第5話:その言葉は真実か

 特に何かを話す訳でもなく沈黙が続く。これといって話すこともないけれど、この何とも言えない静かな空気を先に破ったのは、紛れもなくオレだった。

「……あのさあ」
「ん?」
「オレってなんで呼ばれたの?」

 他にも聞かないといけないことはあるようか気がするけど、今オレが一番気になっているのはそれだ。まあ、この人に呼ばれた訳じゃないから、聞いてもどうにもならないけど。

「えーっと……僕も、詳しいことは聞いてないんだ。聞いてもはぐらかされちゃうし」
「ふーん……」
「ああでも、別に君に何かしようってわけじゃないと思うから、うん」
「いや、疑ってるわけじゃないけど……」
「……多分だけど、聞きたいことは、路地裏の話じゃないと思うんだ」
「え?」
「まあでも、これはただの推測だから。やっぱりアルセーヌさんに聞かないとね」

 やっぱり、何となく予想はついていたけど、この人もアルセーヌから詳しいことは聞いていないようだ。でも、路地裏で起きたことの話ではないというのは、一体どういうことだろう?
 それにしても、なんというかこの人はアルセーヌに比べると貴族って感じが余りしない。いや、見た目とか喋り方がどうとかいう訳ではないんだけど。雰囲気とでも言えばいいのだろうか。貴族の、というかオレの基準がアルセーヌとあのブレスレットを押し付けてきた人だからかも知れないけど、そのふたりと比べてしまうと、明らかに何かが違う気がする。多分、比較的喋りやすいというのが、それに当てはまるのかも知れない。

「あ、ここだよ。アルセーヌさんの家」

 目の前にそびえ立つのは、わりと普通の一軒家。貴族の家と言うには、そんなに大きくはないように見えるというか、大きめの一軒家といった感じだろうか。それでも、市民からすれば余り縁のない大きさだけど。
 呼び鈴が家の中で響く音がする。ほんの少しすると、それはドアが開く音へと切り替わった。

「はい……あ、お待ちしてました」

 出てきたのは、アルセーヌではなく女の人。一瞬メイドさんかと思ったけど、特別そういう格好をしているわけでもないから、何だかとても不思議な気分に見舞われる。妹、にしては歳が離れているような気がするし……。いや、まさかね?

「お、お邪魔しまーす……」

 少しだけ長い廊下を、女の人を先頭に歩く。一番後ろで歩くオレは、はじめて入る貴族の家を前に、そわそわせずにはいられなかった。この家が、貴族にとってどれくらいの大きさなのかは分からないけど、外見でも分かったように、貴族の家にしては普通の気はする。
 廊下の奥。リビングという言葉が一番しっくりくる部屋に足を踏み入れる。そこには、オレをこの家に呼んだ張本人、アルセーヌが椅子に座っていた。アルセーヌは、オレを視界の隅に入れると、手にしていたティーカップを置く。そして、ふわりと優しい笑顔をオレに向けた。

「やあ、待っていたよ」

 ガタ……と、少し音を立てながら席を立つその人は、決してオレから目を離すことをしない。何だか、話す前から全てを知られてしまっているかのような、そんな気分になってしまう。

「さて、改めて自己紹介でもしようじゃないか」

 オレとの距離を少し詰め、目の前に立つその人を改めて見つめる。こうやって見ると、やっぱりこの人からは謎の威圧感を感じるというか、何となく話しづらさというものを感じる。……やっぱり貴族は余り好きではないと、改めて思ってしまうほどに。

「私はアルセーヌ・ルヴィエ。この家の主であり、世間で言うところの貴族だ。今日は、わざわざここまで足を運んでくれて、感謝しているよ」
「あ、どうも……」

 こうやって、改めて自己紹介をされた時の作法?なんてものをオレは知らないから、こう丁寧に自己紹介をされても、気の抜けた返事しかすることしか出来ない。流石に、もうちょっと言いようはあった気もするけど、そんな余裕は無いに等しかった。

「そして彼は、同じく貴族のアルベル・ノーウェン君だよ」
「えーっと……よ、宜しくね」

 ああ、そうだ。この人、ここまで一緒に来た人はアルベルって名前だった。完全に忘れていた。

[それと、彼女はリア君と言ってね。色々とあって、この家に住んでいるんだが……。簡単に言うなら、居候というのが適切かな?]
「で、出来ればお手伝いとかにしておいて欲しいんですけど……。その、宜しくお願いしますね」

 アルセーヌは、チラリとオレに目線を向ける。ほんの少しだけ訪れた沈黙なんて、すぐに立ち消えた。

「……で、キミの名前は?」
「え、ああ……シント・クランディオだよ」
「そうか。ではシント君、今日は宜しく頼むよ。余り堅苦しいのは好きではないから、出来るだけ気楽に頼むよ」

 気楽に、と言われてもだ。そんなことを言われたところで、そう簡単に出来るものでもない。それ以前に、今日は気楽に出来るような状態で呼ばれた訳でもないから、そう言われるととても困る。

「さて……挨拶も済んだところだし、好きに座ってくれたまえ。ああリア君、適当に頼んだよ」
「あ、はい」

 リアは、どうやらお茶を用意してくれるらしく、ティーポットを手に、忙しなく準備をはじめる。オレは促されるまま、適当な椅子に座った。オレの左横にはアルベルが。そして、テーブルを挟んで目の前にアルセーヌが座る。経験したことはないけど、なんか面接のようだ。
 紅茶の匂いが少しずつ色濃くなってくるのは、お茶の準備がそろそろ終わるという証拠だ。リアは、手慣れた様子で手にポットの中に入っているそれを、カップに移していく。赤茶のそれがゆらゆらと波打つのを、オレはただただ眺めていた。全員のカップに入れ終わると、ティーポットはテーブルの中央付近に置かれる。リアは、少し言いづらそうに言葉を発した。

「あのー……じゃあ、私はこれで」
「待ちたまえよ。リア君、キミも同席しなさいと私は言わなかったかな?」
「いや、でも……。やっぱりこういうのって、部外者がいたらあんまり良くないんじゃ……」

 ちらりと、アルセーヌがリアを視界に入れる。

「う、ううん……。じゃ、じゃあ、お邪魔しますね」

 威圧的なそれに、仕方なくといった様子で、リアは椅子に腰掛ける。その様子は、どこか落ち着かない様子だった。
 それにしても、だ。テーブルに並べられたティーポッと四つのティーカップ。お皿の上に綺麗に並べられたお菓子達のそれは、いつかに見た光景とよく似ている。ただの偶然だと分かっていても気になってしまうのは、きっと、自分の中で何かが引っかかっているからなのだろう。だからと言って、別にどうもしないけど。
 オレは、テーブルに並べられたそれらを壊すようにして、ティーカップを手に取った。

「じゃあ、早速話でもしようじゃないか。……私が、キミに聞きたいことはいくつかあるのだけれど……」

 一呼吸おいて、アルセーヌはオレへと目を向ける。笑顔ではあるものの、その鋭い眼光からは決して目を離してはいけないような、そんな錯覚に陥ってしまう。この場の空気は、完全に彼のものになっていた。

「キミはあの日、路地裏で何をしていたんだい?」

 これから始まるのは、ただの雑談なんかではない。気楽になんか出来る訳がない。
 オレを待ち受けているのは、貴族による尋問なのだ。
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