はぐれ巫女の鬼子
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翌朝、パタパタと通学路を抜け、学校へと足を踏み入れる。
昨日の今日でバタバタと大忙しだが、時間は待ってくれない。
学校に行く時は、髪を短髪にする術を施して、制服を着て、ユキちゃんの準備もしてあげて。
一応、髪を瞬時に短髪にするっていうのに関して、ユキちゃんは理解してくれている。
前も言ったけど、ユキちゃんの母親は、僕の叔母。
僕の母は不思議な力を持ってたし、その妹である叔母さんも、時々、水商売をする上で、客好みに、髪の毛を短くしたり長くしたり、瞬時にアレンジする不思議な力を見せることがあったのだと、ユキちゃんは言っていた。
何となく、ユキちゃんも僕が叔母さんと同じような力を持っていると、理解しているのかもしれない。
さて、話は戻り、今は学校。
学校では普通の男子生徒なので、何事もない一日を過ごすべく、教室に入って席に着く。
だが、席に着いた途端、僕の背中に何か固いものがぶつかってきた。
背中をさすりながら見ると、それは上履き。
誰のだろう?と拾おうとした時、不意に、ケタケタと不快な笑い声が耳に入ってきた。
「よぉ〜、__チャン、いや、ここでは__クンかぁ?」
僕はその声を聞いて、少し怪訝な顔をしてしまった。
その笑い声を出していたのは、鬼塚と呼ばれる男子生徒。
女一人、男三人の四人グループだが、この学校でもかなり素行が悪く、担任の教師ですら報復を恐れて手出しが出来ない。
しかも、その日その日によって、いじめのターゲットが変わるから、皆それに怯えて、鬼塚グループに逆らえないでいる。
運が悪いことに、今日のターゲットは、僕みたいだ。
「…上靴は投げちゃダメだよ。」
「ハッ!、いっちょ前に優等生気取りかよ、もっと気楽に行こうぜェ〜、高校デビューしたんだからよォ。」
馴れ馴れしく肩を組もうとする鬼塚くんをひらりと交わして、無言で曖昧に笑って、馴れ合うつもりはないと意思表示すると、その時点で、鬼塚くんの沸点が一気に上がったらしい。
ガッ!と胸ぐらを掴まれた。
「おいおい、俺にそんな態度取っていいのかよ…?中学からの同級生だろ?、それとも思い知らせてやろうか、このビンボー人が…!!」
ぶん!と振るわれた右の拳。
そのまま僕の頬に直撃し、クラスから何人かの悲鳴が上がる。
だが、僕はそれをものともせず、ギョロリと目だけで鬼塚くんを睨み付けた。
「なぁに、喧嘩に自信があるから殴ったんでしょう?そんなんじゃ甘いよ。」
「な、……ぐぁっ!?」
軽く鳩尾を殴ってやれば、それだけでドサッと床に転げ落ちる鬼塚くん。
何ともまあ、呆気ない。
あんな腰の入ってない、威圧目的の拳じゃ、当たった所で、僕にとっては屁でもない。
鳩尾を殴り、倒れる寸前、ズボンのベルトをグイッと引っ張り、金具を外してやれば、まあ可愛らしい。
鬼塚くんは、クマさんのブリーフを履くのが趣味みたいで。
「な、え、っ!て、テメェ!!」
教室内が静まり返ったかと思えば、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
同時に、担任の先生も教室に入って来て、とりあえず、一時的に事は収まった。
次は移動教室らしく、僕は必要なものを持って、僕はスタスタと歩き出す。
しかし、その途中、「ちょっと待てよ。」と肩を叩かれた。
振り向くと、金髪の知らない男の子。
見た目的に、陽気なお調子者と言う第一印象だった。
「えっと…君は?」
「えっ!ひっでぇー!俺、隣の席だぞ!?同じクラスの河野だよ、河野耕平。さっきの良かったぜ、スカッとした!」
河野くん、喋ったこともないが好意を抱いてくれてるなら邪険にする理由もない、適当に笑って、ありがとうと呟いておいた。
「どうしたの、僕に何か用?」
移動教室があるので、手早く済ませたいとそう言うと、彼は少し気まずそうに、
「俺さ、思ったことベラベラ喋っちゃうタイプだから、気ぃ悪くさせたらごめんなんだけど……俺さ、お前のことずっと気持ち悪いと思ってたんだよね。」
と、そう言った。
無言で理由を促すと、どうやら、彼は僕が普段から、あの巫女服を着て生活をしていることを知っているようで。
