはそう言っていたのを覚えている。

「クレイヴさんもかなり難色示してましたけど、何だかんだでお人好しですからね」

 ランベルトさん曰く、大量の本が受付にあるから僕と一緒になんとかしろと、そうクレイヴさんに言われたらしい。どう見ても乗り気では無さそうだったから、大体は言う通りなのだろう。サラさんはそうでも無いようだけど。

「図書館にあるものと無いものは分けましたけど、ここから更に、区分別に分ける必要がありますね」
「はえー……大変だ」

 僕の言葉と雑に詰まれた本を見て、サラさんはそう口にする。本当なら、この時点でそれが全部分かれていれば一番なのだけれど、なんていうか、余りにも量が多い上に本の種類に整合性がなかったお陰で、それは途中で諦めた。

「別に、おふたりが手伝う必要はないと思いますけど」
「そんなことないですよ!兄さまも、いつまでもそんな顔してたら駄目です!」
「分かった分かった。ちゃんとやるから怒らないでよ」

 口ではそうは言うものの、ランベルトさんから出てくるのはため息ばかりだ。
 手伝ってもらうといっても、空いている棚なんてそう都合よくあるわけがないから、今のところ殆どが倉庫行きになってしまうだろう。単に小説だけだったらここまで苦労することはなかったし、ここに寄贈という名の押し付けがあってもまだマシだったはずだ。問題があったのは、本の種類だといって差し支えない。

「量子力学、数理統計、法学の基礎……。せかいのおもちゃ事典……?」

 サラさんが、積まれている本の名前をあげていく。イマイチ整合性の取れない本のタイトルに、首を傾げていた。

「元々は研究者だったようですが、ただの専門書マニアですね。それと、奥さんの趣味が絵本を集めることだったそうですよ」
「それで、図書館に無理矢理寄付って?」

 単に処理に困っただけだろうから、向こうの職務怠慢だね。僕が思っていることをそのまま口にしながら、ランベルトさんが適当に本を手に取る。

「……今日で終わるとは思ってないよね?」
「当たり前じゃないですか」
「なら、いいんだけど」
「それに、今は二階には行けませんから」
「ああ……」
「取りあえず、絵本からなんとかしていきます。絵本なら、別に二冊あって困ることはないですし。適当に持っていって適当に入れていきましょう」
「……ルエード君って、結構雑だね?」
「この量を前に丁寧にやってたら、永遠に終わりませんが」
「うん、そうだね。僕が悪かったよ」

 断じて怒っている訳ではないけど、絵本だけで百を超えてしまいそうな量に思わず目を瞑りたくなるのは確かだ。どうしてこう、収集癖のある人はこうも見境無しにモノを集めたがるのだろうか? 僕には到底理解が出来ない。
 それらの中から持てるだけの本を持ち、僕ら三人は児童書のある棚へと向かう。児童と言うには少し語弊があるような気がするけど、同じ場所にあるのだから仕方がない。三人なら、まあもう一度往復するくらいでいいだろう。絵本に関しては、だけど。
 受付近くのテーブルを抜けて比較的近い場所にある、子供向けに形成された場所。ここだけは、平均的な子供の背丈に合わせて作られているぶん棚も大きくないし、テーブルも心なしか低くなっている。
 本が床に置かれる重い音が、何重にもなって響き渡った。一応、作者ごとのあいうえお順には並べられてはいるものの、この場所においては、きちんとこちらの想定通りに並べられているというのは期待できないだろう。特に絵本なんて、恐らくは無法地帯だ。順に並べ直す時間が全くないというのが惜しいけど、並べ直したところで明日の夜には元に戻っているだろうから、この際それは気にしないでおくことにする。

「あ、兄さまこれ」

 ふと、サラさんがひとつの絵本を手に声をあげた。

「よく読んでましたよね。私覚えてますよ」

 見てくださいと言ったように、表紙をこちらに向けてくる。見る限りはごく一般的な絵本のようだけれど、記憶にない辺り僕は読んだことは無いらしい。最も、子供の頃の記憶なんて殆んどないというのが正しいのだけれど。

「ああ……。読みすぎてボロボロになって捨てたやつか」
「やっぱり、捨てちゃうのは勿体なかったですよー」

 少ししゅんとした顔をするサラさんを前に、僕はこう言った。

「別に、貰っても良いんじゃないですか? クレイヴさんも何も言わないと思いますけど」
「だ、駄目ですよ。それならちゃんと買って読みます」
「……ちょっと待って、買うの?」
「駄目ですか?」
「いや駄目じゃないけど……。今それ買ってもなあ」
「兄さまは本買っても読まないじゃないですかっ。私は読みますもん」

 誰も買うとは言っていないような気がするけど、買う前提で話が進んでいるせいで少しややこしいことになってしまっている気がする。まあ、だからといって口を出すだなんて野暮なことはしない。
 一体何をしに来ているのか、ランベルトさんはここに来ても本を読んでいるフリをしているだけ、ということが多く、大抵の場合は本の内容を聞いても答えてはくれない。……というよりも、この人に質問を提示したところでまともに答えが返ってくることは余りないのだけれど。
 すっかり手が止まっているふたりをよそに、僕は目の前にある小さな棚の隙間を埋めていく。ひょっとしてひとりの方がマシだったのではないかという些かの後悔と、僕の周りの人たちの話は何度聞いても飽きないなという思いを他所に、僅かに蔓延る虚無に犯されていたというのはここだけの話だ。
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