第11話:仕返しのウラ

「……その人物が、どうかしたのかな?」

 僕の質問に一番に反応したのは、言わずもがなアルセーヌさんだった。

「先日の夜、路地裏で横行している通り魔らしい魔法を使える人物に会いましてね。どうやらネイケル君はその人物と知り合いのようで、彼がそのリオという名前をわざとらしく口にしたんですよ」
「へえ……」
「皆さんの見解をお聞きしたいんですが、どうですか?」
「……どう、というのは、そのリオという人物が通り魔であるかどうか、ということで合っているかい?」
「まあ、そういうことですね」

 さてどうするか。そういった様子で僅かに視線を逸らし、僅かな沈黙を迎えた後、アルセーヌさんは再び口を開く。

「ネイケル君は確か、隣街に住んでいる貴族という話だったね」

 そうして彼の口から出てきたのは、僕が要求しているものとは少し違うものだった。

「一ヶ月ほど前、彼の街で魔法の暴発事件があったのを覚えているかい?」
「ああ……。そういえば、そんな話もありましたね」

 何を言うのかと思えば、一ヶ月も前の事件の、しかも隣街の話。僕の記憶には薄いが、貴族が起こした事件だという噂があったことくらいは覚えている。ただ、それが今回のことと何の関係があるのかがまだ見えてこない。いや、答えを求めるのはまだ早計なのだろう。

「聞いたところによると、とあるひとりの貴族が魔法の暴発を起こし、それに巻き込まれたひとりの市民がいたという話らしいが……。その魔法を暴発させた貴族というのが、ネイケル君だと言われているようだよ」

 その言葉を聞いて、カップに触れようとした僕の手が空で止まった。

「この事件に巻き込まれた市民というのが、キミが出会ったリオという人物だという話だ。彼、事件以降消息を絶っているらしいね」

 アルセーヌさんの言葉に、僅かに目を伏せてしまう。ああ、なるほど。つまりは彼……ネイケル君は、その消息を経ったリオという人物を探しにこの街に来たという訳か。どうやら知り合いのようだったし、そうであるなら、わざわざこんなところにまで足を運ぶ理由も分かる。全く迷惑な話だけれど。

「……それ、信憑性のある話と思っていいんですか?」
「一度ネイケル君に聞いたことがあったんだけれど、詳しいことは教えてくれなくてね。事件があったというのは本当だろうけど、事件を起こしたのが本当に彼なのかというところに関しては、疑問を持たざるを得ないと私は思っているよ。それに――」

 話ながら、アルセーヌさんが手を伸ばした先にあるのは角砂糖。それをひとつだけ摘まんだまま、更に言葉を口にする。

「巻き込まれたリオという市民の妹だと名乗るそこの彼女が、それは事実じゃないと言っているから、疑う余地は十分にあるだろうね」

 言葉が終わると同時に、四角いそれが紅茶に落ちる音が耳を掠めた。

「ネイケル君から彼女が妹であると聞いたから、わざわざここに居座らせたんだろう?キミも意地が悪いね」

 この人に意地が悪いと言われるのはかなり腑に落ちないけど、今日のその件に関しては確かに僕が悪い。別に、ただ話すだけなら彼女に居てもらう必要なんて無かった訳だ。その行動に出た理由は、無いこともない。

「……別に、彼からちゃんと聞いたわけじゃないです。彼の言うリアという女性が本当に彼女かどうか、単に確証が欲しかっただけなので」

 我ながら言い訳がましいとは思うけど、事実なのだからしょうがない。彼に聞くのが一番良かったのだろうし、そうじゃないにしても、もう少しマシなやり方は幾らでもあった気はするけれど、そうはならなかった。

「リアさん、で合ってますよね? 不快だったら怒っていいんですよ?」
「あ、いえ! その、ちゃんと説明しないネイケルさんが悪いですし……。分かっててここには居るので、それは全然大丈夫です」

 彼女は、僕を罵り立てるでもなくこの場にいない人物に非があると言った。それは確かにそうなのだけれど、気を使ってなのかそれ以上のことを言うことはしない。怒られる方が幾らかマシな気もするけれど、本人がこう言っているのだから、そういうことにしておこう。

「あ、あの……私ネイケルさんのことはそれなりに知ってますけど、魔法使ったところなんて見たことないですし、それにネイケルさんが事件を起こすとか、そういうことをする人だとはどうしても思えなくて。それと……」

 言葉を纏めるのに必死なのか、視線を落としながらも彼女は口を動かすことを止めない。

「兄が魔法を使えるっていう噂が、前からあって……。だから、本当は逆なんじゃないかって思ってるんですけど……」
「……逆、というのは、魔法の暴発をさせたのは本当は貴女のお兄さんである。ということですか?」
「は、はい……。あ、でも全部私の憶測なのでっ」