街で買い物をしている最中、偶然ユキちゃんと僕が歩いているのを見かけていたようだ。
「なんて言うかさ、オカマ?って言う印象が強くあって、女装してるんだろ?髪とかも、わざわざカツラなんか被ってさ。傍から見てて、すんげぇキモイし、よくそんなんで外歩けるなぁって思ってたんだけど……。」
そう言いながらも、彼は一度話す口を止めて、僕としっかりと目線を合わせてくる。
「けど、うん、さっきのやり取り見て思った。ちゃんとした芯があるタイプなんだ、__って。嫌なことは嫌ってちゃんと言えるし、アイツらと同じ土俵には立たない。俺、お前の姿見てたら、なんか自分が情けなくなっちゃってさ…。」
「…河野くん、」
「な、俺さ、__みたいになりたい。すぐには無理かも知れんけど、友達になってくれると、嬉しいって言うか……」
照れくさそうにそう言う河野くんに、僕は初めて本心からの笑顔を向け、うん。と呟いた。
河野くんと移動教室の授業を終えて、教室に戻ると、何やらただならぬ空気が。
そのまま教室に足を踏み入れると、授業中にいなかった鬼塚くんが拳を振りかざしてきた。
当たる義理もなかったので、パン、と拳を手で受け止めてやれば、「何すんだよ!」と振りほどかれる。
いやそれは、こっちのセリフなんだけど…と、そう思いながら、「まだ何か用?」と苦笑を落とすと、鬼塚くんは「とぼけんじゃねえよ。」と、鬼塚くんのグループ内に居た女を指さした。
「お前、双葉の財布取ったろ。」
「?、盗ってないよ。どうやって盗るの?」
授業を受けていた身で、どうやって盗りに行けばいいのか。
首を傾げると、鬼塚くんは唾を飛び散らせながら叫ぶ。
「嘘つくんじゃねえよ!!お前の机から双葉の財布が出て来たんだよ!クラスの連中も皆言ってるぜ!?泥棒と同じクラスに居たくねえってなぁ!!」
「じゃあ、警察呼ぼっか?、調べて貰えばすぐに僕じゃないって分かるよ、指紋も出て来ないだろうしね。」
「!、テメェ…!!」
「あ、あのさ……」
不意に、収集が付かなくなりそうだった空間に割って入って来た存在がいた。
河野くんだった。
「もう止めね?こういうの…。俺さ、思ったことベラベラ喋っちゃうタイプだから言うけどさ、これ、アレだろ?漫画とかドラマでたま〜に見る、いじめてるヤツの机に、財布とか給食費仕込むっていう…ありきたりな手でしょ?」
「なっ…!」
「ぶっちゃけさ、皆鬼塚達が怖いから関わりたくねえってだけで、誰も__が盗んだなんて思ってねえよ……。」
河野くんはそう言って、何とか鬼塚くん達をなだめようとしてくれているようだ。
けれど、それに対して、双葉とか言うグループの女は、泣いて誤魔化そうとしているのか、「私が嘘ついてるって言うの…?」と泣きながら呟いて来た。
「テメェ、双葉泣かしやがったな…!」
「待て待て待て!!暴力は違う!絶対違う!」
それに便乗した鬼塚くんは、論点をずらして、河野くんを殴ろうとする。
僕が慌てて止めに入ろうとすると、いつの間にやら教室の鐘がなっていたのか、担任の先生が教室に入って来た。
「鬼塚、お前……!」
「せ、先生!」
河野くんが助けを求めるように先生を見るも、それをかき消すように、鬼塚くんが、「__が双葉の財布盗ったんだよ!」と叫んでくる。
普通、この状況なら鬼塚くんを疑うはずだが、先生は自分の保身を選んだんだろう。
「全く…これだから貧乏人は…いくら家が貧しいからって人の物を盗っちゃいかんだろ……」
先生はそう言って、鬼塚くんの肩を持とうとしたのだ。
ニヤリと笑う鬼塚くん。
僕は持っていたスマホを取り出して、すぐに110番の通報をした。
「テメェ!何スマホ弄ってんだ、クラァ!!」
「もしもし、警察の方ですか?」
ひゅ、とクラスが静まり返る。
「ええ、そうなんです。同級生の財布が盗まれてしまったみたいで、結構な額を財布に入れてたみたいで…クラス内に犯人がいる可能性があるので、来て頂けると、…はい、そうです。お願いします。」
ピッ、と電話を切り、にっこりと先生に笑いかける。
「良かったですね、通報したので、これで犯人が捕まりますよ。先生。」
ヤバい、とこの時点で先生も鬼塚くん達も気付いたんだろう。
すぐに取り下げるよう言ってきたが、それなら自分でやれ。と僕は笑って断った。
