はぐれ巫女の鬼子
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「どうして、僕の正体が分かるの?」
廊下を歩きながら、安倍くんにそう聞くと、「んー?」と間延びした声が聞こえてくる。
「普通に見れば一発で分かるでしょ、君、半分が人間の魂で、半分が物凄い密度を持った妖怪の魂だもん。」
指で輪っかを作った安倍くんが、覗き込むようにそう言った。
「色も形も大きさも、そこら辺の奴らとは比にならないくらい、強い妖気。『鬼』だってことも、すぐに分かったよ。紛れた所で、そんなんじゃすぐに分かる。」
「……そう。」
と言うことは、彼には、僕が、能力を解放した状態の、鬼の姿で見えているのかな。
人間の姿も、鬼の姿も、どちらも本当の姿をしているのが僕だけれど、彼には僕がどんな風に見えているんだろうか…?
陰陽師……。
妖を祓い、封印する封魔の徒。
母からの話じゃ、彼らはとんでもなく……
「それにしてもさ、君、既に妙な術、使ってるでしょー?」
「…え?」
人通りの少ない廊下まで来た時、彼は首を傾げながらそう呟いた。
「凄く強い術だねー、母親の方が鬼なのー?」
「いや…、別に、何もかけてないけど…」
普通に分からない首を傾げれば、彼もまた「んー?」と首を傾げている。
「えー、うっそだー。そうじゃなきゃ、おかしいよぉ。」
「え、ち、ちょっと!」
グイッと、『第三化学準備室』と書かれた人が滅多に来ない部屋に連れ込まれ、僕は手を離してと、抵抗する。
だが、尋常じゃない怪力に、人間の姿の僕じゃ、太刀打ち出来ない。
「離してよ、痛いよ!」
「そうやって、可愛い顔でおねだりすれば、逃がして貰えると思ってるの?」
ドン!と、体の重心を思いっきり傾けられ、僕は床に叩き付けられ、倒れてしまう。
ケホッ!と背中を強く打ち付けたせいで、起き上がれない。
「な、何を言ってるの…?」
可愛い顔って何だよ、おねだりもしてないし、単純に話し合いに応じて欲しいだけなんだけど…!!
「今までは、それで通じて来たかもしれないけど、僕には通じないよ、そう言うの。僕は『道具』だからね。」
「いや、意味分かんないよ…!通じて来たって何、僕、そんな君好みの顔してるの?」
もはや、ヤケクソでそう叫んで、睨みつけるも、「そんな顔してもダメ、妖怪は祓わなきゃいけないから。」と、訳の分からないこと呟いて、懐から何かを取り出す安倍くん。
ヒュッ、と紙の擦れる音がしたかと思えば、バチバチ!!と電撃を食らったように、体が痺れて、強制的に僕の中で、魂の入れ替えが始まった。
「がァッ!!?」
鬼から人間への入れ替え術を、強制的に解かれた…!
徐々に自分の容姿が、人間から、鬼そのものになっていくのが分かる。
額からは三本の角、髪も今まで短髪にしていたのが、家にいる時のように長くなり、パサッと痺れる手に黒い髪が流れ落ちてくる。
そして、初手でいきなり攻撃をくらったせいで、体が痺れて動かない……!
「“妖怪退治三原則”、その一。」
『妖怪の戯言に耳を貸さない。』
バキッ!と動けないことをいいことに、顔を殴られ、床に叩きつけられる。
それと同時に、皮膚が焼けるような焦げ臭い匂いが鼻を刺激し、焼けるような痛みが頬を襲った。
「あぁああッッ!!!?」
熱い、熱いッ!、溶ける、顔が!
