第2話:静けさの狂気

 その場所、屋敷には木漏れ日がはらはらと舞っていて、今まで見た場所に比べたら何処となく明るい雰囲気が漂っている。それは、オレの警戒心を解くかのような光景だった。

「こんなところに、屋敷なんてあったっけ……」

 そう口にして、オレは初めて自分の言っていることと、ここに来るまでに感じたことが矛盾しているということに気付く。ここに屋敷があるということを、オレは最初から知っていたかのようにここまで来たけれど、そういう訳じゃない。だって路地裏なんて入ったこともないし、屋敷があるなんてそんなの――。
 本当に、知らなかったのだろうか?
 ギイッ……と、重そうな扉が音を立てて開かれたのは、目の前にそびえ立つ屋敷の玄関。そこから現れたのは、いかにも貴族らしい、この屋敷に似合うような恰好をした男の人だった。

『……そんなところに立っていないで、入ったらどうだい?』

 どこかで聞いたことのある声。その声は、ここに来る直前にオレを呼んだ声にとてもよく似ていたが、そんなことはもうどうでもよかった。

『立ち話もなんだから、入って話でもしない?』
「え、でも……」
『そんなに心配しなくても大丈夫だよ。別に、キミをどうこうしようだなんて思っていないからね』

 知らない場所で、知らない人に誘われるという異様な事態に、恐怖こそはなかったものの、混乱はしていた。いや、なんで路地裏に住んでいる知らない人と喋っているんだ?ここに来たのは確かにオレの意思だったけど、そんなことをしている場合なんかじゃないということは分かる。
 意味不明な空間なんかじゃなくて、本来いた場合に早く帰りたい。ただそれだけなのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。それがどうにも分からない。

『……というより、暇なんだよね』
「え?」
『だから、相手してくれると嬉しいな』

 思ってもなかった言葉に、思わず呆けた声が出てしまう。……なんていうか、色々と考えているこっちが馬鹿みたいな、そんな気分になった。この人の言っている言葉が、嘘か本当かは分からない。でも、戻ったところで元の場所に帰れるかは分からないし、帰る術が分からないのならば、この人の言うことを信じてみるというのもアリかも知れない。
 オレの気持ちなんていざ知らず、その貴族らしい人は玄関からこちらへ歩いてくる。鈍く響いた鉄格子の音が、オレを招き入れる合図だった。

『さ、庭で申し訳ないけれど案内するよ』
「ちょっと待って、その前にひとつだけ!」

 一応確認のためにと、その人の言葉を遮る。こうでもしないと、自分の中で、この人に対する信用というものを生み出せなかったのだ。

「……オレ、帰れるよね?」

 その問いに、男はにこっと笑みを浮かべるだけ。オレはそれが肯定なのだと無理矢理結論づける。だってオレは、その微笑みを知っているような気がしたから。
 だけど、それが一体何を意味するのかなんて、この時は気にする余裕を持ち合わせていなかった。
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