Caligula
罪人のポルカ(主琵琶)
2018/07/08 09:46主琵琶∞
俺の献身をさながら呼吸に等しい当然の権利として享受しておいて、しかしこの両手からこぼれ落ちそうなほどの愛は「そんな物は犬にでも食わせておけ」と一蹴してみせる彼は自分を中心に世界が回っていると本気で信じていた。分厚い仮面を被って人間のふりをして、蜘蛛のように密やかに詭弁の糸を張り、しかし積み重ねてきたその場しのぎの嘘に綻びが生じれば、世界が自分の思い通りにならない不満を爆発させるひとだった。まるでこどものようなひとだった。俺のすきなひとだった。
「言っても分からないバカばかりだ、これだからガキは、すぐに計算を放棄して感情だけで動く」
「うん……」
「せめて、そうだな、だったらいっそのこと帰宅部の他の連中も全員、君ほどのバカだったらなと思うよ。そうすれば僕だっていくらか楽に動けただろうに」
「ふふ、そうだね、ねえ先輩、手つなご」
本当に賢い人の周りは自然と同じレベルの賢い人ばかりになるように世の中はできているはずなので、つまりはまあ、そういうことだ。俺がくすくすと笑いながらそっと差し出した手は、一歩前を歩く永至先輩の指輪だらけの手に不機嫌そうに弾かれた。やはり俺たちの間をつなぐのは柔らかな36度5分の体温なんかじゃなく、皮のリードと頑丈な首輪なのだと知ったのはオレンジジュースのような夕焼け空の帰り道。アスファルトの道路に伸びるふたつの影だけが、境界線を失いぴったりと混ざり合っていた。それ以外は、何もかもがばらばらだった。……愛とか恋とか。
「まあ、理解は出来なくても、好きでいることくらいは許されるよね、許してよ、先輩」
返事は無かった。ただ、底冷えのするような空っぽの視線だけが、俺の心臓を狙って突き立てられていた。