はぐれ巫女の鬼子
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「はい、えー、という訳で…三平ちゃんには案内をして貰うことにしました。」
現在、午後九時半。
僕は日雇いのアルバイト勤務を終えて、ユキちゃんのお世話をした後、巫女服に着替えて、その足で河野くんの家に行った。
そして、三平ちゃんを貸して貰えないかと交渉したのだ。
今日のことを話したら、ユキちゃんがどうしても三平ちゃんが見てみたいとワガママを言い出し、言うことを聞かなくなっちゃったと、まあそんな感じで。
困ったようにそう呟けば、少し視線をさ迷わせたあと、河野くんは三平ちゃんを渡してくれた。
絶対にこの数日間の間に、似たようなぬいぐるみをユキちゃんに買って渡すので、その間だけと約束し、三平ちゃんを借りて来た。
「案内ぃ?」
集合時刻にて、三平ちゃんをリュックに入れて、安倍くんと合流した後、とりあえず話を聞いてもらおうと、今回の作戦を説明する。
「えーと…まず三平ちゃんは下水道に住む河童達の仲間で、話を聞く限りだと、最近人間を襲っていたのは、河童と言う妖怪である可能性が高いです。水辺を好み、人の肝を盗んで、大ババ様と言う河童のボスに献上していたと三平ちゃんは言っています。」
そうだよね?と、三平ちゃんに聞くと、本人は涙目で首を縦に降っている。
ここに来る時、諸々の説明を入れてくれたから、三平ちゃんの口から説明してもらっても良かったんだが…。
安倍くんの威圧があまりにも凄すぎて、ろくに口を挟めないみたい…。
かわいそうに、三平ちゃん…。
「それって、コイツもやったってことだよねー?やっぱり祓った方がいいよね?祓うね?」
「ダメ!話を最後まで聞いて!」
お祓い道具を取り出して、あからさまな殺意を持って、近づいてくる安倍くん。
三平ちゃんを庇うように、着ていた巫女服の裾で彼を隠す。
安倍くんをその場に静止させ、僕は最後まで聞けと咳払いをして話を続けた。
「この子自身は、一年前から群れを追い出されたの。現状、群れがどうなってるかは知らないし、三平ちゃんは人を殺せる技術がないから、群れを追い出されたんだよ。そもそも狩りにすら出して貰えなかったから、分からないんだよ。」
河野くんと家族になって、初めて人間が殺されることに危機を覚えたのだ。
それまでは、どうすれば人間を狩れるかという所で足踏みしていた状態だったのだろう。
三平ちゃんは、恐らく、群れの状況を今に至るまでほとんど知らない。
「無垢であることを盾にするなら、理屈としては破綻してるよー。過去に、力の制御が出来ずに暴走して、分からないまま人を大量に殺した妖怪もいる。君はそれでも、無垢を盾に邪魔をするの?」
「分かった、分かったから…情に訴える真似をした訳じゃないけど…、もう端的にまとめるよ。」
このままじゃ説明し切る前に、三平ちゃんが殺されてしまう。
そう思った僕は、スタスタと歩き出した。
安倍くんもそれに続き、僕の隣を歩く。
「三平ちゃんが、最近よく仲間が出入りしてた場所があるって教えてくれたの。その場所まで案内してもらう。」
「騙されてるって思わないのー?ソイツ、聞いてる限りだと、随分知能が高いように思うけどー。」
確かに安倍くんからしてみれば、三平ちゃんは、妖怪にしては随分頭が回る方だ。
人間の言葉も喋れるし、会話のキャッチボールがちゃんと成り立ってるんだから。
「頭が大きいから、脳が発達してるんだって。その代わり、体が小さくて狩りに適した身体能力がないから、群れを追い出された。」
「同情は何も生まないよー、もしソイツが僕達を騙してたら、即刻殺すから、覚悟してねー。」
ビクゥッ!!と怯えた様子で、僕の巫女服を握りしめる三平ちゃん。
「怖がらせないでよ!、分かったから!、三平ちゃんがもし河童側に寝返ったとかなら、好きにしたらいいよ。でも、三平ちゃんが河野くんの家族である内は絶対にダメ!」