 などと付け加え、力無く笑うその姿に嘘はどこにも見当たらない。それは誰が見ても明白だった。
 ただ、彼女の言うことが例えば真実だとするなら、それは正直厄介で、どちらかと言えば余り関わりたくない。やっぱり来るんじゃ無かったと、そう思ってしまう程に、だ。

「まあ、ネイケル君とリオ君らしき人物が接触したということは、その真相が分かるのもそう遠くはないだろうさ」

 間に入ったアルセーヌさんが、彼女の心中を諭すようにしながらも話を軌道修正をはじめていく。

「その出会った人物が、通り魔だという確証はあるのかい?」
「いえ……。どうやらネイケル君は決めつけている節がありましたけど、その辺りは分かりませんね」

 確かに、魔法を使える一般人には会った。でも、だからといってその人物が通り魔であるという部分に関しては、決定的なものが欠けている。今のところ、ネイケル君がこの街にいる理由のひとつが、リオという人物を探していたのだろうということくらいしか、あの場に居合わせた僕ですら分からない。……それも全て憶測に過ぎないとうのも、なんとももどかしかった。

「……この街で通り魔事件が起き始めたのが、その隣街の件があってから一週間も経たない頃だったかね。一応我々の見解としては、隣街で起きた事件に巻き込まれた人物が、この街で通り魔事件を起こしている可能性もあり得るだろう、なんていうただの憶測止まりだったのさ。ご存知の通り、魔法が使われているから明確な証拠がなくてね。周知は避けていたんだけど、気に障ったかい?」
「いや……。そこに関しては別にどうでもいいです」

 きっぱりと、僕はそれを否定する。正直な話、警察側に近いこの人たちが僕らに言っていないことなんて、数えきれないほどあるだろうし、周知していなかったとかどうとかいうのはそもそも眼中にはない。僕が引っかかっているのは、そんなことではないのだ。

「……ただちょっと、良いように利用されたなって思っているだけなので」

 利用、というのは少し違うかも知れない。でも実質、彼はこの街の貴族に付きまとって通り魔が犯行を行っている夜中に出歩いていた。それはつまり、貴族の周りを彷徨いていれば必ず情報が手に入るだろうと踏んでの行動だったのだろう。
 リアさんという知り合いが側にいるアルセーヌさん辺りに付きまとっていなかった理由までは分からないけど、大方、僕みたいにどこにも属さないような人間の方が詮索もされにくいし、都合がよかったのだと考えるのが妥当じゃないだろうか。

「それは、ネイケル君がキミをってことかな?」
「さあ、どうでしょうね」

 これ以上僕が彼をどう思っているのかについて詮索されるのも面倒だし、適当な返事でもして終わらせようと思ったその時。

「あ、あの……」

 再度、リアさんが口を開いた。

「ネイケルさん、今はこう……ああやって掴み所がないような言動が多いですけど、本当はああいう人じゃないというか……。前はもっと真面目……真面目? でもないですけど……。と、とにかくっ!」

 言いづらそうに上手く僕を視界に入れないようにしながらも、彼女の言葉は止まらない。

「あまり、責めないで欲しいなあって……」

 彼女の口から出てきた言葉は、僕にとっては少々意外な案件だった。つまりはあれか、僕が彼のことを嫌いなのではないかと危惧しているのか?自身の兄が犯人かも知れないなどと貴族らが口にしている中、自分のことではなく他人のことを心配していると、そういうことなのだろうか?

「……彼のことが嫌いとは、僕は一言も言っていない筈ですけど」

 その言葉を聞いて、彼がこの家に居ない理由が少しだけ分かった気がした。
 確かに僕は、彼のことが気にくわない。気にくわないというか、思い返せば色々と腹が立つ。でも、嫌いなどという単純な言葉で表せるようなものでもないから、出来るだけその言葉は避けていた。恐らく、言葉の端々からそれが滲み出てしまっていたからそうやって言われてしまったのだろう。だけど、それは恐らく違うんじゃないだろうか。自分が彼に対して思っていることのくせして、まるで他人事のようではあるけれど。

「協力してほしいのなら、最初からそう言えばいいだけの話だとは思いませんか?」

 彼女のその様子から、随分とネイケル君が信用されているということが伺える。それさえにも、無性に腹立たしく感じたのがどうしてなのか、僕には分からないまま。

「僕が彼に言われたのは、先日あったことを伝えてほしいということだけなので、今日はこれで失礼します」

 先日あったこと。それをまともに伝えたかどうかはさておいて、まるで逃げ出すかのように僕は席を立つ。

「ああキミ。帰るのは構わないけど、今日は来るのかい?」
「……気が向いたら、行くかも知れませんね」

 そんな適当な言葉を口にして、僕は早々に彼らを視界から外す。それ以上のことを聞かれたらたまったもんじゃない。会っている人が人なら、恐らくそう口にしてしまっていただろう。廊下を歩く無機質な音が、どういう訳か妙に耳について離れなかった。
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