警察の人たちは、先生が連絡を入れるよりも先に来てくれて、その日、鬼塚くん達は警察の人に事情聴取をされるらしかった。
けれど、実態は鬼塚くん達が作った、所詮は子供だましのウソ。
他の子達の証言や、何と動画を撮っていた子も居たらしく、結局はいじめっ子達のお騒がせ案件で終わった。
しかし、鬼塚くん達は、自分がやって来た事がとうとう隠しきれなくなり、謹慎処分を受けることに。
この事件を放置していた先生も、大目玉をくらったらしく、どんよりとした雰囲気が、更にどんよりと沈んで、皆から舐められるダメ担任に成り果ててしまった。
河野くんからは、苦笑されたが、ともあれ、これであのいじめっ子グループから開放されたクラスは、ちょっと活気付いたみたい。
めでたしめでたし。
……と、なれば良かったんだけど……。
これで解決すれば、そうは問屋が卸さない。
鬼塚グループの件から、数日経った、ある休日の日。
朝早くから、僕は家の掃除をした後、朝ご飯を作っていた。
普通になんて事ない簡単なもので、味噌汁とご飯、目玉焼きとソーセージ、ヨーグルト。
それらを皿に乗せて、朝食が出来ると、僕はユキちゃんを起こしに行った。
「ユキちゃん、おはよう。朝ご飯は?」
小さく寝息を立てる布団を揺すってやれば、ウトウトと船を漕ぎながら、むくりと起き上がってくるユキちゃん。
「んーー……お兄ちゃん…、」
もす、と眠気に勝てないのか、もう一眠りの勢いで、僕にもたれかかってくるユキちゃん。
「まだ眠い?朝ご飯はお昼に回そうか。」
膝の上で眠りこけるユキちゃんの頭を撫でて、布団に戻してやろうと抱きかかえると、ユキちゃんはハッとしたように、勢いよく起き上がってくる。
自体を把握したのか、ユキちゃんはカッと顔を赤くして、焦って興奮したらしく、口から勢いよく血を吹き出してきた。
もう見慣れた光景だが、ギャグ漫画ばりの吐血に、僕は慌ててタオルやティッシュを抱えて、ユキちゃんの元へ走った。
「ユキちゃん、あんまり興奮すると、また吐血しちゃうよ…。」
苦笑しながらタオルやティッシュを渡して、後処理をし、ユキちゃんに朝食を出した傍ら、掃き掃除でもしておこうかと、僕は境内にて、砂や落ちた葉を掃除する。
小さい神社だから、そこまで面積もないし、手間もかからないから、時間がある分、丁寧にやっておくことに。
上機嫌に、竹箒とちりとりで、石畳の道を掃除していると不意に、カシャ!とカメラのシャッターのような音が聞こえてきた。
その方向を見ると、見知った嫌な顔が。
「へへへ…河野の言ってた通りだ、お前、女装が趣味なんだってな、__チャン?」
謹慎処分を受けた鬼塚グループの四人だった。
そこまでして報復がしたいのか、もはや四人の形相はとんでもなく、なりふり構わず、僕をどうにかして負かしたいようだった。
「ここは厄祓いの神社だよ。末端でも、神聖な場で、罰当たりな真似をすれば、自分に返ってくる。やり合うのは得策じゃない。」
「うるせぇ!!、テメェのせいで、俺達の人生めちゃくちゃなんだぞ!!、お前みたいなコスプレ野郎、ネットにばらまいて、この場所ごと潰してやるよ!!」
「今の君達は、一般人で、僕はこの神社の巫女だ。この場所を侵すなら、管理をしている者として、容赦はしないよ。」
じ、っと、四人を睨み付ければ、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、すぐに四人は怯んだ。
「…お帰り下さいな、コスプレだと仰りたいなら、それで結構。ネットに神社を拡散して下さるなら、布教活動にもなります。母から継いだ大事な場所ですから、人で賑わうのも悪くない。」
カラン、コロン、と草履を鳴らして四人に近付いて行けば、恐れを成したように、ジリジリと後退る鬼塚グループ。
「さぁ、どうしますか?ここを宣伝として、ネットに上げてくださるなら、境内を案内しますけれど。」
うふふ、と外向きの笑顔を浮かべて、尚も歩くスピードはそのままに、鬼塚グループに近付いて行くも、もうこの時点で、手が出ないと本能的に悟ったのだろう。
冷や汗をかきながら、彼らは、スマホを握りしめ、走り去って行った。
呆気なく終わってしまった喧嘩騒動に、僕は小さく息を着きながら、残りの掃除を終わらせ、家に戻る。