それを決断するのは、河童達を片付けてから決めたらいいと、僕は三平ちゃんを持ってきていたリュックに隠す。
「妖怪の肩を持つなんて嫉妬しちゃうなー、僕の言うことも聞いてよー。」
「最初に半妖だからって殺そうとしてきたヤツの何を信じるのさ。」
良いから黙って着いて来いと、三平ちゃんに言われた道を進み、そうして見つけた場所は、下水道に降りる階段。
ただし、公共のものなので、きちんと鉄格子がはめ込まれ、施錠された状態で、不気味に風の音を響かせている。
「ふーん、ここなんだー?」
体を折り曲げて、中を覗き込む安倍くん。
「三平ちゃんが言うにはね。それと、大ババ様から一番近い出入口がここだって言ってた。」
さて、どう開けるかな…と僕が鉄格子に近付こうとすれば、その前に安倍くんが無理矢理鉄格子を引っこ抜き、その場に捨ててしまった。
「……。」
「うわ、臭いねー。ホントにここにいるのー?」
妖怪に対する執着エグ…と、遠い目をしながら、僕は安倍くんと下水道へと降りていく。
だが、確かに安倍くんの言う通り、生活排水が流れているそこは、酷い臭いだ。
「うぅ…」
臭い…と鼻を抑えながらも、僕は下水の水を吸って、少しばかりの植物が群生しているのを見つけた。
恐らく雑草の類だろうが、コンクリートの隙間から、ツタ伸びてる植物もある。
「使うー?」
不意に、白いハンカチを差し出され、僕は「あ、ああ、ありがとう…」とそれを受け取る。
「被害者の遺品なんだけどねー、それ。使えるかなと思って持ってたのー。」
「渡して来ないでよ、そんなモン!不謹慎だよ!!」
被害者の手がかりで鼻を押さえさせようとすな!
「それにしても広いねー、ここ。もう早速、別れ道だよー。」
無視かよ、とツッコミながらも、確かに僕達の先には、別れ道となる通路が続いている。
「どっちかな、三平ちゃんに聞いてみようか…」
リュックの中にいるであろう三平ちゃんに話しかけようとしたその時。
ガア、とどこかから、低い鳴き声が響いてきた。
ピクっと、僕と安倍くんはその音を感知し、左右の通路を見る。
「…音、この先の通路からじゃない、」
ガア、ガア、ガア
「いつから着いてきてたのかなー。」
僕と安倍くんが、音の先、背後を振り向けば、大量の不気味な相貌をした河童達が、じりじりと迫り来ていた。
不気味に飛び出した目玉、そのクチバシは大きく、口を開いた個体からは、びっしりと鋭い歯が生え揃っていて、噛みつかれたらひとたまりもないことが伺える。
気持ち悪く湿った緑色の皮膚、亀の甲羅のようなものを背中に背負い、書物で見るそのままの姿の河童が、壁や、床、下水を泳ぎ、大群でこちらをじっと見ている。
「あー、んー、話が通じるとは思わないんだけどー、聞きたいことがあるんだよねー。」
「…!、安倍くん、」
まずい、囲まれた。
後ろからも着いてきた上、察知した左右の通路からも、大群が押し寄せてきてる。
狙いを定めるように、こちらを見て、ガアガアと鳴いている。
「…、鬼子、お前の後ろにいるのは、我らの同胞ではないか。」
不意に、河童の一匹が何かに気付いたらしく、僕の背後を見ている。
三平ちゃんが、リュックから怯えた様子で顔を出していた。
「三平ちゃん、」
「その鬼子に取り入って、肝を持って来させたのだな?」
三平ちゃんに向かって、なおもベラベラと話しかける河童達。
「いやしかし、鬼子が同胞に加われば、人間の肝をさらに集めやすくなる。仲間にするか、それとも大ババ様に献上してしまうか…」
「まあいい、言いつけ通り、肝は新鮮な状態で持って帰ってきたのだ。」
ーー帰って来い、同胞として群れに入れてやろう。
そういえば、そうだった。
三平ちゃんは、元々、人間の肝を持ってきたらもう一度群れに戻してやると言われて、追い出された身。
傍から見れば、仲間の河童達に若い人間と、半妖の肝を持ってきたことになる。
