08話:クチナシの戯れ言
その日の帰り、六時を過ぎた頃である。日が落ちかけていることに気付いたのは、集中力が切れた頃だった。
時間も時間だし、しょうがないからいい加減帰る準備でもしようか。テーブルに置かれていた文具のそれらを乱雑に鞄に詰める。閉館が近づいているお陰で、当然辺りは来た時よりも人が減っていた。職員になにか言われるのも面倒だし、早々にその場を後にすることに努めた。
図書館の扉、自動ドアもあるにはあるが、俺は取っ手の付いている方に手をかける。こういう時、後ろに誰かがいないかを一応確認するものだからそんな感じで後ろを少しだけ視界に入れた。
「ん……?」
そうしたら、また見つけてしまった。
「あ……」
呆けた返事をした、雅間の姿を。似たような状況はこれで何回目だろう。正直もう飽き飽きした。俺の手から離れた透明ガラスで出来ている扉が、独りでに元の位置へと戻っていった。それを雅間が慌てて手で押し返し、「はは……」とか言いながら扉を開ける雅間を、一体どういう気持ちで見たらいいのか分からない。
「ま、また会いましたね……」
こういう時、何も言葉に出せない自分の性格に決まって文句を言いたくなるのだ。
「あの、さっきは、その……飴ありがとうございました」
「あ、ああ……」
そういえばすっかり忘れていたが、そんなのを渡したような気がする。そのせいという訳でもないけど、確かに腹が鳴って仕方がなかった。途中までの道のりが同じということもあり、ふたりが手を伸ばしてやっと届くであろう中途半端に空いた距離。それがどうにもいじらしかった。
ほんの僅かに後ろの方にいる雅間は、俺と目が合わないようにしているのか何なのか、少し下を向いているのが分かった。そういえばこいつの制服、確か場所からして電車でも十分はかかる場所なんじゃないだろうか。俺はたまたま近いから気が向けば来てるだけで、別に近くになければわざわざ図書館になんて来ないだろうが、そうまでして図書館に来るほどの理由があるのだろうか?
「……その制服、隣町だろ?」
そんな疑問が、普段はろくに動きもしない俺の口を開かせた。
「え? ああ……そ、そうですね」
「そっからだと、遠いんじゃないのか?」
「あ、でも家からだとそんなに遠くはないんですよ」
「ふうん……」
そういえば、確かに小中学校だったらある程度学校と家との近さが求められるけど、高校だったらその限りではないだろう。聞いた俺が馬鹿だった。
目の前で待ち構えている信号が変わり始めている。俺はここを曲がるのだから、どうせなら青になってそのまま自然とお互いの距離が離れればいい。やっと雅間との行き先が分かれるのが、待ち遠しいとすら思った。いや、別にこいつのことが嫌いとかいう極端な話ではなく、お互いに特に喋るような人間じゃないというのがここ最近のやり取りだけでよく分かったから、正直これ以上話すことも無いというか、時間を持て余してしまうとどうしても早く別れてしまいたくなるのはしょうがないというものだ。
歩きながらの数分、ようやく信号の色が青に変わったのが見えた。軽く十分くらい経っているんじゃないかと思うのだが、そんなことはないのだろう。
「……じゃ、じゃあ、失礼しますっ」
街灯が照らされ始めている中、雅間が足早に去っていく。あの様子を見るに、恐らく雅間も気持ち的には似たような感情を持ち合わせていたんじゃないだろうか?
何も言えないままその後ろ姿をただ眺めているだけの自分が急に恥ずかしくなって、俺も急いでその場を後にした。
時間も時間だし、しょうがないからいい加減帰る準備でもしようか。テーブルに置かれていた文具のそれらを乱雑に鞄に詰める。閉館が近づいているお陰で、当然辺りは来た時よりも人が減っていた。職員になにか言われるのも面倒だし、早々にその場を後にすることに努めた。
図書館の扉、自動ドアもあるにはあるが、俺は取っ手の付いている方に手をかける。こういう時、後ろに誰かがいないかを一応確認するものだからそんな感じで後ろを少しだけ視界に入れた。
「ん……?」
そうしたら、また見つけてしまった。
「あ……」
呆けた返事をした、雅間の姿を。似たような状況はこれで何回目だろう。正直もう飽き飽きした。俺の手から離れた透明ガラスで出来ている扉が、独りでに元の位置へと戻っていった。それを雅間が慌てて手で押し返し、「はは……」とか言いながら扉を開ける雅間を、一体どういう気持ちで見たらいいのか分からない。
「ま、また会いましたね……」
こういう時、何も言葉に出せない自分の性格に決まって文句を言いたくなるのだ。
「あの、さっきは、その……飴ありがとうございました」
「あ、ああ……」
そういえばすっかり忘れていたが、そんなのを渡したような気がする。そのせいという訳でもないけど、確かに腹が鳴って仕方がなかった。途中までの道のりが同じということもあり、ふたりが手を伸ばしてやっと届くであろう中途半端に空いた距離。それがどうにもいじらしかった。
ほんの僅かに後ろの方にいる雅間は、俺と目が合わないようにしているのか何なのか、少し下を向いているのが分かった。そういえばこいつの制服、確か場所からして電車でも十分はかかる場所なんじゃないだろうか。俺はたまたま近いから気が向けば来てるだけで、別に近くになければわざわざ図書館になんて来ないだろうが、そうまでして図書館に来るほどの理由があるのだろうか?
「……その制服、隣町だろ?」
そんな疑問が、普段はろくに動きもしない俺の口を開かせた。
「え? ああ……そ、そうですね」
「そっからだと、遠いんじゃないのか?」
「あ、でも家からだとそんなに遠くはないんですよ」
「ふうん……」
そういえば、確かに小中学校だったらある程度学校と家との近さが求められるけど、高校だったらその限りではないだろう。聞いた俺が馬鹿だった。
目の前で待ち構えている信号が変わり始めている。俺はここを曲がるのだから、どうせなら青になってそのまま自然とお互いの距離が離れればいい。やっと雅間との行き先が分かれるのが、待ち遠しいとすら思った。いや、別にこいつのことが嫌いとかいう極端な話ではなく、お互いに特に喋るような人間じゃないというのがここ最近のやり取りだけでよく分かったから、正直これ以上話すことも無いというか、時間を持て余してしまうとどうしても早く別れてしまいたくなるのはしょうがないというものだ。
歩きながらの数分、ようやく信号の色が青に変わったのが見えた。軽く十分くらい経っているんじゃないかと思うのだが、そんなことはないのだろう。
「……じゃ、じゃあ、失礼しますっ」
街灯が照らされ始めている中、雅間が足早に去っていく。あの様子を見るに、恐らく雅間も気持ち的には似たような感情を持ち合わせていたんじゃないだろうか?
何も言えないままその後ろ姿をただ眺めているだけの自分が急に恥ずかしくなって、俺も急いでその場を後にした。