既に、朝食を食べ終わったユキちゃんは、居間でゴロゴロとスマホを見ていた。
せっかくの休みだし、と僕はユキちゃんをそのままに、食器の片付けに入ろうと、台所に立つ。
皿を洗おうと、水道の蛇口を捻った所で、「あっ!ちょっと待って!」と、ユキちゃんから静止の声がかかった。
「ユキがやる、今日の晩御飯もユキが作るから。」
「え、な、何で?僕のお料理まずかった?もう少し濃い味付けとかの方がいい?」
唐突に、自分で晩御飯を作りたいと宣言されたものだから、何か不備があったのかと焦るも、ユキちゃんは「違う、ひ、暇だから作りたいの。」と、腕を組んでそう呟いた。
「で、でも、ユキちゃん、慣れてないと、火とか包丁を使うのはちょっと危ないよ…、簡単なものから僕と作らない…?」
「一人で作るから大丈夫。」
「あぅ…」
キッパリとそう言い切られてしまい、僕はユキちゃんの宣言に流され、言われるがままに、今日の晩御飯の材料を出すよう言われた。
今日はきんぴらごぼうにする予定だったので、作り置きして、味を染み込ませて、夕飯に回せばもっと美味しくなる。
お昼の内からやっても、特に問題はないのだが……。
「……、」
「ふ、…むっ…!」
ズダン!と危ない動きで包丁を使って、人参を切っていくユキちゃん。
見ていて指を切らないかヒヤヒヤしてしまい、顔がずっと青くなってるのが自分でも分かる。
「だ、大丈夫?ユキちゃん、ごぼうのささがきは僕がやるから、そのまま人参を切って行ってね……」
「触んないでよ!ユキちゃんがやるから!!ユキちゃんも家庭科習ってんだから、料理くらい出来るんだけど!!」
「危ない危ない!、ユキちゃん、包丁を振り回したら怪我しちゃう!」
落ち着いて落ち着いてと、なだめすかしては、ムスッとするユキちゃんの様子を、心配しながら僕は見ていた。
「そりゃ、お兄ちゃんみたく器用じゃないし、最初から上手く出来ないかもだけど……、料理くらい作れるもん!」
「いやぁ…僕、どちらかと言えば不器用寄りだからねぇ……、ユキちゃんが来てからだよ、料理とか本格的にやり出したの。」
手先が器用だった母とは違い、僕は、どちらかと言うと、妖の鬼である父親の不器用寄りな方を受け継いでしまったから、ユキちゃんが来る前は、とにかく大雑把かつ、適当な面が目立っていた。
作ろうとしている、煮物関連にしたってそう。
切った野菜の大きさがバラバラなのを、そのまま煮込んで、生煮えなんてことしょっちゅうだったし、味付けも適当で、極端に薄味、塩辛い、ちょうどいい味付けが出来なかった。
料理担当だった母を手伝おうとしても、上手くできないから、しょんぼりして、いつも母に慰めてもらってた。
まさか、自分でもここまで成長を遂げるなんて、びっくりしてる。
そして、こんな自分が、今ユキちゃんに、料理を教える側になっていることにも、実はちょっと動揺してたり。
不器用な半妖の身ながら、今度は小さな命を預かり、育てている。
その命も、すくすくと成長に向けて歩んでいるのだから、何ともこの歳で、感慨深さを感じざるを得ない。
「…ねぇ、あんまジロジロ見ないでよ、キモイから。」
波乱の調理工程の後、あとはふきこぼれないよう、具材を煮るだけ。
鍋の様子を見ているユキちゃんを見詰めていると、そんな辛辣な毒が飛んで来て、困ったように僕は笑った。
成長しつつあるユキちゃんの背中を見て、もう何年かしたら、この手を離れて行ってしまうのかと、少しだけ寂しくなった時だった。
ピンポーン、と突然、家のインターホンが鳴った。
「……何?、誰?」
ユキちゃんが、玄関へと歩いて行こうとするのを、僕は静かに止めた。
「ユキちゃん、鍋吹きこぼれてる。」
「え?、わーーー!!!」
慌てて鍋の火を止めに行こうとするユキちゃんをそのままに、僕は玄関に向かった。
どうにも、変だ。
誰か来れば、人の気配がするはずなんだ。
生きている人間の気配。
今、玄関前に居るソレからは、何の生気も感じない。
と言うか、そもそも人間ですらない。
同じ匂いがする。
僕と同じ、『妖』の匂い。
玄関前にて、カラカラカラ、と玄関を開ければ、そこに立っていたのは、この夏の時期に、冬用のコートを着込んでいる、変な女だった。