河童達は、約束通り、三平ちゃんを群れに戻してやると、そう言っているのだ。
……どうする、やっぱり、彼らの元に帰るか、三平ちゃん。
「ぼ、僕…、コウ平がいるから、帰れません……、ごめんなさい……」
「ねー、もういいかなー?」
三平ちゃんが俯いて、リュックの中にこもったその瞬間、遂に安倍くんが痺れを切らした。
くるくると、妖縛帯と呼ばれたお祓い道具を、拳に巻き付け、カツカツと前に進んでいく。
「君達には聞きたいことがあるんだー、最近人間を食い荒らしてる妖怪がここら辺いるんだけどー、それって、君達だよねー?大元のボスはどこにいるのかなー?」
「活きのいい肝だ。そちらからやってくるとは、何とも上々!!」
「君、声がデッカくてうるさいよ。」
河童の一匹が、安倍くんに向かって飛び込んできた。
しかし、その次の瞬間には、河童の腹に風穴を開けて、腕を血まみれにする安倍くんの姿。
死体は下水へとゴミの如く打ち捨て、淡々と次の獲物へと狙いを定める。
「うるさいって事は、耳障りってことなんですよー。」
河童の返り血を学ランや顔に付着させながら、襲いかかって来る河童を返り討ちにしていく安倍くん。
しかし、それを流暢に見ている暇はない。
「あの餓鬼ィ!、たかが少し脳がある程度で上に立ったつもりかァ!!!」
安倍くんの様子を見てか、すぐに三平ちゃんに裏切られたと察知した河童達が、僕の方目掛けて襲いかかってくる。
リュックのチャックを閉めて、前に背負い直し、僕は構えの姿勢を取る。
ここへ来る時、既に人間から鬼へと姿を変えているので、準備は万全だ。
術を使わない下級の妖怪は、基本的に肉弾戦でどうにかなるものがほとんど。
ひたすらに、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
襲って来た河童の頭をぶん回し、首の骨を折ってそれを仲間にぶつけて巻き添えを狙い、使っていた河童がボロボロになれば、次は新しいのを。
何もしなくても、『武器』が向こうからやって来てくれるのだ。
一匹の骨を折り、足を掴んで河童に向かって叩きつけ、それを何度も繰り返した。
ユキちゃんが危険な目に会わないように、三平ちゃんが河野くんと暮らしていけるように。
そのためには、一匹も逃してはならない。
「クソ…大ババ様を呼べ!このままでは全滅してしまう!」
「阿呆!もう呼んであるわ!、今にこちらにいらっしゃるだろう!」
河童の二匹が、そんな事を叫んだ瞬間だった。
「おのれ…、何奴だ。」
突如、流れる下水が、声のする方へと引いていく。
姿を現したソレは、まるで挨拶代わりと言わんばかりに、下水で出来た大きな津波をこちらへとぶっぱなしてきた。
慌ててそれを回避する僕と、壁に着地する安倍くん。
声の主は、下水道に出来た空間を容易く塞げてしまえるほどの巨大な河童だった。
「鬼子が一人と、人間が一匹紛れ込んだと来てみれば……。えらく若い小童共が巣を荒らしてくれたものだな…。」
周りの倒れた河童達を見回しながら、元凶と思わしき大河童は、二つのくちばしで低い声を上げる。
「我らの事は、そこの小さな裏切り者から聞いているのだろう?」
三平ちゃんの事も既に漏れているらしい。
リュックの中で怯える三平ちゃんを庇いながら、僕はふと、巨大な河童の欠けている部分に気付く。
「…腕が、ない……?」
片腕が欠けているらしく、オマケに体も僅かながらふらついている。
様子を見る限り、本調子じゃないみたいで、どこか弱っている印象を受ける。
「腕だけじゃないねー、多分臓器のいくつかも欠けてるから、極端に弱ってる。」
指で作った輪っかを覗き込む安倍くん。
どうやら、人間の肝を今まで食い荒らしていたのには、何か理由があるようで。
「獣の尻子玉…肝を啜り、今日まで長らえてきた…。だが最早、それでは足りぬ。より活力に漲る人間の生き肝…それを食わねば、長らえることは叶わぬのだ……。」
「…ってことは……」