視界が涙で歪み、彼の方を見れば、彼はグルグルと何かを手首に巻き付けている。
「妖縛帯、妖を縛り、祓う、陰陽師御用達のお祓い道具。姿を現して尚、妙な術を解く気はないんだね。て言うか、むしろ姿を現してより、強くなっている節すらある。まあいいや、こっちの効果は覿面みたいだし。」
僕の皮膚が焼け爛れているのを見て、彼は尚、攻撃を止める気は無いらしく、一方的な猛攻は続く。
だが、さっきの痺れの札も、ずっと効果が続く訳じゃないらしい。
時間経過により、ある程度、動けるようになったのだ。
僕は彼の飛んでくる拳を受け止め、
「話し合おうよ、事情があるんだよ!全部一から説明するから、止まってよ、ねえ!」
と、彼に訴える。
「“妖怪退治三原則 その二”」
『退治は隠密且つ、迅速に。』
ドカッと脇腹を蹴り飛ばされ、執念に顔を殴打され、僕は、その場に蹲る。
痛みと痺れで上手く体が動いてくれない。
「妖怪退治三原則、その三……ごめん、無いわ。カッコ付くかなとか思って適当言ったけど、三つも思い付かないや。」
「うう…、」
顔は痛いし、血は出るし、どうしようもなく動けない。
命の危機を感じる、本気でマズイと、脳が危険信号を出して、その場から逃げろと訴えていた。
だが、その本能を読み取ったように彼は、ゴツゴツと靴を鳴らしてこちらに近付いてくる。
「既に、『消音』、『不可視』、『退魔』の札が、この箱の内と外を埋めつくしてる。逃げ場もないし、助けも来ないよ。」
「何なんだよ、さっきから…!、君に何かした訳でもないのに、どうしてこんなことするの…」
訳も分からないまま、妖怪だからと祓われそうになって、この仕打ちだ。
鼻から垂れた血がボタボタと止まらない、鉄臭い血の味が口内に広がって、こんな一方的な酷い怪我、負ったこともなかったから、動揺して正常な思考が出来ずにいる。
癇癪を起こした子供みたいに、何でだとキレるも、彼は一言、
「妖怪だからね。」
と呟いた。
「僕の一族は、皆そうだよ。僕ら陰陽師そのものが等身大の『お祓い道具』なんだ。道具は感情を持たないし、持つことを許されない。」
目の前まで来た時、彼は僕の長い髪を掴む。
「妖怪の割りには、綺麗な髪してるんだね。まー、総じて妖怪を退治した後は、手洗いはしっかりしようってことで。」
バイバイ。とポツリと呟かれたその瞬間、僕は至近距離まで近づいてきた彼の攻撃を払い除け、彼の顔を引っ張ると、思いっきり頭突きをかました。
ガツン!と鈍い音がしたか思えば、脳が揺れて、ぐらりとふらつく安倍くん。
その隙に、もう一撃と、腰を低くした状態で、足払いをかけ、僕は安倍くんに馬乗りになり、彼の両腕を拘束する。
「五分で良い、僕に時間をちょうだい。」
「ぅゔ…ッ」
脳がぐらぐらしてるのか、顔を起こそうとするも、目の焦点が合ってない。
頭が起こせないと分かると、すぐに諦めが着いたのか、素直に床に倒れてくれる安倍くん。
「率直に言うと、見逃して欲しいんだ。」
「…心配しなくても、脳が揺れてるから、しばらく動けないよ。」
「違うよ、やらなきゃいけないことがある。それが終わるまでは、どうか僕を祓わないで、放って置いて欲しいんだ。」
そんな僕の呟きにも、安倍くんは即答で無理だと否定の言葉を述べる。
「無理だね、君が妖怪である以上、ここで見逃したとしても、監視する事になるだろうし、それに、僕を倒した所で、第二、第三の僕みたいなのが君の前に現れるよ。」
「……なら、監視してていい。全部終わったら、僕の事を殺していいから、今だけは放って置いて。守らなきゃいけない子がいるんだ。」
幸せにしてあげなきゃいけない子がいる。
その子を、守ってあげなきゃいけない。
「その子は?」
「僕の妹。とは言え、本当の妹じゃないんだけど…。血縁関係はあるけど、母の妹さんの子供なんだ。大事な子なんだよ。僕にとっては凄くね。」
「身勝手なんだね。君の言い方だと、守る為に出た犠牲は仕方ないみたいに聞こえるよ。全然響かないや。」
「…うん、君の思ってる通りだよ。僕はあの子を守りたいから、人に危害を加えるんだ。」
ユキちゃんを殺そうとした、同じ人間に。
