07話:クチナシは回視する

 次の日の放課後。俺と宇栄原と、あと勝手についてきた橋下は、約束もしていないにも関わらず当たり前とでもいったように図書室で雑談をしていた。本来なら雑談をするような場所ではないが、まあ学校の図書室なんてそんなものだろう。図書館と違って人も少ないし、多少の雑談なら許されるというものだ。

「拓真さー、昨日図書館行ったんでしょ?」
「まあな」
「どうだった?」
「……どうだった、って何が?」
「いやだから、前言ってたあのー……よく図書館にいる人? 昨日はいたの? って話」
「え、なんですかその話。オレにも教えてくださいよー」

 いや何か……と、宇栄原が橋下に経緯のようなものを勝手に説明し始める。
 俺が一体いつ宇栄原にそんな話をしたのかは全く記憶にないが、宇栄原のいうよく図書館にいる人というのは、昨日俺が少しだけ会話らしきものを交わした人物のことだ。

「はー……それってアレなんですか? つまりはそのー、アレ」
「なんだよアレって」
「いやそれはアレですよ。ねえ宇栄原先輩?」
「どうだろうねぇ……。そうだとしたら滅茶苦茶面白いけど」

 ふたりして何の話をしているのか、俺には全っ然分からない。というか、よくもまあこれだけのことで話が盛り上がれるなと感心してしまうくらいだ。

「で、その人いたんですか?」
「……まあ、居たと言えば居たけど」
「へぇー」
「いや、聞いといてその反応はないだろ……」
「えーじゃあ、何か面白いことでもあったんですか?」

 そこまで言うならと、橋下がわざとらしく頬杖をついた。なんでこうこいつはそういう言い方をするのだろうか? 面白いことだなんて言われては、話すことがなくなってしまうだろ。別にそれを鵜呑みにする気は毛頭ないし、そんなことにいちいち神経を使うなんてことはしない。もう面倒だから、俺はその部分を完全に無視して話を始めた。

「……そいつが床に本ぶちまけてたから」
「うん」
「見て見ぬ振りもなんだろ」
「そうだね」
「……だから、拾った」

 大雑把な説明の通り、決して特別なことがあったわけじゃない。というより、どちらかと言えばいつもと殆ど同じ時間を過ごしていただけだ。そんな中に起きたほんの少しだけ違う出来事についても、決してそこまで大事ではない。

「ってことは、話したの?」
「……まあ」
「良かったじゃん。気になってる人と話せたんでしょ?」
「気になってる……」

 宇栄原はなんか変な勘違いをしているような気がするが、まあこの際それは気にしないでおこう。いやそれは違う、なんてことを言えばまた面倒なことになるのは目に見えているからだ。

「……というかさあ」
「何だよ」
「いや……なんか……ふふっ」

 言い淀む宇栄原の後について回ったのは、謎の頬笑みだった。

「ごめんごめん、想像したら笑いが……」
「……なに想像したらそうなるんだ?」

 俺の疑問に宇栄原は何も答えないが、変わりにどうしてか楽しそうにしているのだけはよく分かった。
 この時の俺は、宇栄原の言う「上手くいけばいい」というのが一体何を指しているのかが分からなかったが、今なら言い淀んだ理由が何となく分かるし、こいつは完全に俺で遊んでいたというのもよく分かる。
 ただ、その言葉の続きが本当は一体なんだったのかなんていうのは今となってはもう聞く気にはならない。

「ちょっと先輩、つられてオレも笑っちゃうから止めて欲しいんですけど」
「いや……こんな面白いこと笑うなっていう方が無理でしょ」

 このふたり、俺を差し置いて随分と楽しそうではあるが、こいつらに構うとろくなことがないから出来るだけそれらを耳に入れないようにと視界から外す。
 本をめくる音と、たまに聞こえてくる誰かと誰かが話している声が響く空間の中、俺は本を読めるくらいの集中力を完全に無くしていた。代わりと言っては何だけれど、ふと昨日のことを思い出す。その人物が俺を見た時のあの表情。驚いたとともに恥ずかしさから来たのであろう、頬を赤らめていたそれが、どうしてか頭に焼き付いて離れなかった。
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