02話:嘘の色
――その日は、とてもいい天気だった。
雲ひとつない、快晴という言葉がピッタリな空。学年が変わり新しい環境が始まったばかりの時期に、穏やかな風に乗って僕を照らしてくる太陽の光。一面に広がる青い世界にたまに現れる、羽を伸ばして何処かへと飛んでいく複数の鳥。それらを学校の屋上からひとりで眺めるだなんて、きっととても贅沢なことなのだろう。
そうだ、こんなに澄んだいい天気の日は、それに似合った僕の好きな音楽でも聴くのが一番だ。ポケットに入ってる音楽プレーヤーを手にとり、それに付随しているイヤホンを耳に入れ、空なんか視界に入れないようにと瞼を閉じる。目を瞑った理由は、音楽プレイヤーから流れるそれを心から堪能するためというのもあるけれど、それともうひとつ。
この、どこまでも広がる青い空が。眩しく光る太陽に問題があった。
単純に、目障りだったのだ。
でも、だからこそ今日はここにいる。五時間目という一日の終わりを示す授業をサボって、わざわざ誰もいないであろう時間を狙って、僕はここに足を運んだ。
ここに来て一体どれくらい時間が経っただろう? 感覚的には授業が始まってまだ十分ほどしか経っていないように感じるけど、僕が思っているよりも時間は進んでいるのだろうか?
サラサラと、髪の毛が頬にかかる。風で髪が靡いたことの象徴だ。その風が、どうしてか僕に向かって「もうそろそろいいでしょう?」と、そう言っているように感じた。
僕は、それに答えるかのようにゆっくりと瞼を開ける。ここ最近、ずっと思っていたことがあった。もし、僕の世界が終わる時。その時は、好きな音楽を聴きながら全てを終わらせたいと。だってせっかくそれが出来る状況なのであれば、どうせなら自分を取り巻くすべてのものを、自分の思う好きで埋め尽くしたいじゃないか。
僕は、自分でも驚くほどに淡々と屋上を囲っているそれを乗り越えた。あとどれくらいの時間が経てば、僕はこの柵を握りしめているそれを外すのだろう? ここに立って改めて思ったのは、どうしてもっと早くこうしようと思わなかったのだろうかということ。ああそうだ。靴なんて邪魔なものは、ちゃんと置いていかないとならない。柵の向こう、僕がさっきまでいた場所辺りに、靴を無造作に置く。本来ならもう少し丁寧に置くべきなのだろうけど、そんなことにはもう構う必要がない。
向き直って、目の前に広がっている腹が立つほどに青々しいそれを、淡々と目に焼き付ける。嫌いではあるけれど、どうせなら綺麗な景色を見たままでいたい。なんていう、僕の完全な我儘だった。
そして、やることと言えばあと一歩右足を前に出し、重心を前に乗せるだけ。そうすれば、終わる。僕の世界は、これですべて終わるのだ。
――そのはずだった。
「……何してるの?」
僕の邪魔をする、ひとりの男が現れた。
知らない誰かが、力強く僕の腕を掴む。こういう時、必ずと言っていいほど誰かがやってくる。そして、偽善者は心配そうな面持ちで僕を止める。相場は決まっているというものだ。
「ねえ、そんなところに居たら危ないよ?」
振り向いた先。音楽を聴いていて気付かなかったけど、柵を反して知らない学生が神妙な顔をしていた。僕の腕を離さまいと主張するかのように、段々とその力が大きくなっていくのを感じる。
「そう……ですね」
なんて、相手に同調したりなんかしてしまったのが馬鹿らしい。
目の前にいる人は、何をそんな怪訝な顔をしているのだろうか? ああ、もしかして誤解されてしまった? このまま僕が、地面へと堕ちるかのように見えてしまったのだろうか? こんな綺麗でいい天気の日に自ら命を投げ出すなんて、そんな馬鹿みたいなことをするはずがないというのに。
「雲ひとつ無い空だったから、もう少し近くで見てみようかなって。……そう思っただけですよ」
我ながら、なんて状況と不釣り合いな言葉なのだろう。柵の向こう側に靴まで置いて、掴まれている手を無理矢理払いのけ、柵から手を離せばそのまま堕ちることが可能であろうこの状況で。わざわざ自分に言い聞かせるようにして、心の中で無理矢理理由をつけて。更に言葉でも、僕は嘘を吐いた。
