第7話:消えない光

 荷物を置いて戻って来たオレは、早速アルセーヌの後ろをついて歩いていた。
 ローザおばさんには、簡潔に「出掛けてくる」ということと、遅くなるつもりはないけど、万が一のことがあるかも知れないから、「もしかしたら遅くなるかも知れない」ということだけ告げた。普段こんなことは余り言わないから、おばさんは少し困惑しているみたいだったけど、いつものように「気を付けてね」とだけ言って見送ってくれた。それが、どこか焦っていた気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。

「……今日は、アルベルいないんだね」
「いつも一緒なわけないだろう?彼とは、たまたま共に行動しなければならなくなっただけだからね」
「ふーん……」

 それは確かにそうなのだけれど、オレからしたら、ふたりでいるところしか見ていなかったから、何処となく新鮮な気分になる。貴族が共に行動しないといけない程のことって、一体なんだろう。今聞いても、はぐらかされそうだから聞かないけど。

「ああ、ここだね。彼の家と繋がっているのは」

 アルセーヌの目線の先にあるもの。それは、オレがあの変な空間に迷いこんだ時、何かに導かれるようにして入った路地裏だった。当たり前のように足を運んでいくアルセーヌの後を追って、薄暗い路地裏を進む。あの時と状況が違うからなのか、どうしても不安な自分がそこにはいた。

「……ねえ」
「なんだい?」
「……本当にこの先にあるの?」
「キミねえ……無ければわざわざこんな薄暗いところになんて、入らないとは思わないかい?」
「そ、そうだね……」

 至極当たり前の言葉が返ってくるが、オレにはこの道の先にレズリーの家があるとはどうしても思えなかった。次にアルセーヌの口から出てきた言葉は、まるでオレの考えていることを全て分かってるかのようなものだった。

「……一般人が路地裏に入ったところで、彼の家に辿り着けるということはまずあり得ない。何故か分かるかい?」

 その問いへの答えが思い浮かばないオレによって、少しの沈黙が訪れる。返事が返ってこないことが分かったからか、アルセーヌは歩きながら言葉を続けた。

「ここ一帯は、とある時期から彼の魔法で守られているんだ。だから、魔法を使える人間しか、彼の家に足を踏み入れるなんてことは出来ないのさ」

 何となく、ではあるけど、アルセーヌの言ってることは分かる。つまり、貴族以外の人間はまずレズリーの家に入ることが出来ないということ。それは分かるんだけど、それと同時に、疑問がひとつ浮かび上がった。

「で、でも俺……ここに来たときはブレスレットなんて持ってなかったけど……」

 独り言のようなオレの問いに、アルセーヌは答えない。その変わりに、全く別の言葉が返ってきた。

「まあでも……そのブレスレットがあるのなら、また彼に会えるかも知れないね」
「……え、なんで?」

 純粋な疑問に、思わず声をあげてしまう。そういえば、レズリーも似たようなことを言ってたっけ。何かを答えようとしたのか、アルセーヌがオレに視線を向けるが、答えを聞くよりも前に、薄暗かったはずの世界は目映い光に包まれる。
 これは本当に突然のことだったが、オレには、それが然るべきところに行くための合図であるということがすぐに分かった。何故なら、余りにも眩しい光に負けて閉じていたそれを開けた時。オレの目の前には、あの時と同じような景色が広がっていたから。

「……着いたね」

 唯一、あの時とは確実に違うことがあるとするなら、傍にアルセーヌがいることくらいだろうか。どうしてかそれが、ほんの少しの安堵感を生み出しているというということに、この時のオレは気づくことが出来なかった。

「どうかしたかい?」
「いや、なんか……」

 屋敷をじっと眺めているオレに、アルセーヌが問いかける。何か、一番最初に来た時とは違う違和感のようなものが、どうしても消えなくならなかった。
 正門や、その先にある家。それに付随する周りの景観。まるで間違い探しのように、目の前にあるそれと自分の記憶を照らし合わせる。
 そして、出てきたひとつの答えがあった。

「俺が来たときよりも、廃れてるから……」

 ただひとつ、あの時と同じところがあるとするならば。ひらひらと舞っている木漏れ日が、寂しげに揺れているところくらいだった。
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