邪魔をしてくる妖怪も一緒、全ては、彼女の為に。
「でも大事なんだよ、そこに人も妖怪も関係ない。生きてる内は、必ず誰かと繋がってる。僕が生きている間だけは、あの子が一番に頼れる存在として、深く繋がっていたいんだ。」
自己満足でしかないんだけどね。と苦笑をこぼしながら、僕は彼の手首から手を離す。
「……?、殺さないの?」
「え、殺さないよ、なんで今の流れで殺そうとするの…?」
「僕は君の敵だよ、しかも動けなくなってる。こんな絶好のチャンス、もう来ないよ。」
せっかく散り際のセリフだって用意してきたのにー。と言われ、僕は呆れたように彼を見る。
「なんでそんな頑なに殺させようとするのさ……、殺さないよ。あの子を守ってあげなきゃいけないのに、君にまで時間を割いてられないもん……。」
「ええ〜〜…?」
「はぁ〜…それにしても、どうしよう。」
僕も疲れたと、床に寝転び、目を閉じる。
「んー、何がー?」
安倍くんの間延びした声が聞こえてくる。
「君が強制的に魂を鬼に入れ替えちゃったから、人間に戻るのに時間がいるんだよ……。これじゃ、教室に戻れない。」
河野くん、僕が居ない今頃、遅いなー、うんこでもしてんのかな?とか考えてるんだろうな……。
「ええ〜、もしかして、僕にかけた“妙な術”も戻らないと解けない感じー?」
「さっきから言ってる、“妙な術”って何なのさ…。別に何にもかけてないよ。」
ゴロン、寝返りを打って半分冗談交じりに、笑いながら僕は呟く。
「それとも何さ、君、僕に一目惚れしちゃったの?可愛い顔って言ってたもんね。でも、それに関しては、君の性癖の問題だよ。まあ、そうだとしたら、君の性癖って結構特殊だけど、ね゙……ッ!?」
目を開けた瞬間、眼前いっぱいに安倍くんの顔。
いや、近っ!と、突っ込む間もなく、
「本当に何もかけてないのー?」
とそう聞かれ、冷や汗を書きながら、無言で頷くと、安倍くんは視線を上に向けて、考えるような仕草を取る。
「ふーん、そっかァ。じゃあ単純に僕がおかしいだけー?」
「えっ」
ガバッと起き上がろうとするも、ガシッと体に腕を巻き付けられ、動けなくなった。
「君本当に男なのー?、それにしては凄い可愛い顔してるよねー、今まで精神侵食の術を使われてるから、祓うのが惜しいとか思わせてるんだと思ってたんだけどー、」
「えっ」
「これ多分、僕がおかしくなってるだけなんだねー。道具とか言っときながら、結局、全然カッコ付かないや。」
「い、いや、ちょっと、ねえ、冗談だよね?さっきの一目惚れとかの話なら、冗談だよ、間に受けるなんて、素直な性格なんだね、安倍くん…???」
「晴華でいいよ、安倍って言うのは記号みたいなもんだしー。」
冷や汗が止まらない。
待ってくれ、冗談のつもりだったのに、何でか僕が好きって話が、本当の話になって来てる。
て言うか近いよ、いつになったらこの至近距離から解放されるんだ。
髪と額が当たってるんだよ、さっきから!!
「いや、近、近い…、て言うか、手ぇ離して……」
「うーん…、あ、そうだー、付き合おう?」
突如、安倍くんの口から飛び出したそのセリフに、僕は宇宙猫のような顔になる。
「なんで?????」
「付き合ったら、合法的に監視は続けられるしぃ、一緒にいられる上に、僕が幸せだから、お互いの利害は一致してるでしょー?」
「いや、付き合わなくても監視は出来るでしょ……て言うか、殺していいって話はどうなるのさ…。」
「そこなんだよねー、このままじゃ、いずれは殺さなきゃいけなくなるしー、そうならないよう、とりあえず付き合おうよ、恋人になれば何か変わるかもー。」
「何でだよ!、変態!離して!」
話が通じないので、ジタバタと暴れて彼の腕から逃れようとするも、
「嫌なら本気で抵抗しなよー、三本も角あるんだからさー。まー、絶対に負けてやらないけど。」
と、今度は安倍くんに押し倒され、手を拘束されてしまった。
いつの間に回復したんだよ、早ええな!
「ちょ、ちょ、何する気?まだ殺さないでよ!、やらなきゃいけないことがあ、る…!?」
ただでさえ近かった顔が、無言でどんどん近付いてくる…!!