雲ひとつない、快晴という言葉がピッタリな空。学年が変わり新しい環境が始まったばかりの時期に、穏やかな風に乗って僕を照らしてくる太陽の光。一面に広がる青い世界にたまに現れる、羽を伸ばして何処かへと飛んでいく複数の鳥。それらを学校の屋上からひとりで眺めるだなんて、きっととても贅沢なことなのだろう。
そうだ、こんなに澄んだいい天気の日は、それに似合った僕の好きな音楽でも聴くのが一番だ。ポケットに入ってる音楽プレーヤーを手にとり、それに付随しているイヤホンを耳に入れ、空なんか視界に入れないようにと瞼を閉じる。目を瞑った理由は、音楽プレイヤーから流れるそれを心から堪能するためというのもあるけれど、それともうひとつ。
この、どこまでも広がる青い空が。眩しく光る太陽に問題があった。
単純に、目障りだったのだ。
でも、だからこそ今日はここにいる。五時間目という一日の終わりを示す授業をサボって、わざわざ誰もいないであろう時間を狙って、僕はここに足を運んだ。
ここに来て一体どれくらい時間が経っただろう? 感覚的には授業が始まってまだ十分ほどしか経っていないように感じるけど、僕が思っているよりも時間は進んでいるのだろうか?
サラサラと、髪の毛が頬にかかる。風で髪が靡いたことの象徴だ。その風が、どうしてか僕に向かって「もうそろそろいいでしょう?」と、そう言っているように感じた。
僕は、それに答えるかのようにゆっくりと瞼を開ける。ここ最近、ずっと思っていたことがあった。もし、僕の世界が終わる時。その時は、好きな音楽を聴きながら全てを終わらせたいと。だってせっかくそれが出来る状況なのであれば、どうせなら自分を取り巻くすべてのものを、自分の思う好きで埋め尽くしたいじゃないか。
僕は、自分でも驚くほどに淡々と屋上を囲っているそれを乗り越えた。あとどれくらいの時間が経てば、僕はこの柵を握りしめているそれを外すのだろう? ここに立って改めて思ったのは、どうしてもっと早くこうしようと思わなかったのだろうかということ。ああそうだ。靴なんて邪魔なものは、ちゃんと置いていかないとならない。柵の向こう、僕がさっきまでいた場所辺りに、靴を無造作に置く。本来ならもう少し丁寧に置くべきなのだろうけど、そんなことにはもう構う必要がない。
向き直って、目の前に広がっている腹が立つほどに青々しいそれを、淡々と目に焼き付ける。嫌いではあるけれど、どうせなら綺麗な景色を見たままでいたい。なんていう、僕の完全な我儘だった。
そして、やることと言えばあと一歩右足を前に出し、重心を前に乗せるだけ。そうすれば、終わる。僕の世界は、これですべて終わるのだ。
――そのはずだった。
「……何してるの?」
僕の邪魔をする、ひとりの男が現れた。
知らない誰かが、力強く僕の腕を掴む。こういう時、必ずと言っていいほど誰かがやってくる。そして、偽善者は心配そうな面持ちで僕を止める。相場は決まっているというものだ。
「ねえ、そんなところに居たら危ないよ?」
振り向いた先。音楽を聴いていて気付かなかったけど、柵を反して知らない学生が神妙な顔をしていた。僕の腕を離さまいと主張するかのように、段々とその力が大きくなっていくのを感じる。
「そう……ですね」
なんて、相手に同調したりなんかしてしまったのが馬鹿らしい。
目の前にいる人は、何をそんな怪訝な顔をしているのだろうか? ああ、もしかして誤解されてしまった? このまま僕が、地面へと堕ちるかのように見えてしまったのだろうか? こんな綺麗でいい天気の日に自ら命を投げ出すなんて、そんな馬鹿みたいなことをするはずがないというのに。
「雲ひとつ無い空だったから、もう少し近くで見てみようかなって。……そう思っただけですよ」
我ながら、なんて状況と不釣り合いな言葉なのだろう。柵の向こう側に靴まで置いて、掴まれている手を無理矢理払いのけ、柵から手を離せばそのまま堕ちることが可能であろうこの状況で。わざわざ自分に言い聞かせるようにして、心の中で無理矢理理由をつけて。更に言葉でも、僕は嘘を吐いた。