僕の後ろからは、ユキちゃんの「もーー、めっちゃ汁こぼれたァ!」と言う、嘆きの声が聞こえてくる。
女はその声を聞いた瞬間、
「あ、やっぱり生きてた。いや〜、良かった良かった♡、正直何の確証もなかったから。私の勘も、たまには冴えるね。」
と、元から上がっていた口角を、更に上にあげて、嬉しそうにくすくすと笑っている。
僕は玄関から外に出て、カラカラとドアを閉めると、女と真っ向から見つめ合う。
「…さて、貴女は?」
くすくす、くすくすと、耳に着く笑い声。
「いきなり殴りかかってくるかと思いきや、そうじゃないんだね。妖怪は皆、本能的だからねえ〜、油断した次の瞬間にはこうやって…!」
バサッ!とその場でコートを脱ぎ去り、視界が遮られる。
瞬間、ピキピキ…と何かが歪むような音が微かに聞こえると同時に、触覚で冷気を感じた僕は、家の屋根に飛び上がり、女が脱いだコートを払い除ける。
「先に挨拶はしたよね?次は自己紹介だ。」
払い除けたコートのすぐ側には、硬い氷塊が突き刺さっていた。
無論、その氷塊は十中八九、女から出されたものだろう。
となれば、女が妖であることは、ほぼ確定したようなものだ。
「…妖怪、ですか?」
「それがすぐに分かるってことは、君も同類なのかな?、にしては不思議だな〜、君からは妖怪と人間、二つの匂いと気配を感じる。まるで、融合してるみたいだ。…ああ、ごめんごめん、自己紹介がまだだったね。」
とは言っても概ね察しは着いてるだろうけど、と女は話を続ける。
「マフィアの継承戦、八人の遺産継承者が一人、『ベルター・ルー』。」
ベルター、ルー。
あの逃がしてやった殺し屋が吐いた言葉の中に、そんな名前があったはずだ。
「その専属妖怪、『セツナ・アンデルセン』だ。以後、お見知り置きを♡」
なれば、この女の目的は一つ。
生きているユキちゃんを、殺すこと。
「以後はありません、お帰り下さい。」
冷たくそう吐き捨て、僕は臨戦態勢を取った。
■■
数週間前、香港某所__。
人の咀嚼音と、食器のカチャカチャと言う音のみが、とある店を支配していた。
店は貸し切りのようで、大量の護衛の輪の中には、ずらりと並んだ中華料理と共に、テーブルを囲む妖怪と人間がいた。
「件の妾のガキを、始末したと報告が来た。証拠の写真も送付してな。」
満足そうに、食事を取っていた男がスマホの画面を見つめながらそう呟く。
男の向かい側に座っていた女妖怪、セツナ・アンデルセンは、自らも持っていた端末に送られた写真を見て、相変わらずの笑みでこう答える。
「ふーん、確かに死んでるね、完全に。」
カリッと氷砂糖をかじりながら、神妙な面持ちでそう呟くセツナ。
男、ベルター・ルーは、ふん、と鼻を鳴らしながら、ナプキンで口を拭う。
「しかしまあ、今度は、随分あっさりと殺せたもんだね。今まで何人か刺客を送っても、皆怯えたように、何も言わず、逃げ帰って来たのに。」
「所詮は親父が道楽で作った商売女とのガキ……金もない、人脈もない、何の後ろ盾もないただの小娘だ。圧倒的な戦力もなければ、手前みたいな化け物も飼っちゃいねえ。」
今までは、たまたま悪運強く生き残れてたみたいだが、今度こそは万策尽きたな。とベルターは、セツナの方に視線を寄越す。
「くすくす……化け物だなんて心外だなぁ、私ら妖怪からしてみれば、血を分けた兄弟で利権を奪い、殺し合う…君ら人間の方が、よっぽどおぞましいけどね。」
まるで暇つぶしのように、テーブルを凍らせながら、セツナはベルターを見て笑う。
ベルターは明確な意志を持って、残る継承者は自分を含め七名だと、そう言った。
「全てを殺して、俺が裏社会の王になる!!お前にも働いてもらうぞ、化け物。」
意気揚々と宣言するベルターに、セツナはもう一度、端末に視線を落とす。
今まで、悪運強く生き残れていた少女が、こうも呆気なく殺されるものだろうか?
それに、この写真、妙だ。
死んでいるように見えるのに、いわゆる、人間で言うところの、死相が全く見えない。
曲がりなりにも、あの男の血を引く娘だ。
確実に、今まで生き残れていたのには、何か裏があるような気がしてならない。
「さぁてねぇ、そう上手く行けばいいけど。何か良からぬモノの尾を、踏んでなければ良いんだけどねぇ。」