今まで人間を食い荒らしてきた理由は、この大河童の妖力を回復させるため。
獣から人へ、人からより若い娘へ。
どんどんその行動をエスカレートさせ、下水道の地下で、肉を喰い漁り、生きてきたのだ。
疑う余地は、ない。
この大河童が、完全な黒幕。
事件の犯人は、コイツだった。
「同物同治って、今の時代じゃ『ぷらしいぼ』って言うらしいけどねー。」
タン、と音を鳴らして、壁から床に着地する安倍くん。
「何より、治らないよ、君のソレ。明らかに欠けてる部分が多過ぎるもの。」
片腕なんか、自分と同じ大きさの腕をもぎ取って付けるでもしないと無理だろうねー。と安倍くんは淡々と呟く。
「問題ない。たった一人で百人力分はあろうかと言う肝が来た……、鬼子、お前の事だ。」
「……。」
大河童はニタリと笑みを浮かべ、その巨体をゆっくりと起こす。
「歓待するぞ、鬼の子よ…。まだ若い鬼子なら、経験も浅く、思慮深くもないだろう。オマケに三本角と来れば、今よりも…いや、全盛期の時よりもっと儂は強くなれる…!!」
「勝手に置いてけぼりにしないで欲しいなー。」
バシャ、と水を跳ねさせ、僕を背後に隠す安倍くん。
「犯人は分かった、動機も所在も理解したし、あとは証拠となる遺体を見つけるだけで、調査は終わり。いやー、良かった良かった、一気に進んで助かったよー。」
「…!、お前、」
「ここから先は殲滅戦だぁ。お前ら全員、祓うね?」
感情の一切を削ぎ落とし、相手から絶対に目を離さない安倍くん。
絶対に逃がさないと、威圧感からそう訴えているのかよく分かった。
しかし、それは大河童の方もだ。
「お前…いや、貴様…その目、その雰囲気、匂い…十年前、儂の腕を千切りよった、あの男の仔か…?」
「は?、何を言って…」
「一度ならず二度までも、儂から全てを奪おうと言うのか、陰陽師ッッ!!!」
不意に、安倍くんが下水施設の明かりに照らされたその時。
大河童が、安倍くんの全貌を見て、何か、苦い記憶を呼び覚ましたようだ。
途端、下水施設全土に響くほどの咆哮を上げ、生き残りの河童達にがなりたてる。
「?!」
すると、本来なら下水が流れるいくつもの太いパイプから、大河童の咆哮に反応した河童達が、わらわらと数を成して現れ出したのだ。
「ここにいる者で全てだと思ったか、小童共!!都市開発により造られ忘れられた、この地下水路内には、我が子達がいくつものコロニーを成している!!」
いくつものパイプや、流れる下水から、大量に現れ出した大河童の子供達。
まだこんな大群を隠し持っていたのかと、僕は衝撃を受ける。
それだけ長い期間、地下で彼らは生き続けていたのだ。
大河童を治すために、何年も何年も、時間をかけて数を増やし、まるで軍隊のように。
「貴様らは最早、袋の鼠…。背を向けて逃げることは許されんッ!!」
じりじりと迫り来る大群の河童達。
大河童の言う通り、逃げることは許されない状況に追い詰められた。
「うわー、たった二人に見境ないなぁ。何がなんでも捕まえる気じゃん。」
「……ッ」
「こーゆー獣が一番厄介だよ。…まぁ、しょうがない。」
立ち尽くす僕より先に動き出したのは安倍くんだ。
「学校と言い、ココと言い、閉所では『コレ』、使いたくないんだけどなー。とは言え、この数とボス相手じゃ、嫌でも使わざるを得ない。」
「……。」
安倍くんがすぐに動き出したのにも関わらず、僕は未だに迷っていた。
今までは単純な肉弾戦でどうにかなっていたが、この大軍と、大河童を相手に、術を使わないなんてまず無理だ。
三本角の鬼はパワーはあるが、細かな術を組むことが極端に苦手な脳筋でもある。
「__、大丈夫…?」
迷っている僕に、三平ちゃんが不安げに話しかけてくる。
「…三平ちゃん」
単純ながら、少しだけ迷いが晴れた。
せめて、河野くんには、三平ちゃんをちゃんと返さなきゃ。
彼と、約束したんだから。
「うん…大丈夫。危ないから隠れてて。」
