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花葬

 季節は巡り、やがて緑の濃い夏が来ると、フローリアの花たちも一様に活気づいた。秋が来て他の植物たちがその葉を落とし始めても、フローリアの花だけは一向に枯れることがなかった。
 だが少しずつ、確実に、フローリアの命は枯れていった。秋が終わり、再び冬がやって来る頃には彼女は立って歩くこともできなくなっていた。
 それでもフローリアは外に出たがった。僕は彼女の望みを叶え続けた。車椅子に乗ったフローリアを連れて、彼女の行きたい場所を巡り歩いた。季節が冬になった影響だろうか、病の進行は少し遅くなっていた。
 しかしやがてそれすらも出来なくなったのは、ちょうど去年、僕たちが初めて出会った頃だった。
 その日も、雪が降っていた。
「静かだね」
 フローリアが呟くように言った。
「雪が降ってるからね」
 彼女の枕元に座り、痩せた手と手を繋ぎながら答えた。
 フローリアの左目には大きな黄色い花が咲いていた。僕はその花の名前を知らなかったが、ステーシャが言うにはもっと南の国に咲く花らしい。
「どうして雪が降ると静かになるの?」
「雪が音を吸い取るんだよ」
 フローリアの顔に笑みが浮かんだ。
「初めて会った時も、すごく静かだったね」
 僕は何も言わずに微笑んだ。
「ねえ、スイ」
「何?」
「スイは、あたしのお兄ちゃんなの?」
 僕はフローリアの瞳を覗き込んだ。
「誰に聞いたの?」
「ステーシャに…」
 やっぱり知ってやがったのか。僕が心の中で老獪な侍女に毒づいた時、フローリアがひどく咳き込んだ。
 肺にも種が根を張り始めているのだろう。息をするのも苦しげだった。
「ステーシャは何て?」
「スイのお母さんは、パパのせいで死んじゃったんだって」
 フローリアは僕をじっと見つめた。
「あたしのこと嫌い?」
 僕は彼女の頭を撫でた。
「嫌いじゃないよ」
 少し考えてから、付け足した。
「今はね」
 フローリアはまたひとつ咳をすると、目を閉じた。僕の手を握り、「良かった」と小さく言った。
「僕の母さんはただの旅の踊り子だった。君のお父さんを好きになって、踊り子をやめて…僕を生んだ」
 おぼろげな母の顔を思い起こす。
「でも君のお父さんには、婚約者がいたから。母さんの望んだ幸せなんて来るはずなかった。君のお父さんは、母さんが僕を生んですぐに結婚してしまったし…」
 僕はフローリアの手を握り返し、細い指をそっと撫でた。彼女がまともに食事を摂れなくなってからかなり経つ。もともと痩せていたフローリアは、さらにひと回り小さくなってしまった。
「母さんは、可哀想な人だったんだと思う。いつも君のお父さんの話ばかりしていた。いつか絶対に迎えに来てくれるって信じてた」 

(あんたの父さんは素晴らしい人なのよ)

 いつもそればかりだった。

(今は事情があって無理だけど、いつか必ずあたしたちを迎えに来てくれるの)

 掃除することを忘れられた部屋で、きっと昔は美しかったのであろう女は繰り返し言った。
「信じて待ち続けて、そのうちおかしくなってしまって」
 記憶にある母は、いつもくたびれた服を着て、やつれた顔をした女だった。

(あんたはますますあの人に似てくるわね)

(スイ、スイ、あたしとあの人の子)

(約束したのに、どうして迎えに来てくれないのよ!)

 食器の砕け散る音が甦り、僕は目を閉じた。
「母さんは、僕を抱いて真冬の川に飛び込んで」
 肺まで凍るような冷たい水が、体を突き刺す。苦しくて恐ろしくて、僕は意識を失った。
「     」
 フローリアが何か言ったが、過去の幻影を振り払っていた僕は聞き逃した。
「何?」
 彼女はただ微笑んでいるでけで、もう何も言わなかった。
 静かだった。しんしんと雪が降り積もり、僕らの秘密を覆い隠していく。
「あたしがね」
「うん」
 僕は身を乗り出した。
「あたしが、死んだらね」
 少女の細い首から小さな蕾が芽吹いた。
「種、を」
 フローリアが言葉を詰まらせた。たった今芽吹いたばかりの蕾が開き、それからいっせいに体中の花々が咲き乱れた。
 彼女は微かに唇を動かした。僕は彼女の手を強く握り、頷いた。
「分かったよ、フローラ」
 フローリアは輝くような笑みを浮かべた。そして、安心したように目を閉じた。
「ずっと一緒にいるよ」
 僕はフローリアの瞼に口付けた。花が彼女の体を覆い尽くした。




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