第10話:修復不可

 時計の針がようやく十二時半を過ぎたころだろうか。僕と姉さんは、彼ネイケルという人物と別れ店の外を歩いていた。思いの外長居してしまったような気がするけど、その要因のひとつとして上げられるのは、どうやら彼は甘いものが好きらしく、それに加えてよく食べるようで、パンケーキを食べた後に大きめのパフェを頼んでいて、よくもまあそんなに甘いものばかり口に出来るなと不覚にも感心してしまった。
 最後のほうなんかは、僕と姉さんがただただ彼の食べる姿を見ながら姉さんが口を開いたり、それに僕が何かを言ったりしていただけだったような気がする。……いや、もしかしたら逆かも知れない。彼は話を振られるその時まで、特に何かを話すでもなくただ僕らの話を聞いていただけだったのだ。

「ネイケルくんって、面白い子だったわね」

 店を出て少しした後、一番最初に口を開いたのは姉さんだった。その次に続いた言葉が「それによく食べるし……」というところを見るに、おおかた考えていることは僕と変わらないのだろう。

「ロエルも、隠してないでもっと早く教えてくれれば良かったのに」
「まあ、うん……。あったのは最近なんだけどね」
「そうなの? あの感じだと、やっぱり別の街の貴族さんなのかしら?」
「そうみたいだね。用があってこの街に来てるらしいけど」
「ふうん……」

 姉さんの表情は、至極穏やかで優しい。それが、何となくいつもと違う気がして、気付けば僕は、姉さんのことをずっと視界に入れていた。

「……なあに?」
「いや? いつもより姉さんが楽しそうだなって思って」
「当たり前じゃない! 久しぶりに外でご飯食べて、それにロエルの知り合いにも会えて。それに……」

 一瞬、姉さんの言葉が詰まる。

「ねえ、今度ネイケルくんを家に呼びましょうよ。甘いものが好きって言ってたでしょう? レイナの作ったクッキーとか喜ぶんじゃないかしら」
「え、わざわざ呼ぶの?」
「だって、折角仲良くなったんですもの。それに、用事があってこの街に来てるのならそのうち帰っちゃうってことでしょう? 別に一度くらい家に呼んだっていいと思わない?」

 なんだかよく分からないけど、面倒そうなことがはじまってしまった。こういうことを言い出す時って、大体僕が言いくるめられてしまうのだけれど、今回ばかりは適当に聞き流して終わりにしたい。なんて思ったのがいけなかった。

「……適当に聞き流して終わりにしようとしてるでしょ?」
「な、なんでそうやって人の心を読んじゃうかな……」
「もう。そういうことするんなら、わたしがロエルに内緒で勝手に招待しても文句は言わないでよね?」
「わ、分かったよ……。分かったからそれだけは止めて」

 じゃあ決まりね。なんて笑顔で言ってる姉さんの楽しそうな顔。どうやら、姉さんは大層彼のことを気に入ったらようだけれど、その要因があの人物であるというのだけが少々腑に落ちない。嫌い、というのとは少し違うのだけれど、それが何なのかを言葉にするのは容易じゃなかった。

「……どうしたの?」
「あ、ううん」

 でもまあ、姉さんがこうして楽しそうにしているのならそれはまた別の話だから。
 もし……というか、恐らく近いうちにまた会うだろうけど、次にどこかで彼と出会ったのなら、しょうがないから誘うという行為をしてもいいのかも知れない。姉さんの要望に応えられるなら、その方が断然良いだろうから。
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