はぐれ巫女の鬼子
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「ええ!今日もダメなのぉ?」
「ご、ごめんね…今日は用事があって…」
ガックリ…と肩を落とす背の高い美少女を前に、僕は罪悪感に苛まれる。
相手は少し前に、僕に陸上部に来て欲しいと言っていた、速水さん。
速水さん自身も陸上部で、今は注目度の高い陸上部のエースみたいな子。
速水さんに誘われて、ずっと放課後行こう、放課後行こうって思ってたのに、立て続けに用事が入るせいで、どうにも上手くいかない……。
「次ぃ…いつならいけるかな…?」
「ン゛ー…今日は無理だしぃ…明日は休みだからぁ…」
「月曜日…」
「ぅん?」
がしぃっ!と両手を握られ、速水さんは力強く訴えてくる。
「来週の月曜日!絶対約束してくれる?!」
「わ、分かった、頑張ってみる…」
流石に何度も断り続けるのはいけないと、冷や汗混じりに頷くと、速水さんはパッと明るく頷いて、「絶対だよ!」と言って、僕がいた教室を出て行った。
何とかして予定を開けておかないと…と、密かに焦りながら、僕はカバンを持って教室を出る。
キョロキョロと周りを見渡して、僕は近くに安倍くんがいないかどうかを確かめた後、そそくさと帰ってしまおうとした。
今日会う約束の詳細は、休み時間に話したし、もうこの場ではあんまり会いたくない。
そろそろと足音を消すように歩きながら、昇降口に続く階段を降りようとした時だった。
ヒタ…ペタ…ヒタ…ペタ
そんな湿った足で、床を歩く音が、僕の背後から聞こえてきた。
「…。」
いわゆる、人間特有の気配がない。
そして、僕が歩みを止めると、ソレも止まって、振り向くと誰もいない。
そして、歩き出すとまた。
ヒタ…ペタ…ヒタ…ペタ
明らかに、何かが後ろから着いてきてる。
人じゃないってことは、妖怪…。
もしかして、晴華くんが言ってたもう一匹って…後ろのヤツのこと…?
そう思った僕は、階段の曲がり角を駆使して、相手から死角となる位置に身を隠す。
すると、思いの他小さい影が、ぬっと僕の前に現れたので、ガシッ!とそれの頭と思しき部分を掴んだ。
相手はワタワタと暴れていたが、僕が離さない気配を察知すると、ぷらん…と力無く項垂れた。
「こ、こ、殺さないでください…鬼子(おにご)様…お願いします……」
「……え?」
ポロポロと涙を流しながら懇願して来たのは、頭が大きくて、体が小さい、マスコットみたいな河童。
なんか、ぬいぐるみみたいな風貌をしていて、黙っていれば、可愛らしい感じのする妖怪だった。
「えっと…、君、河童…、の妖怪?」
見た目的にそうだろうと思い、疑問を呈してみると、小さな河童は素直に頷いて、「そうです…」と答えた。
「ぼ、僕、帰りたいだけなんです…コウ平のバックに…」
「コウ平って…もしかして河野くん!?」
どういう関係なの?!と僕は驚きながらも、河童くんに事情を聞いてみる。
「一年くらい前から…えっと、コウ平の家にお世話になってて…。時々バックに紛れて、コウ平と学校に来てたんです、それで、今日も学校に来てたんですけど、学校を歩き回ってたら道に迷って……、」
「…最終的に、リュックに帰れなくなって、置き去りにされちゃったと…。」
しょんぼりしながら、河童くんは下を向いている。
「何とか帰ろうとしたら、いつもコウ平と一緒にいる貴方が見えたので、着いて行ったら帰れるかもってなって…。」
「な、なるほど、そういうことだったんだ。ちょっと疑問なんだけど、君、河野くんと会う前はどうしてたの?」
河童達が、東アジア圏の方から日本に来たとかなら、何か継承戦の断片が分かるかも。
「コウ平と会う前は、下水道で仲間達と暮らしてました…。でも、お前は使えないからって、大ババ様に追い出されて…。行くところがなくて、困ってた所に、コウ平が助けてくれたんです。」
「え、下水道って…この近くの?」
聞いてる限りじゃ、この河童くんの仲間、まだたくさん居そうなんだが…。
それに、大ババ様って…、いわゆる河童のお頭に当たる妖怪だよね…?