「わ゙ー!!いやぁー!!」
バチィン!と鬼の力を行使し、安倍くんの拘束を馬鹿力で振り解くと、涙目になりながら、安倍くんの頬を叩いた。
「ど、どうせ、僕を油断させるための冗談でしょ!?そそ、そんなんじゃ靡かないんだからね!!」
さっきの今で、安倍くんに何の変化が起こったのか、めちゃくちゃ積極的にスキンシップを取ってくる。
騙そうとしてるんだと必死に自分に言い聞かせ、ヤケクソでそう叫ぶと、いてて、と、頬を軽く押さえながらこう呟く。
「痛いよー、冗談でもないしー。…その顔良いね、唆る顔してる。」
綺麗に赤い手形が残る顔を見せながら、真っ赤になってるであろう僕の顔を見て、安倍くんはそう呟く。
急いで起き上がって、彼と距離を取ろうとするも、
「妖怪のくせに、可愛いねー。殺さなきゃいけないのに、ドンドン好きになっちゃうよー。」
と、逃さないと言わんばかりに、こちらを目で捕らえてくる安倍くん。
「ち、近寄らないでよ!」
「えー、でも諦めるつもりないしなー。」
「な、何なのさ、いきなり人が変わったみたいに…ッ、僕が君の、運命の相手とでも言うつもり?」
妖怪を嫌って殺そうとしてきた癖に、この人の変わりようは何なんだ、バカにするように苦笑をこぼせば、彼は「そうかもねー。」と拍子抜けするほど、あっさりと僕の言葉を受け入れた。
「最初は君が術をかけてると思ったんだよー。僕の正体に気付いて、そう言う色事の術で、正気を削ろうとしてるのかなーってぇ。」
離れようとして、座り込んだまま後ずさったのに、更に倍近く距離を詰められた。
「君、強い部類の鬼でしょー?だったら尚のこと、精神系の術持っててもおかしくないからさー。」
僕も身体強化バフの呪紋組んであるからさー。と、学ランの埃を払う安倍くん。
「効かないよーって言おうと思ったのに、術じゃなくて、僕が勝手に君に一目惚れしてますよー、なんてさー。道具とか言っといて、滅茶苦茶カッコ悪いし、恥ずかしいー。僕をこんな風にしたんだから、責任取って付き合ってよー。」
照れ隠しなのか、そうじゃないのか、真顔でそんなことを呟く安倍くんに、僕は必死で首を横に振る。
「や、ヤダ!、殺そうとして来ておいて、今更好きなんて、信用出来ないし!!」
離れてよ!と、ぐいぐいと安倍くんの体を押し戻して、僕は鬼から人間の姿へと魂を切り替えようと、深呼吸をする。
あれから少し時間も経って、落ち着いて来たから、比較的早く人間に戻れるはずだ。
気を集中して、フッ、と息を吐き、くるりと回転するイメージで、自らに術をかける。
すると、先程まで長かった髪は短髪に戻り、角も消えて、何とか元の普通の男子生徒の姿に戻ることが出来た。
「ふぅ…」
「戻っちゃうのー?可愛かったのにー。」
「うるさいな!、君も早く出ろよ!教室戻るよ!!」
「引っ張らないでよー。」
グイッと、安倍くんの手を引いて無理矢理立たせると、僕と安倍くんは、無駄に距離が近いまま、第三化学準備室を後にする。
「とにかく、監視はしてくれて構わないけど、絶対にユキちゃんを守り切るまでは、僕を殺さないで。」
「殺さないよー、付き合ってくれるならねー。」
それ、本気で言ってないだろ!
何考えてんのか分かんない顔しやがって!
「付き合わないっ!、それで殺されたら、たまったもんじゃない!」
「さっきのこと怒ってるのー?ごめんねー、見逃してくれたから、僕も見逃してあげる。でも、義務として、監視はしなくちゃいけないんだー。良からぬ企てをしてる奴が、もう一匹いるみたいだからねー。」
「…?、もう一匹?」
学校の中に、もう一体妖怪が紛れているということか…?
「一応聞くけど、ソイツと手を組んでる訳じゃないんだよねー?」
「いや、何も知らない…、そのもう一体居たって言うのも、初めて知った…。」
「じゃあ、この件とは無関係だねー。元々僕、『別の事件』を調査しに、ここに来た訳だしー。」
「別の事件…?」
何の事件だろう。
安倍くんが言うんだから、妖怪関連なことは薄々想像出来るが、ここいら近辺に、妖絡みの事件なんかあったっけ…?
「あっ!やっと帰ってきた、遅かったな…ってぇ、どーした__!!その格好!!どんな学校案内して来たんだよ!!」
事件のことについて安倍くんに聞こうとしたら、いつの間にか教室に着いてたらしく、河野くんが、慌てて僕の方へと駆けてきた。
自分を客観視すれば、制服は汚れてるし、僕自身も結構ボロボロ、打って変わって、安倍くんは綺麗な制服に、汚れてもいないので、明らかに二人共その差で、浮いている。
「あー、うん…大丈夫、凄い勢いで、なんも無いところで躓いて、転がって、その後階段から落ちて……」
「そんな、分かりやすい嘘つくヤツマジでいたんだ!?、どんだけ転がるつもりだよ!絶対コイツとなんかあっただろ!言えよ!?聞くよ!!」
安倍くんを指差しながら、心配そうに河野くんが叫ぶ。
「何にもないよー、僕が__くんに付き合ってって告白したら、喧嘩になってー、」
「ややこしくなるから黙ってて貰える!?」
どんな言い逃れしようとしてんだ、コイツ!!
河野くん、青い顔でドン引きして安倍くん見てるし!!
収集が付かなくなったその場を、とりあえずで収めたのは、先生の席に着けーの一言。
またねー。と呑気に手を振る安倍くんを睨みながら、その日は無事に終わりを迎えた。
