13話:不可思議に映ったもの

 今から約一年ほど前の冬。おれがまだ二年生だった頃、隣街で不審な事故が多発していたらしい。
 家とは反対側だし、普段は行くことのない場所だったから別に気にも留めていなかったけど、犯人の足取りがまるで掴めないといったような立て続けに起こるような不審な事件は、恐らく人間の仕業ではないんだろうなとは何となく思っていた。だからどう、というわけではないけれど、ひとつだけ気がかりだったことならある。
 その事件がある日突然ピタリと止んだということだ。
 例えばそれが、犯人が捕まったからという至極当たり前で単純な理由だったのなら、その方が断然良かったのだろう。だけど、そうではなかったのだ。恐らく人間の仕業ではない、というのが確信に変わったのは、とある人物に出会ったからと言って差し支えはない。

 あれは確か、酷く曇っていたいつかの午後。いつもの帰路をひとりで歩いていた時、ほんの少しの異変がおれの五感を刺激した。とある場所から、何かが砂のような粒子が流れてくるのが見える。初めてとは言い難いそれを目にした瞬間、思考が停止するのがよく分かる程に、気付けば足を止めてしまっていた。
 出入り口付近へと歩を進め、何かがいるのであろう場所を、一体何に気を遣っているのか、誰にも悟られないように細心の注意をはらって覗き込む。

(同じ制服……)

 そこにいたのは、同じ上着で同じズボンの男子生徒だった。唯一の違いは、おれはマフラーをしていなかったということと、比べて向こうはコートを着ていなかったということ。

「×××××」

 その場には、彼のほかに確かにもうひとりいた。……いや、ヒトと位置付けるのには余りに不自然な何かが、そこにはいた。
 制服の男と何かが話している、ということは何となく理解できたが、距離が遠く当然内容までは聞こえてこない。

「×××××」

 異端的なその何かからは、明らかにこの世のものとは思えない程に、粒子状の何かが内から漏れ出し、辺りに散らばっているというのが伺える。辛うじてその隙間から体が見える程度のその状況は、さながら異空間のようで、恐らくは息をするのさえ忘れてしまっていたことだろう。

「×××××」

 一瞬だけ見えた、黒い粒子の狭間から見えたその顔。

「……×××××」

 途端、存在を認識させまいとするかのように揺らめき始めるそれの口元が、僅かながらに動いているのだけが辛うじて見えた。それは明らかにおれを認識していて、かつおれに向かって何かを発しているような、そんな気がした。
 その様子を、同じ制服を着た彼はただ単に視界に入れているだけで特別動こうとしないのが何とも不自然だったが、何かの気配を察知したかのように制服姿の男が突然と振り向いた。
 ――ことが起きたのは、一瞬の出来事だった。
 何かを言い終わったのか、それとも制服の彼の視線をそらしたからなのか、黒いそれは瞬く間に砂とも区別がつかない程の塵になり、風に乗って姿を消した。
 枯れ葉と共に流れる強い風によって髪の毛が靡くせいで、必然的に一瞬目を離さなければならなくなってしまったほんの数秒後。気付けば、さっきまで目に見えていたはずの黒い何かは姿を消していた。僅かに取り残された黒く堕ちたそれが、さっきまでこの場所に何かががいたということの唯一の証拠だった。
 わざとらしく残されたそれを、目の前の彼はあたかも気づいていないかのように踏みつけながら歩を進めてくる。

「……視える人って、オレ以外にもちゃんといるんですね」
「え……?」
「こういうの、オレだけだったらどうしようかなってちょっと思ってたんですけど。結構安心したかも」

 彼は、至極当前とでも言いたげにおれに話しかけ、その上冷静だった。

「さっきの、ここ最近ずっとこの辺りで悪さしてた人なんですけど」

 言いながらおれの前に立ちはだかった彼は、どういう訳か妙に淡々と笑顔を浮かべている。

「知り合いなんですよね、オレの」

 この状況の中第三者でしかないおれは、その彼の話をただただ聞いていることしか出来なかった。
 目の前の人物は、おれに出会って安心したと言った。でも、どうしてか今のおれは気が気じゃなかった。まるで見てはいけないモノを見てしまったかのような感覚。あの時の拓真は、もしかしてこんな気持ちだったのだろうか? そうだとしたら、一般的に視えないとされているモノに余り関わってほしくないという気持ちも、分からなくはない。

「でもなんか、オレには会いたくないみたいで。会うたびに逃げられちゃうっていうか」

 笑顔と言っても、彼が浮かべていたそれはいわゆる苦笑いだった。
 これが、おれが『橋下 香』という人物に出会った一番最初の出来事。彼が、おれと同じいわゆる幽霊などという類いが視える人間であるというのはすぐに理解が出来た。そして、彼と出会ったその場所というのが――。

「にしても、この時間って公園に人居ないもんなんですか? この天気で誰もいないって、なんか雰囲気悪いですよね」
「……天気予報、雪の予報出てたからだと思うけど」
「そうでしたっけ?」

 まるで何事もなかったかのように日常会話が繰り広げられているこの場所。

『知らない人に話しかけちゃダメって、よく言われるでしょ? 特にああいうの。仮に視えちゃたとしてもさ』

 ここは、おれの行動範囲内にある、はじめて幽霊という存在を目にした公園だった。
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