10話:想い思うは他人事

 日付が変わった今日。学校が終わって暫くした後、おれはとある場所へと足を運んだ。
 幽霊というのは、比較的こちら側の話を聞いてくれない場合が多い。例えばそこらを漂っているだけの存在であれば特に問題はないし、それだけならおれだって干渉することは基本的にしない。ただ、こういう存在は何か未練があるためにそこに留まっている場合が圧倒的多数を占める。そして厄介なことに、それらが現世に留まれば留まる程彼らの力は邪悪なものになっていくし、『幽霊とは違う別の存在』に目をつけられる可能性が高くなる。本来なら未練もなくそのまま行くべきところに行くというのが理想だけど、寿命ならともかく、例えばある日突然命が絶たれてしまったなどという場合はそうもいかないだろう。そうなる前に何とかするのが一応おれらみたいな視える人間が出来る唯一のことだけど、別にそれをしないからといって誰かに咎められるなんてことはない。やりたくなければやらなければいいだけの話だ。
 しかし、やっぱり見て見ぬふりというのは例えもうこの世にいない存在だったとしても、夢見が悪いというものだ。それが知り合いに深く関係しているのなら、尚更である。

「……居るんでしょ?」

 一体誰に向けて言っているのか、誰もいないガードレールの電柱付近にむけて声を発する。すると、途端に大きな風が付近から巻き起こった。風と同時に、小さな光の粒がはらりと舞う。それを見た時、おれは静かに息を漏らした。

「雅間さんだよね?」

 目の前に現れたのは、隣町の制服を着たひとりの女性だ。電柱の影に隠れ、こちらを伺っているのが見て取れる。本来話しかけることなんて出来ない人物に声をかけているというのはどうにも不思議な気分になる。これが最初という訳ではないものの、こればっかりはどうにも慣れないというものだ。

「はじめまして、おれは宇栄原って言うんだけど……。まあ簡単に言うと、神崎 拓真の知り合いかな」
「……か、神崎さんの?」

 おれの口からその名前が出てくるとは思ってなかったのか、想い人の名前を口にした途端大きく目を見開いた。

「会って確認しておこうかなって思って」

 そう口にすると全てを理解したのか、より一層視線が挙動不審に陥った。さて、ここからどうすれば波風立てることなく話を聞くことが出来るのか。出来れば考える時間が欲しいものだが、そうもいかない。

「一応言っておくけど、あの人まだ死んでないから」
「で、でもぉ……!」

 何がどう相手に刺さってしまうのか、会って間もないのだから分からなくて当然だ。

「私、なにも出来なくて……」

 途端に、大粒の涙が零れていく。夕の光と合わさって何処かへと消えていく様は、到底現実では見ることの出来ない光景だろう。
 しかし、このお陰で確信はした。

「……ここに来るまで、正直ちょっと雅間さんのこと疑ってた」

 雅間さんは、おれの言葉をただただ黙って聞いている。一体どんな気持ちで今までここに居たのか、計り知れる術は存在しない。
 幽霊というのは、自分が思っているよりも自我を保てていない場合が多い。今回の場合が典型的なそれだろう。と言いたいところだが、それともまた少し違うらしい。

「でも今日はじめてここに来て、拓真に内緒で一回くらい来ればよかったなって後悔したよ」

 手にしていた紙袋の中から、小さな花束を取り出した。時期が時期だったお陰で用意することは叶わなかったが、白い花であることには変わりない。
 おれのような存在がこうして話しかけてくるということはどういうことか、どうやら彼女は何となく分かっているらしかった。幽霊ともなると直観が働くのか、それとも最初からその類のモノが分かる人物だったのか。それはこの際どちらでも構わないだろう。

「今日は、私のこと消しにきたんですか……?」
「違うよ。まだおれは、拓真の口から何も聞いてない。雅間さんだってそうでしょ?」

 涙を拭い、堪えながら必死におれの話に耳を傾けている。その純情な様子、恐らく拓真も惹かれる部分はあったんじゃないだろうか? 最も、拓真が本当にどう思っていたのかについてはちゃんと聞いてはいない。一度だけ、それに近い言葉を拓真が口にしたことがあったが、あれはどちらかと言うと囃し立てたおれらが悪い。あえて聞いていないということにしておこうと思う。

「それに、拓真とは約束しちゃったから。バレるようなことはしないよ」

 そうは言うものの、少し苦笑いに近くなってしまっただろうか? 確かに、おれがその行動をしてしまったほうが断然解決は早いのかも知れない。しかし、世の中には忖度というものがある。そう簡単にやってしまっては、ここまでの事態に陥った理由も無くなってしまうというものだ。
 本当は、おれからじゃない方がいいんだろうけど。一応そう付け加えることにして、雅間さんに花束を差し出した。

「またすぐに戻ってくるとは思うけど、万が一ってことがあるからちゃんと持っててね。理由は……言わなくても分かるよね?」

 これはあくまでも、拓真の意識が戻るという前提の話だ。更に言うのであれば、おれの身にこの先何も起きないという条件つきのもと。僅かに躊躇しながらも、おれの意思が乗ったその花束に彼女が触れる。しっかりと手に渡ったことを確認して、おれはようやく落ち着いた笑みを零した。

「また来るね」

 花束から落ちる光がおれの力によるものなのか、それとも空からの光を浴びたダイヤモンドリリー自身のものなのかは分からない。紙袋の中にまだ残っているとある花を視界に入れないよう必死に目を配らせながら、おれは足を翻した。
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