三平ちゃんをリュックに入れて、僕は膝立ちになって地面に気を集中させる。
術を組むことを得意とするのは、主に一本角や、二本角の鬼が多い。
鬼が目立った技を持たないのは、術を組めないのではなく、組まなくても何とかなる個体が多いから。
しかし、技術の代わりにパワーが発達している三本角の鬼は、基本的に術を苦手とする個体が多い。
一対一ならまだどうにかなったが、僕の場合、大群+ボスとなると、戦闘経験の浅さが如実に現れてる。
「“望む兵”、“戦う者”、“皆陣連ね…ーーー」
チャプ……
ピクと、何かに気付いた安倍くんが、術の展開を止める。
僕は息を吐き、父から教わった術を思い出す。
『__、大地は生命の源だ。鬼はそこから力を借りることが出来る術を持ってる。』
地面に手を置いて、大地に自分の声を反響させるように。
『優しく呼びかけるように、フッと息を吐いてーー』
「“大地の狭間より、生者へ呼び掛ける者ここに有り”、“鬼術 蔓木柱(きじゅつ つるぎばしら)”ーー!!」
正直、上手くいくかは五分五分だった。
経験の浅い自分では、上手く目標に向けて術を発することが出来ないかも知れない、と危惧していた。
…が、どうやら土壇場で上手くいってくれたようだ。
「…な、!!」
大河童の動揺の声と共に、ゴウゴウと音がする。
来た。
そう思った数秒後には、コンクリートに大きなヒビを入れ、何かが飛び出してきた。
薄緑色の長くうねうねとしたソレは、大きな植物の蔓。
蔓の植物は、本来樹木や、また支柱となる物に巻き付き、自分の体を他の植物に支えてもらいながら成長する。
術によって呼び掛けた蔓の植物は、コンクリートの隙間を縫って飛び出し、大群の河童に強く巻き付き、妖力を奪って、花を咲かせる。
そうなればあっという間だ。
絡め取られた河童達は妖力を吸われて無力化され、その証拠として、蔓植物であるアサガオが咲いている。
「植物の根や蔓は、コンクリートすら持ち上げる。呼び掛けた植物達の範囲はここだけじゃないよ。…これでもう、河童の大群は出せない。」
ふう、と額の汗を拭いながら、僕は大河童に呟く。
植物達は、術と言う“声”に反応して、円形の陣を作る。
近くにいる河童達も巻き添えを食うはずだし、もう一度大河童が子を呼んでも、そう簡単にここへは来れまい。
「くっ…よもや生まれてからたかが数十年の鬼子が、術を使えるなどと…」
ギ、と大河童は一歩、足を前に出そうとした。
「!?、……なるほど、術が出来た時点で、儂も油断すべきでなかったということか…!」
しかし、大河童のその足には、既に蔓が絡みつき、大量の妖力を少しずつ吸い取ったそれは、アサガオの花をポンポンと咲かせていた。
植物が成長すれば、蔓も太く逞しく、並大抵の力じゃ剥がせなくなる。
「…動きは封じた、河童の大群も押さえたし……あとは、任せるよ。」
「ッ!!」
「わーい、動きやすくなったー。」
大河童が僕に気を取られているその間、安倍くんは素早く大河童の背後を取り、距離を詰める。
「“欣求縄動 過重緊華”」
手を出される前に、素早く片腕と体を縛り上げ、安倍くんは連続での攻撃姿勢を取る。
「文字通り、手も足も出ない。これで詰みだね。」
どうやって力を出しているのか、妖縛帯で大河童の巨体を引っ張り、自分の元へ引き寄せる。
「“厭離壊道 一点四壊”」
狙いを定めたのは、大河童の腹。
ありったけの術を込め、妖縛帯で引き寄せると同時に、その腹に腕をめり込ませた。
元々、臓器がいくつか足りないと言っていたことから、腹に術の力を直接流し込むことで、内側を攻撃しようと目論んだのだろう。
結果、その術をモロに受けた大河童は、一瞬体を震わせたあと、口から噴水のように大量の血を吹き出し、ベシャリと倒れ込んだ。
「ふー、終わった終わったー。あとは死体を見つけるだけだねー。ちょっと行ってくるから、そこで待っててよー。」
「え、ちょ。」
ちょっと行ってくるからって…パワフル過ぎない?
