第3話:壊れた光

 路地裏。エトガーが言う通り、悪い噂の方が目立つ場所だ。特によく耳にするのは、魔法に関すること。「貴族が市民相手に魔法を売っている」とか、逆に「市民が魔法を使いたいが為に、多額のお金を見積もって貴族に懇願している」とか。
 これら全ては、所謂ただの噂。オレも貴族のことはよく知らないけど、元々、貴族がどういう存在なのかというのも公にされていないし、魔法という特殊なものを使えるというところと、警察の捜査に関与しているという部分が癇に障るのか、余りよく思っていない人が多いから、そういう意味で市民の噂のタネになっているのだろう。オレは別に興味ないからどうでもいいけど。
 裏路地なんて入ったこと無かったけれど、結構入り組んでいるというか、わりと道が分かれている。なんていうか、既に迷っているような気さえもする。

「……ま、適当に行くか」

 このまま適当に行けば、何処かの大通りには着くだろうけど、さっきみたいにあの人のところに着いてしまう、なんてことがあるかも知れない。それはそれでいいんだけど、行ったところで何を話せばいいのだろう。ああ、取りあえず名前は聞いておこうかな。
 そうは言うものの、少し薄暗い路地裏は、さっきの空間にあった路地裏とはまるで雰囲気が違うように感じる。何かが潜んでいるかのような、そんな気配を感じてしまうほどに、空気は淀んでた。
 いや、というかそれは当たり前なんじゃないか?忘れていたけど、この前も何処かの路地裏で殺人事件があったばかりじゃないか。淀んでいるように感じるのは、きっとそのせいかも知れない。
 今更だけど、やっぱり引き返した方が良いかも知れない。そもそも元の道に戻れるのか?まあ、それはオレが適当に歩いたせいではあるんだけど。問題ないどころか、やっぱり入ったらいけない場所だったということを、今更ながらに痛感する。
 そして。入ってはいけない場所で起こるそれというのは、突然やってくるものだ。

 辺りを取り巻く空気は、一瞬にしてまとわりつくように重くなる。それは、オレという標的を見つけたかのような鋭ささえも存在していた。
 目の前に続く道には誰もいない。だとするなら……。その何かの正体は、後ろにしかいないじゃないか。

「うわ……っ!」

 そうしてまさに後ろを振り向こうとした時、狭い道に蔓延る強い風が、勢いよくオレに向かって突っ込んで来るのが分かった。ただ、それは風などではなかった。突然の出来事に避けることが出来なかったオレの腕を、誰かが鷲掴みにする。そして、そのまま流れるように壁に押し付けられた。ぎりぎりと腕に刺さる指が、本当に殺しにかかっているということを現しているようだった。
 オレの目の前にいるのは、フードを深く被った男。髪の毛とフードのせいで表情は余り見えないが、ひとつだけ分かるのは、そいつの右手にはナイフが握られているということ。
 男は何を言うでもなく、手に持っているそれを振りかざした。

「やめ……っ!」

 咄嗟に振りかざされた腕を左手で掴む。すると、なにか、この世のモノではない力が沸き上がるのを感じた。一体何がオレにそう思わせたのか、答えは簡単だ。手首につけられたブレスレットが、何かに感化されたかのように光っていた。
 その力の正体は、オレの左手首に付けられたブレスレットから放たれているものだと理解するのに、そう時間はかからなかった。この薄暗い路地裏の中、それは光りだした。そして、光は男を弾き飛ばすようにして放たれる。男は、弾かれるようにしてオレとの距離を取った。
 この一連の流れが、まるでオレを守ってくれたかのようで、思わずブレスレットを見つめる。

『そのブレスレットは、キミを導き守ってくれる存在のはずだから』

 ああ、そう言えばあの人がそう言っていた。

「守ってくれたってこと……?」

 当然、返事など返っては来ない。だが、光は自身の役目を果たしたかのように、少しずつ消えていった。
 でも、だからといって状況はなにひとつとして変わっていない。男は依然として、オレの前に立っている。男の表情は分からない。だが、何処か苦しそうに肩で息をするその男の口が、僅かに動き始めているのが見えた。

「……て、くれ」

 一体何を言っているのだろう。オレは、男の声に耳を澄ませる。

「殺して、くれ……」
「え……?」

 そう言ったかと思うと、男は再びオレとの距離を詰めナイフを振りかざす。
 それは、一瞬の出来事だった。
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