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花葬

 窓から漏れた温かい日差しが顔に当たっていた。手でひさしを作りながら、悪夢の残り香がゆっくりと消えていくのを待った。
 幼い時から繰り返し見る夢だった。原因は分かっている。分かってはいるが、こればかりはどうしようもない。
 パタパタと軽い足音がして、扉が勢い良く開かれた。
「スイ起きて!」
 フローリアが部屋に飛び込んでくる。
「起きて起きて!」
「起きてるよ、おはようフローラ」
 ベッドに飛び乗ったフローリアは、首をかしげながら僕の顔を覗き込んだ。
「汗かいてる」
 言われて初めて、冷や汗をかいていたことに気付いた。指で額に張り付いた前髪を払うと、フローリアに言った。
「それで、どうしたの」
「あ、そうだ!」
 フローリアはすぐ笑顔になる。
「原っぱの大きな木の花が満開になったんだって!一緒に見に行こう、スイ」
 そういえば、もうそんな時期だった。
 季節は春になっていた。僕がフローリアの遊び相手になってからすでに数ヶ月が経つ。フローリアの『花』も、その数を着々と増やしていた。
「ね、ね、早く行こう?」
「分かった分かった」
 急かされて仕方なく着替え、すっかり落ち着きをなくしたフローリアを抑えながら春の野原に出る。
 大はしゃぎで駆け回るフローリアを眺めながら、今の季節はまるでこの少女のためにあるようだと思う。僕が来てから、彼女はますますお転婆に拍車がかかったようだった。それまでも頻繁に屋敷を抜け出してはいたようだが、僕という絶好の保護者を得てからは毎日外出したがるようになった。
 初めこそ医者や侍女たちは渋っていたが、今ではすっかり諦めてしまったようだ。それも、彼女があと少しの命ともなれば仕方がないだろう。
 だがこの数ヶ月、僕は一度も彼女の父親に会っていない。
「スイ、見て!」
 いつの間にかフローリアは、満開に花が咲いた木の下に立っていた。風が吹くと花びらが舞い散り、小さな少女の姿を掻き消そうとする。
「フローラ…」
 花びらと共にくるくると踊っていたフローリアが、突然倒れた。
「フローラ!」
 慌てて駆け寄ると、フローリアは薄桃色の絨毯の上で泣いていた。
「えへへ…何でだろ、泣いちゃった」
 涙を零しながらも、彼女は笑った。
「ずっと見てみたかったんだ、この花」
「うん」
「ステーシャも他のみんなも、毎年見てるのに。あたしだけ見たことなかったから」 
「…うん」
「やっと見れたのに…もう来年は見れないんだね」
 僕はフローリアの横に膝をついた。
「まだ残ってる。夏も秋も冬も、まだフローラの見てないものがたくさん残ってるよ」
 フローリアは、僕の目をじっと見つめた。
 そしてふっと微笑んだ。プラスチックのように無機質な、けれどどこまでも無邪気な微笑み。
「そうだね」
 涙が一筋、少女の丸みを帯びた頬を伝い落ちた。
「そうだよね…」
 その時、フローリアの頭に生えていた小さな蕾たちが、いっせいに花開いた。色とりどりな花たちは、季節と種類を問わずに咲き乱れる。フローリアという生きた苗床に根を張り、その命を吸い取りながら。
 僕はそれを、美しいと思った。


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