05話:クチナシは喋らない
恐らくこの時、僕の時間だけが止まっていたのだろう。そう思うくらいに瞬きを忘れていたし、呼吸をするのも忘れていた。しかしそれは、周りからしてみたら僅か数秒の出来事で、気付かれるということはなかったはずだ。それくらい一瞬だったのだ。
とある上級生のふたりの出会いを、思い出すということは。
「神崎さんだ……」
どうやら僕の頭はようやく目の前にいる人物を認識したようで、気付けば僕の口からは当人の名字が漏れる。
目の前にいる神崎という人物とはじめて会った時の感想がさっきと全く同じという辺り、どうやら僕の根本的な部分はさして変わっていないらしい。
確かにこの人は近寄りがたい雰囲気ではあるかも知れないが、第一印象というのは大して当てにはならないということを僕は既に知っている。
「……なんつー顔してんだよ」
「だ、だって……」
この人はいつも、優しかった。
自分でも、眉間にしわが寄っているのがよく分かる。それは一体何故かというのはよく分からない。あくまでも直観であるにも関わらず、不確かな真実としてそこに存在しているのが嫌で嫌でたまらなかった。
「もう、本当は会ったらいけないんですよね……?」
そして、それが揺るがない真実であるということをどういう訳か僕は知っていたのだ。
「……さあな」
そうやってはぐらかす神崎さんだって、本当は知っているはずだ。
「……橋下さんも相谷さんと似たようなこと言ってましたけど、本当にそうなんですかね?」
しかし、話に割って入るようにして案内人さんの声が聞こえてくる。
「本当に会ったらいけないっていうなら、私はそもそも案内なんてしませんけど」
不服とでも言いたげに、彼は自分の存在意義を主張した。確かに、会ってはいけないというなら案内人さんが僕をここに連れてくるというのは矛盾しているだろう。
「……あいつ、橋下も本当にここにいるのか?」
更にその声に難色を示したのは、僕ではなく先輩だった。
「何回目ですかその質問? 気になるなら行った方がいいんじゃないですかねぇ」
「……会ったところで今更だろ」
「じゃあ聞きますけど、どうして神崎さんはここに居るんですか?」
その言葉に、神崎さんの思考に遅れが発生した。そう見えた理由は神崎さんの目が途端に丸くなったからだが、すぐに視線を誰もいない何処かに向ける。大方、ばつが悪いといったところだろう。
「別に、好きで来たわけじゃない」
「……この人結構頑固じゃないですか? そろそろ面倒になってきたんですけど」
そう僕に耳打ちしてきた案内人さんだが、その声は多分神崎さんにも聞こえていたんだと思う。少し眉が歪んだのが証拠だ。
僕には分からない会話がいくつか繰り広げられていたが、どうやら神崎さんはキョウさんには会いたくないらしく、逆もまた然りらしい。神崎さんがここに居る理由もよく分からないままだ。どれも、僕が理解するには情報が余りにも足りないものばかりだと言っていいだろう。
だが、もしかしたら僕には到底分かり得ないことなのかも知れない。次に案内人さんの口から発せられた言葉で、それは明白となった。
「……そんなんだから、神崎さんもこんなところに来ちゃうんですよ?」
ため息交じりに、しかし何かを諭すようにそう案内人さんが口にした。
「さっきも言いましたけど、本当に会う必要がないのなら私たちがこんなお節介みたいなことなんてするわけがないと思いませんか?」
その言葉に、神崎さんが再び案内人さんに目を向ける。そのついでなのかどうなのか、僕とも目があったような、そんな気がした。
「……そうかもな」
分かっているのかいないのか、いつにも増して小さく声を落とした。
とある上級生のふたりの出会いを、思い出すということは。
「神崎さんだ……」
どうやら僕の頭はようやく目の前にいる人物を認識したようで、気付けば僕の口からは当人の名字が漏れる。
目の前にいる神崎という人物とはじめて会った時の感想がさっきと全く同じという辺り、どうやら僕の根本的な部分はさして変わっていないらしい。
確かにこの人は近寄りがたい雰囲気ではあるかも知れないが、第一印象というのは大して当てにはならないということを僕は既に知っている。
「……なんつー顔してんだよ」
「だ、だって……」
この人はいつも、優しかった。
自分でも、眉間にしわが寄っているのがよく分かる。それは一体何故かというのはよく分からない。あくまでも直観であるにも関わらず、不確かな真実としてそこに存在しているのが嫌で嫌でたまらなかった。
「もう、本当は会ったらいけないんですよね……?」
そして、それが揺るがない真実であるということをどういう訳か僕は知っていたのだ。
「……さあな」
そうやってはぐらかす神崎さんだって、本当は知っているはずだ。
「……橋下さんも相谷さんと似たようなこと言ってましたけど、本当にそうなんですかね?」
しかし、話に割って入るようにして案内人さんの声が聞こえてくる。
「本当に会ったらいけないっていうなら、私はそもそも案内なんてしませんけど」
不服とでも言いたげに、彼は自分の存在意義を主張した。確かに、会ってはいけないというなら案内人さんが僕をここに連れてくるというのは矛盾しているだろう。
「……あいつ、橋下も本当にここにいるのか?」
更にその声に難色を示したのは、僕ではなく先輩だった。
「何回目ですかその質問? 気になるなら行った方がいいんじゃないですかねぇ」
「……会ったところで今更だろ」
「じゃあ聞きますけど、どうして神崎さんはここに居るんですか?」
その言葉に、神崎さんの思考に遅れが発生した。そう見えた理由は神崎さんの目が途端に丸くなったからだが、すぐに視線を誰もいない何処かに向ける。大方、ばつが悪いといったところだろう。
「別に、好きで来たわけじゃない」
「……この人結構頑固じゃないですか? そろそろ面倒になってきたんですけど」
そう僕に耳打ちしてきた案内人さんだが、その声は多分神崎さんにも聞こえていたんだと思う。少し眉が歪んだのが証拠だ。
僕には分からない会話がいくつか繰り広げられていたが、どうやら神崎さんはキョウさんには会いたくないらしく、逆もまた然りらしい。神崎さんがここに居る理由もよく分からないままだ。どれも、僕が理解するには情報が余りにも足りないものばかりだと言っていいだろう。
だが、もしかしたら僕には到底分かり得ないことなのかも知れない。次に案内人さんの口から発せられた言葉で、それは明白となった。
「……そんなんだから、神崎さんもこんなところに来ちゃうんですよ?」
ため息交じりに、しかし何かを諭すようにそう案内人さんが口にした。
「さっきも言いましたけど、本当に会う必要がないのなら私たちがこんなお節介みたいなことなんてするわけがないと思いませんか?」
その言葉に、神崎さんが再び案内人さんに目を向ける。そのついでなのかどうなのか、僕とも目があったような、そんな気がした。
「……そうかもな」
分かっているのかいないのか、いつにも増して小さく声を落とした。