はぐれ巫女の鬼子
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「君、普通の高校生なんだってね?」
パキパキ…と、セツナと名乗った女の手から、鋭い氷の破片が飛んでくる。
それを手で払い除けながら、豪速球でセツナと距離を詰めるも、セツナは余裕ありげに笑うだけ。
「くす、全然怯まないでやんの。…実際さぁ、」
パキン、と僕の攻撃を流れるように避け、挨拶代わりに腕を凍らせてくるセツナ。
「何にも知らずに、これにあてがわれた殺し屋くんも不憫だね。まさか、『鬼の血を引く子』が義兄に居るなんて、想像してないでしょ。」
…掴めない。
捕まえようとしても、のらりくらりで攻撃を交わされてしまう。
場数の多さと経験は、向こうの方が上だ。
『鬼の能力』を解放して尚、戦闘スキルの差で、補われている状態。
せっかくの動きやすさを重視した巫女服も、向こうの方が機動力に優れてるんじゃ、意味がないのだ。
鬼は他の妖怪達の中でも、群を抜いて大地の結びつきと、力に秀でている。
その代わりに、一撃必殺の強い金剛力であることの代償として、脳筋であることが多く、目立った技を持つ鬼の方が少ないのだ。
…どうしたものかな。
このまま戦闘を続けても、多分イタチごっこだ。
捕まえて情報を吐かせるにしたって、悔しいけど、あの女の方が戦闘スキルは上、攻撃を交わされるのがオチだ。
「ねえ、もしかして生け捕りにしようとか考えてる?」
「……。」
「なーんか、鬼のわりに攻めっ気を感じないって言うか、本気じゃないよねぇ?額の角が『三本も』生えてるなら、相当な力を持ってるはずだよ。」
ピッ、と人差し指を僕に向けながら彼女は、ケラケラと笑う。
能力を解放している現在、僕は人間から、妖になり、妖としての力を発揮している状態。
僕の額からは、確実に普通の人間には生えないであろう角が三本生えていた。
そして、鬼は生まれつき角の本数で、能力のバランスが変わってくる。
一本角なら、素早く、小回りの効く小鬼タイプで、力は二本角とか、三本角には劣るけど、それでも機動性が高いから、確実に相手の懐に突っ込んでいける利便性がある。
二本角はバランスタイプ、力も素早さもあって、ステータスで言うなら、どちらも兼ね備えている目立った弱点がないのが特徴。
その代わり、一本角、三本角より、能力は平均並み。
基本的には、上記のどちらかが生まれる確率が高く、僕のような三本角となると、かなり珍しい。
父親が三本角だったことが影響してか、僕は生まれつき額から三本の角が生えている。
三本角は、とにかくパワータイプ。
一撃が重く、捕まれば、ほぼ確実にK.O.を狙えるレベルの筋肉を兼ね備えていて、それによる破壊力も相当なもの。
「まいったな〜、本気で闘ってもらわないと。鬼の力にも興味あるし、わざわざここまで来た意味がない…どうしたら、殺る気になってくれるかなあ〜。」
あー、うーん、と悩んだ末、セツナはポン、と思い付いたように拳を手のひらに落とした。
「あ、そうだ、妹、居たよね?『成川ユキ』ちゃん?、だっけ。」
ぴく、と僕は総毛立つのを感じた。
まさか、あの子に手を出すつもりか。
いや、話の脈略からして、確実にそうだ。
元々はあの子が狙いで、ここまでやって来たのだ。
そうでなければ、辻褄が合わない。
「あの子だよね、ボスの子供。生まれつき病弱なんだって?風邪とか引かなきゃ良いけど。」
ひゅるひゅると、風に乗ってセツナの手から生まれる氷の冷気が、頬を撫でる。
「しかしユキか、『雪』ね!良い名前だ、私と仲良くなれそ……」
「違います。」
否定の言葉をハッキリと述べると、セツナは視線のみをこちらに寄越してくる。
「冬に降る『雪』じゃありません、『幸』です。あの子の人生に、誰よりも、幸多かれと名付けられた名前。それがユキちゃんです。」
苦労と辛い経験をしたユキちゃんに、これ以上災いが降りかからぬよう、あの子には、この先の人生、誰よりも幸せを感じて貰いたいから。
カラ、コロ、と履いていた草履を鳴らしながら、僕はセツナに近づいて行く。
……だから、邪魔をするなら、例え殺すことになっても、僕は。
「あの子に指一本でも触れて見なさい、どれほどの辛酸を舐めようとも、必ず僕が、貴女をこの手で殺してやる…!!」
燃えるような強烈な殺意と共に、僕はセツナに向けて駆け出した。
本能でマズイと向こう側も察したのだろう、セツナの体は、反射から攻めへと動いた。
蒼天穿氷(アイススパイク)__!!