「そうです…。」
「…あのね、僕の勘違いならその、否定して欲しいんだけど……」
「…?」
「その河童達って、人間を襲ったり、してないよね?」
河童くんの方を見つめながら、ポツリと呟くと、彼は少しの間の後、何か思い出したのか、分かりやすく震え出した。
「あ、あっ…、し、あ、あの」
「ああ、いや、ごめん。怖がらせるつもりなくて、一年前に追い出されたなら、河童達の現状なんか知らないか…、ごめんね。」
河野くんの所に帰ろっか。と彼を抱きかかえると、不意に僕のカッターシャツを掴んで、こう呟いた。
「…尻子玉……」
「ん?」
「大ババ様や、仲間は、僕を追い出す時、尻子玉を取って来たら、また群れに戻してやると言いました…。尻子玉は…人間の肝です。」
「!」
河童くんの言葉に、僕は思わず足を止める。
「コウ平のスマホで調べたら出てきました…。大ババ様は、怪我をしていて、それを療養するために、尻子玉を集めてると…。」
「…、河野くんと会う前は、君も人間を…?」
静かにそう聞くと、河童くんはふるふると首を横に振る。
「出来ませんでした…。僕は…こんな小さな体だから、小さな動物一匹仕留められないんです……、自分でも、コウ平達に危害が及んだらいけないからと思って…、どうにかしようとしたんですけど、ダメでした…。」
「…そっか。河野くんのことは、大事?」
河童くんは、すぐに頷いた。
「…自分の群れと、河野くん達、どっちを優先したい?」
僕が淡々と感情を込めずにそう言うと、河童くんは、黙ってしまった。
酷なことを聞いているのはよく分かっている。
けれども、彼も河童達に協力して、直接人間を手にかけずとも、それを助長する行いをしていたことは確かだ。
河野くんには悪いが、ここで河童くんがもし、自分の仲間を優先するようなマネをするなら…。
「…僕は、酷いヤツなのかも知れないです。」
「…?」
「仲間や、大ババ様のことより、コウ平達のことを気にしてる自分がいます。僕は、仲間の死を悲しめない、血も涙もないヤツなのかも……。」
「…そう、そっか。河野くん、良い子だもんね。」
ぎゅっ、と河童くんを抱き直し、僕はスタスタと階段を降りていく。
昇降口まで着くと、バタバタとこちらに向かってくる男の子の姿が。
「あーー!やっと見つけたぁ!三平、お前こんなところに…、って、__!?」
「河野くん、この子、三平っていうの?」
「あ、いやその、…これは…」
「ぬいぐるみに名前付けてるなんて、可愛い趣味だね。」
僕が自然な感じで会話を続けると、河野くんは「えっ、ああ、そう!ぬいぐるみ!」とうんうん頷いて、愛想笑いを浮かべる。
僕は三平ちゃんに、小声で、
「もし妖怪絡みで困ったことがあったら、ウチにおいで。それと、なんで敬語とか様とか付けてたのかは知らないけど、付けなくていいからね。」
と、そう呟き、河野くんの手に彼を置いた。
「廊下の近くに落ちてたよ、誰も落とし主がいないなら、ユキちゃんにあげようと思ってたんだ。はい。」
「あ、ありがとな、このお礼は今度絶対にすっから!」
「可愛いね、その子。学校に持って来ちゃうくらい大事なものなんだ?」
僕がからかうようにそう呟くと、河野くんは照れた様子を浮かべた。
「ああ、そうなんだ…。大事な家族だから、戻ってきて、本当に良かった…。」
大事そうに三平ちゃんを抱えて、河野くんは僕に別れの挨拶を済ませると、彼の頭を撫でて帰って行った。
彼の後ろ姿を見送りながら、いつかの両親の言葉を思い出す。
“いつか、妖怪と人間が共生出来るようになればいいね。”
うん、そうだね、お母さん、お父さん。
あんなふうに大事に想い合えるなら、人間と妖怪の共生も、悪くないと思う。
「見逃しちゃったんだねー。」
「エッ」
ガシィッと静かに、強く肩を掴まれ、僕は冷や汗混じりに、ギギギ…と首を横に動かす。
「『アレ』と何を話してたのかなー?、河野くんにアイツを渡して、何をさせるつもりなのかなー?」
「あ、安倍くん……」
いつから居たんだ…と、そう言う前に
「君が何かに着けられてたから、後ろから着いて行ってたんだけどー、僕が捕まえる前に捕まえてたよね?、行動からして、手を組んでる訳じゃなさそうだけど、河野くんに渡したのはどうしてー?」
と、事の始終を話してくれた。
つまりほぼ最初から見てたんじゃねえか!
「…家族らしいから」
河野くんが歩いて行った方向を見つめながら、僕は呟く。
「お互い大事なんだって。」
「それで取り逃がしたの?情に絆されやすいのはいけないなー、騙されてる可能性も考えなくちゃー。」
「はぁ…、まあそうだよね。」
安倍くんは正直そう言う人だよね。と、僕は考え込む。
「一応聞くけど、どうする気?」
「祓うよ。信じる確証がないもの。」
ぎょろりと赤い瞳をこちらに向けて、無慈悲な決断をする安倍くん。
「…。」
「嫌そうな顔してもダメー、君のことは好きだけど、それだけで特別扱いは出来ないよー、元は道具だってことを忘れないでねー。」
「あーもう、わかったよ…、じゃあ考えるから、先に帰るね。」
どうせ交渉じゃ頷いてくれないのはよく分かってる。
それならば、何か案を捻り出せないかと、僕は頭を掻きながら歩き出す。
「怒っちゃったー?でも、妖怪は祓わないとー。」
「怒ってない。君の言い分も分かってるよ。」
そう、よく分かるからこそ、考えるのだ。
何とかして、三平ちゃんを殺されずに済む方法。
妙に近い距離で、横を歩いてくる安倍くんから距離を取りながら、僕は頭の中で、河野くんと三平ちゃんに思いを馳せるのだった。