さっき大妖怪倒したばっかりなのに…。
術を使ったせいで、僕もうヘトヘトだし……
「って、そりゃ僕と安倍くんは違うよね…。」
バシャバシャと水路の奥へ消えていく安倍くんと、術の一つを使っただけでヘトヘトになってる僕。
そりゃ、向こうは妖怪退治の為に日々体を鍛えて、術も色んなのを覚えて、実戦経験だって積んでる。
僕と彼とじゃ、経験も体力も違うのだ。
「はぁ…。」
「何故……」
ハッとして、僕は後退る。
が、弱々しく、掠れた声を出す大河童に、脅威はないと本能的に感じ、僕はすぐに警戒を解いた。
「儂は酷く老いた…。もう長くは生きられまい…、鬼子よ…お前は、何故同胞を殺す…?鬼子であれば、その力を持ってして妖怪の長にすらなり得る……あの陰陽師と、何を企てている…?」
「……何も企ててないよ。でも、ごめん、やらなきゃならない理由があるんだ。妖怪を手にかけても、守りたい人がいる。」
「愚かな…、人の子を守って何の意味がある……我らより寿命の短い生物なぞ、守るに足らぬ…。いずれお前を残し、先に死ぬのだぞ……。」
「僕たちとってはそうでも、人間にとっての一生はそうじゃないんだよ。あの子が、歳を取って、老いて、良かったと思える人生を歩ませてあげたい。そのために汚れるのは、僕だけでいい。」
水路のコンクリート部分に腰掛け、僕は三平ちゃんの入ったリュックを抱きしめる。
「今は、あの子だけでいい…。自分のことを考えるのはその後がいい……。」
「…恐れているのか、自らの事を。」
「…違う。僕は、大事なものが失う怖さを知ってる。この目で見てきたから。」
父を無惨に失い、生命を亡くして棺桶に入れられた姿。
母は、ずっとずっと毎晩泣いていた。
僕のいる所では泣かないよう、強く生きていたけれど、一番苦しくて悲しい思いをしていたのは母だ。
深く愛していた。お互いのことを、ずっと。
だから、禁忌を犯してまで、一緒にいることを選んだ。
「僕の隣に立つ人は、すぐに死なない人がいい……。」
「……仇を討とうとは、思わないのか…、それこそ、陰陽師が殺したかも知れないのだぞ…。」
大事なものを失ったと言う言葉から、何か思うところがあるのか、大河童はポツリと呟く。
「…あの陰陽師くんを殺して欲しいなら、残念だけど違うね。そもそも、父を殺したのは、陰陽師じゃないもの…。」
そう、違うのだ。
少なくとも、父が遺していた遺書には、そう書かれていた。
もし、自分を殺すようなヤツがいるなら、それは陰陽師なんかじゃない。
もっと恐ろしい、その『元凶』となる者だーー。
「………。」
「……ずっとひとりでは抱え切れぬ、儂とて我が子達に支えられて今がある。…お前を守る存在は、どうなる。」
人は一人じゃ生きていけない。
でも、そうなった時、誰を頼れば良いんだろう。
父も母もいない。
ユキちゃんは僕の傍に居てくれる、大事な存在で、守らなきゃいけない人。
じゃあ、僕を守ってくれる人は…?
「…分からない。考えたくない。」
「……やはり若いな…鬼子よ。目先のことしか見えておらぬ……。」
掠れた声が徐々に小さくなっていく。
もう限界が近いのだろう。
「…愛情深いのは結構、だが、それは弱さに他ならない。失えば傷は深く大きくお前を抉るだろう…。お前は若く未熟だ…誰かを頼るのも、一つの術…。学べ、鬼子よ。」
「…あの、貴方の名前、聞いておきたいです。」
「………ーーー」
静かに瞳を閉じた大河童、ビクニは、もうそれ以上口を開くことはなかった。
僕は何も言わず、リュックに入っている三平ちゃんを抱きしめる。
「…河野くんの所に帰らないとね。」
けれど、すぐに三平ちゃんにそう語り掛け、立ち上がる。
同時に、安倍くんも戻って来た。
「…お、おかえり、どうだった?」
「うん、いたよー、コイツらの巣の奥の方に、臓物を抜かれた六人分の男の遺体。若い女の遺体が三人分、食い散らかされて捨てられてた。」
…これで証拠も揃ったという訳か。
「じゃあ…終わり?」
「終わりだねー、あとは本部に報告するだけー。」
ギュッとリュックを握る僕を見てか、安倍くんは少し考える動作をする。
「あー、んー。ありがとう__ちゃん。__ちゃんのお陰で全部分かったよー、調べておいてくれたんだよねー。」