氷の遮蔽物が雪崩のように襲い来る中、僕は瞬時に空中に飛び上がり、ありったけの力を込めて、拳を振りかぶる。
次の瞬間、セツナと目が合った。
「…退くべきだったか…。」
視線を逸らし、小さくそんな声が聞こえたと同時に、僕は隔てられた氷に向かって、その拳を叩き付ける。
ドゴッ!!と鈍い音と共に、硬い氷がガラスのように弾け飛び、その破片がセツナの体に向けて突き刺さる。
カツン!と、僕がその場に降り立つと同時に、氷が身体中に突き刺さったであろうセツナを見て、僕は違和感を覚えた。
「……雪…?」
端正に作られた氷像。
まるで、術が解けたように、その氷像も溶けて地面が水浸しになっている。
雪女が作った術に、ハマったということなのだろうか。
どちらにせよ、今はユキちゃんを守れたことに安堵しよう。
荒れてしまった境内の後処理が大変だと、ため息をつきながら、玄関先で「ご飯出来たんだけど!!」と怒鳴るユキちゃんに、僕はすぐに妖から人に戻り、「分かった、今行くから待ってて…!」と小走りでかけ出すのだった。
今日は波乱の休日だった。
何より、これで、ユキちゃんが生きていることが、早くも向こうにバレてしまった。
ここからどう動かれるのかを考えないと、またこんなことが起これば、僕じゃ対処し切れなくなる。
さっきのセツナと言う、雪の妖怪に関してもそう。
大きな組織の強い妖怪だ。
未熟者の僕じゃ、能力があっても戦闘スキルを身に付けないと、すぐに負けてしまう。
……対処法を練らないと。
とは言え、考えてもすぐには浮かんで来ない。
誰か、相手になってくれる妖か、人間がいなきゃ、戦闘スタイルは、自分一人じゃ客観視が出来ない。
誰か、都合のいい相手、居ないかなぁ……。
「__、浮かない顔してどした〜?今日は体力測定の日だからダルいのは分かるけどさぁ、俺と一緒に回ろうぜ〜。」
「あ、河野くん。そ、そうだね、一緒に行こうか。」
悶々とした考えを頭に抱えたまま、学校のある平日がやって来た。
今日は体力測定の日で、クラスの全員、皆グラウンドに出て、測定に必要な項目にチャレンジしている。
これに関しては、特に問題もない。
僕は人間と鬼の、半人半鬼なので、必要に応じて、人間の姿に切り替えたり、鬼の姿に切り替えたり出来る。
実は、家でいつも着ている巫女服には、人間から鬼に切り替わる時、制御を安定させる要素も含んでいる。
幼い頃、鬼の力が発現した時、不安定で人間の戻り方が分からず、そこら辺のものを、加減が分からずに壊してしまった時、母が仕立ててくれた子供用の甚平があった。
それを着ることで、人から鬼、鬼から人に移り変わる時に、スムーズに魂の入れ替わりを果たし、理性を保ってくれる働きが、あの甚平にはあったのだ。
巫女服にもその力は受け継がれていて、要は魂の入れ替えが上手く出来ずに、暴走してしまうのを防いでくれるものとして役立っている。
単純な話、今は人の魂に切り替えが成されているので、体力測定も、人間らしい普通の記録。
とは言え、僕は人よりも持久力があるタイプなので、どちらかと言えば、シャトルランとか、持久走の方が得意。
だから、最後の種目だった持久走に関しては、結構楽しみにしてたりする。
「あ〜〜、俺こう言うマラソン系とか苦手なんだよー…、順位とかもいっつもビリッケツだしさぁ……」
「河野くん、持久走苦手なの?」
ピッ!と言う笛の音と共に、運動靴で走り出すクラスメイト達の一番後ろを、ノロノロと走る河野くん。
それに合わせて、ゆっくりと走っていると、
「あと、ナスの入ったカレーと、音でビビらしてくるホラー映画も嫌い!」
と、今度は別のことで文句を垂れて、河野くんは、もう既に息が上がってきている。
「だ、大丈夫?河野くん、すんごい汗かいてるけど……。」
このスピードでぜぇぜぇ言いながら走ってたら、休み時間になっちゃうよ、と僕は一歩先を走りつつ、河野くんを応援する。
何とか持久走を終えた頃には、河野くんはヘトヘトだったが、休み時間が来るなり、コロッと解放されたようにいつも通りに戻っていた。
僕は着替えてから、一度お手洗いに行って、教室に帰ってきたのだが、不意に河野くんから、こんなことを言われた。
