38話:ニセモノの遊戯

「行ってくるね!」

 祥吾がそう言うと、「余り変なところに行っちゃ駄目よ!」といったよく聞く類いの言葉が飛び交った。オレと祥吾が遊びに出かけたのは、結局次の日のお昼が過ぎた頃だった。
 家を出てから暫く、祥吾が連れて行った先の多くは、子供が行く場所なのだから当然だがごくごく平凡な場所だった。
 家の近くにある小さな公園と、少し歩いた先にある大きな公園をはしごし、道中人通りが余り多くない裏通りのような道を通ってみたり、何を買うでもなく途中にあるスーパーに入って涼んだりと、遊んでいるというよりは散歩に近かったかも知れないが、それも含めて全てがちゃんとした遊びだったのだ。
 昼下がりのこの時期一番暑くなる時間は、そんなことをしているうちに過ぎ去ろうとしていた。オレにとってはすっかりと見たことの無い場所になってしまっていたが、祥吾はさっき通った道では無い道を選び、少し前を先導していた。この時間だと、こっちのほうが涼しいんだよ。そんなようなことを祥吾は言っていた。

「この辺り、神社があるから木が多いんだよねー」

 祥吾の言うとおり、歩道の右側はかなり木が生い茂っている。公園と呼ぶには静かな雰囲気があるし、それらしいモノはまだ見えないが、何かを守るように作られている石壁がそれを物語っていた。木漏れ日が落ちている場所を心なしか避けながら歩いていると、広々とした大きな階段があるのが見えた。

「せっかくだし、中通っていこうよ。繋がってるし」どうやら、その階段を進んだ先に神社があるらしい。

 相槌をうって、そのまま祥吾の後ろを歩いていった。見えていた階段は思っていたよりも段数が少なく、あっけなく真っ直ぐな道に戻ってしまう。しかし、さっきまで歩いていたコンクリートの道とは違い、大きめの石畳がずっと続いていた。なんだか今までとは違う場所に来てしまったような感覚が、どういうわけかオレの心を躍らせた。

「木、おおきいね……」どこを見回しても、大きな木の幹が辺りを囲んでいた。子供からしてみれば、というのが正しかったのかもしれないが。

「向こうにね、もっとでっかい木があるんだよ。神社の守り神なんだって」

 そう言うと、祥吾は「こっち!」と先を走って行ってしまう。オレは辺りをせわしなく眺めながら、祥吾のあとを追いかけていった。
 祥吾の向かった先は石畳ではなく、小ぶりの石が沢山敷き詰められおり少々走りにくく、走るたびに足の裏に当たる石の感覚が少しだけ気になったが、それよりも祥吾とはぐれたくない一心でその感覚はすぐに忘れることができた。

「わあっ……」

 その声は、祥吾が大きなそれにたどり着くよりも前にオレの口から漏れ出ていたものだった。しめ縄に、糸という漢字をもじったような白い紙がいくつもくっついている大きな木が静かに聳え立っている。意味こそは正直よく分からないが、それが凄く神聖なものであるということだけはよく分かった。
 上を見上げると、大きな傘のように空を覆う木の葉と枝の数々が見える。木漏れ日は、これまでのどこよりも細かくオレの身体に落ちていった。

「桜の木で、千年も生きてるんだって」
「長生きだね……。オレ、そこまで生きれるかなぁ」
「人間が千年生きたらそれはもう不老不死じゃない?」

 木で作られた立て看板には墨で文字が書かれているようだったが、ミミズみたいな文字で書かれていたお陰で、祥吾の言うとおり桜の木であることと、樹齢が千年ほどであるということしかよく分からなかった。オレがその大きな木を眺めている間、果たして祥吾が何を思っていたのかは分からない。

「……別に、長生きしなくてもいい気がするけどなぁ」

 しかし、何かを思っていなければこんな言葉は出ることは恐らくは無いだろう。

「死ぬまで楽しく生きていればさ。俺はそれでいいや」どこか投げやりな祥吾の言葉に、この時のオレはただきょとんとするばかりだった。
 この時、もしオレが何かを言えていればよかったのだろうかと、そう思わずにはいられない。もっと知識があって、祥吾のことも分かっていたならせめて何か言葉を返せていたかも知れない。……いや、恐らくは、高校二年生になった橋下 香にも気の利いた言葉なんて返せないだろう。十年経ったくらいでは、到底無理だ。
 祥吾が変な笑みを浮かべた後、まるで示し合わせたかのようにざあっと大きな風が吹く。その時、木の後ろから何かが見えた。それはまるで木漏れ日のような、しかし木の葉の隙間から落ちてくる光ではなく、消えかけた光の粒のようなものが目に映ったのである。

「なにかいる……?」
「え?」

 呟いたオレの視線の先へと祥吾が顔を向ける。オレは、更に木の奥が見えるように少し顔を覗き込ませる。すると、そこに居たのだ。

(あの時の人だ……)

 そこには、この街に来たとき駅で紛れもなくオレに手を振った制服姿の男子高校生が、空を見上げて立ち尽くしていたのである。
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