Caligula

君のとなりで(主鍵)

2018/02/27 05:52
主鍵現実

「ごちそうさまでした」

手作りハンバーグとスープ、それからサラダ。平日の仕事終わりの夜なのであまり無理はできないけれど、それでも普段より少し手の込んだ夕食をふたりで食べた。空になった皿をひとまずテーブルから片づけ、ふう、とひと息ついたタイミングで、僕は冷蔵庫のドアに手をかけた。

「はいはい、それじゃあお楽しみの」

中から取り出したのは、正方形をした平べったい箱だ。今年駅前にできたばかりの人気ケーキ店のロゴが入ったそれを見て、鍵介は目を輝かせた。

「わ、ありがとうございます。この店、いつ見てもお客さんけっこう入ってるんですよね」
「やっぱりまだできたばっかりだもんね。予約もけっこう前からお願いしてギリギリだったし……あっそうだ、ちょっと待って」

が、その直後。ひんやりした箱をテーブルの真ん中に置き、ライターライター、と口ずさみながら僕が席を立ったのを見て、鍵介は「あ」と声を上げた。

「あの……もしかしてまたですか」
「またって何」
「ろうそくですよろうそく」
「そうだよー」
「えぇえ」

リビングの棚を漁る。煙草はすっかりやめたので、もうオイルライターは持っていない。「あった」僕が柄の長い多目的ライターを持ってテーブルに戻ると、鍵介もちょうどキッチンからフォークと包丁、新しい皿を持って戻ってくるところだった。

「あれは……、もちろん嬉しかったし、ケーキもおいしかったですけどね、恥ずかしいって言ったじゃないですか……」

去年のことを思い出しているのだろう、鍵介はもにょもにょと口ごもり唇をつんと尖らせている。
前回の2月27日にも、僕は同じようにケーキを用意した。が、ケーキ店で一緒に買ったろうそくを本当に20本立てて火をつけたら、けっこうな勢いで恥ずかしがられてしまったのだ。それはもう、けっこうな勢いで。恥じらいながら火を吹き消す様子がかわいかったのでぜひカメラにでも収めたかったところだけど、本格的に拗ねられてしまいそうだったのでやめておいた。自分がひとつ歳を取ることを鍵介がどういう形で受け止めているのか、僕がまだ図り損ねていたこともあるけど、やっぱり微妙なお年頃というやつなのだ。……そして僕は僕で、ろうそく20本全部に火をつけるのは意外と大変な作業だと知った。5本くらい着火するといつの間にか1本鎮火してたりするし、ていうか途中でちょっと火傷したし。めちゃくちゃ熱かったし。

「いいじゃん別に、僕以外に見てる人もいないし……それより、今年はさすがに反省して少し考えたんだってば。開けてみ」
「えぇ……? ……あ」

ぱかり、と箱を開け、「なるほど……」と鍵介が呟いた。キラキラした果物のどっさりと乗った、宝石みたいなフルーツタルト。いちばん目立つ真ん中には、数字の「2」と「1」の形をしたろうそくが、ちょこんとふたつ。色はピンクと黄色だ。

「せ、先輩も成長している……」
「お店のお姉さんにお願いしてきました。どう?」
「いいんじゃないですか。まあ、恥ずかしくはないかなって感じ……うん、それにおいしそうですね」

「まあ」とか言うわりには口元にやけてるぞ、とは言わないでおいた。部屋の照明を少し暗く落としてから、ライターのレバーをかちかちと引く。ふたつのろうそくのてっぺんに灯った小さな火は、時折ゆらゆらと不規則に揺れて、それでも確かな芯を持って燃えていた。

「僕はね鍵介。この世界で君が少しずつ大人になるのを祝いたくて、ケーキ買って本当の歳の数のろうそくを堂々と立てたくて、死に物狂いで帰ってきたんだ。……これ去年も言った? よね?」
「……聞きましたね」
「そっか。でもきっと来年も言うと思うから、まあ聞いてあげて」
「仕方ないなあ」
「誕生日おめでとう、鍵介」

ふ、と軽い吐息のひと撫でで、ろうそくに灯った火は静かに消えた。









20180227 HAPPY BIRTHDAY!


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