Caligula

グッバイ、リリィ(主鍵)

2018/03/23 12:28
主鍵現実

「……響、鍵介くんですよね」

返事を待つまでもなかった。手元のスマートフォンから顔を上げた彼は、間違いなく鍵介だった。休日の午前10時ぴったり、人の途切れない駅の出口の雑踏の中。彼はWIREでくれた連絡のとおり、化粧品の広告ビジョンの流れる柱に背中を預け、僕の到着を待っていた。
やわらかな丸みを持った輪郭はそのまま、ぱっちりと大きな目も細身の洒落たフレームで囲われたレンズの向こう。僕の知っている彼より、少し背が高いかもしれない。ただ僕も僕で、実はこちらで高校を卒業してからもしばらく伸びた180㎝オーバーの長身と、無駄にひょろりと長い手足を持て余していたりするので、彼との身長差は更に開いてしまっているのだが。

「えーと、せん、ぱい……ですよね、ええ? あの、そんなに大きかったんですね、ふーん……」

目の前に立った僕を見上げて、ぽかんと口を開けていた鍵介が、やがて拗ねたように唇を尖らせてみせる。それを見て、ああ、あの夢のような世界は、もう本当にどこにもないのだと、なんだか今さら涙ぐんでしまいそうになるのを、堪えた。

「ふふ、ごめん。こうして会う前に言っておけばよかったね、僕けっこう大きいよ、って」
「……冗談ですよ。怒ってませんし、あ、もう、子ども扱いやめてくれます?」

慣れない位置関係になってしまった鍵介の頭を、わしわしと撫でる。「初めまして……」なんて言いかけてから、少し考え直して、「久しぶり」と僕が差し出した右手を、鍵介の手はぎゅっと握り返してくれた。

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