第11話:仕返しのウラ
足元に流れてきた枯れ葉が、僕の周りに数枚集まってくる。もうそんな時期になるかと思いながら、手の指が無機質な機械に触れた。そうすると聞こえてくるのは、僅に耳に入る呼び出し音。僕は、それをいかにして耳に入れないようにするかということに必死だった。
「あ、お待ちしてました」
「……どうも」
ざわざわとした雑音と共に、聞きなれない女性の声が耳を掠める。その事務的なやり取りはすぐに終わりを告げ、その声と思われる人物が玄関から姿を表した。
人の家に足を踏み入れるというのは、心なしか背筋が伸びるというもの。自身が気付いていないところで、本来ならばそれは露見する。だけど、今回ばかりは少し違った。原因は、そもそも僕が誰かの家に行くということが普段ではあり得ないということと、もうひとつ。一番の理由は、僕がここに来るということ自体が乗り気じゃなかったのだ。
「いらっしゃい、キミの方から連絡があるとは思わなかったから、かなり驚いたよ」
「すみませんね。付き合いが悪くて」
「誰もそんなことは言っていないんだけどね?」
僕が訪れたのは、アルセーヌ・ルヴィエというひとりの貴族が住んでいる家。目の前にいるのは、その本人であるアルセーヌさん。そして、僕を向かい入れたとある彼女。
「あの……」
「なんだい?」
それともうひとり、僕が呼んでほしいと頼んでわざわざ来てもらった、アルベル君の姿がそこにはあった。
「やっぱり僕、いない方がいいと思うんですけど」
「……その理由は?」
「かなり居づらいです」
「正直なのは結構なんだけどね、キミがいないと後々面倒だから、黙ってそこに座っててくれたまえよ」
一応といった体で確認しただけなのか、「そ、そうですよね……」と言ったまま視線はテーブルに置かれたカップに注がれる。そう、別に居ないからといってどうというわけでも無いけれど、彼がいないとそれはそれで厄介なのだ。
「……で、アルベル君も呼んで欲しいとまで頼んできて一体なんの用だい? キミが世間話をしに来るとは到底思えないんだ」
それは果たして皮肉なのか何なのか、汲み取るのに少し時間がかかる。この取り巻く空気からして恐らくは大真面目なのだろうけど、普段のこの人の言葉は何処か浮いている節があるから、正直なところ自信はない。
アルセーヌさんの言うとおり、ただの世間話ならアルベル君を呼ぶなんていうことはしないし、それ以前に、僕がそんなものの為に誰かの家に行くなんてことはしない。
「先日の夜、ネイケルとかいう人から皆さんにどうしても伝えて欲しいと言伝を頼まれましてね」
面倒な頼まれごとを律儀に遂行しようとしているだけだで、それ以上でも以下でもない。想像していなかった人物の名前が出たからなのか、僅かに表情に驚嘆する様子が伺える。言葉を口にした後、とある人物を視界に入れた。音を立てることを良しとしていないかのように、ゆっくりと何処かに行こうとする彼女に、僕はわざとらしく話を振る。
「……良ければ、貴女もこちらに来て話しませんか?」
「あ、いや私は……」
「いいですよね? 別に」
彼女には少し悪い気もするけど、どのみち知ることになるのなら早い方がいいだろう。……いや、既に知っているからこそ、この家にいるのだろうか。まあ、そんなことは別にどうでもいいのだけれど。
「……ま、いいんじゃないかい? 好きにしてくれ」
言われると、彼女は一瞬だけ僕を視界に入れた。どうしようかと考えあぐねているようだったが、誰も喋ることをしないこの静寂に負けたのか、空いているアルセーヌさんの隣に、静かに腰を掛けた。
「お、お邪魔しまぁす……」
控えめな声と共に、ソファが僅に埃をたてる。それが合図だった。
「僕が提唱しなくても、皆さんはもうご存知なんじゃないかと思っているんですけど……」
やっとの思いで本題に入ることが出来たと歓喜しているかのように、僕の口は勝手に動き出す。ああもう、折角ここまで来たんだし、後はもうどうとでもなってしまえ。そんな気持ちも少しはあった。
「リオ・マルティアという人物を、知っていますか?」
