第11話:仕返しのウラ

 家から、ひとりの客人が姿を消していったのはほんの数分前のこと。容易に訪れる安堵にも似た空気に、今までどれほどの緊張感が漂っていたのかが伺える。残された我々は、自然とすっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ。カップがソーサーへと戻された時の微かな音は、私の口を開かせるのには十分だった。

「……いやあ、こういう話に非協力的な彼から話しがあると連絡が来た時は何事かと思ったが、まあ許容範囲内で安心したよ」

 わざわざ家に来るというから、どんな緊急な話かと思っていたのだけれど、正直思っていた程のことではなかった。それはもう、果たして彼は、一体何が目的だったのだろうかとすら思ってしまう程に。

「何というか、ああいうことはちゃんと伝えてくれるんですね。家に足を運んでくれるような人だとは僕も思ってなかったんですけど……」

 アルベル君の口から、正直な感想が漏れてくる。そう、そうなのだ。今まで全ての事柄に非協力的だった人物がわざわざ会いに来るということは、それ相応な理由が必要になる筈なのだけれど、今までの話を聞く限り、どうも決定打に欠ける。

「ネイケル君に言われて仕方なく、と言っていたけど、果たしてどうだろうね」
「……と、言いますと?」
「いや、あれだけのことをわざわざ言いに来るとも思えなくてね。かといって、他に思い当たる節もないけれど」

 それとも単純に、出会ったリオという人物が、ここにいるリアという人物の兄であるということを確かめにきたというだけで、我々が思っているよりも義理人情に厚い人間だったのだろうか。

『協力してほしいのなら、最初からそう言えばいいだけの話だとは思いませんか?』

 まあ、それに値する発言は確かに幾つかあったけれど。だとするなら、少々不器用が過ぎるのではないだろうか。それはそれで、彼らしいといえばそうかも知れない。

「それよりもすまなかったね、二人まで巻き込んでしまって。特にリア君には申し訳ないことをしたよ」
「ああいや……。元々そのつもりでこの街に来たんですし、あの……ちゃんと分かってますから」

 リア君はそう言うものの、やっぱり彼女に家に居てもらったこと自体、完全に悪手だったとかなり反省している。
 彼が私に話があると言ってきたことと、アルベル君も呼んでほしいということを電話越しで聞いた時から妙な予感はしていたけれど、彼の口から通り魔の話を聞くとは思っていなかったのだ。これは完全に私の見通しが甘かったし、本来なら責められてもおかしくない。というより、責めてほしいというのが本当のところだけれど、ロエル君をも気遣う彼女の優しさからか、そうはならなかった。

「あの、ふたりが出会ったというその人……本当に通り魔だったんですかね? あ、別にロエルさんが嘘をついてるとは思ってないですけど」
「さてねぇ……。一番関係のある人物が直接こちらに出向いてくれない以上は、正直信憑性の欠片もないとは思うが……」

 アルベル君の言う通り、わざわざ家に来てまでつくような嘘でもないし、そんなことをしたところでロエル君にはメリットなんて何処にもないというのは、容易に判断が出来る。私がいない夜中に、ふたりがリオという魔法を使える人物に出会った。という部分は正しいと思っていいだろう。ただ、それが本当に通り魔なのかどうかという部分に関しては、実際に見ていない我々からしたら、判断の出来る状態はない。

「……どうして、全部路地裏なんだろうね?」

 ふと、私が前から気になっていたことが口から漏れた。

「通り魔の事件も、シント君の件だってそうだ。因果関係があるとも思えないけれど、どちらも事象は路地裏で起きているね」
「まあ、確かに……」
「……心当たりは無いかい?」
「心当たりですか?」

 問われたアルベル君は、少し考えた後に答えを提示した。

「ない、と思いますけど……。ここ最近を除けば、事件も特になかったですよね?」

 ここ最近、というのは恐らくは通り魔の件だろうけど、確かにそれ以外に該当する事件は公にはされていない。この中で警察と一番繋がりのあるノーウェン家なら、私が知りえないようなことも知っているのではないかと思い訪ねてはみたものの、やはりその可能性は低いようで、苦い顔をされてしまった。

「私の考えすぎならそれでいいんだ。忘れてくれ」

 しかし、最近起きていることが余りにも路地裏に偏り過ぎているというのも事実。

「これからどう動くのが最適なのか、判断に少々困ってしまうね……」

 紅茶の下に溜まっている砂糖に、私は思わず眉をひそめた。
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