「オッス、__。そういや、お前がトイレ行ってる間、陸上部の速水さんから、部活の誘い来てたぞ〜。」
また縁もゆかりも無い所から、急にどうしてそんな。
「え、り、陸上部?」
「おん、なんか一回、短距離走を一緒にやってくれってさ。ダメなら見学でもいいから来て欲しいって。」
「へぇ、何でだろ。今日の放課後に行ってみるよ。」
「あ、それから、もう一つニュースがあってよ。」
「ニュース?」
「そー、“転校生”が来るんだってよ、このクラス。」
「転校生…?」
この時期に、珍しいな、転校生なんて。
河野くんが言うには、僕がお手伝いに行っている間に、担任の先生が来て、「短髪の学ランの見なかったか?!」と、慌てた様子で聞いてきたらしい。
目を離した隙にどこかに消えてしまったらしく、先生は教室に居ないと分かると、バタバタと走り去って行ったのだとか。
「名前何つったかな……矢部?、多部、岸辺……」
「“安倍”だよ。」
不意に聞こえてきた、聞き知らぬ少年の声。
ゾッと、全身の毛が総毛立つような感覚がした。
背後から聞こえてきたその声に、僕と河野くんは、思わず振り返った。
瞬間、じっ、と顔を至近距離まで近付けられて、僕は思わず仰け反ってしまった。
白い短髪に、僕を見るその目は、なぜだか酷く冷淡な赤い目をしていた。
「ねー、何で妖怪がここにいるの?」
鼻先まで近づけられた顔は、僕を捉えて離さない。
「妖……怪…?」
河野くんはその異様な光景を見て、首を傾げている。
「あ!安倍くん!探したよ、一体どこ行ってたんだ!」
「あー、スイマセーン。道に迷ってたら迷子になってましたー。」
「は?!、と、とにかく、全員席に着け!安倍くんは前に!自己紹介して!」
…先生が探していたと言うことは、この男の子が件の……。
先生が来た途端、スタスタと何事もなかったかのように僕から顔を離して、前へ歩いていく転校生。
“ちょっとあとで面借して”
突然、肩口から聞こえてきたあの子の声。
転校生は前にいるはずなのに、なぜ耳元で聞こえたのかと、その方向を見れば、僕の方に何かが着いている。
式神のような人型の紙は、まるで壊れた録音機のように、さっきと同じ言葉を発している。
なんだこれ…!と、あまりにも不気味だったから、ぐしゃりと、僕は青い顔で紙を潰した。
「……お知り合い?」
河野くんにひそ、と囁かれ、僕は無言で首を横に振る。
「怖ァ……何アイツ。」
「今日からこのクラスでお世話になります、安倍晴華。陰陽師の末裔です。」
個性的な自己紹介の後、彼は前の席に行くようにと、担任の先生から指し示されていた。
その間にも、目はずっと僕の方向を見たまんまで、真顔なのに、睨んでいるようだ。
放課後になってからもそれは続いていて、転校生だからと興味を持ったクラスの子達は、皆、安倍くんの席に集合して、口々に質問を投げかけている。
陰陽師って何?とか、本当に霊とか、幽霊とかをお祓い出来るの?とか。
それを聞きながら、帰り支度をしている僕は、気が気じゃなかった。
陰陽師、って言うことは、妖を祓い、消してしまう存在だ。
母も似たような存在だったので、その恐ろしさは十二分に分かっている。
でも、ここに僕を愛している優しい母はいない。
ここにいるのは、僕と明らかに敵対している事が見て取れる、祓い屋の安倍くんだ。
「ねえ、__くんは、安倍くんの友達なの?さっき、妖怪がどーとか言ってなかったっけ?」
「い、いや、僕は……」
こっちに話を振らないでくれ、なあなあにして逃げたかったのに、これじゃ話の輪に巻き込まれてしまう。
「そーそー、友達友達、親友?、いやそれ以上かもねー、__くぅん。」
無理矢理会話の中に引きずり込もうと、安倍くんが真顔でこっちを見ている。
その内、僕が返答に困っていると、思い付いたように安倍くんはこう言った。
「そうだ、学校案内してよ、__くん、親友のよしみでさー。」
「…。」
……怖い。
断りたいが、ここで断ったら色々面倒な気がする……。
……。
部活見学は、また後日になりそうだ。
僕は意を決して、安倍くんを引き連れて、教室を出た。