「…え?」
「さすがだねー、どうやって調べたのかは知らないけど、ここまでとは、感心しちゃうなー。」
今回ばかりはお礼を言っておくよー。と棒読みでそう言われ、手を引っ張られる。
「えっ、いや、あの…」
…聞く限り、安倍くんは三平ちゃんから教わった情報を、全部『僕から』聞いたことにするつもりらしい。
…要は、見逃された訳だ。
「それはそうとさー、君のあの術凄いよねー。なんだっけ、鬼術とか言ったよね、アレって現状、奥の手?」
今度は、僕が出したあの術が気になるらしく、ペタペタと、手を地面に付けるような動作をする安倍くん。
「いや…奥の手じゃないけど…、でも、術を出すのは結構疲れるんだ…。練度を上げればいくつでも出来るけど、僕にそこまでの技術はないや。」
「ふーん。じゃあ君の奥の手って、何?」
握る手はそのままに、じぃっ、とこっちを見つめてくる安倍くん。
妖怪に対して警戒を抱く、陰陽師の瞳をしている。
「能力の危険度があるでしょー?もし国を傾けるほどの術があるんだったらさ、君を一旦封印しちゃうのもありかなーって。」
「…そうなった場合、ユキちゃんはどうする気?そのまま野放しにして、死なせるの?」
負けじとこちらも睨み付ければ、安倍くんはぎょろりとした目を一度逸らして、んー、と顎に手を当てる。
「分かんないんだよねー、その継承戦なんたらって言うのが。それってそんなに危険なの?」
「それこそ国を巻き込むかもね。」
「ホントー?じゃあダメだねー、妹ちゃん保護しなきゃー。どんな感じか教えてくれたら、こっちも動きやすいんだけどなー。」
チラッチラッみたいなテンションで絡んでくるので、なんかウザイ。
「…もう帰る。封印するなら事が終わってからにして。」
「あー、また誤魔化されたー。でももう遅いし、送っていくよー。」
「別にいいよ、一人で帰れる。」
「疲れてるんでしょー?、術一つ使うだけで疲れるって言ってたもんねー。」
運んであげようかー?と、妖縛帯を片手に呟く安倍くんに、僕は首を横に振る。
「ヤダ。三平ちゃんに手を出されても困るし。」
「出さないよー。大人しくしてる内は、君の言う通りにするよ。河童の情報も嘘じゃなかったしねー。」
お陰で調査も終わったし、ボスも倒せたしー。と安倍くんは三平ちゃん入りのリュックを見つめる。
「どうだか。僕が河野くんに三平ちゃん返した後、祓わないとも限らないし。」
「ここまでしてるんだから、少しくらい信用してくれても良いじゃないー。」
少ししつこく食い下がってくる安倍くん。
…僕が今ここで、分かったよ…って信じても、本当に信じてるー?と顔を覗き込まれそう。
なので、僕はため息をついて、手っ取り早く、どうすればいいか聞いてみることにした。
「…具体的に信用って何をしたら良いのさ。ここで僕が、はい分かりましたって言っても納得しないでしょ、君。」
「ん。」
「何…?」
急に片手を差し出してきて、じっとこちらを見てくる安倍くん。
なんかされそうだな…と思いつつも、恐る恐る片方の手を握ると、ぎゅっと握り返されただけで、特に何もなく。
「仲直りしよー。」
「な、仲直り…」
「大人しくしてる内は、その妖怪には手を出さないよ。もしもの事があれば別だけどー、今の所は情報流してくれて、助かったしねー。」
「…。まあ、それなら。」
相変わらず何考えてるか分かんないけど、本人がそう言っているのであれば、もう信じるしかない。
ここで疑ってても、いたちごっこになるだけだ。
分かったと渋々ながら了承し、僕は安倍くんから手を離そうとした。
…が。
「…安倍くん?」
「んー?」
「離してもらっていい?」
「あー、ごめんねー。って、あれー?妖縛帯が絡まっちゃったー、外せないよー、仕方ないから一緒に帰ろっかー。」
「……今離したら恋人繋ぎ出来るよ。」
ボソッとそう呟いてみると、すぐにビリ!と紙が破ける音がした。
妖縛帯の拘束が解放されて、代わりに指を絡めて、ぎゅっと握る恋人繋ぎを促された。
黙って安倍くんの手を握り返し、歩き出す僕達。
僕が言うのもなんだけど、安倍くんも男の子なんだなー。と。
歩き出した途端、急に黙っちゃって。
そんなに手を強く握りしめなくても、家までは離さないよ、とは言ってやらないもんね。