ただ、その言葉を口にした瞬間から、先程まで全員を取り巻いていた空気が明らかに一変したのを、僕は見逃すことをしなかった。
「あ、お待ちしてました」
「……どうも」
ざわざわとした雑音と共に、聞きなれない女性の声が耳を掠める。その事務的なやり取りはすぐに終わりを告げ、その声と思われる人物が玄関から姿を表した。
人の家に足を踏み入れるというのは、心なしか背筋が伸びるというもの。自身が気付いていないところで、本来ならばそれは露見する。だけど、今回ばかりは少し違った。原因は、そもそも僕が誰かの家に行くということが普段ではあり得ないということと、もうひとつ。一番の理由は、僕がここに来るということ自体が乗り気じゃなかったのだ。
「いらっしゃい、キミの方から連絡があるとは思わなかったから、かなり驚いたよ」
「すみませんね。付き合いが悪くて」
「誰もそんなことは言っていないんだけどね?」
僕が訪れたのは、アルセーヌ・ルヴィエというひとりの貴族が住んでいる家。目の前にいるのは、その本人であるアルセーヌさん。そして、僕を向かい入れたとある彼女。
「あの……」
「なんだい?」
それともうひとり、僕が呼んでほしいと頼んでわざわざ来てもらった、アルベル君の姿がそこにはあった。
「やっぱり僕、いない方がいいと思うんですけど」
「……その理由は?」
「かなり居づらいです」
「正直なのは結構なんだけどね、キミがいないと後々面倒だから、黙ってそこに座っててくれたまえよ」
一応といった体で確認しただけなのか、「そ、そうですよね……」と言ったまま視線はテーブルに置かれたカップに注がれる。そう、別に居ないからといってどうというわけでも無いけれど、彼がいないとそれはそれで厄介なのだ。
「……で、アルベル君も呼んで欲しいとまで頼んできて一体なんの用だい? キミが世間話をしに来るとは到底思えないんだ」
それは果たして皮肉なのか何なのか、汲み取るのに少し時間がかかる。この取り巻く空気からして恐らくは大真面目なのだろうけど、普段のこの人の言葉は何処か浮いている節があるから、正直なところ自信はない。
アルセーヌさんの言うとおり、ただの世間話ならアルベル君を呼ぶなんていうことはしないし、それ以前に、僕がそんなものの為に誰かの家に行くなんてことはしない。
「先日の夜、ネイケルとかいう人から皆さんにどうしても伝えて欲しいと言伝を頼まれましてね」
面倒な頼まれごとを律儀に遂行しようとしているだけだで、それ以上でも以下でもない。想像していなかった人物の名前が出たからなのか、僅かに表情に驚嘆する様子が伺える。言葉を口にした後、とある人物を視界に入れた。音を立てることを良しとしていないかのように、ゆっくりと何処かに行こうとする彼女に、僕はわざとらしく話を振る。
「……良ければ、貴女もこちらに来て話しませんか?」
「あ、いや私は……」
「いいですよね? 別に」
彼女には少し悪い気もするけど、どのみち知ることになるのなら早い方がいいだろう。……いや、既に知っているからこそ、この家にいるのだろうか。まあ、そんなことは別にどうでもいいのだけれど。
「……ま、いいんじゃないかい? 好きにしてくれ」
言われると、彼女は一瞬だけ僕を視界に入れた。どうしようかと考えあぐねているようだったが、誰も喋ることをしないこの静寂に負けたのか、空いているアルセーヌさんの隣に、静かに腰を掛けた。
「お、お邪魔しまぁす……」
控えめな声と共に、ソファが僅に埃をたてる。それが合図だった。
「僕が提唱しなくても、皆さんはもうご存知なんじゃないかと思っているんですけど……」
やっとの思いで本題に入ることが出来たと歓喜しているかのように、僕の口は勝手に動き出す。ああもう、折角ここまで来たんだし、後はもうどうとでもなってしまえ。そんな気持ちも少しはあった。
「リオ・マルティアという人物を、知っていますか?」
ただ、その言葉を口にした瞬間から、先程まで全員を取り巻いていた空気が明らかに一変したのを、僕は見逃すことをしなかった。